| グラン歴 778年 3月 2日 |
マンフロイの手により、ヴェルトマーへと移動させられました。
今度もまた、塔の一室に閉じ込められました。
…お父様はなぜ、パルマーク司祭に聖剣を託したのでしょうか。
パルマーク司祭が城を脱出したとして、どこへ行くのでしょう。
帝国軍…いえ、マンフロイ一味に渡すのであれば、あのようなことを
独断で行う必要はないはずです。となると、司祭の行き先はそれ以外、
つまり聖剣の行く先は…。
いえ、いいえ、きっと気のせいです。
それより、わたしの希望を実現するすべを考えなくては…
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| グラン歴 778年 3月 6日 |
牢から引き出され、大広間の会見場へと引っ張り出されました。
そこで待っていたのは、マンフロイと、そして…ユリウス兄様でした。
「すべてを思い出しました。まるで、きのうのことのように…」
わたしが言うと、兄様はなじるように返します。
「ふふふ、それはよかったな。優しかった母上のことも思い出したか」
その瞳は、暗い闇と血の赤。かつての兄様とは全く違います。
かわいそうな兄様の身体を使い、もてあそぶ存在を…わたしは許しがたいと
思いました。
「…あなたは誰なの?あのとき…マンフロイ大司教が不気味な黒い聖書を
持ってきたとき…何もかもが変わってしまったわ。
優しかったわたしの兄はその日を限りにいなくなって、あとに残ったのは
恐ろしい力を持った悪魔の子だけだった。
あなたは母様だけでなく兄様までわたしから奪った。
あなたはいったい誰!?なぜ、わたしたちを苦しめるの!?」
…セリス様たちが聞いたら、激しく怒るわたしの姿に驚いたかも
しれません。それほどまでに、わたしは…兄様を操るこの存在…
ロプトウスを、憎んでいたのです。
兄様を闇の呪いから救い、和平へと向かわせる…その一心でした。
…ところが兄様は、にっこり笑うと、明るい声で微笑んだのです。
「いやだなあ、ユリア。ぼくはぼくだよ。
…そうだ、また遊びに行こうよ」
そう言って、わたしの手を引き、移動を始めました。
その様子が、あまりにも…あの幼い日、強引にわたしを誘って
探検に行ったユリウス兄様に似ていたせいで、わたしは
流されるままについていってしまいました。
塔の螺旋階段を、二人で降りていきます。
「思い出したかな?あの日も…こうやって、二人でバーハラ城の中を
歩き回ったんだよね。ちょっと奥まで行き過ぎたせいで、ユリアが恐がってさ。
それで戻ったんだけど、母上に叱られて…」
思い出を語るその姿、口調…それは、あの日のユリウス兄様
そのものでした。ああ、まだ兄様は生きている…そんな安らいだ気分になります。
ヴェルトマーのその塔の地下は牢になっていて、多くの子供が
とらわれていました。
ユリウス兄様はその中のひとつの鍵を開け、中にいた数人の子供を出しました。
「ほら、元気に出ておいで。楽しい遊びをしてあげるから」
無邪気そうに言うユリウス兄様。まるで子供好きであるような雰囲気に、
わたしが微笑ましさを感じた、次の瞬間でした。
「………!!」
叫び声をあげるいとまもなく。
子供たち全員が闇に包まれ、見るも無惨な姿へと変わり…倒れました。
そのまま、二度と動くことはなく…。
ユリウス兄様が詠唱もなく闇魔法を使い、子供たちを…。
「ふふっ…あんまり可愛いから、思わず…殺しちゃったよ。」
純真そのものの笑みの奥に見える、ユリウス兄様と…闇の精霊たち。
その背後には…たった今殺された子供たちと…幾千幾万の子供たちの霊気が
苦しみ続けているのが、はっきりと見て取れました。
「あ……あああ…」
わたしは、がっくり膝をつき、そのまま動けませんでした。
そのあと、ユリウス兄様とマンフロイが何かを話していたようですが、
わたしには聞こえませんでした。
結局、わたしはまた元の牢に戻されました。
わたしは…甘かった。痛感しました。
ロプトウスが兄様を操っているのだから、兄様の呪いを解けば
元に戻すことができる…その希望は、一瞬で砕け散りました。
ユリウス兄様は間違いなくあの日のユリウス兄様自身でありながら、
残虐非道なロプトウスでもあったのです。
ユリウス兄様は、あの日の兄様のまま、自ら闇に手を染め、
母様を、子供たちを…数え切れぬ国民を、殺してしまったのです。
考えてみれば…、わたしが思うような優しい兄様であれば、
たとえ操られていたのだとしても、これほどの罪を犯してしまった自分自身を
赦すはずはないでしょう。
日記を書くのも…もう、無駄だと思えます…。
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| グラン歴 778年 3月 10日 |
外の様子が、騒然としていました。
大きな事件が起こったのかと思ったところ…。
牢番の人どうしが、小声で話をはじめました。
それを耳にしたとき、わたしはさらなる衝撃を受けました。
「陛下が!陛下が反乱軍のセリスに討たれ、お亡くなりに!」
「どうなるんだ、これから…」
「大丈夫だ。ユリウス皇子も、マンフロイ大司教もいる。
もともと陰で傀儡皇帝と呼ばれていた陛下が亡くなっても…」
「だが、落とされたシアルフィの国民は大喜びだって言うじゃないか。
悲願の敵討ちを達成したセリスに、万雷の拍手と喝采だったって
吟遊詩人が触れ回ってるぞ」
「……正義は向こうにあるのか?…が、力があるのは、こっちさ…」
…お父様が、お亡くなりに!
それは、認めたくない…でも、認めざるをえないできごとでした。
お父様は聖剣ティルフィングをパルマーク司祭を通じセリス様へと渡し、
自らセリス様に討たれることを望んだ。新たな英雄に、国を託すために。
そう考えれば、すべてのつじつまは合うのです。
「皇帝アルヴィスを倒す!」そう語るセリス様の瞳を、記憶の中から
思い返しました。希望に満ち溢れたその視線をさえぎることは、
わたしにはとうてい不可能に思えました。
そして…、ユリウス兄様の闇の向こうに見えた、無数の苦悶。
セリス様が掲げる剣に注がれるであろう、熱狂的な支持。
すべてが、ひとつの方向へと向かっているのを感じました。
わたしの夢は、時代という名の濁流に押し流され、崩れ去りました。
お父様と、お母様と、兄様とに囲まれた、あたたかく楽しかったあの日…
もう、二度と戻ることはないでしょう。
あとには、何も残っていない…のでしょうか…。
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| グラン歴 778年 3月 13日 |
わたしを絶望の深淵から引き上げ、救ってくださったのは、またしても、
お母様でした。
何気なく額に手をやったとき、そこに何かが触れました。
それは、サークレット。お父様から渡された、お母様の形見という
サークレットでした。
お母様の…。そう思ったとたん、ふと、そのサークレットから
声が響いたような気がしました。
「どうすれば、理想のようになるのか、考えて、考えぬきなさい。
それが、幸せをつかむ道よ。」
…そう。あの日の、お母様の言葉。それを糧にして、
希望をかなえる術を考えていたのですが、どうやら無駄だったようです…。
そう思ったとき、その会話に続きがあったことを思い出しました。
「もし、それでも考えつかなかったら?」
わたしの問いに、お母様は答えていたのです。
「その時は…ほかにも希望がないか、頭をからっぽにして考えてみるの。
ほかの人、大切な人の希望のために、いっしょにがんばるのもいいわ。
どうすればいちばん良いのか、どうすればあなたが幸せなのか。
あなた自身で、しっかりと考えなさい。それが、生きる強さというものよ。」
…ああ。
七年も前から、お母様は今のわたしをしっかりと見つめ、導いてくださっていたのです。
思えば、お母様は…どんな思いで生きてきたのでしょうか。
オイフェ様から聞いた限りでは、シグルド様の妻であったお母様は
マンフロイに連れ去られたとのこと。以来、お父様の妻として、
わたしたちを生み育ててきたのです。
深刻な表情で祈りを捧げていることの多かったお母様。
思い過ごしかもしれませんが…、お父様と結婚した際には失っていた
シグルド様との記憶を、わたしが育った頃にはすでに取り戻していた
のではないか、と感じるのです。
一度は生涯をともにと誓ったはずのシグルド様を失ったお母様の悲しみは、
どれほどだったでしょうか。
ですが、お母様はそれをわたしたちに見せることなく、生き続けたのでしょう。
お父様とともにわたしたちを育てるという、この世界に残った
希望を…果たすために。
わたしも、お母様に学び、倣わねばなりません。
一度の挫折で、生きる望みを失ってはいけません。
この世界に残った中から、あたらしい理想を見出し、
そこに向かって全力を尽くしましょう。
塔の窓から、星がきらりと光りました。
「ユリア…強く生きるのよ」
お母様の声が、わたしの意識に響きました。
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| グラン歴 778年 3月 17日 |
冷静に考えれば、たどりつく答えは、明らかでした。
わたしにとっての「家族」は、おそらく、失われました。
ユリウス兄様を救うことは、できないでしょう。
わたしに残された大切なものは…、まず、解放軍の人たちです。
セリス様、ラナさん、ラクチェさん、フィーさん、ティニーさん…、
皆さんとの絆を大切にしたいです。
そして、この世を覆うロプトの非道から、人々を救うこと。
マンスターで見た子供狩りのひどさには怒りが沸き起こりましたし、
解放を喜ぶ人々の声を聞いたときは軍の一員として達成感を味わいました。
戦争を行うセリス様と、解放軍の皆さんのことを、思い返しました。
トラキアで戦うセリス様の表情は、悩みと苦渋で満ちていました。
侵略者として罵られる解放軍。子供狩りを行わず、トラキア国民にとっての
英雄であるトラバント王を討つセリス様は、自分を納得させるのに
大変な苦労をしていました。
決して最善の方法ではなくても。帝国を倒すという目的のために、
この現実のなかで、いまの自分にできるベストを尽くす…。
そう告げて、セリス様は戦いを続けたのです。
わたしにも、言ってくれていました。
わたしがマジックシールドを使ったあの日。
セリス様はわたしに歌を教え、一度は敗れても志は死なないと
教えてくれました。
マンフロイにとらわれ、解放軍の皆さんと一度は離れても、
理想までは失われない。
お父様とお母様と兄様と…再びみんなで暮らす夢を奪われても、
生をやり直すことはできる。
戦いを通して、セリス様とみんなが教えてくれたことでした。
高い理想を抱いて、求め続けても、現実には決してその通りにはいかない。
それでも希望を失わず、現実を見つめて、理想を裏切る罪を重ねながらも
理想に少しでも近づける努力を怠らない。
お母様が言っていた、「生きる強さ」。
セリス様たちを見ていて、はじめてその本当の意味がわかりました。
…迷いが無いといえば、嘘になります。
ユリウス兄様を救う方法があるならば、考えは変わるかもしれません。
それでも、わたしは…。
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