「ユリアの日記」〜第四章・聖戦編 Part1

 貴重な歴史資料が集まる、バーハラの書庫。そこには公式の歴史記録だけでなく、 私的な文書、たとえば日記も隠れている。中でも、激動の人生を歩んだ 光の皇女・ユリアの日記は、彼女の人となりを知るのに貴重な資料となるだろう。

 数冊に分かたれたユリアの日記はそれ自体が、 彼女の歩みが波乱に満ちたものだったことを示す。

 今回は、その中の四冊め。
 すべての記憶を取り戻し、自らの過去を正面から見つめ、 逃げず恐れず未来への一歩を踏み出した「ユリアの聖戦」を紹介しよう。

 まっすぐに生きる、強いユリアを―――。




グラン歴 778年 1月 3日
 …すべてを…思い出しました。

 わたしは…何と多くのものを、過去に置いてきてしまったのでしょう。
 今は…何も、考えられません。

グラン歴 778年 1月 7日
 …何から、書きましょうか。いろいろありすぎて、混乱します。
 わたしは今、ロプト教団大司教マンフロイにとらわれ、 シアルフィの地下牢に幽閉されています。
 わたしは、グランベル帝国の皇帝アルヴィスの娘、ユリア。 失われた記憶を、取り戻しました。

 皇女なのに、なぜ牢にいるのでしょうか。それは、今まで帝国に敵対する 解放軍で活動していたから、ということもあるでしょう。 ですがそれ以上に大きな理由は…、わたしが、ナーガの末裔である ことなのだと、今ようやく悟りました。

 バーハラで平和に暮らしていた日々…、マンフロイやロプト教の人間も 存在しましたが、それほど権勢はなく、幼いわたしの目からは すばらしい社会であるように見えていました。
 ですが…今は、ロプト教団の力が高まり、各地で非道が行われています。
 幼い頃、宮廷で学びました。ロプトウスが復活したとき、 それを制することができるのは、バーハラ王家に生まれた ヘイムの直系の人間だけなのだと。そして、その聖痕の形は…。
 わたしは、自分の胸にある痕を見ました。 わたしこそが、ナーガの直系、ロプトウスを倒せる唯一の存在である ことを、その聖痕は暗黙のうちに語っていました。

 わたしにそんな力があるなど、とうてい実感することはできません。 夢ではないか、思い違いではないか、そう思いたくなります。ですが…。
 光の精霊は、なぜ誰よりもわたしの周囲に集まるのでしょう。
 ロプト教団は、なぜあんなにもわたし「だけ」を追っていたのでしょう。
 レヴィン様は、なぜわたしを保護し、長い間育ててくださったのでしょう。
 …冷静に考えるほど、逃げられない事実がわたしに突きつけられます。

 それと、もうひとつ。暗黒神ロプトウスの正体は、何なのか。
 確たる証拠はありませんが…わたしには、分かります。
 解放軍のわたしが会った、ユリウス皇子。闇の精霊が全身を包み、 残酷きわまる表情を見せた彼こそ、ロプトウスに違いありません。
 その彼を倒せる唯一の存在であるわたしは…、 十年間もいっしょに育った、妹なのです。

 わたしは、どうすればよいのでしょう。

 これまでの罪を詫び、平和に暮らしたいと言えば、わたしは許されるでしょうか。 …とても、そうは思えません。
 わたしはこれまで数え切れないほどの帝国兵と戦い、命を奪ってきました。 その罪の報いが、のしかかります。それに、そもそもわたしを殺しさえすれば 恐いものなしのロプト教団が、わたしを生かしておくはずはないでしょう。

 解放軍に戻って戦おうとすれば、みなさんはわたしを迎えてくれるでしょうか。 …これも、分かりません。
 帝国を倒すために集った人たちの中に、帝国皇女がいてよいのでしょうか。 幼い頃、わたしが宮廷でぬくぬくと育っていた間に、彼らは塗炭の苦しみを 味わっていたかもしれないのです。

 それに。
 どちらにしろ、わたしが牢から出ないことには、何もできません。
 明日にも殺されているかもしれないわたしが、こんなことを書いていて 何になるというのでしょうか。

 …書けば書くほど、八方ふさがりであることが分かります。 …考えるのが、いやになってしまいます。

グラン歴 778年 1月 13日
 何もせず、無為に過ごす一日でした。
 今のわたしにふさわしい、みじめさでしょうか。

 わたしが大切だと思っていたものがありました。
 ひとつは、家族。
 そして、解放軍の仲間。
 わたしが至らぬばかりに、いま、その両方がわたしから失われようとしています。

 これを、絶望というのでしょうか…。

グラン歴 778年 1月 20日
 地下牢から塔の一室へと、移動させられました。

 マンフロイと衛兵に取り囲まれ、城の中を移動した中で…、 廊下に掲げられた肖像画が、わたしの目に入りました。
 「グランベル帝国初代皇妃」と題されたその絵。 椅子に座り穏やかに微笑むディアドラお母様の姿を見て、わたしは 雷に打たれたようにはっとしてしまいました。
 「ん?母が恋しくなったか?だがこの女も遠い昔にあの世に行った。 あきらめることじゃな…」醜く笑うマンフロイの声も空ろに、 促されるままわたしなその場を去ります。
 ですがわたしの脳裏には、お母様のまなざしがいつまでも残っていました。

 わたしは、思い出したのです。
 幼い日…お母様と別れることになる少し前の日に、 お母様の部屋で、教え、諭されたことを。

 「ユリア、忘れないで。大切なのは、希望を持つことと、希望を大切にすること。 あなたの本当の希望があるなら、実現できないだろうと思っても、捨ててはいけません。 どんなに辛くても、前へ生きることを諦めないで。 どうすれば、理想のようになるのか、考えて、考えぬきなさい。 それが、幸せをつかむ道よ。」

 お母様は、そう言っていました。

 牢に入った後、わたしは心の中でお母様に謝りました。 大切なことを教えてくれたのに、忘れていてごめんなさい、と。
 …今おもえば、宝石のように…いえ、そんなものよりずっと貴重な言葉です。
 捕らわれて以来やけになり、何も考えずに過ごしていた不孝を悔やみ、 立ち直ることを心に決めます。

 どんなに難しくても、あきらめないこと。
 希望を持つこと。どうすればよいか、考えて考えぬくこと。
 わたしをここまで育ててくれたお父様とお母様、レヴィン様と みなさんのためにも、しっかり立ち向かおうと決意しました。

グラン歴 778年 1月 26日
 わたしは今、何をすべきでしょうか。
 お母様の言葉に従うなら、それは…希望を持つこと。
 わたしの希望、夢…それは何か、考えました。

 未来を描くには…過去を振り返ること、だと思います。 わたしがこれまで生きてきて、嬉しかったこと、楽しかったこと、 そういったことをひとつひとつ、思い描いていきます。

 マジックシールドを教わったり、花嫁さんになりたいと言ったり。
 イシュタル姉さまにお花の冠を作ってくれたり。
 ユリウス兄様と一緒に、塔の地下まで行ったり。
 お母様といっしょに、森を歩いたり…。
 ひとつひとつの光景が、つい最近のことのように思えます。

 …そう。はっきり思い出しました。
 あのときわたしが描いた、将来の夢。
 お父様とお母様とお兄様に囲まれて、花嫁さんになって、 みんないっしょに幸せになること。
 それは…いまでも、失いたくない理想です。

 でも…今は、それだけではありません。
 セリス様も、ラナさんもラクチェさんも、シャナン様も …解放軍のみんなとの、大切な絆。これも失いたくはありません。
 ラナさんに傷病兵看護の要諦を教えてもらったり。
 リーンさんをまねて踊りを試してみたり。
 みんなと一緒に、ミレトスに行く約束をしたり…。
 あんなふうに、みんなで笑いあいたいものです。

 わたしの理想とする世界の像を、思い描きました。
 バーハラのお城か、街中で、セリス様とラナさんと、みんなと一緒に働いて。 そして夜になってお城に帰ったら、お父様とお兄様が迎えてくれる。

 セリス様とユリウス兄様が握手して、わたしを包んでくれて…。
 戦いをやめて、みんなで頑張って、にぎやかに笑いあって。
 大切な人たち、みんながそばにいる。

 そんな世界を、わたしは…ほしいと思います。

グラン歴 778年 2月 4日
 さらに、考えを進めます。
 解放軍にいたわたしの前に現れた、ユリウス皇子の表情。 わたしが昔から知っていた「ユリウス兄様」の成長した姿であることは はっきり分かりますが、それだけではない…言い知れない 闇の気配が感じられました。
 幼かったわたしに対して、同い年なのに、ユリウス兄様はいつも わたしより優秀で、優しくて、わたしをいつも導いてくれました。 塔の中で心細かったわたしの手を引いてくれたユリウス兄様の手のひらの 感触は、今でも思い出すことができます。
 優しかったユリウス兄様が、子供狩りのような冷酷なふるまいに 及ぶとは、信じられません。それと…あの日の闇の気配とを 考え合わせるなら。

 ユリウス兄様は、闇に…ロプトウスにとらわれているだけでは ないでしょうか?兄様の意思とは無関係に、操られているのでは ないでしょうか?
 もしも、ユリウス兄様から闇を払い、ロプトウスの呪いから 解き放つことができるなら。
 そうすれば、昔日の幸せを取り戻すことも、できるのではないか…。 そう思うのです。

 解放軍の皆さんは、それを許すでしょうか?
 ユリウス兄様は、マンフロイたちにそそのかされ、操られていた だけだと言えば…わたしが必死に訴えかければ、不可能ではないのでは ないでしょうか。
 もしユリウス兄様を牢にとらえるというなら、わたしも一緒に入りましょう。
 いずれにせよ、伝説にしたがうなら…わたしが動かなければ、 ユリウス兄様は殺されることはないのです。 …ナーガの血を引くのは、わたしだけなのですから。

グラン歴 778年 2月 14日
 わたしのやりたいこと…、だんだん、整理されてきた気がします。
 ユリウス兄様に会って、兄様の意思ではなく、ロプトウスに操られている だけである証拠をつかみます。おそらく、ロプトウスの書が 鍵になるのではないか、と思います。
 何らかの方法で、その力を奪うことができれば…。 たとえば、ナーガの力をつかえば、相殺することが、できないでしょうか。
 そうすれば、子供狩りも止み、帝国の非道を止めるために戦ってきた 解放軍も戦う理由をなくすはず。わたしがこれを主張し、仲裁すれば…。
 …そうすれば、昔のように…みんなで、楽しく…

 ……
 何でしょうか…
 とても…大切なことを、忘れているような…

グラン歴 778年 2月 26日
 夜もふける頃、コツコツと、足音がこちらに迫ってきました。
 はっと飛び起き、背筋が寒くなりました。マンフロイが、わたしを殺しに 来たのでしょうか?
 その心配は、ひとまず杞憂に終わりました。

 牢の扉が開き、そこに現れたのは、お父様でした。
 世界に覇をとなえるグランベル帝国皇帝、アルヴィス… 七年ぶりに見るお父様はしかし、その肩書きを持つ人間にしては あまりにやつれて見えました。
 燃えるように赤かった見事な髪は色あせ、白髪も混じるようになり。 額や頬に刻まれた深いしわは、以前の数倍にも増えていました。
 長い間お会いしていなかったとはいえ、ここまで変わるものでしょうか。 その沈んだ表情に、わたしは悲しみをおぼえました。

 お父様は、パルマーク司祭…幼いわたしの宮廷付教師でした…に 伝説の武器・ティルフィングを預け、城の外へと逃がしました。

 お父様はわたしに謝りましたが、わたしはお父様を憎んだことなど 一度もありません。今まで記憶を失い、お助けできなかったことが 悔やまれました。
 お父様は続けます。
 「ユリウスは暗黒神ロプトウスの生まれ変わりだ。 我が最愛の妻を殺し…そしておまえまで…」
 はっと、わたしは気づきました。
 お母様は、すでに亡くなっているのです。それも…お兄様に殺されて。 …いいえ…暗黒神ロプトウスに。

 「おまえはパルマーク司祭とともに逃げなさい」
 そう告げるお父様に、わたしは自分の考えを言い、 戦いをやめるように説得しようと思いました。
 しかしその間もなく、マンフロイが現れたのです。

 マンフロイはわたしを人質とし、お父様に行動を強制します。
 お父様は最後に、わたしに何かを託しました。
 「このサークレットを受け取れ。これはおまえの母の形見、 そして…おまえを守る最後の…」
 その先を聞き取れないまま、わたしはマンフロイに連れ去られました…。

 お父様の眼差しには、疲れだけではなく…深い決意の色があったのは 気のせいでしょうか。
 ……深く考えないでおきましょう。
 がんばればきっと、わたしの望む未来が…



 第四章〜聖戦編 Part2へ



 前に戻る

 トップページに戻る