5節・光と闇


 お父様は、支配者となる宿命を背負って生まれた…そんな気がします。
 幼い頃に両親を失くされ、心に深い傷を負いながらも、 お父様は周囲の方々の期待に良く応えたと言われています。

 お父様は10歳の頃、原体験とも言える経験をなさいました。 後見人でいらした当時のクルト王子とともに、馬車で移動していたところ、 通過した村で偶然、ロプト教の魔道士の火炙りの刑が行われていました。 その様子を、大勢の市民が暗い目つきでじっと見守っていたそうです。 罪人の処刑を初めて見たからというだけではなく、その雰囲気の物々しさ、 いかにも大袈裟なやり方に、お父様は違和感を感じたといいます。
 何故このようなことをするのかというお父様の問いに、 クルト王子は、「かつて、ロプト帝国は長い間帝国を支配し、 大陸を暗黒と絶望に包んだ。あの歴史を、二度と繰り返してはならない。 だから、ロプトウスの手の者は徹底的に排除しなければならないし、 このような公開処刑の方法をとることで、人々がロプト帝国を忘れることを防ぎ、 ロプトウスを許さないという心構えを保つ必要がある。」…とお答えになりました。
 しかし、お父様には拭い切れない疑問が残りました。 炎の中の魔道士の、無念と憎悪の眼差しを、お父様は一生忘れないと仰いました。

 お父様は12歳のときに、史上最年少の公爵となりました。 政治、軍略、魔道…、あらゆる分野において、お父様は抜群の才能を存分に発揮されました。 さまざまな制度の改革を行い、国力はぐんぐん発展しました。 何年も経たないうちに、世の中に革新をもたらす能力は皆に認められるようになりました。 そして…。

 お父様は、世の中で最も暗い部分、おかしい部分に気づき、 そこを変えなければならないと感じるようになりました。ロプト教のことです。
 ロプトウスの血を引く者は根絶やしにしなければならないという決まりが、 グランベル王国には昔からありました。 ロプトの血を持つと判明した者は、即座に火炙りとなるのです。
 それは、多くの人にとって、ロプト復活を阻止するための当然の方策であったのですが、 お父様はそこに矛盾を感じたのです。ロプトの血を引いているという「生まれ」を理由に、 生きる権利を奪って良いのか、と…。
 火炙りの習慣が拡大解釈され、ロプト教団の幹部、地域によってはさらに一般の ロプト信者まで処刑されることが多かったと言います。
 お父様は、子供の頃に見た火炙りの光景を思い出しました。 それまで、彼は罪を犯したから処刑されたのだと思っていたのですが、 それは違っていたのではないかと感じました。 そして、改めてその魔道士の目を思い出し…強く感じました。 軍隊は人を殺すことができます。ですが、 人の手で、思想、宗教…、「人の思い」を殺すことはできないのだと…。
 お父様は、そのようなことをわたしたちに語られました。 当時のわたしたちは、よく理解できなかったのですが…。

 そして…。ここから先は、わたしの推測です。
 お父様は、ご自分がロプトの血を引いていることを、その頃から知っていたのだと思います。 その頃や、最近会った時の、お父様の表情とか…、宮廷で耳に挟んだ話などを 考え合わせると、そのように思われるのです。
 おそらく、お父様はマンフロイに脅されていたのだと思います。 ヴェルトマー公爵家に嫁いだシギュン様…わたしたちのおばあさま。 シギュン様の出自は、当時ほとんど知られていなかったといいます。 マンフロイは、シギュン様の素性を…、そして、お父様がその…、ロプトの血を 引いていることを、伝えたのではないでしょうか。 そして、権力を取ることと、ロプト教信者の復権を働きかけたのでしょう。 さもなくば、お父様の素性をばらして、火炙りにさせる、と脅したでしょうか…。
 お父様も、ただ命惜しさにマンフロイに屈したわけではないのでしょう。 お父様ほどの才覚と識見を持ち、真摯に生きる人が、ただ血筋のために排除される…、 それが、合理的なお父様には耐えられなかったのではないでしょうか。 そのために、お父様は裏で暗黒教団と手を結んだのではないかと…、感じます。

 お父様は、そこまで詳しくは、わたしたちに語りませんでした。 ただ、…権力の座を目指した動機は、大まかに話されました。
 「私の話は、良く分からなかっただろう。今は、それでいい。 でも、これだけは忘れないでくれ。」
 わたしたちを交互にじっと見つめて、お父様は伝えました。

 「この世には、罪も無いのに、生まれだけ、血筋だけで差別され、苦しんでいる人達がいる。 どんな生まれの人でも、正しく生きる人は正しく迎えられなければならない。 …この世の中の間違いを、自分の手で直すこと。それが、私の理想だ。」

 …それが、お父様自身をはじめとする、ロプトに関わる人を指しているのだということが、 今ならば分かります。…もしかしたら、他にもあるのかもしれませんが。
 公平な世界。それが、お父様の理想だったのです。
 当時、それを理解する人は少なかったでしょう。 そのため、話し合いではなく、強引な手段を…。教団の力を借り、 クルト王子の娘…、ディアドラお母様と結婚し、シグルド様たち政敵を倒して…。
 権力の座を手に入れました。

 ところが、そのお父様も、マンフロイたちロプト教団の陰謀は見抜けなかったのです。 ユリウス兄様が、あのようなことになり…。 お父様は、結果的に悪事の片棒を担がされた…、いえ、矢面に立たされたのです。 理想の国を作るお父様の計画は、挫折しました…。
 力も、信望をも失ったお父様に残された道は、数少なかったでしょう。
 そんな中…、シアルフィ城の、わたしの目の前で、お父様は側近のパルマーク司祭に、 一振りの剣を託したのです。…ティルフィング、という銘の剣を…。
 自分の手で理想を実現できなかったお父様の最後の望みは、 次の時代をより良くするための役に立つこと。 そのためにできるお父様の役割は…、セリス様の、踏み台になること…と お考えになったのでしょう…。セリス様の手にかかることで、 セリス様を次代の指導者と皆に認めさせ、国をまとめる…。
 それが、お父様の意図する所だったように、わたしは感じます。 もちろん、そのためにはセリス様に憎まれる必要がありますから、 パルマーク司祭には口止めをしていたでしょうが…。

 わたしが、このような話をセリス様に語っても良かったのかどうか…分かりません。 ですが…。わたしは、セリス様に三つのことを知って欲しかったのです。
 ひとつめは、セリス様に倒されることは、お父様が自ら選んだという事です。
 二つめは、それをセリス様に知ってほしくなかったこと。 …セリス様。セリス様は、お父様の願いをかなえたのですよ。
 三つめは、…お父様の理想、そのものです。わたしの想像ですが…、 お父様は、聖剣とともに、公平な社会を作る理想をも、 セリス様に託したかったのではないでしょうか。
 もちろん、受け入れるかどうかは、セリス様が決めることです。

 セリス様。顔を上げてください。
 お父様の死は、やってきたことは、けして無駄ではありません。 いいえ、わたしたちの手で、意味のあるものにしなければ…ならないのだと思います。

 セリス様なら、できます―――。



 ユリアが語った、アルヴィスの理想。
 それは、セリス自身の経験に照らして、共感できるものであった。
 ティルナノグの周辺の村で、帝国兵による迫害を目の当たりにした少年期のセリス。 一方的に弱者を迫害するそのやり口に、強い憤りを感じた。 だが、それに絶望する村人だけではなく、ある時は逃げ、ある時は隠れ、あるいは戦い。 希望の火は、決して絶えることはなかった。
 イード砂漠の神殿を制圧し、その中の実態を見たときの衝撃も忘れ難い。 長年、人として生きることを拒絶され続けた彼らは、厳しい環境の中、 復讐を胸に秘めて生き長らえてきたのである。壁にあった古い落書きは、 子供の文字で「ロプトウスさま、はやくきて、たすけて」と読めた。 その最後の字は弱々しくかすれ、その下には、 周囲のものより二回りほど小さい白骨があった。
 レンスターで忌み嫌われていたトラバントの名は、トラキアでは英雄として 崇められていた。かの地では、自分たちに富をもたらし、 貧困から脱する力を与えてくれる者こそが、信じてもらえるのだった。
 セリスの従兄弟にして親友であるリーフ…現トラキア王…から耳にしたことがある。 トラキア半島を統一する目標は同じなのに、なぜ北と南は争わねばならなかったのか、と。
 リーフに同行する暗黒魔道士、セイラムにも出会った。また、 リーフの育ての親の一人であるエーヴェルという女性を窮地から救ったのは、 セイラムの連れていたサラという少女であることも聞いた。  リーフは直接触れなかったが、サラの素性について、セリスは大まかに推測できていた。 セイラムの態度からして、彼が昔から…、つまりロプト教徒だった時代から、 サラを敬っていたと思われる。ロプトウスの血を引く者か、あるいは ロプト教団幹部の娘か何かであろう。
 そんな彼女が、リーフにとってかけがえのない物を与えてくれたことも、 当時のセリスにとって驚きであった。

 そんな一つ一つの体験と、墓の前でのユリアの言葉。
 それが、セリスの真実だった。


 セリスにも、村人の気持ちは痛いほど分かった。 彼自身も、ロプト教団の手によって大切な仲間を奪われた事は、一度や二度ではない。
 世界のために、ロプト教の壊滅が必要だと思ったこともあった。

 …だが。
 セリスは、それとは異なる決断をした。
 まず、バッツの後でおどおどしている息子、ケインの前にしゃがみこみ、彼に小声で話す。
 「パパには言わないから、教えて。本当に、誰かと一緒に村を出て行ったの?」
 セリスの威光は…、ここでは、通じたようだ。ケインは怯えながらも、 素直に首を振った。……横に。
 そして。
 鍬を強く握り、振ろうとしたバッツの手を、セリスは後ろから掴んで止めた。
 「バッツさん…、私の話を聞いてほしい。」


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