エピローグ


 こうして、セリスは新たな一歩を踏み出した。

 誰しも、全ての存在を救うことはできない。
 自分だけの利益を求めれば、他の存在を踏みつけることになる。 トラキアの民を思う事が、レンスターの民にとっては侵略となる。 人類の発展を願っての開発が、大地を、自然を傷つける事となる。
 そんな中、どれだけの範囲のものを、自分の「共感領域」に入れるのか。 どれだけの存在と、生を分かち合おうと感じるか。 人は、無意識のうちにそれを心に定めている。
 セリスは今、それをはっきりと提示したのだ。
 自分が導くのは、ロプト信仰者を含む、「全てのグランベル人」であると。
 自分の立ち向かう敵は、ロプト教そのものではなく、人間の無知であり、 竜族の争いを人間世界に持ち込もうとする「血の呪い」であると。
 ロプト教を許さなかった父シグルドとは全く違う道を、セリスは打ち出したのである。



 それから先、セリスの国はどのような道を辿っただろうか。 本当に、歴史に「聖王」として名を残したのだろうか。 以下に示すのは、その一つの可能性である。

 ロプト信仰を事実上容認し、信仰を理由にした迫害、差別を行わないように 規定したグランベル帝国の法律は、皇帝アルヴィスの理想を実現する柱であった。 セリス王は、それをそのまま残した。
 一方で、ロプトの教義と信仰上の習慣を詳しく調べ、 人道上許されない行動をセリス側が審査し、それを厳しく禁じる法律も整えられた。
 結果として、ロプト教徒とその他の人が同じ町に住むことは多くなった。 彼らの間で喧嘩や事件が起こることも多かったが、それらが起こるたびに一つ一つ 解決していくことが、真の平和への道であると、セリスは粘り強く信じた。
 さらに、かつてのロプト教マイラ派の教えを叩き台に作られた、 一般市民の生活と抵触しないロプト信仰の宗派も起こり、一部に広まった。 エッダに集まったブラギ教団も、「反ロプト」の言葉は前面に出さずに、 行動の規範を中心として活発に布教活動を行った。 時代の変化に合わせ、宗旨変えを行った元ロプト教徒も数多い。
 これらの経過に、赤い奇妙な髪型の元ロプト教徒が大きく貢献していた……と伝える 歴史書も存在する。

 セリスたちは、ロプトウスが復活しない限り、聖戦士の武器を封印することも決めた。
 イザークのシャナン、アグストリアのアレスら、他国の国王との強固な友情と信頼が、 ここでは強力な武器となった。軍事不可侵条約とは別に、聖戦士の武器の 不使用条約を全ユグドラルで取り交わした。
 竜の力が前面に出れば、それはナーガたちとロプトウスとがより多くこの世界に関わる ことになる。彼らは戦っているという現実があるのだから、 それはユグドラルのロプト教徒とその他の人間との戦いを生むであろう。
 聖戦士の武器との決別は、竜の力ではなく人間の知恵に頼って、 世界を築くことへの決意の現れである。

 一方、バッツやシムソンたちの村について。
 セリスは定期的に村の様子の報告を受けていた。シムソンは、ロプト教を捨てなかった。 だが、行動においては国や村の掟を優先させることを常に心がけた。 シムソンと村人の間には、危惧された通り大小さまざまな問題が起き、 一時は村の平和が危ぶまれたこともあった。だが、そのたびにリルルと、 意外にもバッツが先頭に立って仲裁を行い、何とかシムソンとの共存を続けていた。
 シムソンも村の人と語り合い、集会に出たり率先して道の掃除をするなど、 積極的にとけ込もうとする姿勢を見せた。 最近は農作業も板についてきたと、リルルは言う。 バッツに言わせれば、まだまだ半人前だそうだが…。
 かつての事件を乗り越えシムソンがリルルと結婚したという報告が、 セリス王を喜ばせるのは、七年後のことになる。

 アルヴィス皇帝の理想は、シアルフィで公子として暮らしてきた、 バルドの光しか知らないシグルドには理解できないことだけれど。
 ティルナノグで庶民の暮らしを知り、差別と弾圧の実態も知り、 イード神殿やトラキアで、戦ってきた敵、それぞれの立場と価値観を知り、 レヴィン・フォルセティの教育も受け…。 光と闇を併せ持つ、セリスにならば、シグルドの遺志だけでなく、 アルヴィスの理想をも受け継ぐことができるだろう。

 アルヴィスから、ユリアへ、セリスへ、バッツやシムソンたちへ、 そしてその子供達へ…。
 歴史に学び、語り継ぐ事によって、人は成長していく事ができるだろう。

 セリスは今、新たな歴史の幕を開けようとしている。


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