「ユリアの日記」〜第三章・青春期編 Part4




グラン歴 777年 11月 4日
 …ずっと、気になっていたことがあるのです。思い切って、聞いてみました。
 「シャナン様。シャナン様はわたしを見ると、苦しそうな顔をなさることが あるように思います。それは、なぜでしょうか。 もし、わたしがシャナン様を苦しめているようでしたら、申し訳なく思います。 何かありましたら、おっしゃってください。 できる限り、直しますので…。」

 シャナン様は一瞬驚いた顔でこちらを見ますと、ふっと微笑みました。
 「そんな思いをさせていたのか。すまない。」
 そういうと、事情を話してくれました。

 シャナン様は昔、セリス様のお母様であるシャーマンの ディアドラ様と一緒にいたのだそうです。 当時は子供でありながら、シグルド様にディアドラ様を守るよう頼まれて。 しかし彼女はあるとき何者かに連れ去られ、シグルド様の死へと つながっていった、と。
 そして、同じシャーマンであるせいか、わたしを見ると ディアドラ様を思い出されるのだそうです。 面影がある、とシャナン様は言っていました。

 シャナン様の苦しみは、シャナン様にしか分からないことで、 わたしがなぐさめを言ってもはじまりません。 ただ、それを忘れずに今までセリス様とともに志を貫いたことは 素晴らしいことだと思いますと、そう言うことしかできませんでした。
 ただ、ディアドラ様のことは、わたしが自分を知るうえで 大切な手がかりになる気がします。 それを教えてくれたことに、お礼を言いました。

グラン歴 777年 11月 26日
作者・鵜楽氷水様
今日私はある事に気付きました。
いつもの様に皆と服を着替えていると……
私は…胸が小さいのではないでしょうか?
ラナやラクチェはとても女性らしい胸ですし、他の方…特にアルテナ様はとっても魅力的で女性の私でもほれぼれしてしまうような美しさです。

身体は人それぞれだと思っていますので、私の胸が小さい事はそれほど気にしてはいません。
けれど…私の…私から将来生まれてくるであろう赤ちゃんが可哀相です。
もし私の胸が小さすぎて…母乳が出ないとしたら…赤ちゃんには…乳母を頼まないといけません。

ごめんなさい…赤ちゃん……

グラン歴 777年 12月 3日
 恐ろしい夢を見ました。

 昨日、アリオーン王子を倒し、トラキアの戦いは収束しました。 しかし最後の瞬間、わたしたちの前にひとりの人が現れ、 アリオーン王子を連れ去ったのです。その人は、ユリウス皇子でした。

 はじめて間近で見た、ユリウス皇子。 恐ろしいほどの数の闇の精霊に包まれ、血のような赤いしるしを額に持って。
 彼はわたしを見て、にやりと笑い。 わたしにだけ聞こえる声で、告げました。
 「すべてを思い出させてやろうか?」
 そして次の瞬間、その場から消えたのです。

 わたしは床に入り、物思いにふけりました。
 失われた記憶の扉が、すぐ近くまで来ているのを感じました。 ですが…それは開いてほしくないという思いに、押しつぶされそうです。
 やがて、闇に引きずり込まれるように、わたしは眠りについていました。
 そこにいたのは、幼いわたし。
 お父様と、お母様と、にいさまと。
 「まじっくしーるど」のおまじないを学ぶわたし。
 にいさまと一緒に地下にたんけんに行くわたし。
 「ユリアにもシャーマンの能力があるのね」という、お母様の声。
 そしてある日闇が目覚め、わたしの…お母様を…!!

 「おまえは帝国の娘。闇の宿命からは逃げられん」
 低い声が、わたしの魂をふるわせるように響きました。

 「いやあっ!」
 思わずわたしは叫んで、はね起きていました。

 単なる夢だと思いたかったです。でも…あまりに、真実味にあふれていました。
 いいえ、もしかしたら、今いるこちらのほうが、夢なのかもしれません。

 解放軍の一員として、みんなと一緒に戦った日々。 でもそこには、避けては通れない忘れ物があったのです。
 それは…失った記憶の中のわたしは、みんなの敵ではないのか、ということです。
 それこそが現実として、すぐ目の前に迫っているのではないか。 そんな予感がしてなりません。

 歴史上、光の聖戦士ヘイムはバーハラを治めたので、 光魔法使いもバーハラ出身者が多いそうです。 わたしを見た村人が、バーハラの服装だ、と言ったこともありました。 ティニーさんは、ヴェルトマーの血をわたしに見出しています。 そして、ユリウス皇子までが、わたしを…
 もしわたしが、グランベル帝国の主要な貴族などの娘であったなら。 帝国を敵としてきたわたしの世界は、根底からくつがえされます。
 ここにいるみんなを、敵としなければならなくなるかもしれません。
 …そんなことをするぐらいなら、自分の命を絶つほうが… そんな考えまで、頭をかすめます。

 とても、考えがまとまりません。
 ただ、ただ…みんなと離れるのが、怖いのです。

グラン歴 777年 12月 5日
 あれから、全く眠ることができませんでした。
 トラキア戦争終結に沸き立つみんなの前で、根拠もないわたしの悩みを 言い出しづらかったのですが、このままでは倒れてしまいそうでした。

 陣地の中でみんなも見守っている中、ぽつりとつぶやきました。
 「セリス様…」
 ですが、どうしたの、と言われると、うまく言葉で言い表せません。
 「いえ、何でもありません…」
 そう口ごもると、セリス様は心配そうに、  「今日のユリアは少しおかしいよ。何か気になることでもあるの?」と 声をかけてくれました。
 わたしは、不安な気持ちをおさえることができませんでした。
 「セリス様と離ればなれになって、もう二度と会えない気がします。 わたし…怖いのです…」

 気がつくと、みんなもこちらを見ていました。
 「ラナさんも…ラクチェさんも…みんなと会えなくなってしまったら… わたし…どうすれば…」
 思わず、涙があふれそうでした。

 セリス様はにっこり笑い、わたしを励ましてくれました。
 「前にも言っただろう、ぼくはユリアを守る。信じてほしい」と。
 それで、不安が少し薄らぎました。 ただ、わたしがみんなの敵かもしれない、とは、口には出せませんでした。

 「それに、もし離れ離れになっても、あきらめることはないよ」
 セリス様は、さらに続けました。その言葉に、わたしは驚きました。
 「こういう歌があるんだ。レヴィンから教わったから、きみも知っているかな?」
 そう言って、セリス様は歌い始めたのです。

  〜黒騎士ヘズル、魔剣ミストルティンをもって闇を裂き
   聖剣士オード、神剣バルムンクをもって闇を打ち払い
   聖騎士バルド、聖剣ティルフィングをもって闇を照らす
   そして最後に聖者ヘイム、ナーガの聖書をもって天にいのる

   いのりは光、光は白い竜となり暗黒の竜に戦いを挑む
   白き竜と黒き竜、光と闇の、いつ果てるとも知れぬ長い戦い
   行き着くところは勝利か、それとも死か

   だが私は恐れはしない、たとえ我らの戦いが敗北に終わろうとも
   我らが求めた光は、決して失われはしない
   私は信じる、我らの心を受け継ぐ者を
   私は信じる、我らの光をうけつぐものを 〜

 「戦いに負けて命を奪われても、その志は死なない。 心は誰かに受け継がれて、生き続ける。そういう歌だ。」
 セリス様は続けます。
 「ユリアのことも同じだ。ぼくたちはユリアを守る。けれど、 たとえユリアがぼくたちと離れてしまっても、 ここで、ぼくたちと一緒にいた『ユリアの心』までが死んでしまうわけではない。 もし、また会えるチャンスがあるのなら、恐れずに、 自分が正しいと信じる道を、進んでいけばいいと思う。」
 …その言葉は、わたしの心の底に響きました。
 「もしかしたら、今まで進んだ道が間違っていたと気づくことも あるかもしれない。そのときは、反省して行く道を直すんだ。
 …たとえ失敗しても、あきらめずに前へ進んでいくことが、大切なんだと思う。 だから、怖がらないで、ユリア。
 ぼくたちは離れ離れになっても、きみを守るから。ね、 みんなも何か言ってあげて」
 そう言って、セリス様は周りのみんなを振り向きました。

 「もちろんよ!ユリアが来て、回復役の友達ができて、 とっても嬉しかったんですから。これからも、ずっと友達よね?」と、ラナさん。
 「目にくまができていたから、心配していたのよ…」とラクチェさん。
 「あんなことは二度とごめんだからな…」とシャナン様。
 「水くさいなあ、心配があるなら早く言いなさいよね」とフィーさん。
 「私の父キュアンも志半ばで倒れたが、私がその心を継いだんだ。 さっきの歌は嘘じゃないよ」とリーフ様。
 「俺はシグルドの息子を仇だと思っていたが。 間違っていたら、やり直せか。確かに大切だな」とアレス様。
 「後で踊りを見せてあげる。元気になってね」とリーンさん。
 「離れるときは言ってね、餞別あげるから。それまで勝手に どっか行っちゃダメよ」とパティさん。
 レヴィン様は、何も言わずに微笑んでくれました。

 「そうだ。これからミレトスの自由都市へ行くから、 二人で街へ買い物に行こうか。ユリアの好きなものを買ってあげるよ」
 そんなことまで、セリス様は言ってくれました。
 「あ、いーなー。ねえセリス様、あたしも連れていって、何か買ってよ」
 パティさんが口をはさみます。
 「ちょっとパティ、そんなこと言わないの!…と言いつつ、 わたしも楽しみなんだけど…」と、ラナさん。
 俺も、わたしも、と声がかかり、いつの間にかみんなで行くことに なってしまいました。

 「みなさん、ありがとうございます。たとえ離れたとしても、 みなさんがわたしを守ってくれるのですね。」
 わたしは感激していました。
 「それなら…、セリス様、少しだけ目を閉じて…」
 本当はみんなにしてあげたいけれど、一人だけにしかできないから、 最初に話をしてくれたセリス様に。
 “マジックシールド”を、かけることにしました。
 セリス様は心配したけれど、これがわたしの意志ですから。
 「これで、わたしも、離れていてもあなたを守ります…。」
 そんな気持ちを乗せて、神のご加護を念じました。

 今日はじめて、気がつきました。
 わたしはいつの間にか、かけがえのないものを手にしていたのです。
 わたしが去年、ほしいと思っていた、「命をかけてでも、成し遂げたい何か」。 それはきっと、このみんなの思いを果たすことではないでしょうか。

 「セリス様、皆さん、本当にありがとうございます。」
 心の底からの感謝を、みんなに伝えました。

グラン歴 777年 12月 10日
作者・鵜楽氷水様
トラキア城のアルテナ様の部屋に、「いばら姫」があったので、許可をえて久方ぶりに手にとってみました。
………??何故か以前に読んだ時と比べて、違う印象を受けます。
私は以前長い間のお互いの関係によって愛は生まれると考えましたが、今はそうでもないように思えます。
解放軍の皆とは、まだ出会って一年も経っていません。ですが………

無視の反対が愛だといいます。
私は皆をとても大切に思っています。もしかれらに何かがあったら、私は無関心ではいられません。
そして彼らの苦痛を自らの苦痛と感じるでしょう。私が敵に捕らわれた時、皆が私を助けてくれた時のように………
私と皆を私は共通感覚を持つ仲間だと信じています。

愛に時間など関係ありません。いばら姫と王子だってそうです。ピンとくる何かがあったのでしょう。
私はこの気持ちを否定する事は出来ません。だって兵士の一人一人は、まだ話した事も無いセリス様を信じて、文字通りピンと来てセリス様について行っているのですから……

だから人は皆この気持ちを持っているのでしょう………
「この人の為に何かしてあげたい」という気持ちが………

今の私にとってその対象は私を変えてくれた解放軍全体であるのです。
皆に出会えて…良かった……

グラン歴 777年 12月 23日
 ミレトス半島に入り、ペルルークを攻略しました。明日には、街に入ります。

 凍った過去の記憶が、砕けようとしている。闇が、待ち構えている。
 恐怖は、消えたわけではありません。

 ですが…それに向き合う心構えは、できています。
 家族、故郷、闇。何があるのでしょうか。
 ですがわたしの意志があるかぎり、みんなを敵にすることは、きっとないでしょう。
 たとえ失敗しても、あきらめたりはしません。

 でも、それはそのときのこと。
 明日は、みんなで買い物を楽しむことにしましょう。


 …運命を司る者は、どこまで過酷な運命を彼女に課すつもりなのだろうか。
 またしても、ユリアの日記はこの日をもって中断を余儀なくされた。
 深淵へと引きずり込む闇が、ユリアを襲う。

 だが、ユリアはもはや子どもではない。
 天真爛漫で無垢で、大切な家族に囲まていた、幼年期のユリア。
 無口で無表情、行く末を見失った、思春期のユリア。
 大切な仲間とともに、人生の目的を見出した、青春期のユリア。
 ありとあらゆる経験が、「何をすればよいか」の判断力と、 それを実行できるだけの強さとを育んでいた。

 ユリアの目の前に、世界で最も悲しい戦いが待ち受ける。

 幸いにして、捕らわれの彼女の懐には、小さなメモ帳が隠されていた。
 それが、四冊めの日記帳となる―――。


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