バカ殿セリス様・外伝

うたかたの宴(中編)


 「ユリアと桜って、似合うね。」
 ぼくはふと、そんなことを口に出していた。
 「そうでしょうか。どのように…」
 ユリアの声は、いつものように抑揚がない。だけどぼくは、ユリアが いつもより好奇心旺盛で、よく話に乗ってくるのを感じ取っていた。 それに合わせて、ぼくの舌も滑らかになる。
 「うーん、うまく言えないけど…桜の中にいるユリアって、 とても絵になるんだ。夢の中に浮かんでいるみたいで…」
 決して派手ではないが、上品な明るさと人を引きつける美しさを併せ持つ薄桃色の桜。 それをバックに静かにたたずむのは、紫がかった銀の髪と、白に紫という組み合わせの ローブ状のドレス。暖色系で統一した、繊細で暖かな風景。
 この色と形の取り合わせ、実に…絶妙なのである!
 神様はユリアの背景として使うために、桜という植物を作ったのではないか? そんな思いが頭をよぎった。
 「とにかく、こんなきみの姿を見られて良かったよ。 桜にはユリア…だね。」

 「そうですか…。わたしは、桜に似ているのでしょうか?」
 ユリアはこちらを見て、すっと消え入るような声で問いかけた。 ぼくはなぜか…背筋がぞくりとした。しばらく彫像のように黙りこくったぼくは、 やがてねじれた声を絞り出した。
 「似ている…かもしれないけど…。認めたくない…」
 ぼくはぐっと歯をかみしめた。ユリアはきょとんと目を開いて、こちらを見ている。
 「控えめで、でも華もあってきれいで…そんなところは似てるかなって思う。 でも…桜って、すぐに散ってしまうんだ…。はかなくて、幻みたいで…。 ユリアには…そんなふうになってほしくないから…」
 なぜかわからないけど、声が震える。胸の底がぎゅっと締め付けられて…。ぼくは ぐっと歯をかみしめ、こぼれようとする涙をこらえた。

 まずい…このままでは、ユリアに余計な心配をさせてしまう。  せっかくの花見なのだから、と言い聞かせて、ぼくはむりやり笑顔を作った。
 「ふふっ、きみを花に例えると、何かな?桜もいいけど、 他のものもあると思うな。かすみ草なんていいかもね。そんなに目立たないけど、 安心できるっていうか、いないと寂しいというか。 あと、百合とか蘭はどうかな。白くて可憐で純粋な感じが…」
 ぼくは、内心の不安を隠すためにぺちゃくちゃと早口でまくし立てる。 だけど、そんなぼくを静かに見るユリアの目は、だんだん影がさしてきたように見えた。 やっぱり、ユリア相手にごまかしは効かないみたいだ。
 「って、今日は桜の花見だったね、ごめん。もっと楽しもうか。」
 ぼくは強引に話題を打ち切り、明るく笑いかける。 そして、コップにお酒をついで勢いよく飲み…、思いっきりむせたのだった。
 「セリス様、大丈夫ですか?無理なさらないでくださいね。」
 とんとんと、ユリアの手がぼくの背中をやさしく叩いた。
 …でも本当に、ユリアにいちばん似合う花って、何だろうか…?

 宴もたけなわ。 ある人は陽気に盛りあがり、ある人はしっとりと楽しむ。みんな朗らかで楽しそうだ。
 ユリアはといえば、さっきから無表情で黙々と飲食を続けている。 普通の人がこんな態度を取れば機嫌が悪いのかと思うところだが、これはユリアの地である。 こう見えて、けっこうこの場を楽しんでいるのだ。
 ただ心配なのは、ユリアのお酒の量である。みんなの様子や周囲の景色を ゆったり眺めながら飲んでいるので、ペースはかなり遅いのだが、 それでもけっこう長時間になっているし、まだ若い彼女のことだ。 急に倒れたりしなければよいのだが…。
 そう思ってユリアを見たけど、 さっきからずっと冷静・無口・無表情の三拍子を堅持している。
 ぼくはしばらくそのままにしておくことを選び、ユリアと同様に ゆっくり飲食を続けた。

 パティはあの後ぷぅと頬を膨らませて戻ってきて、 今ではファバル・レスター・ラナといった面々とじゃれあっている。
 リーフはナンナと一緒…なのだが、色気よりも食い気という感じで、 さっきから3人分ほどの弁当をばくばく平らげている。 その後ろでフィンが残り物(人参や椎茸など、野菜が多いようだ)を せっせと箱に詰め替えていたのが涙を誘った。
 アレスはもう酔いつぶれてしまったらしく、コップを握りしめたまま 草の上で大の字になっていびきをかいている。その側で横になり、 頬杖をつきながらにこにこと寝顔を眺めているのはリーンであった。
 デルムッドやコープルは、せっせと動き回って飲み物の用意や片づけをしている。 表情はいきいきとしていて、それはそれでなかなか楽しそうだった。

 「せ・り・す・さ・ま…」
 ぼくがユリアの変化に気づいたのは、それからしばらく経った後のことだった。 話しかけてくるユリアの声が、いつにもましてスローモーになっている。 どうしたのかなと見ると、ちょっとユリアの表情が変わっていた。
 普段は雪のように白いその頬に、ほんのり赤みがさしている。 ちょうど花見に相応しく、「桜色」というのがぴったりだろう。 美しく流れる銀髪はそのままだが、顔の色合いが違うためにコントラストが際立っている。 普段、外見だけ見るとちょっと線が細くてはかなげに見えるユリア。 その内に秘めるエネルギーが、少しだけ表に現れているような気がする。
 そんなユリアが、くりくりと大きく目を開いて、こちらを見ている。 両手をきゅっと握って膝の上に置き、ちょっとだけ焦点がぼけた眼で こちらを見つめる姿。いつもより子供っぽいけど、逆に匂いたつような色っぽさも兼ね備え、 とっても心惹かれるものがある。
 「うん?どうしたの?」
 ぼくは内心かなりドキドキしながら答えた。
 ユリアは目をぱちくりとしばたたかせ、顔をくいっと近づけて…おもむろに、
 「…おそばに行っても、よろしいですか?」
 と、のたまった。ぼくのドキドキ指数がさらに上昇したのは言うまでもない。
 ぼくがうなずくのを待って、 ユリアは座ったままの自分の体をすりすりと両手を使って引きずって、 ぼくのすぐ側までやってきた。そのままぽうっとした視線でぼくを見るともなく 見ていたユリアだが、急にくるりと向きを変え、ぼくに背を向けたかと思うと… その背中を、ぼくの体にあずけてきたのである。
 「おっとと…。」
 「すみません、セリスさま。何だか、ゆっくり休みたくなってしまって…」
 あわててユリアの体重を支えるぼく。二人の身体が少しぐらついたりしたが、 ユリアは全くそれに動じる風もなく、のんびりと答えた。

 「〜〜〜〜〜〜せ〜り〜す〜さ〜ま〜〜〜…」
 ユリアの声色が、明らかに普段と違うものになった。ものすごくゆっくりした声に、 いつもの張りというか締まりというか、そういうものが失われている。 その分、猫の鳴き声のようにまろやかに…要するに、幼い声になっているのだ。
 無表情は全く変えないまま、ユリアはぼくにべたべたしてきた。 頭をぼくの肩に預けてごろごろ、ぼくの腕をつかんできゅうっ、 ユリアの頬をぼくの胸に当ててすりすり。そんなことを繰り返す。
 ユリアの無表情のおかげで気づかなかったぼくも、ここに至ってようやく悟った。
 ユリア…酔っぱらっちゃってるよ…。

 この状況…どうしたものだろうか。ぼくはかなりの混乱をきたしていた。
 ユリアの背中がぼくの身体に当たる。お互いの体温が、強烈に伝わってくる。 …食事やお酒が入っているせいか、 とっても温かい…いや、熱いぐらいだ。さらに、ユリアの手や頭がごろごろと 動き回るその感触はくすぐったく、何だか気持ちいい。
 思わずぼくも、ユリアの喉を「ごろごろ」とやったりしたい 誘惑に駆られるのだが。やっぱり酔った女の子に手を出すのは気が引ける。 人目もあるし、さっきもユリアに「セリス様なら大丈夫」と言われたことだし。 信頼に応えなければいけないので…何とか理性をふりしぼって我慢した。

 それでぼくは行く場所の無い手を宙に漂わせ、何もしないでいたけれど。 すると突然ユリアが「すりすり」を止め、顔を上げてこちらをじーっと見つめた。
 やっぱり無表情であるため、その感情を読み取ることは容易ではないのだが。 彼女から流れる空気から、ぼくは何となく寂しさとか不満とか、そういうものを感じ取った。 何か、気に入らないことがあるのだろうか?
 ぼくがそのままにしていると、ユリアは再びぼくの胸に頬をうずめ、 すりすりしてきた。しばらくそうした後、また顔を上げてじーっとこちらを見た。
 これは…、同じことをぼくにもしてほしい、という意味ではないだろうか? いろいろ考えて…ぼくは、ユリアの背中をなでさすることにした。

 さわさわ、なでなで…ぱんぱんに張ったユリアの背中の熱い感触が伝わる。 すると、その背中がふっと軽くなったような気がした。 ユリアのまわりの空気から不満が消えて、表情が ほんのりやわらかくなったように思える。
 ユリアは再びぼくに背中を預け、半ば横になる形でリラックスした。 ぼくがもう一度ユリアの背中を優しくなで、目を瞑る。
 その時、夢見心地のユリアから、うるみを帯びた言葉がゆっくりと漂い出てきた。

 「…お父様……お母様ぁ……」

 「ユリア…?」
 ユリアの言葉に反応して、ぼくは目を開けた。
 その呼び声…さっきまでと同じ子供っぽい猫なで声なのだが、 それだけでなく…、どこか遠くから響いているような気がしたのだ。
 ユリアはぼくの腕をきゅっと両手で抱いて、そこに頭をうつぶせに載せた。 ぼくもそのまま、しばらくそっとしておいた。

 ふと、気がつく。
 ぼくの右腕…抱きついているユリアの顔のあるあたりが、熱くなっているような。 濡れているような。
 もしかして…涙?

 「ユリア…?どうしたの?」
 ぼくは思わずユリアの肩を抱いて、声をかける。ユリアは顔を上げて、 目をぱちくりさせてこちらを向いた。その目には涙はなく、ぼくの腕にも 濡れた涙の跡はない。…ぼくの誤解だったのだろうか?
 だけど、ぼくはなぜか…あれはやっぱり涙だったのではないかと思えた。

 ほんの一瞬だけ現れて、消えてしまった涙。  この世界では泣かないユリアが、別の世界に行った刹那の、幻の真珠のような…

 「セリス様、何でしょうか?」
 ユリアが聞き返したので、ぼくは我に返ることができた。
 「えーと…きみがお父さんやお母さんを呼んでいたみたいだから。 …会いたいのかな、と思って…」
 そう口に出してから、しまった、と思う。 ユリアは、ぼくの言葉に何の反応も示さない。 さっきからこちらを見つめたまま、ぴくりとも動かない。
 だけど、たとえ傷ついても嫌な顔はせず、自分の中で気持ちを消化するのがユリアの性格。 ユリアは両親と離れ離れになってからずいぶん長い。会いたくても会えないのだ。 だから、これでも内心は痛い思いをしているのかもしれないな…。

 ぼくが謝るより先に、ユリアが口を開いていた。
 「わたしが、お父様やお母様を…呼んでいたのですか? セリス様も、家族に会いたいですか?」
 ゆっくりと、ユリアは問いかけた。ぽうっとした雰囲気はいつもより神秘的で、 森や泉に現れる妖精のようだ。
 それに、セリス様「も」家族に会いたい、と言ったということは…ユリアも…

 ぼくが答えないでいると、ユリアはそれを肯定と受け取ったのだろうか、 こくりとうなずくと、つと立ち上がった。 そして、両手をぱっと開いて、つっ…と天にかざす。
 こうしてあらためてユリアの姿を見ると、実に生き生きと美しい。 紅に染まった頬は可憐で、生気がみなぎって…ちがった魅力を見せてくれる。
 ユリアが不思議な呪文を詠唱すると、あたりが霧に包まれる。長い髪が、さわさわと蠢く。 うううおおぉぉん…不思議な音が、どこからともなく響いてくる。
 周囲が急に冷え込んだような気がして、ぼくは思わず両腕を抱きかかえて震えた。 ユリアの両手から不思議な光がぱあっと発せられる。そして…

 「……雪……?」
 天から、はらはらと舞い降りる白に。
 ぼくのまわりの世界が、すぅーっと遠くなった。


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