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ユガンダリソウ。
「リノアン様とサフィお姉ちゃんが行方不明?ちょっとそれ、どういうことなの?」 市長代行のおじいさんに向かって、あたしは声を張り上げた。 お姉ちゃんが使いと称して出かけてから、もう三週間。こんなに長い間、便りもなく出てったことはなかった。 それに、使いに出したという議員の人たちの態度も変だった。 おかしいと思って市長代行を捕まえたら、なんとそんな話。 まったく話さないなんて、お姉ちゃんも議員さん達もあたしを子供扱いして馬鹿にしてる。 「いや、いいかなティナ。お姉さんも私も君を心配して…」 「心配されるほど子供じゃないもん!」 そう怒鳴りつけると、あたしは一目散に市庁舎を飛び出した。 家に戻って、さっさと旅の支度しなきゃ。お姉ちゃんを追っかけるんだ。一応、杖は全部使えるし。 攻撃魔法は使えないけど…大丈夫、きっとなんとかなる。 はず。 その夜のうちに、あたしはターラを飛び出した。門番はスリープ、扉はアンロックで片付けた。簡単なもんよ。 そりゃ、何度かは失敗したけど。 ターラを出ると、あたしは南に向かった。 お姉ちゃんからの連絡は一度だけ、「南トラキアに向かいます」とあったらしい。 とりあえず、あたしは人に聞きながら、お姉ちゃんの行ったと思われる方に向かった。 一週間くらい後、あたしは山地のあたりにいた。 ごつごつした地面、大人でも身を隠せそうなおっきな岩の数々。旅人もお百姓さんもいない。 「やだなあ…山賊とかいたらどうしよう」 思わずそうつぶやいた瞬間、声が返ってきた。 「それが、いるんだな」 はっと声のした方を見ると、人相の悪い男が一人イヤな笑いを浮かべてた。いや、一人だけじゃなかった。 辺りの岩陰からも、同じような男が三人。どうしよう、囲まれた。 「女か。楽しめそうじゃねえか」 「いや、女っつってもまだガキだぜ」 「へへ。まあ、どっちでもいいじゃねえか」 こいつらの話を聞いているうちに、腹が立ってきた。山賊なんかにも子ども扱いされるなんて。 あたしは、とっておきの杖を取り出した。 バサークの杖。七色の閃光で感覚を狂わせ、同士討ちさせる杖だ。 効果が大きすぎるから本当は使いたくないんだけど、仕方ない。 あたしは杖を構えた。それを見ても、奴らはひるまなかった。 「おい、相手はしょせんガキじゃねえか!みんなでやっちまえば大丈夫だ」 この一言に、あたしの堪忍袋の緒は切れた。 「じゃあガキに負けちゃえ!バサーク!」 杖に念を込めると、先端の宝石が光りだした。 しかし、その光はすぐに消えてしまった。 一瞬で血の気が引いた。こんな時に失敗するなんて。そして山賊たちも黙ってなかった。 「それじゃあ嬢ちゃん、びびらしてもらった礼はちゃんとしねえとな」 どうしよう。もうおしまいだ。 ところが、奴らがあたしに襲い掛かろうとしたとたん、 いきなり猛烈な突風が吹いてきた。屈強な山賊どもが倒れ、転がされるくらいの突風だった。 でも、あたしはなんともない。 はっと気付いた。これ、魔法だ。そうじゃないとありえない。 「子供相手に醜いことを。恥を知りなさい!」 女の人の声。続いて、晴れた空から突然の閃光。そして、轟音と一緒に雷が地面をえぐった。 奴らから頭一つ分と離れてない場所だった。 恐怖で震える山賊に、別の女の人の声が追い討ちをかけた。 「まだ足りませんか?次は当てますよ」 最後まで聞くまでもなく、奴らは全速力で逃げていった。 恥ずかしいけど、それを見たあたしはそこに座り込んでしまった。助かったんだ。 そうだ、お礼を言わなきゃ。声の方に振り向いたところで、あたしはまたびっくりして動けなくなっちゃった。 「間に合ってよかった…」そこにいたのはリノアン様と、そして。 「大丈夫、ティナ?」お姉ちゃんだった。 あたしがびっくりしたのは、お姉ちゃんに会ったからというよりも、お姉ちゃんたちの格好のせいだった。 透明なスカートとかはいてる色っぽいリノアン様。それもびっくりだけど、何よりお姉ちゃん。 いつものお姉ちゃんなら、地味な白の僧衣にフードをかぶって真面目な顔をしてるのに。 今のお姉ちゃんはフードなんかかぶらず、長い緑の髪を下ろしてる。 お化粧もしてる。 服は深い切れ目の入った長いスカートに、ヘソの見えるノースリーブ。 どっちも体のラインを強調してて、すごくセクシーだ。 こんな格好する女の人キライなはずなんだけど、今のお姉ちゃんはとってもうらやましい。 大人だから、あたしに出来ないことを出来るからだろうか? それとも、単にスタイルいいのがうらやましいから?あたしの目から、思わず涙がこぼれた。 「どうしたの、ティナ?大丈夫?」 色っぽくなっててもお姉ちゃんは優しい。あたしはたまらなくなった。 「お姉ちゃんがうらやましいの。キレイだし、強いし…。あたしも大人になりたいよ」 無理だとわかってても言わずにいられなかった。すると、思わぬ答えが返ってきた。 「今すぐなれるわ。あなたが本気なら」 びっくりして、あたしはお姉ちゃんの顔を見た。 でも、お姉ちゃんの目は嘘をついてる目じゃなかった。そしてリノアン様もこう言った。 「強い願望があなたにはあります。きっと、できるわ。私たちなら」 ふたりが言うんなら間違いない。あたしは思わず叫んじゃった。 「本当に出来るなら…お願い!今すぐだよ!」 「もちろんよ」 にっこりと笑うふたり。 その微笑みと同時に、ふたりの瞳が真っ赤に光った。 その赤は消えなかった。キレイな色だけど、なんだか、おかしい。不自然。 「なんで…どうして、お姉ちゃんもリノアン様も瞳が赤くなったの?」 言ったとたん、リノアン様の顔が、あたしの目の前にあった。 ふわっとしたいい香り、美人な顔。あたしは急にドキッとしちゃった。 「選ばれた証よ。あなたも、すぐにそうなります…さあ、疑問はいらないわ。いい子だから」 そう言ってリノアン様は、あたしの唇にキスした。 …柔らかい。甘い、感じ。 そしたら…頭がかあっと熱くなって、心臓が飛び出しそうなくらいどくどく速く鳴り出した。 ひざが震える。むねが苦しい。からだが燃えそう。リノアン様しか見えない。 「り、り、りのあん、さま…だ、だ、だっ、大好き…」 どうしよう。口が勝手に動く。あたし、おかしくなっちゃったんだろうか。 「ふふ。相性が良すぎるのかな…。それとも少し、刺激が強すぎたかもしれません」 唇をなめながら笑うリノアン様。ドキドキしちゃうのはあたしが幼いから、大人じゃないからなのかな。 「もう…妹の正気を奪うのはやめてくださいね。 この程度で自我を失うなら、神に仕える資格はありませんが」 リノアン様を悪く言わないで、お姉ちゃん。悪いのはあたしの弱さだから。強くなるから。 「いいえ…ここまで相性の良い人間なら、普通はもう私のしもべになっています。 なのにこの子、力への渇望を忘れない。十分すぎる資格を持っています」 満足そうにお姉ちゃんがうなずいた。認められたんだ…ああ… 気がつくと、あたしは魔法陣の中に横たわってた。 どこかの神殿の床みたいだった。 銀っぽい紫色の長い髪をした女の人が立っていた。赤い瞳をした、神秘的な人だった。 その人の横にはお姉ちゃんと、リノアン様が立っていた。 女の人が口を開いた。すごく魅力的な声だった。リノアン様より、ずっと。 「ティナ、あなたは大人になりたいんですね」 あたしは強くうなずいた。 「本当に、強くそう思っていますか?」 もう一度あたしはうなずいた。女の人は満足そうに笑った。 「それでは、あなたに秘術をかけましょう。私達の声をよく聞いて下さいね」 彼女が何か唱えると、まぶしい光があたしを包んだ。 「エルフ」 リノアン様の声だ。エルフって? 「あなたの名前です、エルフ。私はフィーア」 違う。リノアン様はリノアン、あたしは… 「あなたはエルフよ。ズィーベンの妹エルフ」 お姉ちゃんの声だ。お姉ちゃんは…ズィーベン? 「エルフ。あなたはなぜ大人になりたいのです?」 あの女の人だ。なぜって…そんなの、簡単だ。 「お姉ちゃんみたいになりたい。足手まといになりたくない。…キレイな、魔法の達人に」 リノアン様にかけられたドキドキの魔法は、もう消えてた。 誰でも虜にしちゃうキレイな人には、あたしはなれない。でもせめて、一人前にはなりたい。…大人に。 「あなたの向上心はにわかなものではない。 けれど、ブラギにそれをかなえる力はない。そしてあなたの伸びしろも不確定。 もしかすると…努力も空しく、未熟なままで終わってしまうかもしれない」 そんなのイヤだ。努力して何にもならないなんて、意味ないじゃない。 「しかしロプトの教えでは、心の強さも本当の力に通じるのです。 願い、飢え…あなたの欲望、願望の大きさが、そのままあなたの伸びしろとなるんです。 心中に眠る才を一度に引き出し、さらにわたしの力を加え、文字通り生まれ変わらせましょう。 …ただし、あなたは全くの別人になってしまうかもしれない。いいですか?」 ロプトウス。邪神のこと?でも何だっていい。お姉ちゃんのようになれるなら。 別人なんて望むところよ。あたしは今すぐ認められたい。今すぐ変わりたい! 魔法の光に包まれながら、あたしは自分の心がそのまま力になるのを体感していた。 こころの中から出てきた願望が、姿を変えてあたしの中に入り込み、 あたしのからだが変わっていく。 頭から足の指先まで、全身の細胞が刺激されてる感じ。 頭の中も変わっていく。ぐんぐん中が広がって、その中に魔法や知識や、いろんなものがすいすい入っていく。 今はもう忘れられちゃった古代の魔法とかも、僧侶のあたしが使えないはずの呪文も、たくさん。 あたしが子供だったのは、何十年、何百年前の話だったのだろうか? ふと気がつくと、あたしはさっきのように魔法陣の中に横たわっていた。 あれは夢だったのだろうか。いや、さっきとは体の感覚が違っている。 すらりと伸びた自分の長い足が見える。 顔を上げると、あの女の人が微笑んでいた。その隣にはズィーベンお姉ちゃんとフィーア様。 …ううん、「お姉ちゃん」なんて子供っぽい。「姉様」これでいいな。 「自分の姿を御覧になりますか?」 あたしはすぐに立ち上がり、鏡の前に立った。 鏡には、「ティナ」より十は年上の、綺麗な女が映っていた。 セミロングの緑の髪に赤い瞳。神秘的な雰囲気の化粧。 体のラインが強調された、色っぽい衣装。 完璧なスタイル。そして、全身にみなぎる魔力。 それがこのあたし…闇の巫女、魔将エルフだった。 そうだ。弱くて頼りなくて忌々しい子供だったあたしは、もういないのだ。 喜びに震えるあたしに、ズィーベン姉様が何かを渡してくれた。 見ると、それはバサークの杖だった。 「あなたの魔力を、試しましょう。姉としてあなたの成長、嬉しく思います」 「アハハハ!楽しい!すごい!みんな壊れてる!」 あたしは笑いが止まらなかった。 女子供を多く捕まえてるっていう盗賊団のアジトに乗り込んで、そこでバサークを放ったのだ。 通常ならばひとりに、しかも数分しか効果のないバサークだが、今のあたしは違う。 一度で多数の賊が狂気に捕われ、同士討ちを始めた。 さらに捕われてた人間共にもかけたから、アジトの中はまさに阿鼻叫喚。 面白い祭りだった。あたしが杖を振るままに、仲間同士が捕虜同士が争い始める。 「わあ!見て姉様、フィーア様!壊れた人形が人形同士で壊しあってるわ!」 変なの。心中では高度な思考をしてる割に、口からは驚くほど子供っぽい言葉しか出ない。 そのうちに、ひとりの子供があたしのほうに逃げてきた。 10歳くらいの、女の子。その格好から捕虜と分かる。 「お姉ちゃん、怖かったあ!助けて!みんなおかしくなって…怖いよ!」 あたしに泣きついてくるその姿が…なぜだか、ものすごくしゃくに障った。 子供め。弱い。頼ってくるな。腹が立つ。 「そう、怖いんだ。じゃあ、怖さを忘れさせたげる!」 バサーク。人間数人分にかけられるほどの魔力を一気に浴びて、子供の目つきが一気に変わった。 「うっ、ぐっ、うおわああ!みんな、みんな、あたしが殺すーっ!ああああ!」 手近にあった刃物を手に取ると、その子は山賊の群れの中に飛び込んでいった。 いい気味だ。あれだけの魔力を浴びれば、どんな大人でも止められないほどの力を発揮する。 壊れたまま成長し、何もかもを壊すがいい。 「ズィーベン、彼女は強大な魔力と引き換えに、精神の安定を失ったみたいね…」 「肉体と魔力の急速な、それも人間の容量をはるかに超えた成長に、精神が追いつかなかったのですね。 そのギャップが魔将化した感性と結びつき、異常なほど無邪気な嗜虐性として成立したのでしょう」 好き勝手言われてる。でも構わない。この絶大な魔力。姉様よりも立派な体。 「姉様、子供扱いしないで。精神は幼くても、知識は人間の一生分よりもずっとあるんだから! それとも何?ロプトの教えを布教したい姉様には、あたしみたいな女は邪魔?」 「いいえ、ロプトの教えでは、弱者を守らない強者に存在価値はないわ。けれど同時に弱肉強食もロプトの教え。 生き延びることのできる、将来強者となる人間を選び抜かないといけないの。 エルフ、あなたは間違ってはいないわ」 姉様にほめられて、あたしは…嬉しかった。 認められるくらい、あたしは成長したんだ。 多少頭のねじが外れたからっていっても、これだけ強くなれば文句のつけようもない。 「さあ、ズィーベン、エルフ。そろそろ落ち着いてきたみたい。選抜にかかりましょう」 フィーア様がそう言ったが、あたしはちょっと不満だった。まだ騒ぎを楽しみたいのに。 「ふふ。もう一度、私の唇を楽しみたいのかしら?」 「冗談!今ならもっと激しいキスもできるけど、心まで吸われちゃうもん」 自己陶酔と、人を捕える類まれな魅力の持ち手、フィーア。 篤い信仰と、人を染め替える深い言葉の持ち手、ズィーベン。 歪んだ心と、人を歪める強大な魔力の持ち手、エルフ。 ターラ出身の3人は、奇しくも闇に転生して再びめぐり合った。 彼女らの魔力はその後、多くの少女たちの肉体と精神と運命を作り変える原動力となっていく。 (コメント by マルチくうねる)こちらは、磯辺巻き様から投稿していただいた小説です。 加筆修正された「闇の皇女」シリーズ、ティナの話。 憧れの姉のようになりたい、その願望。平和な世の中ならば子供のままで許されたのに、 時代がティナに早く大人になることを要求してしまった。 それが、彼女の運命を変えたのかもしれません。 この小説と関連したイラストを、 魔道美術隊にて展示しています。 磯辺巻きさんの作品、ぜひ一緒にご覧になってください。 感想を伝えたいという方は、磯辺巻きさんあてに メールでお願いします。(ぺこり) |