3節・顕現


 翌日の朝。セリスのもとを訪れたバッツは、 シムソンに捜索への協力を要求した。 「お前がしらを切り続けるのなら、村の一員としてわしらに協力し、その証拠を見せろ」 というのがバッツの言い分であった。 昨日、あれだけシムソンを敵視していたバッツにしては、 意外な行動だとセリスは感じた。だが、シムソンがそれに応じたので、 彼はバッツや村人とともに行動することとなった。
 セリスは最初、村人と行動をともにし、バッツやリルル達とシムソンの様子を見ていたが、 特に変わった様子は無かった。山道に入るところで、セリスと直属の兵士達は、 村人とわかれて行動することにした。
 高い緑の木々に囲まれて狭い道を行くこと、しばしの間。 澄んだ空の天井を捻じ曲げるような少女の叫び声が、セリスに異変の到来を知らせた。
 「あの声は…、リルルっ!?」

 セリスは、兵士達の先頭に立って声の方向へと急いだ。 弟に続いて、姉のリルルまでも何者かにさらわれたのだろうか? …皮肉なことに、そんなセリスの心配は杞憂だった。 セリスが事件現場にたどり着いたとき、事態はすでに破局を迎えつつあった。

 十数人の村人が、若い男女を取り囲んでいた。 村人達が手に握る鎌などがこれから武器としての役割を果たそうとしていることを、 彼らの血走った目が証明していた。
 障害が無かったならば、彼らは既にその怒りを行動に変え、 目的を果たしていたに違いない。だが、彼らの怒りの対象となる男を、 一人の少女が庇っていた。
 「分かってはいたが…。わしも娘には甘い。そこにつけ込まれる前に、 無理やりにでも引き離しておくべきだったな…。」
 溜め息混じりの言葉とともに、村人の中から、一人の男が進み出た。 白髪のたくましい男…、バッツである。 怒りと戸惑いが相半ばする表情で、彼は少女を…、娘を見下ろし、命令した。
 「リルル…、そこを退くんだ。」
 バッツたち村人に囲まれ、地面に座り込んでいるのは、 焦燥の色をあらわにしたシムソンだった。奇妙に膨らんだ足首をさすり、 痛そうに顔を歪めている。足を捻って、動けないようだ。
 そのシムソン自身の代わりに、リルルが彼の肩をしっかりと抱きしめ、 目に涙を貯めて父を睨み、彼の命を身を挺して守っていた。
 「いや…、嫌あぁ…」
 リルルは、目に涙を一杯に貯めて、だだっ子のように首をぶんぶんと横に振って抵抗した。
 「これは…、どうしたのです!?」
 それまで言葉を失っていたセリスが、ようやく口にできた言葉は、 極めて抽象的なものに過ぎなかった。

 「セリス様か…。」
 バッツは、自分の怒りを抑えるように深呼吸して、セリスの方に向き直った。
 セリスにとって不思議だったのは、バッツたち村人とシムソンとの間の空気が、 昨日にも増して悪くなっていた事である。
 昨日の村人は、とりあえずシムソンを捕まえ、厳しく追及しようという雰囲気であった。 だが、今は…。鬼気迫る村人の目、じりじりと包囲の輪を狭める動き…、 まるで、すぐにもシムソンを殺そうとしているかのようである。
 その事についてセリスに聞かれ、バッツは説明を始めた。
 「わしは、シムソンがやったと思っておりますからな。悪いが、村の者に 昨日から今日の間、シムソンの家の中を捜してもらったのです。 そして見つけたのが…、これです。」
 そう言って、バッツが出したのは、一冊の黒い本であった。 表紙には、「ロプト教典」とある。シムソンは唇を噛み、バッツの手の中のその本を、 鋭い目で見据えた。

 「こいつは、ロプト教徒なんですよ。あの、子供狩りをやった、ロプトの手先なんだ!」

 ようやく、セリスは理解した。
 村人達の尋常ならざる殺意は、過去の怨念を背負ってこそのものだったのだ。

 「…さあ、もういいだろう。リルル、そこを離れるんだ。」
 溜め息をつき、鍬を握り直したバッツが、苛立たしげに黒い声を出した。 だが、リルルがシムソンを離す気配は無い。一方のシムソンは、 リルルを人質に取る気配を見せず、武器も(少なくとも見えるところには)持たず、 ただ顔を伏せ、重苦しい沈黙を保っていた。
 「違うよ、パパ…。シムソンはぁ、悪い人じゃないよう…。 きっと、きっと何かの間違いよ…。」
 リルルは、必死にシムソンを弁護する。だがその一方で、 シムソン自身は顔を背けるばかりで、何も語ろうとはしなかった。 その態度は、バッツに自分の想像への確信を与えた。
 「こいつが何も言わんのが、動かん証拠だ! 子供をさらうような奴は、ロプト教にしかいないだろうが!」
 バッツは一度武器を放し、娘に近寄り…その体を抱えてシムソンから引き離そうとした。
 「…ケインを失って、こいつに逃げられてからでは遅いのだ…。 わかるだろう、リルル…!」

 …その時。
 「あーっ、パパだー!」
 子供の叫び声とともに、山道の向こうから、また別の人間が二人、現れた。 10歳ほどの男の子と青年が、こちらに向かって歩いてきた。
 「良かった。これで安心ですね。」
 青年はそう言って男の子を送り出し、ほっとした表情で、 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。赤い髪、 それも額の前で垂れ下がる細い巻き髪が非常に特徴的な、切れ長の目をした青年である。 暗灰色のローブなどの衣装から、魔道士のように見えた。 それは、セリスにとって見覚えのある顔だった。
 一方、男の子の方は、バッツから視線を外さず、一直線に駆け寄って行く。そして…、
 「パパ!」
 「…ケイン…!」
 あっという間に父親の胸にたどり着き、一日ぶりの親子の再会を果たしたのである。

 しかし、これは本質的な問題の解決には繋がらなかった。
 対立が再発したきっかけは、男の子を連れてきた赤毛の青年が、 バッツ親子の傍らに倒れる男に話しかけたことであった。
 「おや…、シムソンではないですか。ずいぶん久しぶりですね。 こんな所で怪我をして…、どうしたのです?」
 シムソンは、驚きのあまり思わず声をあげていた。
 「セ、セイラム様…。」
 セリスは、赤毛の青年の正体を思い出した。彼は、ロプト教徒でありながら教団を脱走し、 リーフ王子と合流して激しい戦争を戦った暗黒魔道士、セイラムだったのである。
 彼ら自身としては、これは昔の知り合いの思いがけぬ再会であった。 だが、別の心の眼鏡を持つ者にとっては、その光景は別の物として捉えられた。
 「そうか…。貴様ら、グルだな…!?」
 息子を高く抱き上げて再会を喜んでいたバッツは、二人の声に鋭く反応し、 泣きじゃくる息子をゆっくり下ろしてから、セイラムとシムソンを交互に睨んで告げた。
 当の二人も、リルルも、セリスも…一瞬、その言葉の真意をはかりかねた。 四人の中で最も素早くバッツの考えを理解したのは、 これまで偏見に最も多く触れてきた、セイラムであった。 彼は、素早くバッツに説明を始めた。
 「ま…、待ってください。この子は、道に迷っているところを、 私が助けてここに連れてきたのですよ。」
 まだ泣いているケインは、何も言わずにうなずいた。しかし、
 「ふん、白々しい芝居をするな。貴様らはいつもそうだ…。」
 バッツはセイラムの言葉を一蹴した後、ケインをきっと見つめて尋ねた。
 「ケイン、お前は父さんの言い付けを守ったよな? 自分一人だけで村を出ていったりするような子じゃないよな?」
 ケインは父の眼光に射すくめられ、びくびくした表情で首を縦に振った。 それを認めたバッツは、大声で村人に自分の考えを喧伝し始めた。
 「おい、みんな聞け。この赤髪の怪しい男は、わしらが集まっているところに いきなり現れ、親切な面をしてケインを返してくれた。だが、 それにしてはタイミングが良すぎると思わねえか? なんで、わしらがシムソンの野郎を倒すすぐ前になって、現れやがったんだ? それに、一人で村を出て行くはずの無いケインが、どうしてここにいるんだ?」
 バッツの野太い声は、周囲の村人達全員に届き、その心をざわめかせた。
 「わしは、こう考えたんだがな。まず、ロプト教団でケインをさらう計画を立て、 シムソンか他の誰かがケインをさらった…。ところが、シムソンの奴が わしらに追いかけられて、捕まりそうになっちまった。 そこで、このセイラムとか言うやつが出て、無関係なふりをして話をでっち上げ、 シムソンから目をそらせようって寸法よ。だが、わしの目は騙せん。」
 そう言って、バッツは節くれだった人差し指を伸ばし、セイラムの手をびしっと指さした。
 「その服の下に持っている、黒い本は一体何だ?」
 セイラムは心の中で動揺したが、それは顔に出さず、 セリスに目配せをした後に平静を装って答えた。
 「…ヨツムンガンドの魔道書です。…ちなみに私は、ロプト信者ではありません。」
 この言葉は真実ではあったが、バッツたち村人の立場では、どう見ても違った。 前半のみ真実、後半は真実と正反対…、それが、まっとうな解釈であった。
 …このときセリスは、動けないでいた。このままではまずい、 そう頭で分かっていても、人々の心に何があるのかが掴めず、 たとえ分かったとしても、どれが正しいのかが判定できなかった。
 セイラムの答えを聞き、バッツは鬼の首を取ったように勢い良く主張を始めた。
 「そら見たことか。つまり、こいつらはロプト教の手先なんだよ。 今回はケインは無事に帰ってきてくれたが…、このままだと、また連れ去られるかもしれんし、 …そうなったら今度は、帰ってくる保証は無い。 それを防ぐには…。」
 バッツは、再び鍬を手に取り、逆手に持って今度はセイラムに向けた。 その構えには隙が無く、普通の兵士と比べて遜色無い実力を感じさせた。
 「こいつらを、始末するしかない…!」

 バッツの決意の言葉に、村人数人が戸惑いながらも武器を手に取った。 今度は、相手に武器が有る。だが、村人たちは怯んではいないようだった。 …死を賭してまで、その行動をするだけのものが、彼らに有る…。 セリスは、戦慄を禁じえず、いまだに行動を決断できないでいた。
 そして、無言のうちにバッツが鍬を持ち上げ、 再びリルルに離れるよう促そうとした時。
 「だめえっ!」
 リルルの方が、先に叫んだ。リルルは先程からずっと、セイラムの近くで、 シムソンを抱きかかえて座り込んでいる。
 「そんなの、ダメよぅ…。勝手に自分で考えてるだけじゃない…。 ちゃんと調べて、話し合えば、ほんとのことが分かるわよ…。」
 涙を溢れさせながらも、その目はバッツを厳しく見つめ、外さなかった。 それを見たバッツは、一旦リルルの説得を止めた。 そして、その側に蹲り、ずっと押し黙っていたシムソンを見やった。
 「シムソン…、どうした、反論できないか。 なら、黙ってないで言ったらどうだ。あなたの言う通りです、とな。」
 皆の注目が、シムソンに集まった。


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