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優しさとずるさと(後編)
ひゅんっ! びしっ! 次の瞬間。敵兵士の額に、金色の矢が突き刺さった。 兵士は悲鳴を上げて倒れ、そのまま動かなくなる。 「どうやら間に合ったみたいだな。」 斜め後方の森から、やけに懐かしい声があがった。 「…ファバル!」 イチイバルの弓を背にしまい、草むらのわき道から姿を現した彼を見て。 その瞬間、わたしは腰が抜け、ふらふらとその場にへたりこんでしまった。 「ファバル、わたし、わたし…。」 なぜこうなったのかわからない。過度の緊張が解けて、ほっとしたのか。 自分の無力が悔しかったのか。ただただ、わたしは無性に泣けてきてしまって、 その場で顔を伏せて。なかなか、立ち上がることができなかった。 「ほら、泣くなよ、こんなところで…。」 困惑したファバルの声が、近づいてくる。なのに、かえってそれが 引き金になってしまったみたいに、わたしの涙があふれてしまった。 「お前はよくやったって。…しょうがねえな。ほら…。」 ファバルがしゃがみこんで、わたしに胸を貸してくれる。 わたしの肩に回された彼の堅い肌の手が、彼の服の汗臭さが、 何だかわたしをとてもほっとさせた。 「うっわー、お兄ちゃん、かっこいー!」 「ふっ、しかたない。ラナのこいびとのざは、ゆずってやるかな。」 「俺が見張って、また敵が来たら知らせるから、安心して そうやってていいよ。」 子供たちにいろんなふうに言われてるのに気づいても。 わたし、そのまま動けなかった。 わたしが泣き止む頃。最後に、ファバルがわたしの肩を抱きながら、 耳元でぼそぼそっとささやいた。 「子供たちだけじゃなく、おまえを守れてよかったよ。 おまえ、厳しくて怖いけど…賢いし、子供守ってくれたし。 大きいこと考えててくれるから…そばにいるといいっていうかさ…。 …くそ、何言ってるんだ、俺…。」 それからは、敵に襲われることも無く。 わたしたちは、無事に子供たちを救出することができた。 セリス様は、にやっと笑いながらわたしに言った。 「ファバルは必ず孤児院の子供たちを守ってくれると信じていたよ。 人間は自分が個人的にやりたいことには、必死になるからね。」 これがリーダーなんだなって、思った。 いつもなら、わたしもこういう思考をするほうだ。 でも今回はなぜか…セリス様が意地悪に思えてしまった。 子供たちとも少しは親しくなり、何度か話もしたけれど。 でもやっぱり、ファバルとパティのように長い時間をかけて つきあってきたわけじゃないし、少し気後れしてしまって。 …だから、マンスター解放のあと、再びそこの孤児院に戻った 子供たちが、ファバルとパティを見送るとき。わたしは、 遠くから見つめるだけにしようと思った。 「泣くなよ。俺たちがいなくなっても、おばちゃんが これからもきっちり面倒みてくれるからさ。」 ファバルはそう言ってなだめるけど、子供たちの多くは ずっと泣いてばかりだった。パティも子供たちに懐かれて、 ちょっと困っているみたい。 壁がはがれかけた粗末な孤児院の入り口。 でも門の横には子供たちが植えただろう何本かの小さな木が、 すくすくと成長をはじめていた。 ファバルとパティと子供たちが作った、大切な箱庭。 そこに映された光景が、わたしの目に焼きついた。 キャシーちゃんとタロスくんが、 「ねえねえ、ラナお姉ちゃんはいないの?」と言ってくれた。 わたしなんかがここに出ていいのかって思うと、恥ずかしかったけど… とりあえず、孤児院のほうへゆっくり歩いて。 子供たちの頭をゆっくりなでて、ファバルとパティと一緒に 一時のさよならをした。 あれから半年。聖戦と呼ばれた戦いは終わって、 今のわたしはユングヴィにいる。ファバルと一緒だ。 とはいっても、彼の婚約者とか恋人とか、そういう立場じゃない。 ファバルもわたしも、ユングヴィの血を引くから。 そう理由をつけて、一緒に帰った。…その裏には、わたしの計算がある。 孤児院の子供たちは、彼ら自身の希望によりユングヴィに引き取られた。 えこひいきはできないから、周りと同じ待遇の孤児院だけど。 月に一度ほどファバルとわたしが訪れると、 相変わらずはしゃぎまくって迎えてくれる。 でも、「王様は、王妃様を迎えないといけないんだよ! ラナお姉ちゃんが王妃様だよね?」と言われると、 わたしたちは顔を見合わせて困ってしまう。 あれから、ファバルとは…、特に何もなかった。 あのときに告白めいたことを言われたけれど、 実は…それに対して、答らしい答を返していないのだ。 正直に言うと…、セリス様とファバルの間で、揺れてる。 パティに「お兄ちゃんとは、どうなったの?」と言われたときには、 ふふっ、と意地悪く笑って、こんなふうに返しておいた。 「わたしは何も言っていないのに、ファバルはわたしが好きみたいな ことを言ってくれたからね。 つまり、わたしの方に主導権があるってことでしょ。 だから、何も言ってない。ユングヴィでファバルをキープにしておいて、 セリス様に秘密のアタックしちゃおうかな。」 「…うっわ…。ラナって、魔性の女ね…敵にはしたくないわ…。」 …うん。自分でも、すごく卑怯だと思う。 だけどいろいろ考えると、今のわたしには、こうしかできない。 ファバルはあれから、わたしをよく見て、頼りにしてくれている。 ファバルは政治を何も知らないから、事実上わたしがまとめ役だ。 わたしが政治理論を講釈すると、いちいちため息をついて感心し、 「偉いな、お前」って言ってくれる。 それだけじゃない。少しわたしの具合が悪いと敏感に気づいて、 気遣ったり、駆けつけてきてくれたりする。 そんなときの彼の顔は、少し嬉しそうで、とても明るい。 ファバルは、わたしのことが好き。 わたし、こういうことをよく見てきたほうだから…よく分かる。 だからこそわたしは、心が揺れているのかもしれない。 セリス様にもファバルにも、まだ恋人はいない。 今決めなくても、ファバルのほうは大丈夫、と思ってしまっているから。 …ほんと、わたしって、ずるい。 セリス様の横で、ちょっと冷徹にユグドラルの政治に口を出し、 個人的には彼の安らぎとなれるような存在。 これが今までわたしが抱いてきた、将来の夢だった。 セリス様の横にいたいから、王妃の教養とか、政治理論とかも、 密かに勉強したりしていた。ずっと、泣かなかった。 優しいだけじゃ恋敵に勝てないし、政治もできないから、 現実的な駆け引きも勉強して。そうしてできた、優しくないシスター。 それが、わたしなんだと思っていた。 ファバルを見て。最初は、愚直で甘い男だってばかにしていた。 だけど、ファバルはわたし以上に、よく子供たちを守っていた。 高所から政治権力を駆使する人間だけが偉いんじゃないって、 行動と実感をもって教えられた。 正直、感動した。そして、悔しかった。 わたしもファバルみたいに、優しい人になりたい。 地に足の着いた場所で、子供たちに好かれたいって…思った。 それが、本当のわたしの喜びなのかもしれない。 優しいわたし、ずるいわたし。どっちが本当で、どっちを育てたいのか。 わたし…まだ、わからないから。 セリス様とファバル、どちらにも寄りかかれない。 ファバル…ごめんね。もう少し、待っていて…。 「ねえねえ、ラナお姉ちゃん!おやつまだなの〜?」 キャシーちゃんの不満の声が、わたしを現実に引き戻した。 いつの間にか、マロンパイが焼けたようだ。 周囲はすっかりいい匂いに包まれている。 「ふふ、ごめんね。はい、できたわよ。」 お皿に盛り付けて、台所から広間に持っていく。 「わーい!」と歓声を上げて、みんなが駆け寄っていく。 子供を膝に乗せたファバルが、わたしににっこり笑いかけた。 |