|
しあわせの樹
3章 雪の中の萌芽 (前編) 「皆様、本日はこの席にお集まりいただき、ありがとうございます。 これより、ユグドラル首脳会議を開催いたします。」 バーハラ城の大集会場、中央奥の主催者席で挨拶をしているのは、 外交用の正装に身を包んだ国王セリス。 彼の前には、グランベル六侯爵家、そしてユグドラル各国の 主と重臣たちが正装でずらりと並んでいた。 「復興を目指し、皆様方は目の回る忙しさでしょう。 そんな中でこのような席を設けた理由は、 復興に関わる皆様方と知恵を交換し情報を共有したいから。 そして、ユグドラルの再生に向けて結束を確認したいからです。」 若いながらも血筋のなせる業か、重厚な言い回しが板に付いてきたようだ。 それ以上に、彼の言葉の内容が、この挨拶に威厳を加えていた。 「私が率いた解放軍は、長く苦しい戦いの末、勝利することができました。 その要因は、固い結束と素晴らしい連携、あたたかい友情と助け合いの精神に 支えられたことにあったのだと思います。 そして私たちは、荒れ果てた国土を一から作り直すという新しい戦いに 挑み始めました。その道程は、まだ始まったばかりです。 前の戦いがそうであったように、新しい国づくりにおいても、 みんなで助け合って進んでいこうではありませんか。」 要するに、各国の状況を報告して協力を約束したり、 国づくりの知恵を交換したりするシンポジウムというのが、今回の主旨である。 「基調講演を兼ねて、まずはバーハラの状況をお知らせします。」 流麗な口調で、セリスは会議の口火を切った。 戴冠式の時点では形だけだった政権も、徐々に体制を整えつつある。 人々に知恵、熱意、希望があり、物資やライフラインが足りない現在、 人の知恵を募り、それを生かす仕組みが必要とされていた。 旧解放軍と懇意にしていた各地の商人に国債を発行して借入を行ったほか、 旧グランベル帝国に寄生して私欲を貪った一部貴族の財産を没収して 当座の資金を確保した。 住民に農業その他の道具を行き渡らせ、開拓した土地の所有権を認め、 衣食住を確保させる。作物を腐らせないために運輸経路を整備し、 売り手もしっかり用意する。盗賊対策の治安維持も抜かりない。 軍縮により国軍、傭兵や武器屋などが余り気味となっていたため、 彼らの転職を支援することにより、人材には困らずプロジェクトは進んだ。 国民の活力を空回りさせず、しっかり生かす歯車作りを徹底するのが、 新生グランベル王国の基本方針であった。 また、教育も重視しており、旧帝国時代とは異なる考え方、 基本的人権をはじめとした新王国の理念を各地域の長老会や宣教師に伝えて 浸透させていこうとした。ここではブラギ教との連携が鍵となっている。 そのうえで、アルヴィス皇帝時代や戦争中に発見された新技術の活用も 積極的に進めた。たとえばワープ・リワープによる緊急通信網の整備など、 新時代の魔法活用法が広まり、魔道師たちは競って研究を進めた。 「…このような動きを、バーハラだけではなく、グランベル、ひいては ユグドラル全体が協力して進めていくことで、必ず明るい未来を築けるものと 信じています。ここにいるみんなからも、貴重な話が聞けると期待しています。 さあ、手を取り合って進んでいきましょう。」 熱のこもったセリスの講演は、万雷の拍手をもって迎えられた。 「トラキア半島は、統一されました。」 セリスに代わって演壇に立ったのは、新トラキア王国初代国王・リーフであった。 かつてはマンスター地方の小国にすぎなかったレンスターは、今や 半島全体を統べる国の王都となり、若きリーフ王がそれを束ねている。 正式な結婚式こそ挙げていないものの、彼の傍らには婚約者として認められた ナンナが常に控えており、トラキアの明るい未来を象徴していた。 「本来、トラキア半島は一つの国であるべきなのです。 北部のマンスター地方は温暖な気候と広大な平野をもって農業が発展し、 南部のトラキア地方は豊富な鉱物とドラゴンなどの資源を持ちます。 しかし、今まではこの両者が相争っていたため、北部の国では金属が足りず、 南部では人々が飢えに苦しんでいました。トラキア半島が新しい国として 出発した今、ようやく南北の交流が始まり、南部は北部の食料を受け取り、 北部は南部の金属を得て、互いを補い合う理想的な関係が始まろうと しています。私たちは、交易路を整備し、道中の安全を確保して この交流を活発にすることに全力を尽くしています。」 そこまでを明るい表情で流れるように述べてから、リーフはきりりと 表情を引き締めてあとを続けた。 「しかし、課題があります。それは国土ではなく、人々の心の中に 存在するのです。北部には、かつて南部の者に家族や大切な人を奪われた 経験を持つ人が多数おり、南部もまた然り…食料不足に苦しんだ彼らの 劣等感を払拭することはすぐにはできません。 その壁を取り払うことが、私たちに課せられた最大の使命です。 私たちは、過去のつらい記憶を残しつつも、新しい未来のために 手を取り合って前へと進んでいかなければならない。そのことを粘り強く 訴え続けるのが、私たちの目下の使命であります。そして、 新トラキア国内のみならず、他国との間でも同じことが言えるでしょう。」 リーフの演説は、その大半が人心の融和に関するものであった。 そしてそれはもちろん、武器ではなく言葉と心によってなされるべきものである。 そこに、リーフの国王たるゆえんがあった。 レンスターの王位継承順位はキュアンの長男であるリーフが第一位ではあったが、 現在トラキアに残っているアルテナを、ゲイボルグを扱うことのできるという 理由により女王とすることも考えられたはずである。 ここであえてアルテナでなくリーフがトラキアの王になったのは、 第一にリーフが古くからトラキアの解放運動を行っていたことを評価された ものであるが、それだけでなく、人々が竜の血や伝説の武器に頼らない姿勢を あらわしたものとであるというのが、かねてからの 軍師アウグストの主張であった。 「イザークは日常を取り戻した。…それで十分だ。」 次いで演壇に立ったのが、イザーク王シャナンである。 まだ若いとはいえ解放軍の中では年長者であり、寡黙にして質実剛健を 絵に描いたような彼はその背中から王者の威厳を醸し出していた。 イザークはもともと遊牧民族の国であり、国体による政治というものを それほど必要とはしていなかった。イザークが苦しめられていたのは 占領軍の王ダナンによる搾取によるものであり、2年近く前にセリス軍が いち早くイザークを解放してからは、重税もなくなり、人々は自主的に 本来の生活を営みはじめていた。帝国時代もイザーク・ソファラを治めて いたヨハン・ヨハルヴァ兄弟が子供狩りだけは承知しなかったことも あり、イザークの民は将来にわたって残るような傷から免れて いたのである。 それに加えて、シャナンが王としてイザークに帰還したことが 人々に未来への希望を与えた。即位したシャナンは国内全土を視察して 昔の平和が取り戻されたことを確認すると、幼い頃から一緒に育った 従妹のラクチェを妃に迎え、王家にさらなる華やかさを加えた。 人々の暮らしは便利とも豪華とも言えなかったが、イザークがイザークらしさを 取り戻した、それだけで十分なのだった。 「…以上のように、イザークの国情は安定している。これもセリス王と、 ともに戦ったみんなの力があってこそだ。その恩を忘れてはいない。 わが国の助力が必要ならば、遠慮なく呼ぶがいい。」 シャナンは堂々と演説を終えた。イザークは昔も今も自主独立の気風が 強く、地理的にもユグドラルの端にあることから、他国との貿易や交流が 活発とは言えなかった。だが、必要な努力を惜しむつもりはシャナンには無い。 かつてリボーの族長がダーナを侵略し世界大戦の発端となったような間違いは 再び起こることは無いであろうことを、列席の各人はシャナンの風格から 感じ取ることができた。 「アグストリアの統一は成った。ともに戦った皆に感謝する。」 そう言って礼をしたのは、アグストリア王国の初代国王となった アレスである。 かつてシグルドがこの地の各城を平定してからというもの、アグストリアは グランベルに併合され、住民はグランベル人よりも一段下の存在として 見られる屈辱を味わっていた。それゆえに新しい統一国家の建設は 人々すべての願いであった。 グランベルで魔皇子ユリウスが倒れた後も、彼の部下として アグストリアを抑圧していた役人や闇魔道師たちは抵抗を続けていたが、 もはや彼らは人々を押さえつけることができなくなっていた。 父の故郷に帰国したアレスに人々は英雄エルトシャンの面影を見出して、 彼を熱狂して迎えた。かつてのクロスナイツを想起させる統率と 疾風の素早さを併せ持った騎士団を率いてアレスは全土を転戦し、 アグストリアの国民全体が彼の味方につくと、火が付いた住民反乱は おさまることなく、その勢いをかってアレスは一気にすべての拠点を制圧、 抵抗勢力は残らず首をとられるか白旗をあげることとなった。 アレスはアグスティ城に入ってアグストリア王国の建国を宣言すると、 デルムッドを宰相に任命して内政を一任し、凱旋のような形でこの バーハラに帰還し、首脳会談に出席したというわけである。 「今は戦争が終わったばかりで、国は荒れ果てている。 だが、アグストリアの国土は豊かで人間は強く賢い。これから復興を始め、 いずれは強国として名をはせるに違いない。そのために俺は力を尽くす。」 アレスはこれからアグストリアに戻り、踊り子リーンと結婚する 予定となっている。彼女がいれば、広大な国を復興する難事業を、 きっと成し遂げることができるだろうとアレスは信じていた。 アレス同様、新国家樹立のために奔走していたのが、レスターである。 ジャムカの子である彼は、父の祖国であるヴェルダンに入り、 祖国復興を目指した。 ヴェルダンはアグストリア同様シグルドによって制圧された国だが、 アグストリアのようにグランベルに併合されたというわけではなく、 ほとんど省みられることなくうち捨てられ、山賊たちが好き勝手に なわばり争いを繰り広げる場となり果てていた。 とは言え、その住民が不幸だったかというと必ずしもそうは言い切れない。 山賊は住民から通行料を巻き上げるもののそれ以上の手出しをする わけではなく、平民は普通に農業や狩猟を営んで暮らしている分には 不自由が無かったのである。別の山賊が田畑を荒らそうとした際には 地元の山賊が「なわばり」と称してそこを守ってくれることもあり、 ロプトの子供狩りを筆頭とする悲劇に見舞われた諸外国と比べればよほど 平和を保っていたと言うことができた。 弓騎士の大部隊を率いてヴェルダンに入ったレスターが行ったことは、 軍隊に物を言わせての山賊狩り、ではなかった。各地の山賊の頭領と交渉して 彼らを貴族に任じ、統治権を認めるかわりに法律を与えて守らせ、 現状を追認する形でヴェルダンを統一したのである。 その過程においては、隣国ユングヴィからの援軍だけではなく、 盗賊の流儀を熟知したパティの存在が大きな力になった。 難しい国家や法律の用語も、彼女が山賊になじみ深い言葉に翻訳することで スムーズに事が運んだというわけである。彼女はそのままヴェルダンに とどまり、将来的にもレスターのパートナーの座におさまるつもり らしかった。 「…ヴェルダンはあまり血筋を重視しない国柄で、ジャムカの息子だと 言っても山賊たちは納得しませんでしたが、腕っ節を見せてやったところ 感心されましてね。めでたく王として認められたというわけです。」 ヴェルダンはヴェルダンの流儀で。森と湖の国は、その名にふさわしい 平和を保ったまま、国としての形を取り戻したのである。 アグストリア、ヴェルダンよりも一足先に祖国奪還を成し遂げたのが、 シレジアである。国王セティは、次のように切り出した。 「シレジアは今、雪解けを迎えつつあります。」 セリスの解放軍がグランベルに突入した頃、中央の統制が失われたのを機に、 旧帝国に滅ぼされたシレジア軍の残党を中心に住民が武装蜂起した。 戦いは有利に進み、ユリウスが倒れたグランベルからセティが帰還して 合流すると旧帝国勢力は一気に駆逐された。 シレジアを奪還したセティは王国の復興と即位を宣言すると、 即座に国の復旧に着手した。帝国の圧政下にあったシレジアは疲弊しており 再生は難事業と思われたが、セティは見事な政治手腕を発揮して国政を掌握 すると同時に外交においてもグランベルからの支援を取り付け、 漁業・牧畜などの基幹産業とペガサス・風魔法研究といった国の特色となる 部分を中心に立て直しを行い、一気に復興を軌道に乗せようとしていた。 セティの演説は、父である前国王レヴィンに関することにも及んだ。 レヴィンは国を空けて各地を放浪していたかのように見えるが、それは 今回の解放戦争を勝ち抜くための戦略を組み立て、根回ししていたのであり、 彼がイザークのオイフェ、トラキアのアウグストら各地のキーマンに周到な 準備をさせていたからこそ今回の勝利があったのだということ。結局 シレジア復興のためにレヴィンは全力を尽くしていたのだとセティは強調した。 「父の行いを振り返って、いま実感していることがあります。 私たち一人一人の力は弱い…しかし、うまく力をあわせれば、帝国にも勝てる ほどの大きなうねりを生み出すことができます。 その力を合わせるために必要なのが、国であり世界であるのだということ。 父が命をかけて復活させた、この国、この世界…私たちにとって それがどれほど大切なものであるか、そのことに自然と想いが及びます。 私もまた、世界を守るためなら、私心を捨て、迷わずにこの身を投げ出して 何でもする…たとえ何があっても、そのために生きる覚悟があります。」 理知的な瞳に強い意志を宿らせて、セティは宣言した。 |