「ユリアの日記」〜第四章・聖戦編 Part4



グラン歴 778年 4月 14日  
作者・鵜楽氷水様
もうすぐヴェルトマー城に到着します。

……ですがその前にどうしてもセリス様に聞いておきたいことがあったのです。
レヴィン様には…聞いてはいけない事のような気がしたから…

「神をその身に降ろすのは……恐ろしくは無いですか?」

するとセリス様は笑って、
「怖いよ。」とだけ言いました。そしてこう続けます。
「だけど、その恐怖を押し殺してまですべき事が僕にはあるんだ。
そしてそのすべき事のためには、このティルフィングの神の力が必要なんだ。
だから僕はこの力を使う事を躊躇いはしない。」

ティルフィング…勝利の剣…改めてまじましとその剣を見てみると、やはり並々ならぬ物を感じます。
この剣がお父様の血を吸っているのだと思うと…何とも言いようの無い気持ちになります。

「もし…自我が神の意思に支配されて…自らの意思でない行動をとってしまったら…と恐れる気持ちは無いですか?」

「僕は無い。例え今僕が行動していることがバルドの掌の上で踊っているだけだとしても、これは確固たる自分の意思だと信じているから不安など無い。だからユリアも……」
するとセリス様は何かを取り出しました。それは…あの一音壊れたオルゴール。
「………恐れることは無い。ユリアがこのオルゴールの事を、前に進むことを覚えている限り、そんな事は無いよ。」

蓋を開けると響く音色に私は耳を傾けました。
「……ではセリス様。一つお願いがあります。そのオルゴールを…持っていてくださいませんか?
そして私が…私の意志をなくしてしまったとセリス様が判断されたとき、そのオルゴールの音を鳴らして欲しいのです。

するとセリス様は頷き、オルゴールをしまいました。

あぁ、願わくはあのオルゴールの音を二度と鳴らすことが無いように…と切に願います。

グラン歴 778年 4月 15日
 ナーガの聖書を手に抱き、はじめて眠った昨日の夜。
 とてもあたたかい、懐かしい夢を見ました。

 光の道をわたしが歩くと、周囲にさまざまな情景が浮かび上がります。
 最初は最近の思い出…そして、だんだん昔のことへと。

 セリス様とラナさん、ラクチェさん…解放軍のみんなと一緒に戦った日々。
 雪に閉ざされた極寒の小屋で、ひとり物思いにふけったわたし。
 近くの森を歩き、精霊の森についての話を聞いたわたしとお母様。
 お母様の胸に抱かれて一心に乳を飲んでいるわたし。

 そして…さらに昔へ。

 森の中で木の実を拾う女性。…わかります。あれは、精霊の森で暮らすお母様。
 次は…宮廷で寂しく暮らし、哀しくひとり歌う女性を見つめる…クルトおじいさま。
 そして、グランベル王国を治め、平和と栄光の中にある…アズムールひいおじいさま。
 …さらに、さらに、どんどん長い道程を行き、たくさんの人が、光の中へと歩んでいきます。
 それは、受け継がれし光の血脈。

 目が覚めて、とても…あたたかい気持ちに包まれました。
 永遠とも思えるほどに長い道程を、たくさんの人たちの手によって受け継がれながら、 今、わたしはここにいる。
 そのことに自然と、感謝の気持ちがあふれ、わたしは聖書を抱きしめていました。

グラン歴 778年 4月 29日
 十二魔将と呼ばれた強敵たちを解放軍は恐ろしいほどの実力で打ち倒し、 この地のグランベル帝国軍は壊滅しました。
 残る相手は、ただ一人です。

 生まれ育った場所であるバーハラ城を見上げ、 解放軍の皆さんに向かって、わたしは静かに告げました。
 「皆さん、ありがとうございます。あとは、わたしが…終わらせます。」

 みんなが、見守ってくれています。泣きそうな顔の人も多くて、 少し困ってしまいます。
 セリス様は、ゆっくりと語りかけました。
 「ユリアのことを、見届けるよ。私たちは…ユリアの味方だから。」

 終戦の日は、明日です。

グラン歴 778年 4月 30日
 ひとりで出陣し、バーハラの城、玉座の間に入りました。
 かつてはお父様が君臨し列強を跪かせていたこの場所に今は、 世界に見捨てられた皇子が、たった一人で座っていました。

 「ユリアか…」
 つまらなさそうにつぶやく皇子…。これから訪れる皇子の死を悼み悲しむ人は、 もはや世界中のどこにもいないでしょう。
 …ただ一人、ここにいる者を除いては。

 わたしは、ナーガの書を開きました。
 優しくあたたかくなつかしい光の奔流が、わたしから大きく沸き起こります。
 時代の流れ、人々の意思が、金色の竜を形作りました。

 「さようなら、兄様…」

 その言葉が終わったとき。そこにいたのは、わたしだけでした。

グラン歴 778年 5月 5日
 戦いは、終わりました。

 セリス様はバーハラを制圧し、戦いの終結を宣言しました。
 事前に全てを考えていたレヴィン様のおかげもあり、その後の体制についても 驚くほどスムーズに決まっていきました。

 シャナン様、アレス様、リーフ様とアルテナ様が会見場に入り、 セリス様に別れを告げました。 それぞれ、イザーク、アグストリア、トラキアに入り、新たな王として 復興を始めるのです。
 「無理解に基づくイザーク国内の族長の行いが、戦いの発端だった。 外国との相互理解につとめ、戦乱が繰り返されるのを防がねばならん」 とシャナン様は言います。
 「シグルドとその息子を倒す…というのは、間違っていたようだな。 詫びというわけではないが、国の一つぐらい引き受けてやるさ。 間違っていたら、やり直せばいいんだ…」とアレス様。
 「トラバント王の夢は、トラキア半島統一だった。 父上の夢とトラバント王の夢…、まだまだ力不足だけど、 私が継いでいくつもりだ」とリーフ様。
 セリス様はそれぞれにねぎらいの言葉をかけ、見送っていきました。

 解放軍というひとつの組織もまた終わりを迎え、 新たな時代が、はじまります。
 それぞれの人が、それぞれの決意をこめて、あらたな人生の一歩を 踏み出していきます。

 わたしは、どうすればよいのでしょうか。

グラン歴 778年 5月 7日
 バーハラ城の一角に、真新しい石碑が立っています。
 ディアドラお母様の名と没年月日が刻まれていたその場所には、 最近になってアルヴィス…お父様のそれも刻まれました。 遺体が埋まっているわけではなく、記念碑的なものとのことです。
 一部には取り壊しを主張する声もありましたがセリス様はそれを許さず、 かわりにユリウス兄様の名がそこに加わりました。

 「お父様、お母様、兄様…」
 花束を捧げ、手を合わせました。
 その瞬間…幼い日の多くの思い出が、胸いっぱいに溢れて。
 涙が、こぼれていました。

 その場を去り、廊下を歩こうとすると、目の前に セリス様とレヴィン様とラナさんの姿が見えました。
 微笑んであいさつをしようとしましたが…わたしの気持ちは、見抜かれていました。
 セリス様は、あたたかい声で言いました。
 「よかった…ここに来てくれて。 ユリアの気持ち…全部は分からないけれど、少しでも分かち合いたいと…思っているよ。」
 ラナさんも、慈愛のまなざしで。
 「ユリア…、泣いてもいいの。役に立てないわたしでも、 胸ぐらい貸せるから。…友達でしょ?」
 レヴィン様は…暖かい風のように、見つめていました。

 ひとりで泣かなくてもいいんだ、そう思ったとき。
 すでに涙は止み、自然に笑うことができていました。

グラン歴 778年 5月 10日
作者・鵜楽氷水様
にいさまがバーハラを制圧してから幾日か経過しました。

私にできる事とは何でしょうか?
この20年程にも及ぶ聖戦を繰り返さないため、私ができることとは何でしょうか?

この聖戦は、紛れも無く12聖戦士が引き起こしたことです。そしてその中でもとりわけヘイムの一族が……作り上げたグランベル帝国が……

…漸く考えがまとまりました。

私はヘイムの血を私で断ち切ることにします。
ヘイム一族のあまりに強すぎる力はこの世を圧するに余りあるものでしょう。
しかしその力ゆえにこの第二の聖戦は起きてしまった…
そして私がどなたかと血を交わらせれば、次のグランベルの王となられるにいさまと仲を違える事になり、第三の聖戦が勃発することでしょう。
何故ならヘイムがロプトを倒すという図式は変わっておらず、よってこの世界のシステムもまた変わっていないからです。

なら私が変えれば良いのです。私が誰とも交わらなければこの世界は現実世界のバルドと並ぶ精神的支柱のヘイムという神話世界の存在は消え、バルドがこの世界において唯一の覇者となり、
これ以上の愚かな聖戦はさけられるでしょう。

そして私はその世界を見届ける義務がある。だって私がこのねじれた世界を作ったから。
だから私は死なないし、死ねない。

イシュタルが言ったように、私には生き続ける義務があるのですから。

グラン歴 778年 5月 15日
 レヴィン様が、この世界を去ることを告げました。
 セリス様はレヴィン様を「フォルセティ」を呼び、感謝を述べました。 大陸を動かしあたたかい光を導く風となったレヴィン様。 その大きな存在の正体を、セリス様は正しく見抜いていたのでしょう。
 わたしは、そこまでは分かりませんでしたが…、 世界を導く存在であるレヴィン様が、もうここを去るときが来たことは、 何となく分かっていました。

 「レヴィン様…わたしをここまで育ててくださって、 本当にありがとうございました。」
 わたしはお礼を述べました。 そして、レヴィン様からの「卒業試験」のつもりで、 わたしと世界の将来について、わたしが決めたことを告げました。

 レヴィン様は、ただうなずき、
 「ユグドラルの人の幸せを祈っている。…さらばだ。」
 そう言って、去っていきました。

 これからは、人が人の力で生きていくのです。

 とはいえ、わたしが学ぶことが何もなくなったわけではありません。
 むしろ、セリス様たちとともに新しい国を作るためには、 学ぶことがいっぱいです。言語、算術、歴史、政治、魔道、思想…。 復興活動を始める一方で、これらを学ぶことも大切です。 セリス様とわたしは、宮廷付教師の方を選び、教えていただくことになりました。
 もちろん、セリス様や仲間をはじめとした「生きた教材」は より貴重なものです。 これからも成長していかなければ、と決意しました。

グラン歴 778年 6月 24日
作者・みのる様
 今日は与えられた課題を解く為に、図書室へと足を運びました。
 建築学と歴史学の棚から数冊借りました。自室へと運ぶのに難儀をしていたら、通り かかった文官の方が手伝ってくださいました。ありがとうございます。
 それとは別に、童話の本も1冊借りました。題名からはわからなかったのですが、蔓 草を象った装丁には覚えがありました。
 課題を片付けてから読もうと思っています。
 セリス様は幼い頃からオイフェ様やシャナン様に帝王学やその他諸々を師事されてい たそうですが、各地を治める事になった皆は、私同様初めての学問に戸惑っているそ うです。私も頑張らなくては、と思います。

グラン歴 778年 7月 6日
作者・みのる様
 今日も図書館へ行きました。課題は先日提出しましたが、関連して地理学と文化史に も興味が涌いてきたからです。
 先生には「そんなに頑張らなくてもいいのに」と言われました。それは確かに真実で はあるので、これから学習は人目につかないところでやろうと思います。
 侍女の方にバーハラのお茶の入れ方も教えて戴きました。シレジアではお酒を入れま したと言ったら驚かれてしまいました。何故か今度試してみようという話になってい ました。そういえばシレジアを出てからはずっと飲んでいないので懐かしいです。話 を聞いたセリス様が自分も飲みたいと仰られていました。私もこちらのお茶の淹れ方 で皆さんに振舞えるくらいに上手にならなくては。

グラン歴 778年 8月 15日
 …平和な日々が、続きます。
 戦乱の続く国もあり、復興の手が届かず飢餓が続く地方も残っています。 それでもユグドラルは一歩一歩確実に、治世へと歩みだしている。 そう確信できます。

 あの戦いが、昨日のようでもあり、遠い昔のようでもあります。
 思えば、今までの経験すべてが、あの日のための糧となっていました。

 お父様、お母様、兄様と過ごした幼い日。
 あたたかい愛情に包まれ、幸せというものを知りました。 家族によって、わたしは命と希望の大切さを知り、「理想を思い描く」 ことができるようになりました。

 シレジアで放浪し、レヴィン様に育てられた時期。
 理想通りにはいかず、この世の摂理の中を必死で生き抜いて。 何かをなしとげるには、知恵と実力…「現実を見つめて生きる力」が 必要だと理解し、それをたくわえた時期でした。

 解放軍に入り、打倒帝国を目指して戦った日々。
 平和を求めて戦争をするという矛盾に苦しみながら、 セリス様と大切な仲間たちとともに道を切り開き、 自分にできるベストを尽くし、「現実の延長上に理想への道を紡ぐ」ことを学びました。

 理想を描くこと、現実を生きること、その折り合いをつけること。 そのすべてがあったから、わたしは戦うことができたのだと思います。

 わたしの人生で出会ったすべての人に、感謝を…。


 平和のおとずれとともに、最後の日記帳も終わりを告げた。
 ユリアはその後、バーハラ王宮にてセリス王を 陰で支え続けたといわれるが、公式記録にはほとんど残っていない。
 ユグドラルに数百年にわたって刻まれた聖戦の系譜も、ユリアの決意により 終わることになるだろう。

 聖戦とは金色の竜と黒き竜の戦いだったといわれている。だが…。
 あらゆる試練を乗り越えて最後の場所へと赴く決意をするに至った、 ユリアの心の戦いこそ、真に「聖戦」と呼ぶべきものではなかったか。

 ユリアの人生の足跡があなたに何かを残してくれたなら、幸いである―――。


「ユリアの日記」・完
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