優しさとずるさと(前編)


 伝説の弓騎士・ウルの血を最も濃く引く、イチイバルの使い手。
 きりりとした顔立ちに、たくましい腕の筋肉、金髪のきれいな少年。
 …こう言うと、かっこいい男を想像してあこがれる女の子も多いと思う。
 でも、わたしが彼に抱いた印象は、 「単純で、間抜けそうな男の子ね…」というものだった。
 だって彼、帝国に雇われてわたしたちに襲い掛かってきたんだけど。 弓使いのくせに、盾になる戦士を誰もつけていなかった。
 パティが「あ、お兄ちゃん!」って叫んで、彼のもとに走り出して。 何か言い争っていたみたいだけど、あっという間に言いくるめられて。 それで、わたしたちの軍に寝返ってしまったの。
 何この人って、思った。

 セリス様のもとで仲間入りのあいさつを済ませた彼…ファバルのもとに、 さっそく私は歩いていった。こういう人には、がつんと言ってやらないと。
 「あなた、ファバルね。私はラナ。」
 「おう、シスターさんか。よろしくな。」
 のほほんとお気楽な彼に、わたしはびしっと指を突きつけた。
 「よろしくじゃないわよ!さっきまで敵だったくせに!」
 「え?そ、そりゃ、えーと…」
 あせりまくるファバルに、わたしは勢い込んで突っかかる。
 「傭兵ってことは、お金もらってるんでしょ?それなのに ころっと裏切るなんてどういうこと?」
 「あ、あ〜〜、パティにいろいろ言われてな…」
 「パティに説得されたからって…あなたには信念ってものがないの? そりゃあ兄妹で戦えとは言わないけれど、でも時には、信じるもののためなら 家族で戦わなきゃいけないかもしれない。 そんな覚悟もなしに、傭兵やってたの?」
 じゃあまた誰かに言いくるめられて、わたしたちを裏切っちゃうんじゃない? …と言おうかと思ったけど、初対面だし、そこまでは言えなかった。 でもファバルは、そのへんを理解してくれたようだ。
 「…あ〜、パティに言われてわかったよ。あんたたちが正しいってな。 だからもう寝返ったりしない。敵に雇われた時の金は向こうに返す。 俺はずっとここにいるさ。」
 「…ふーん。じゃあ最初から帝国になんかつかなきゃいいじゃない。 何だか知らないけど…そんなんじゃ背中の神器が泣くわよ。」
 わたしはファバルが背負った、立派な弓を指差した。
 エーディン母様が何度も絵に描いて教えてくれた弓。 ブリギッドという、母様に瓜二つの伯母様が使っていらしたという、 豪華な修飾を施された黄金色の弓。 間違いない。これこそ、私たちユングヴィ家の神器、イチイバル…。
 だけどファバルはきょとんとした目つきで、とんでもないことを言ってのけた。
 「この弓、神器?なんだそれ?」
 思わず目が点になったわたし。次の瞬間には、 ファバルの胸倉をつかんで食って掛かってしまっていた。
 「な…あなた今まで、意味も分からずにその弓を使ってたの!? 信じられない!」

 結局それから、レヴィン様を呼んで、いろいろ話をしてもらった。
 神器のこと、十二聖戦士のこと。シグルド様たちの戦いのこと。 ファバルの弓は確かにイチイバルで、彼はウルの直系、 おそらくブリギッドの息子であること。
 レヴィン様は、ファバルとパティ…それに居合わせたわたしのいる部屋で、 とうとうと説明を続けた。「難しいお説教は苦手だ」などと言っていた ファバルたちも、内容が内容だけに、息を呑んでその説明に聞き入っていた。
 ファバルは、お母さんのことをよく覚えていないと言っていた。 そういう…ことだったんだ…。

 部屋を出たわたしたち。ファバルとパティは大きく息をついて、 明かされた真実を受け止めている。汗を握っていた手を上げて ぐっと大きく伸びをして、ファバルはわたしに向き直った。
 「いろいろありがとな。…しかし、顔に似合わず怖い女だな…」
 一言余計なファバルに、むっとするわたし。 …でも仕方ないわよね、初対面であれだけ叱ったんじゃ。
 「そうよ。いまどきのプリーストは、強くなきゃやってられないんだから。」
 「へへ、あたしとラナって似てるとこあるよね。 血がつながってるんだから、当たり前かな?」
 にやっと笑ったわたしに、パティが続く。
 「えっ?親戚?」
 きょろきょろと、わたしとパティを見比べるファバル。 パティがすかさず茶々を入れる。
 「もう、聞いてなかったの?あたしたちの母さんと、ラナの母さんの エーディン様は、姉妹だって言っていたでしょ?」
 またしても汗をかきながら、ファバルはこちらに向き直り、手を差し出した。
 「あー…じゃあ俺たちは従姉弟ってことだな。よろしくな、ラナ!」
 さわやかな顔と、それに似合わず良い体格。 握った右手は、想像以上にがっしりとたくましくて。 わたしは、少しだけ動揺してしまった。

 それからも、ファバルにはあきれることが多かった。
 食事時になってもみんなのところに来ないファバル。 わたしが様子を見にきたら、一心に弓の調整をしていたり。 結局、わたしがファバルのところに 夕食の入ったお椀を持っていってしまった。
 「ほら、これ。わたしが持ってこなかったら、 あなた食べ物にありつけなかったわよ?」
 ため息をついて言うと、彼はあっけらかんと
 「ん?おお、悪い。つい夢中になっちまってな。」
 と言って、その場でばくばくとがっつき始めた。
 また別の日の夜、ファバルの部屋がふと目に入ったんだけど。 何か手紙を書く途中で机にうつ伏せて眠っているファバルが、見えてしまった。 余計なお世話になるかもしれないけど、わたしはファバルを横にして 毛布をかぶせずにはいられなかった。
 「あんな格好じゃ風邪をひくわよ。」
 翌日、そう言ってやったんだけど。ファバルはあくびをしながら、
 「んー、別に大丈夫だって。」
 って…。
 万事この調子で、わたしは世話を焼いてばっかりだった。

 そんな私の印象が変わったのは、コノート制圧が終わって、 久しぶりの休みを取っていたある日のことだった。
 うららかな日差しの中、コノートの城下町を歩いていたわたしの目が、 ふと横道の奥のほうで止まった。 教会の横にある大きな木の前で、ファバルが10歳ぐらいの 小さな女の子と話していた。
 「どうした、キャシー」
 ファバルは女の子の前でしゃがみ、目線を合わせて語りかけた。 女の子が…見かけの年齢より幼い口調で…たどたどしく答える。
 「えっとね、んっとね。おつかいに来たの。 お塩を買えばいいんだって。」
 「おっ、キャシーはマンスターからこんなところまで来れるんだ。 えらいぞ。」
 「えへへへへ。お兄ちゃんにほめられたの…。」
 女の子…キャシーの三つ編みの頭をなで、屈託の無い笑みをこぼすファバル。 キャシーのほうも、ファバルに会えて嬉しいという感じだ。 「お兄ちゃん」と呼ばれるなんて、慕われてるなぁ。
 「でも、ここでは少し前まで戦いがあったんだ。 危ないところには近づいちゃだめだぞ。」
 「うん、わかっているの。でもマンスターもさいきん危ないこと多いし、 逃げかたはわかっているから大丈夫なの。」
 「そうか…そうだよな。」
 …しみじみと、複雑な表情でうなずくファバル。 子供たちも、けっこう苦労してたくましくなっているみたいだ。

 「ファバル」
 なんとなく、わたしは近づいて声をかけてみた。
 「よ、よう、ラナ。どうしたんだ?」
 ファバルの声は浮ついて、ばつが悪そう。 まるで密会の現場を見られたような…、なんてね。
 「ううん、別に。…私はラナ。あなたはキャシーっていうの? よろしくね。」
 ファバルにならい、わたしもしゃがんで彼女に問いかけた。
 「うん、そうなの。」
 「あー…俺たちの孤児院の子供のひとりだな。」
 こちらを興味津々でみつめるキャシーに、ファバルは ぽりぽりと頭をかきつつ紹介した。
 「…ねえ、ねえ、お兄ちゃんの彼女なの?」
 きょろきょろとわたしたちを見比べていたキャシーが、 ファバルに向かって背伸びして、耳打ちするような小声でつぶやいた。 とはいっても、背伸びしても彼女の口はファバルの耳まで届かなかったから、 実際はわたしにも聞こえるような声になってしまったけれど。
 「なっ…!」
 「えっ…!?」
 わたしたちの悲鳴が、同時にあがった。
 「ちっ…ちがうよっ!こいつはその…」
 先に否定したのはファバルのほうだった。あらぬ方向に目をそらして、 汗を吹き出しつつ首をぶんぶん振っている。 こういう質問を受けたのははじめてなのかな?本当に戸惑っている。 ファバルに任せておいたら変な話になりそう。ここはわたしが…。
 「ち、ちがうのよ。ファバルとは従姉弟で…。普通の関係で。 それに、わたしが好きなのは…」
 あれ?わたし、頭がぼーっとしている?余計なこと言っちゃった? …気づいた時には遅かった。キャシーがこちらをじっと見上げている。
 「ラナお姉ちゃんの好きなのは?」
 「え、えっと…」
 どうしよう、どうしよう…。きっと今、わたしの顔は真っ赤だ。 わたしがこんなことで慌てるなんて…不覚。
 キャシーに答えたのは、頭が空回りしていたわたしではなく、 いつのまにか普段のぶっきらぼうな声に戻っていたファバルだった。
 「セリス様なんだろ?」

 「そ…そんな、子供の前で…いや、町の往来で、そんな話を… と言うか、なぜあなたみたいな鈍そうな男がそれを知ってるの?」
 「別にいいじゃねえか、減るもんでもなし。 まあ、ちょっとパティから聞いてな。」
 「あいつっ…!そもそもねえ、…」
 すっかり頭に血が上ってしまったわたし。 もはやキャシーは置いてきぼりになり、延々と不毛な会話が続いてしまった…。

 「…ごめんね、何か大人気なくって。」
 「ん?まあ気にするな。」
 あれからキャシーの買い物につきあって、彼女と別れて城に帰る道すがら。 照りつける日の柔らかさに反比例して、わたしたちの声は不自然に響く。 こんな時に限って周囲には人がいず、ふたりの足音だけが やけに耳に響いた。
 …気まずい。なぜか全然分からないけれど、これは気まずい。 何とかしないと。そう思っても、なかなか言葉が出てこなかった。
 だいたい、なんでなんだろう? いつものわたしなら、「彼女?」と言われたら 笑ってふんわりと否定するぐらいの余裕はあるはずなのに。 今日に限って、うぶな生娘みたいに慌ててしまった。
 それに…この気持ち、何だろう。 「セリス様なんだろ?」というファバルの声。 すごく冷たく心に突き刺さるような。 …ううん、たぶん気のせい。ファバルはいつも無愛想だから。
 …でも…。わたしやっぱり、八方美人なのかな…。

 「結局、金なんだよな。」
 「え?」
 堂々巡りになっていたわたしの思考を中断させたのは、 ぜんぜん関係ないファバルの声だった。
 「俺たち、孤児院やってきたからな。 パティと二人だけ食べられればいいんだったら、 そんなに金もいらないんだけど。 10人以上を毎日食べさせるって、けっこうきつくってな。 で、パティは盗み、俺は傭兵ってわけさ。」
 頭の後で手を組みながら、ファバルはぽつぽつとしゃべる。 いつもに無い気軽な口調が、かえって中身の重さを際立たせていた。
 「…さっきの子…キャシーも、孤児院の子?」
 「ん。マンスターに大勢いてな。俺とパティが年長だからってんで、 一応面倒見てる。近所のおばちゃんたちのほうが、頼りになるけどな。」
 ファバルの視線は前を向き、並行して歩くわたしを 目に入れないようにしているようだ。
 「この前、おまえに怒られたからな。なんで敵についたって。 …いろいろ言い訳考えたけど、結局は金ほしさに 目が眩んだとしか言いようがねえな。くそっ…。」
 「…。」
 「これじゃパティに盗みやめろなんて言えねえよなあ。 …だいたい、孤児院やるそばから孤児を増やしてどうするってよ…。」
 「ファバル…。」
 わたしはちょっと困って、少しだけ震えた声を出しかける。 でも、あとが続かない。なんて言えばいいか、わからなかった。
 「…あ、悪い。言い訳や同情を引くつもりじゃない。 この前のことは、悪かったよ。これからはここで役に立って つぐなうから…な。」
 「…ううん。わたしこそ…ごめん。」  いろいろ考えて。結局、それしか言えなかった。
 それは、わたしが知らない世界だったから。 地を這う現実は、わたしには見えていなかったから。 せいぜいティルナノグの教会でお手伝いの真似事をしていただけのわたしにとって、 戦争孤児を養うことの困難は、理屈でしか理解できない世界。 だから今…わたし、分かったようなことは絶対に言えない。
 わたしはただ、ファバルの無骨な腕を…見直した。


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