「ユリアの日記」〜第三章・青春期編 Part1

 貴重な歴史資料が集まる、バーハラの書庫。そこには公式の歴史記録だけでなく、 私的な文書、たとえば日記も隠れている。中でも、激動の人生を歩んだ 光の皇女・ユリアの日記は、彼女の人となりを知るのに貴重な資料となるだろう。

 数冊に分かたれたユリアの日記はそれ自体が、 彼女の歩みが波乱に満ちたものだったことを示す。

 今回は、その中の三冊め。
 同年代の仲間たちに支えられ、迷いながらも一歩一歩、 自らの運命に向かって歩み続けた、戦いの日々について紹介しよう。

 思えばこのときが、ユリアにとって最も輝かしい、 「青春」というべき時代だったのではないだろうか―――。




グラン歴 777年 3月 1日
 わたしにとって、新しい何かが始まった一日でした。

 レヴィン様に連れられてたどり着いたのは、ガネーシャの城。
 帝国と戦う「解放軍」にわたしをあずけ、レヴィン様は一人で別の場所に行く と聞かされました。

 レヴィン様と離れて、多くの人とともに暮らす。 わたしが覚えているかぎり、はじめての経験です。少し、戸惑いました。
 ですがきっと、レヴィン様の考えあってのことなのでしょう。
 わたしは、ずっと考えていました。 わたしはここで、何をしたらいいのか。 …何か言わなければ、と思いましたが、何も言葉が出ませんでした。

 最初に解放軍のリーダーであるセリス様と、そして他の方々と お会いしました。わたしと近い年の人ばかりで、驚きました。
 セリス様は、指導者でありながら温和な方で、わたしを「守る」と 言ってくださいました。…この方には何かがある。そう直感しました。

 その他にも、何人かの方にお会いしました。
 僧侶のラナさん、剣士のラクチェさん、騎士のオイフェさんと、 デル…あれ?
 こんなにも大勢に囲まれることははじめてで、お名前を覚えきれません…。
 恥ずかしい限りですが、これからこの場所で、頑張ろうと思います。

グラン歴 777年 3月 3日
 セリス様は最初、わたしに何もしなくていいとおっしゃいました。
 戦うことはもちろん、事務も雑用もしなくていい。わたしは客分なのだから、と。
 そうして食事と寝室を用意していただきました。
 ですがそれではあまりに、申し訳が立たないと思うのです。

 ラナさんが昼食を用意し、わたしとセリス様が受け取ったとき、 わたしは食事の準備をお手伝いしましょうか、と言いました。
 ラナさんたちは最初「いいよ、そんなこと」と言いましたが、 わたしは何だか申し訳なく、しばらくうつむいて黙ってしまいました。
 するとセリス様が、
 「ユリアは、ここで何か役に立ちたいの?」
 と、静かに聞いてきました。わたしがうなずくと、
 「わかった、じゃあ頼むよ。ありがとう、ユリア」と言ってくれました。

 今日の夕食から、食事の準備や掃除の手伝いをすることになりました。 ラナさんとスカサハさんに教えていただきながら、食事を盛り付け、 皆さんといっしょに食べました。
 みなさん明るく語り合いながらの食事…はじめて見ましたが、 よいものだと思いました。

グラン歴 777年 3月 5日
 騎士のオイフェ様たちから、解放軍の目的と意義について聞きました。
 グランベル帝国がイザークを占領したが、兵士の横暴が目に余るため、 帝国を追い出して新しい国を作ろうとしていること。
 現皇帝アルヴィスはシグルドという方を不当に裏切り者に仕立てて 謀殺したため、遺児であるセリス様が仇をうとうとしていること。
 特に、ロプト教団は子供狩りなど虐殺を繰り返しているため、彼らと その後ろ盾の帝国を倒そうとしていること…。

 話を聞いて、わたしはすぐに何かを言うことができませんでした。
 ここは軍隊なのだということを、あらためて認識したのです。

 ロプト教団…わたしを狙っている人々です。セリス様たちは彼らの敵なのですから、 わたしがここにいるのは間違っていないかもしれません。 セリス様もオイフェ様も、親切で誠実でよい方々です。
 ですが…敵となる人たちは、戦争で殺さなければならないほどなのでしょうか。
 優しいここの皆さんが人を殺すところを、わたしはどうしても想像できません。

 オイフェ様は、
 「すぐに決めることはない。自分の目で見て、感じて、やるべきことを 決めればいいんだ」と言ってくださいました。
 とてもありがたく思いました。

 わたしが戦えるのかは、まだわかりません。
 ですが、お世話になっているのですから、食事などのお手伝いは続けるつもりです。

グラン歴 777年 3月 13日
 ラナさんから、リライブの杖をいただきました。
 「レヴィン様がいなくてさびしいでしょう」と言われましたが、 そんなことはありませんと答えました。実際、今までと比べれば 目まぐるしいほどの日々です。
 貴重な杖をもらって、うれしく思いました。 それ以上に、ここで皆さんの役に立つことができる、 というのがうれしかったのかもしれません。

 いよいよ、出陣です。
 セリス様やスカサハさん、ラクチェさんたちの引き締まった顔と 厳しいまなざしは、別人のようで、戦争の厳しさを感じました。
 わたしはラナさんといっしょに、後方の安全地帯で待機し、 負傷兵の治療にあたりました。

 負傷兵を治すと、まだ戦える人はまた出陣していきます。
 彼らの何人かは、その先でまた敵の兵士を殺すことになるでしょう。
 …わたしも、その片棒をかついでいるのです。
 それで、よいのでしょうか。

 …ですがわたしは、傷つき苦しむ兵士たちを放っておくことが できませんでした。傷がふさがり、わたしにお礼を言う兵士の明るい顔も 印象に残っています。
 この杖をいただいたラナさんには感謝していますし、 傷ついた人を治すのは、無駄ではないと信じたいです。 これからも、できるかぎり人を治したいと、今は思っています。

グラン歴 777年 3月 24日
作者・鵜楽氷水様
今日は、ラナと一緒に、先の戦いで怪我をした人たちの治療をしていました。
私はシレジアにいた頃、本だけはたくさん読みましたので、医療についてはあらかた心得ています。

けれど、実際に怪我人を前にしてみると…思わず目を背けてしまいたくなります。
ですが患部を見ないと治療が出来ません。

それに私は…包帯が上手く巻けないのです。本ばかり読んで、経験が無かったからです。
力を入れて苦しそうな声を出させてしまったり、ぐるぐる巻きになったりします……
その点ラナは、私より医療の知識は少ないように思えますが、私よりももっと手早く包帯を巻けますし、
治療も的確で多くの人を素早く楽にしてあげられます。

私は今まで自分がいかに小さな場所に居たのか、改めて思い知らされました。
そしてその事をラナに伝えると、
『でも、私が知らない事を、ユリアが知っているからとても助かるわ。私たち良いコンビでがんばりましょ。』と言ってくれました。

私はラナのこの言葉でとても胸が軽くなりました。
ラナはとても素敵な子です。私もラナのように明るく、他人を思いやれる人になれたら…と思います。

グラン歴 777年 3月 26日
 セリス様といっしょに、イザーク南部の村を訪問しました。
 村を荒らしていた盗賊と帝国兵の残党を追い払ったセリス様は、 村長に感謝されていました。
 セリス様と一緒に村を回ると、そこかしこに傷跡が見て取れました。
 略奪され、焼き払われた家。真新しい村人の墓。松葉杖の女性。 血の跡…。
 村長によれば、無抵抗の村人を殴り、作物を略奪し、子供をさらい、 止めようとした村人は容赦なく殺されたのだとか。 イザーク国王ダナンが盗賊と結託しているそうです。

 セリス様はわたしに、光の魔道書を渡してくださいました。
 「ユリアの判断で、必要だと思ったときに使ってほしい」と。
 魔道書を持つと、光の精霊がわたしのまわりに呼び出されたのが分かります。 なんだか、なつかしい気持ちでした。

 次の出陣では、より前線近くで治療にあたることになりました。

 解放軍と帝国軍、どちらかにつくなら、解放軍だと思います。 ですが、帝国軍は本当に殺さなくてはいけないのでしょうか。 話し合いですませることはできないのでしょうか。
 …あれほどの被害を受けた村人に申し訳ないと思いながらも、 そんな思いに、まだ揺られています。

グラン歴 777年 3月 29日
 セリス様から渡された、光の魔道書。
 できることならば、使いたくない、と。そう思っていました。

 激戦の中、セリス様の頭をめがけて斧が振り下ろされようとしたとき。
 わたしは無我夢中で、呪文の詠唱をはじめていました。
 気がついたとき、わたしの目の前にあったのは、 光魔法によりすべてのエーギルを失い、やせこけた頬で大地に倒れる 兵士の姿でした。
 彼のぎらつく無念の眼差しを忘れることは、ずっとできないでしょう。

 わたしは今、取り返しのつかないことをした。人の命を、この手で奪った。
 彼の家族に殺されても、わたしは文句を言えない…。
 そんな思いが、ぐるぐる回っていました。

 「ユリア、危ない!」
 気がつくと、わたしへの攻撃を、セリス様が必死に防いでいるところでした。
 セリス様をお助けするつもりが、かえって迷惑をかけてしまったのです。
 わたしは、ひたすら走りました。
 戦場から…戦争から、逃げていったのです。

 わたしは、どうすればよいのでしょう。
 少なくともあそこは、戦う覚悟を決めない人がいてはいけない場所なのです。
 それだけは、はっきりとわかりました。

グラン歴 777年 3月 31日
 負傷したわけでもないのにわたしは、陣で倒れて起き上がれませんでした。
 戦いの後に皆さんが、見舞いに来てくれました。
 そんな皆さんにわたしは、戦う理由を聞きました。

 ラナさんは、せっぱつまったイザークの状態を訴えました。
 もともと貧しい土地なのに、帝国が来てから兵士が略奪し、もう生きていけない人も 多い。罪もない人が飢え死にするよりは、戦いたい、と。
 ラクチェさんは、お友達のかたきを討ちたいそうです。
 楽しく遊んでいた、何の罪も無い女の子たちが、突如現れた帝国兵に 次々に殺されたのが、絶対に許せないと。

 みんな、それぞれの胸に戦う決意を持っているのがわかりました。

 わたしは、どうでしょうか。ずっと、考えていました。
 このまま戦場に出ず、ただ身をおくだけでも、皆さんは許してくれる かもしれません。しかし、それでよいのでしょうか。

 思わずとなえた攻撃魔法。その底にあったのは、間違いなく セリス様を守りたいという思いでした。
 レヴィン様がわたしをここに預けたのは、なぜでしょう。 そもそも、レヴィン様がわたしに魔道を学ばせたのは、なぜでしょう。 ここにいれば、わたしが役に立てる何かがある。 魔道と杖で、戦うこともできる。…そういう気がします。 レヴィン様が何も言わなかったのは、わたしに自分で判断してほしかった からかもしれません。
 セリス様、オイフェ様、レスターさん、デルムッドさん…。 みんなの戦う姿は、凛々しく、勇ましいと感じました。
 そして。
 帝国から解放した村の人々の笑顔が、忘れられません。 ここの戦士たちの行いが正しいと信じるに、足るものでした。

 セリス様とオイフェ様のところへ行きました。
 この前の戦いのことを謝り、そして、これからはわたしも役に立ちたい、 まわりのみんなのために、戦わせてほしいと。
 そう、告げました。

 …今度の戦いでは、迷いません。わたしの仕事を、なしとげます。
 魔道書と杖を握り、そう決意しました。



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