優しさとずるさと(中編)


 城にたどりついたわたしたちを待っていたのは、風雲急だった。 息せき切ってきた一人の急使が、安楽をむさぼっていたわたしたちの スケジュールを変更したのだ。 わたしたちに会議室への招集がかかった。
 「セリス様!南からトラキアの竜騎士が現れました! マンスターに向かっています…!」
 わたしたちが集まった会議室に駆け込んだ兵士の上ずった声。 その場の全員が…特にファバルが、大きく息を呑んだ。
 「味方の戦力は?その他、報告があれば聞こう。」
 主座に就いたまま眉一つ動かさず、冷静に次を促すセリス様。 ここまできて、こういった時の態度にもさすがに堂が入ってきた。
 「はっ!城ではセティ様が迎撃の準備を整えております。 なお、一部市民、子供は城から北へ逃亡中です。 …ですが、竜騎士相手に、どこまで逃げ切れるか…」
 それに最も激しく反応したのは、ファバルだった。 目が一気に険しくなり、ぎりぎりと歯を食いしばるのが見えた。
 「…わかった。それで人数は…」
 敵の戦力、配置など、いくつかの情報を兵士から得た後で、 セリス様は対応のための軍議をはじめた。

 「…シャナンとアレスが盾になって…。…山を迂回する敵は パティとフィーが牽制…。」
 レヴィン様とセリス様、オイフェさんが中心になって軍議は進み、 それぞれの部隊への指示を出す段階まで進もうとしていた。 セリス様はファバルのを見据えて、静かに告げる。
 「ファバルは全速で南下、最前線で敵中央部隊と対峙。 弓で敵将を叩いてもらう。いいね。」
 するとファバルは席を立ち、切実な低い声を上げた。
 「待ってくれ。俺は市民の…子供の護衛をしたい。」
 「だめだ。」
 セリス様は表情を変えずに即答した。
 「敵は竜騎士。弓は最前線に必要不可欠だ。 市民は、できる範囲でできる限りの数だけを守る。 それ以上は…仕方ない。私情をはさんではいけない。」
 ファバルは叫ぶ。
 「あの子供たちは、俺たちの孤児院の…俺が守るって決めたやつらだ。 頼む…!」
 「…軍の規律は、守ってもらわないと。」
 でも、セリス様は譲らない。ファバルの目がすうっと細くなる。
 確かに、わたしにもわかる。戦力の集中は戦術の基本だ。 ここでファバルが前に出ないのは、戦局を考えると許されることではない。 でも、さっきの話を聞いたわたしには、 ファバルの気持ちも…無駄にはできないと、思った。

 「…わたしが、その子供たちを守ります。」
 その言葉が、自然とわたしの口をついて出ていた。

 「ラナか…わかった。」
 セリス様の答えで、その場はひとまずおさまった。 ファバルはちらとこちらを見、不承不承うなずいた。
 「では、出陣は明日。解散。」
 やがて作戦もまとまり、会議が終わった。 会議室を出て行くファバルに、一言、セリス様が声をかけた。
 「…敵将を落としたら、その後は自由行動を許すよ。」

 「キャシー…いい子で、お留守番しているんだぞ。」
 あの後。城を出てマンスターに向かっていたキャシーを呼び戻し、 わたしたちは事情を説明した。 最初は「わたしも行くの」と言っていたキャシーだが、 ファバルになだめられ、今では不安そうに彼の服をつかんでいる。
 「ラナが、みんなを連れてきてくれるから。それまでのがまんだ。」
 「うん…。ラナお姉ちゃん、きっとなのよ?」
 純真でも無垢でもないけれど、わたしを信じてくれるふたつの目。 …裏切れないと、思った。彼女を、見つめて…
 「ええ、約束するわ。」

 昨日と同じようにきれいな雲のたなびく青空。だけど、 遠く南に点々と見える飛竜の群れが、ここが戦場だと告げていた。 そんな中、わたしたちの斜め前に数人の子供たちが見えた。
 「…見えた!あの子たちね。」
 「おう、頼んだ。」
 「ファバルも、気をつけてね。」
 お互いの肩を叩き合って。それまで並んで歩いていたわたしたちは、 2方向に分かれて走り出した。

 「あ、お姉ちゃーん、何それ?」
 「わかった、ファバル兄ちゃんのだ!」
 「ん〜、ぼくにも〜、見せて〜…」
 わたしの描いたファバルの似顔絵が効いたようだ。 子供たちは警戒せずにわたしに近づいてくれた。それにこうすれば、 この子達がファバルの孤児院の子たちだってすぐわかるしね。
 5〜10歳ぐらいの子供が、10人も。 わたしが来たのを、喜んでくれた。
 「もう大丈夫なんだよね?やりー!」
 「まだよ。空飛ぶ敵に襲われるかもしれないから、 早く城まで逃げよう。一緒に!」
 はしゃぐ子供に注意して。わたしたちはぞろぞろと、 北の陣地に向けて戻り始めた。

 「俺、タロス!悪い奴はみんなやっつけてやるぜ!ぱひゅーんぱひゅーん!」
 「ね、キャシーお姉ちゃんのこと、知ってる?」
 「きみ、ラナっていうの?かわいいね。おれのこいびとにならない?」
 「…こわいよぅ…死にたくない…ぐすっ…えぐ、えぐっ…」
 「ね〜、トイレ…」
 山の近く、木々の間を歩くわたしたち。 子供たちの相手は、とにかく大変だった。 元気な子、人懐っこい子、ませてる子、泣き虫な子、足の遅い子…。 みんなでゆっくり歩いているんだけど、その間にも 一人一人が自分の都合で訴えかけてくる。
 「うん、頼もしいわね。でも今日はわたしが戦うから、大丈夫よ。 …ああっお願い、離れないでみんなと一緒に歩いて。」
 「うん、知ってるよ。一緒に買い物したの。いい子だったよ。」
 「あと10年ぐらい修行していい男になったら、 考えてあげてもいいわよ。」
 「大丈夫。わたしがきっと守るから…だから今は、歩いて…お願い…。」
 「ああっっ…。わかった。そこの木の陰で…。」
 わたし、人付き合いは慣れているほうだと思うけど。 それでも、この子たちには振り回されっぱなし。 10人をきっちり引っ張っていかなきゃいけないし、 みんな遠慮なしだし。ほんと、子供の相手って、楽じゃない。
 わたしたちが子供の頃のオイフェさんって、こんな思いをしていたのかな…。 昔をふと思い出して、わたしは苦笑い。
 でもみんな、いきいきしてる。ひとりひとりが、「自分」を出してる。 孤児だなんて、言われなきゃ気づかない。 ファバルとパティって、偉いんだなって…思う。

 半日ほど歩き、もうそろそろ陣地が近づくという頃。
 「ねー、ファバル兄ちゃんのこいびとなのー?」
 …また聞かれてしまった。もう、子供ってどうしてこういう話が好きなの? …大人もそうだけどさ。
 「ちがうわよ、わたしが好きなのはすごく頼れるいい男なんだから。」
 さすがに今回は、わたしもさらりと流した。つもりだった。ところが…、
 「あー、ラナお姉ちゃん赤くなってるー!」
 「たよれるいーおとこって、お兄ちゃんなんだね!」
 …はあ?…どーしてこうなるのかしら。別に赤くなってなんか…、
 そう反論しかけた時。不意に、空に羽音が聞こえた。

 トラキアの竜騎士だ!まさかとは思ったけど、機動力に物を言わせて ここまでやってくるなんて…!
 「くっ…俺が戦うっ!」
 ナイフを出して叫んだのは、さっきの元気な男の子… たしか、タロスくん。でも、彼を戦わせるわけにはいかない。
 「だめ…。みんな、逃げてっ!」
 わたしは、ウインドの魔道書を懐から出し、詠唱を始めた。 勢いよく放たれた敵の手槍をダッシュで交わし、わたしは風を叩き込む!
 「…はっ!…ウインドっ!」
 翼を引きちぎられた敵の竜は、きりもみ状態になって墜落していった。

 「ふう…みんな、大丈夫?」
 ほっと一息ついたわたしは、周囲を見回す。散り散りに逃げていたみんなが、 集まってくるところだった。一人、二人、三人…、あれ、一人足りな…。
 悪い予感がわたしの背中を駆け巡ったその時。 背後から、悲鳴が上がった。
 「きゃ…うっ」

 木の陰から、兵士が出てきた。さっき打ち落とした竜騎士だけど…、 人間のほうは、生きていたのか…。油断した…っ…。
 その兵士は、ひとりの女の子の腕をとらえて引きずり、 その身体に剣を突きつけていた。わたしが振り返ったその時、 間髪入れずに叫んだ。
 「動くなっ!」

 「く…くくく…よくもやってくれたな…。」
 その若い兵士は、余裕無くこちらを見やっていた。 女の子の腕と首を手で拘束し、もう片方の手に剣を持ち。 こちらを強く警戒し、周囲にもせわしなく目をやっている。 落ち着きのなさを隠すように、肩をそびやかして傲然とわたしを睨みつけた。
 「だ、だがここまでだ。俺が十数えるうちに、魔道書と杖を捨てな。 でないと、こいつが死ぬことになるぜ。」
 「…。」
 わたしは、唇をかみ締めた。…あまり手練れの兵士ではなさそうだ。 戦えば、きっと勝てる。でも、あの子を救出して…というところまで できるほどの隙は、見当たらなかった。
 わたしの足が、震えた。…自分がいい気になっていたことを、 思い知らされた。シスターとしてみんなを癒すだけでなく、 魔道書を持って戦えるようになって。一人前になったって、思っていた。 でも、わたし、子供たちを守ることが…できない。
 ファバルが、パティが、ずっと守ってきた…子供たちを…!
 わたしの手からしたたり落ちた汗が、杖を濡らした。 ひりつくような喉の奥から、わたしはやっとの思いで声をひねり出し、 子供たちに命令した。
 「いい?あの子が解放されたら、みんなであっちの方に逃げて。 セリス様っていう人が、あなたたちを守ってくれるから。」
 低く粘ったわたしの声に、勇敢なタロスくんは反発する。
 「えっ、じゃあお姉ちゃんはっ…だ、ダメだよ、そんな…」
 「いい?あなたの役目は、子供たちを守ることよ。 子供たちみんなを、セリス様のところに届けてちょうだい…」
 「…。」
 わたしの視線と低い声が怖かったからだろうか、タロスくんは 気おされたようにこくこくとうなずいた。
 「…へっ、賢明だな。確かに俺はガキなんぞ殺さねえよ。 もっとも…あんたには、俺の竜のかたきをとらせてもらうがな…。 さあ、武器を捨ててこっちに来な。」
 「…。」
 兵士の言葉に、わたしは従うしかなかった。 兵士の言葉が正直なものかは分からないけれど、子供たちをわざわざ 危険にさらすわけにはいかない。わたしはひとり、呟く。
 「これが、ファバルとの、約束だから…。」
 からん。どさっ。
 わたしの後の地面に、杖と魔道書が放り出された。
 そしてわたしは、ゆっくりと兵士の近くに歩いていく。 険しい表情で、圧迫するように彼を睨みながら…。
 「へ、へへ…。よーし!」
 わたしが十分近くに来たところで、兵士は女の子を蹴り飛ばし、 こちらに向かって剣を抜いた。もちろん、わたしは素手だ。
 こうなったら、格闘戦ね。 剣相手には分が悪いけど、何とか不意をついて急所を…。
 「死ねやあぁぁっ!」
 兵士は、思い切り剣を振りかぶった!


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