いつか、ひとつに(前編)


 彼がトラキアの武人となったのは、彼がトラキアの地に生まれ育ったからであり、 何よりも、戦に出れば必ず勝ち、貧しい民に富をもたらすという 若きトラバント王に憧れたからであった。
 武人としての任官を受け、はじめて実際にトラバント王の姿を間近で見たときの 印象は、いまだに忘れられない。駆る飛竜は他の誰のものよりも引き締まった体躯で 威厳に溢れていた。伝説の槍を手に朗々とした声で戦士の心得を語る王の勇姿は、 自分と国民の運命を任せるに相応しいものに見えた。
 トラバントの夢…トラキア統一。その日、それは彼の夢にもなった。

 グラン歴752年。ハンニバルの初陣の相手は、宿敵の北トラキア4国連合軍だった。 そしてそれは、数年来で最大の激戦となった。 ハンニバルは、トラバント直属の竜騎士部隊の前衛となり、 敵の主力であるレンスター軍を相手にすることになった。
 戦端が開かれ、ハンニバルは夢中で剣を振るい、また部隊の統率を図った。 竜騎士を狙う敵の弓兵を狙って突撃し、切り倒していく。
 その一方、戦場では当たるべからざる勢いを持って敵を屠り続ける姿が、 二ヶ所に現れていた。一人は言うまでも無く、力強く宙を舞う若き竜王トラバント。 そしてもう一人は…、猛然と騎馬突撃をくり返し、自らの重装歩兵部隊と トラキアの竜騎士とを同時に撃破してゆく、敵の騎士隊長だった。
 「集団で取り囲み、あの騎士を討ち取れ!」
 ハンニバルは部下にそう命じたが、それを実行しようとした兵は、敵の振り回す槍に 次々と頭蓋を砕かれることとなった。
 肝を潰されたトラキア兵が遠巻きに見守る中、敵騎士団の先頭に立ったその若い男は、 空を見上げて朗々と声を上げた。
 「私はレンスターの王子、キュアン!トラバントよ、今日が貴様の命日だ!」
 その視線の先…ハンニバルの背後の上空に、トラバントが現れていた。 その手にあるグングニルが、敵…キュアンの手にある槍と呼応するように、 きぃん…と高い音を響かせて光り輝いた。キュアンの持つ槍が、ゲイボルグと呼ばれる 聖戦士の武器であることに、ハンニバルははじめて気づいた。
 「ほう…貴様がキュアンか。貴様を倒せば怖いものは何も無い。行くぞ!」
 トラバントは飛竜を急降下させ、凄まじい勢いの一撃をくり出す。 キュアンは馬を走らせ、目に見えぬほどの速さで槍を振るい、相手の一撃を払った。 他の者の入る余地の無い激烈な一騎打ちが始まり、しばらく続く。
 ハンニバルは、その一騎打ちに半ば見とれていた。ぶつかり合う力の強さ、 技術の素晴らしさも無論だが、それよりも…、トラバントとキュアンの目に、 必死の思いが見えたからである。
 そして…、互いを憎んでいるはずの二人の目が、実は同じ方向を向いているような、 そんな感覚をハンニバルは感じた。
 だが、両者の槍がからんで激しくこすれた時、槍から鋭い光と高い音が発せられ、 両方の槍が弾き飛ばされた。グングニルは勢い良くハンニバルの方に向かい、 彼の足元の地面に突き刺さった。ゲイボルグは、敵陣へと飛んだ。
 「くっ…、この勝負、預けた!」
 「残念だな…。次こそ決着だ!」
 トラバントとキュアンは険しい目で互いを睨み、手を上げて…ともに自軍に退却を命じた。
 ハンニバルも自部隊をまとめて、グングニルを拾って引き揚げた。 その途上、彼の脳裏には、一騎打ちをする二人の姿が、目が、焼きついて離れなかった。



 ハンニバルは、レンスター平原へと続く森の道のさなか、伴のカナッツと二人で 足元の草を踏みしめていた。後に生やすことになる立派な髭はこの時には まだ無く、長髪と引き締まった口元が印象的な、精悍な青年といった面持ちである。 今度の任務は、レンスター地方に潜入し、情勢を偵察することであった。

 初陣の後、ハンニバルは、自ら外交使者や偵察を志願し、国外へ赴く機会を多く持っていた。 それは、トラキアだけではなく、他の世界のことも多く知る必要があると感じたからである。 あの時の敵将・キュアンの目。 彼が何を考えていたのか、知りたいと…無意識に感じていた。
 最初は、近隣の自治の村に連絡をする程度であったが、忠実・確実な仕事ぶりが 評価され、グランベルや他国の内密な視察などの重責も任されるようになった。
 水に不自由しないなど、物質的な豊かさについては良く聞かされていたので、 さほど驚かなかった。彼が驚いたのは、むしろ考え方の違いについてである。 彼にとって誇りであったトラキアの竜騎士団は、外国では恐れられているというより むしろ軽蔑されていたのだ。「トラキア統一の目的のため、一致団結して攻め寄せる 恐るべき騎士団」という評判を期待していたハンニバルの耳に入ったのは、 「金のために王まで傭兵をする、貧乏国のハイエナども」という侮蔑の目であった。 トラキア統一という理想がまるで伝わっていないことに、ハンニバルは憤慨していた。

 そんな思いにひたって歩いていると、向こうから女性の悲鳴が聞こえてきた。 ハンニバルが駆け付けると、綺麗な服を着た女性を、柄の悪い男たちが取り囲んでいた。 その中のリーダー格らしい不精髭の男が、ハンニバルを見つけて振り返った。
 「ちっ…新手の男か。怪我をしたくなければ、金目の物を置いていきな。」
 その声に怯むハンニバルではない。相手は三人、こちらは二人。 …勝てると踏んだ。
 「賊だな…許さぬ!」
 言うが早いか、切りかかっていった。
 山賊たちは抜き身の大剣を武器としており、剣捌きもなかなかの手強い相手であった。 ハンニバルも、戦場で使う重装鎧は身に着けておらず、一人は倒したものの、 敵のリーダー相手に苦戦するかに見えた。…だが。
 「何いっ!」
 正面から敵が勢いよく振り下ろした大剣を、ハンニバルは両手で勢いよく挟んで 受けとめる。敵から驚愕の声が上がった。
 「真剣白刃取り…イザーク出身の剣士から学んだ技だ。 大盾、と呼ぶ者もいるがな…ハッ!」
 ハンニバルはそのまま敵を蹴り飛ばした。その時には、敵の最後の一人は カナッツによって切り倒されていた。

 「ご婦人、ご無事ですか?」
 ハンニバルは襲われていた女性に呼びかけた。 衣服が乱れた様子は無い。はい、という返事を聞いて、ハンニバルは安心した。
 「私は、ファニー。近所の村の長の娘です。 助けてくださってありがとうございました。」
 年齢は、20歳過ぎぐらいだろうか、ハンニバルより少し若い。 ぱっちりした栗色の瞳に、明るい肌、さらさらした青い髪を後ろでみつ編みにしている。 素朴な顔立ちだが、髪の色と眼の光に、一般市民との差を感じさせた。
 美しい人だ、と、ハンニバルは素直に感じた。
 「いや、当然のことをしたまでです。それにしても、災難でしたな。 なぜ、このような所に?」
 「隣村に使いに行って、帰る途中だったのですが…。」
 横を見ると、女性の護衛らしき人が倒されて、うめいている。 カナッツが彼に手当てを施し、彼らは一緒に村に行くことにした。
 「ありがたや、旅のお方。どうぞ、ゆっくりして行ってください。」
 ファニーを助けた恩人として、ハンニバルたちは歓迎された。 ハンニバルは身分を明かせないため、傭兵のステファンと名乗った。
 「近頃は、戦が多くて物騒ですな。先日もまた、トラキアとの小競り合いがあったとか。」
 村長の家で話を振ると、彼はトラキアへの反感をあらわにした。
 「トラキアの人間は無法者だと言いますが、まさにその通りじゃな。 文化も何もない、金のためなら何でもやる粗暴な者たちじゃ…。 女子供にだって、容赦しないと聞きますな。この前も、隣村の収穫が 根こそぎ奪われたとか。全くもって許しがたい。他にも…」
 「まあまあ、お父様。今はそんな話をしなくてもいいでしょう。」
 ファニーが止めるまで続いた辛辣な言葉の数々に、ハンニバルは気落ちした。 敵国でのトラキアの評判が思わしくないことは覚悟していたが、やはり 虚しさを感じずにはいられなかった。
 「どうぞ、何日でもゆっくりと過ごしてくださいな。」
 「では、お言葉に甘えて、暫くお世話になります。」
 ハンニバルは…彼にしては珍しく…ファニーたちの好意を受けることにした。

 それから数日、ハンニバルたちは奇妙な時を過ごすこととなった。 カナッツは、買い物に行くとか散歩とか、色々な理由を告げて別行動することが多かった。 ファニーはなぜか、一人でハンニバルの元を何度も訪ねて来て、食事を共にしたり、 様々な話をした。このようなことに慣れないハンニバルは少なからず戸惑ったが、 実際は決して悪い気分ではなかった。
 「あなたは、旅の傭兵なのですね。トラキアには行ったことがあるのですか?」
 突然、ファニーがそんなことを聞いてきた時には、ハンニバルはかなり動揺した。
 「ええ、ありますが…。なぜ、そのようなことを?」
 「この前、父がトラキアを批判した時、あなたは気に入らない様子でしたから…。 私も、父の話を聞きながら、そんなに悪い人がいるのかって、少し疑問だったのです。 トラキアの人も、…私達とは仲が悪くても、何かの思いがあるのだろうって、思うんです。 もし、トラキアを知っていたら…、教えていただけませんか?」
 はっきりした瞳の色に、彼女の聡明さが感じられた。
 「なるほど…。確かにそうですな。私の知るところを、お話ししましょう。」

 ハンニバルは、トラキアの立場、その思いを、できる限り客観的に伝えようとした。 無論、傭兵の知り得ない国の内情などは話せなかったが。
 トラキアの民の貧しさ、食べるのにも困る状況。その中、国王でさえ傭兵となって 他国へ出向き、戦うという状態。北への進出。それが、トラキアに富をもたらし、 国民を救っていた。
 だが、客観的に話をすればするほど、ハンニバルは自分の信念が揺らぐのを 感じずにはいられなかった。他国からトラキアに富を持ってくるのは、 要するに略奪なのだ。大陸一般では、許されることではない。 この当たり前の事実を、ハンニバルは…おそらく他のトラキアの民もそうだが… 頭で理解してはいても、現実の、自分の感覚と噛み合わせられないでいた。
 「…トラキアも、勝手なものですな。だが、生きるためにそうせざるをえない。 そう感じました。」
 傭兵ステファンとしてのハンニバルは、激しい自己矛盾を感じつつ、 話をそう締めくくった。
 「…間違ってる…。なぜ、戦わなくてはならないの…?」
 ファニーの問い掛けに、ハンニバルは思わず思いを語ってしまった。
 「確かに…、そう思われるかもしれません。憎まれても仕方ない。 ですが、トラキアの兵はトラキアの民を思って、戦っている。 トラバント王は、トラキアを統一する夢を描いている。 南の鉱物と竜、北の水と農地、それが一緒になれば、世界有数の富国となる。 みな、そのために力を尽くしているのだ…。」
 その真剣な眼差し見て、ファニーは目を丸くした。
 「…と、そのようなことを言う将軍もいましたな。」
 ハンニバルは、慌てて付け足した。

 ハンニバルは、ファニーの案内で村やその周辺を歩いて回った。
 「これは、アケビの雌花ね。綺麗…。」
 ファニーは、見上げた木に咲く  「花が、お好きなのですね。」
 「ええ。子供の頃、よく村の外に花を探しに行って。森で迷って、 父に叱られたこともありました。…この花、大好きなんです。 同じ株から育つのに、雄花と雌花が別々に育って、まるで競い合うように咲きます。 でも、最後には協力して実を結ぶのですよ。…トラキアにも、咲くのですか?」
 「い、いえ…恥ずかしながら、私は花には詳しくないので…。 トラキアの者は、あまり花に興味を持たぬのです。貧しい土地柄ゆえ、 皆、生きるのに精一杯で、花を見る余裕が無いのかもしれません…。」
 「そうですか…ごめんなさい。でも、きっと…トラキアにも花はあるはずですよ。 今度、探してみてはいかがですか?」
 「…そうですな。あなたの…あ、いや、あなたがたの心を理解するためにも…。」
 「ふふっ…。」
 勤勉、実直な若き戦士と、誠実で聡明な女性。
 二人が、お互いに魅かれるようになるまで、時間はかからなかった。


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