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しあわせの樹
3章 雪の中の萌芽 (後編) 「ドズルの状況を報告する。」 最後を受け持つ国は、ユグドラル中心の国・グランベル。その各公国の 指導者が順に報告を行うことになっていた。トップを切って演壇に立ったのは、 今やドズルを率いる身となったヨハルヴァである。 「ドズルは現在、戦後復興特需に沸いている。昔からドズル南部の森は 大陸有数の林業地帯だったが、今まで斧兵士や山賊をやっていた人々が こぞってその斧を使って山を切り開いて、焼けてしまった家の建て直しのために 尽力していくれている。力仕事が得意な連中だけに、道路整備や運輸に至るまで お手の物というわけだ。格安で各地に物資を届けることができると思うので、 各国ともぜひ活用してほしい。」 隆々とした筋肉で斧を振り回すのがお似合いだと思える彼だが、 その無骨な外見に似合わず、ヨハルヴァはドズル公爵に就任してから 見事な政治手腕を発揮していた。その気になれば 人口の増減から各部門の収入に至るまで自国の統計情報を諳んじるだろう。 それだけの力を発揮している背景には、戦争前からイザークのソファラ地方を 治めていた経験と実績があるだけでなく、彼なりの覚悟があるのだということを セリスは感じとっていた。 「…これも、おやじや兄貴の償いだと思っているからな。」 ドズル家は先の戦争でロプト帝国に加担し、イザークに圧政を敷くとともに 各地で蛮行を働きいたとされている。十二聖戦士の家系でありながら そのような行為によって地に落ちたドズル家の名誉を、ヨハルヴァは 取り戻そうとしているのだ。 その強い思いに、セリスは感嘆を覚えるのだった。 「では、エッダより報告を行います。」 続いて演壇に立ったのは、この場で最年少の人物だった。 エッダ教団の司祭にしてブラギの末裔、コープル。 わずか16歳にしてエッダ公爵の座を継いだだけに苦労するものと 思われていたが、予想に反してその説教は多くの大人たちを引きつけ、 人々を勇気づけていた。 大司祭ブラギの血のなせる業であろうか、それとも養父ハンニバルの 教育の賜物であろうか、若くして解放軍での激戦を経験した苦労が もたらしたものであろうか。彼の言葉は多くの人々に感銘を与え、 「ユグドラルに真のエッダ教団が復活した」との評判が広まり、 遠くアグストリアやトラキアから巡礼に訪れる信者もいるほど 「司祭コープル」の名声は上がっていたのである。 「帝国の圧政と戦乱によって国土が荒れ果てた今、すぐには 昔のように物資や富を大量に生み出すことはできません。 しかし、今すぐにでも昔のように豊かに生み出すことができるものがあります。 それは、人の心です。希望です。戦乱が終わり、平和が訪れました。 これからみんなでこの国を、この世界を作っていきましょう。 そのための希望を、ブラギ様が与えて下さいます…。」 ブラギの直系であるコープルが聖杖バルキリーを手に このような教えを説くことそのものが、人々に大きな希望を与えていた。 荒れ果てた国土を復興させるという苦行に立ち向かうための 精神的な支柱となることがエッダの最大の役割であり、コープルは 見事にその役割を果たしていた。 「近頃エッダに関して何か噂が立っているそうですが、内容は調査中で あり、追って対処したいと考えています。いずれにせよ、 グランベルの財政は決して豊かとは言えません。しかし、エッダは 資金がなくても人々の心に希望の光を灯すことができます。 さらに、信者の皆様が持ち寄ってくださった寄進により、十分に 運営することができています。 これからも、大地の復興を心の側面から支えていきたいと思います。」 一礼して、コープルは次の出席者に出番を譲った。 次は一転して最年長…とはいってもいまだ35歳ではあるが…の、 シアルフィ公爵オイフェであった。シグルドの側仕えとして激闘を 戦い抜いた末に、彼に息子セリスを託され、シャナンとともに子供たちを 育て上げた苦節十数年。努力が実ってシグルドの仇を討ち果たしたセリスは 王に、彼自身は公爵になったが、それ自体がまた国の再建という 新たなる苦闘の始まりだった。 それでもシアルフィはまだ恵まれたほうであったと言えるだろう。 グランベル南部の温暖な気候を活かした農業と南内海を活用した漁業、 南のミレトス自由都市との貿易をはじめとした四方の交易路を活かした 商業活動を、指導経験と知略を併せ持ったオイフェが見事に指導し、 シアルフィはいち早く国政を軌道に乗せ始めていた。 旧領主シグルドに着せられた反逆者という汚名がそそがれ、シアルフィ出身の セリスがグランベルの王座についた事実も、国民の表情を明るくする 要因であったことに間違いは無い。セリスにシアルフィを治めてもらいたいと 願う国民もいないわけではなかったが、いずれにせよこの地こそが グランベルの、そしてユグドラルの中枢であるという誇りが国民にはあった。 オイフェは現状を淡々と報告し、周囲の皆に感謝の言葉を述べると 堂々とした所作で壇を降りた。美髭公とあだ名される彼には今、結婚話が 持ち上がっているという噂であるが、それについては黙して語らなかった。 それに続くファバルが率いるユングヴィも、状況はシアルフィに準ずる ところであると言えた。 もともとユングヴィのあるユン川周辺一帯は、かつてのグラン共和国が 最も古くから栄えていたところであり、その河川を活かした大農業地帯は 国が平和を取り戻した現在、かつての豊かさを回復すべくフル稼働で 再開拓が続けられ、それこそがユングヴィの国力の源泉となっていた。 国主のファバルは決して指導者としての経験が豊かとは言えなかったが、 隣国シアルフィを導くオイフェ公のアドバイスもあり、飢餓に苦しむ各国に対する 食糧支援を国政の柱とする農業国として、ユングヴィはその存在感を しっかりと見せつけることに成功していた。さらに隣国ヴェルダンの 統一にあたっても、従兄のレスター・妹のパティに援軍を送ってその活動を 手助けし、早くもヴェルダン王国のパートナーの座を獲得しつつあった。 「…というわけで、何とかやっていけそうです。ありがとうございます。 …これでいいのかな、ラナ?」 このような場にいかにも慣れていないという表情を丸出しにした 緊張の面持ちでたどたどしく報告したファバルは最後に演壇から彼の従妹に 助けを求め、その場は笑いに包まれた。ファバルは顔を赤くして 頭をかきながらも、ラナの、そしてそれに続いた皆の拍手に送られて 着席した。 それに比べて厳しい立場に置かれていたと言えるのが、フリージであろう。 先の大戦で、国を治めていたブルームと後継ぎのイシュトー、イシュタルが 揃って死亡したうえ、グランベル帝国の中でも最も厳しい圧政を布いていた 王妃ヒルダの悪名がフリージに暗い影を落としていた。 もともと産業としては加工工業と魔道・学問が盛んな土地柄であったものの 戦争の影響によって衰退しており、ぜいたく品よりは明日を生き抜くための糧が 必要となる時勢においてフリージのそのような特色は必ずしも 求められていなかった。 それに加え、国を率いることになったフリージ家の生き残り・ティニーが 慣れない国政に自信を持てず指導力を発揮できないことも悩みの種であった。 彼女には愛する人がいるともっぱらの噂であり、本来ならば彼のいる 北国へとともに行くことこそが幸せの道だったのだろう。しかし、 後に述べる通り彼女の兄アーサーにも別に治める国がある以上、 フリージを継ぐことができるのはティニーしかおらず、泣く泣く引き離されて しまったのだ…との噂は、あながち邪推とは言い切れなかった。 「このままでは、国は立ち行きません…みんなが食べ物と仕事を求めて 苦しんでいます。どうか、ご支援をお願いします…」 泣きそうな表情で訴えるティニーに、同情する人は多かった。 この首脳会談には、バーハラ王妹・ユリアも当然出席していた。 彼女持ち前の無表情で今までの演説を静かに聞き続けていたが、 演壇に従兄の姿を認めると、その表情がわずかに引き締まったように見える。 いまユリアの目の前にいるのは、ヴェルトマー公爵・アーサー。 現在グランベル各公爵の中では唯一の妻帯者である。 戦争が終わり、ヴェルトマーに行ってまず最初に行ったのが、天馬騎士フィーとの 結婚式だったというエピソードは今でも語り草となっている。 先の戦争における罪の重さではドズル家・フリージ家以上ともいえる ヴェルトマー家…何しろ前皇帝アルヴィスはヴェルトマー出身なのだ… を立て直すという最もつらい役割も、フィーと二人でならやって見せるさ、 というのがアーサーの名言である。 だが実際、それは苦しい道のりであることが、報告からも聞いて取れた。 「…ヴェルトマーは苦難の状況にあります。戦争時代にロプト教団の マンフロイ大司教が根城にしていたこの地では 子供狩りが徹底して行われていたため、子供とともに希望を失った人が多く、 今なお未来に希望を持たせるのが難しいのです。 ロプト教徒の残党も相当残っているので、彼らの処遇も課題です。 基幹産業が農工業ではないので戦後復興のための働き口の捻出も難題。 問題山積です。」 演壇の横でフィーが、ふう、と溜息をつきながら肩をすくめた。 「中でもいちばん困っているのが、経験ある人材がいない、ということです。 ヴェルトマー公爵時代からアルヴィス皇帝の重臣であった人たちは 有能だと聞き及びますが、その方たちがみんなして引退してしまいまして。 アルヴィス皇帝に加担していた責任を取る、ってことなんですけど、 おかげで政治に慣れない私たちは苦労の連続です。」 公爵となっても軽めの口調は、アーサーの地であると同時に、今の苦労を 絶望に見せないためのせめてもの抵抗であっただろう。 「彼らには、復帰してほしいと説得も試みました。 荒れ果ててしまった国、地に落ちた名声…ヴェルトマーを立て直すために、 みんなが苦労を分かち合わないといけないのではないか、とね。 でも、彼らはこう言ったんです。未来を作るのは君たち若い者に任せる。 それよりも…」 アーサーは、昨日降った雪が残る窓の外へと目をやり、遠くを見つめた。 「誰かが、失われた過去を省み続け、清算しなければならないのだ、と…。」 「そんなわけで、政治アドバイザー募集中です。我こそはと思う人は 私かフィーに申し出てください。」 そこまで言うと、一礼して演壇から去っていく。 そんなアーサーを見つめつつ、ユリアはぽつりとつぶやいた。 「誰かが、過去を…。」 この後、首脳会談は全体会議へと移り、飢餓地域への支援や 各種ノウハウの積極提供など、ユグドラル全体による連携の強化を 確認し、復興に向けた共同宣言を出して閉幕した。 グラン歴778年、冬。雪に包まれたバーハラ城では、かつての戦友が 一同に会し、再会を喜びあった。 みんな、少しずつ先へと進んでいる。 厳しい冬を越え、豊かな春が少しずつ近づいている。 しかしそれは、いつまでも「このまま」ではいられない、ということをも 意味しているのだった。
4話へ(製作中)
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