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「自信」と「怒り」
聖戦が終わった後も、ティニーの心は晴れなかった。 はたから見れば、考えられる理由は色々あった。 好きな人がいたのに、思いを打ち明けられないままその人は他の女性と結婚してしまったから。 姉のように慕っていたイシュタルを失ったから。彼女の優しさを考えれば不思議ではない。 それとも、前線で華々しい手柄を立てなかったから。 そして、フリージを統治するようセリスに依頼された時「アーサー兄様がいますから」と辞退したことを後悔しているから。 魔道士の家系ではあるが武名と名誉を重んじるフリージの血を考えればありうる話だ。 実際、それら全てが理由ではある。しかし、彼女からすればそれは全て同じ理由から発していた。 別々のものではなかった。 「…すべては、わたしに『自信』がなかったから」 ティニーはずっとそう感じ、思い悩んでいた。 勇気を出して打ち明けていれば、あの人と何かが変わっていたかもしれない。 わたしがもっと強く説き伏せていれば、イシュタル姉様を死なせないですんだかもしれない。 フリージ公女にふさわしい誇りがあれば、後方での回復を任務にせず、剣を手に戦えたかもしれない。 …そしてまた、自信がないばかりに、私は国を統治する任務から逃げ出してしまった。今は人材が不足しているというのに。 ああ、今またわたしは悩んでいる。 自信があれば、自由になった身を活かして生きる道を見つけられるでしょうに。 「誰か…わたしに、自信をください」 無理と知りながら、彼女は一人弱々しくつぶやいた。 と、その時である。 「その願い、かなえようか?」 ティニーの知っている女性の声がした。 振り向くと、マナがいた。 二人は知らない仲ではなかった。ティニーがマージファイターとして杖による回復をしていた頃、彼女と一緒に任務にあたったことがある。 身分差を気にしていたのだろう、ティニーにとってのマナの印象は「地味で弱気な平民の少女」でしかなかった。 それがどうだろう、今の彼女は全く違っている。鮮血色の瞳は自信に満ち、顔立ちも以前より妖しい美しさを増したようだ。 肌の露出の多い漆黒の魔道衣をまとい、これも漆黒のマントとブーツを身につけた姿は気高さすら感じさせた。 「ティニー様、あなたは自信が欲しいようね。私にはそれを与えることは出来ない。 けれど、私の主ならそれができる。私も主のおかげで生まれ変わった。 いかが?私と共に来る気はある?」 貴族である自分と対等に話すマナの言葉に、ティニーは聞き入ってしまった。 彼女は本当に生まれ変わったようだ。もしかすると私も…。彼女はすぐさま決意した。 「行きます。行かせてください」 マナは満足そうに微笑むと、見たことのない杖を取り出した。 「申し訳ないけれど、少し眠ってもらう。眠りから覚めたら、あなたは自信にあふれた…けれど別人のようになっているはず。後悔はしない?」 「はい」 別人のようになる。それこそ自分の望んでいたことだ。 神殿の祭壇に、ティニーは横たわっていた。 目はうっすらと開いているが、何も見ていない眼だ。 呼吸は規則正しく、まるで眠っているようにも見える。 その呼吸のリズムに合わせ、闇の皇女が囁く。 「ティニー…貴方にとって、誇り高い女性とは、誰?」 ティニーはその状態のまま、うわ言のようにつぶやく。 「イシュタル、姉様…そして、ヒルダ、義母様…」 「どうして?」 「姉様は、愛に殉じた…ヒルダ義母様は、ひたすら名誉を追い続けた… 姉様は好きで、ヒルダは憎い存在だったけど… 全然違う2人だけど…2人とも、信じるものに、力も想いも尽くした… 私には、できない…私には、自信がない…だから、自分自身もない…」 少し間を置いて、ユリアが囁く。 「彼女達のその自信は、どこから来るか…分かりますか?」 「わからない…」 ユリアの囁きに、少し力がこもる。 「それは、力を持つこと…自分を理解しないものを見下すこと… 目的のためならば、冷酷にさえなれること… 自分を重んじ、他者を考えないこと… そうすることで、人は誰よりも自信を得られる…」 「力…見下す…冷酷に…他者を…そんな…母様はそうだったけど、姉様は、違う」 つぶやくティニー。さらに囁くユリア。 「いいえ。イシュタル様は、ユリウス兄様に従い続けた。 変わりゆくユリウス兄様に恐怖を感じながらも、共に闘うことに喜びを感じていたはず… 貴女は、それを見たことがあるはず…」 その言葉を聞いて、ティニーの脳裏にある光景が蘇った。 まだ解放軍が旗揚げする前、ユリウスがフリージ城を訪ねた時の記憶だった。 ブルームと長子イシュトーはアルヴィス帝の元に呼ばれており、ヒルダと2人の娘が慌てて出迎えた。 三者三様に美しい女性が華やかな白い衣服を身にまとい並び立つ様は、それだけで十分な出迎えとなった。 「ヒルダよ、私は幸せ者だ。まさかこのような花園に足を踏み入れることができるとはな」 「まあ、わたくし達ごときにそのような言葉、恐れ多いことでございます」 普段は偉ぶるくせに、皇位の者には従順な態度を見せる義母ヒルダ。 ティニーにとっては憎んでも憎みきれない女だが、フリージ公夫人の栄誉を得ながらなお その上の上を目指そうとするその姿勢は、ある意味尊敬に値した。 「そうでもない。そなたやイシュタルはもちろん、下の娘も一輪の名花として開きつつあるではないか」 「…………」 ユリウスの整った顔に魅力を感じつつも、その溢れ出る闇の恐怖にティニーは彼を直視することができなかった。 「申し訳ございませぬ、恥ずかしがり屋の娘ゆえ…。さあ、どうぞ城内へ」 この時の対応が気にくわなかったと、後で色々言われるんだろう。ティニーは今から憂鬱だった。 とはいえヒルダもユリウスの力に、というより彼の「立場」に恐れをなしてか、対応にはいつも畏れが見え隠れした。 「ユリウス様、ようこそいらっしゃいました。大したもてなしはできませんが、おくつろぎ下さい」 それだけに、この恐ろしい男と平然と向き合える義姉のイシュタルに、彼女は敬意を覚えた。 背筋はぴんと伸び、ユリウスの隣に並び立ち、彼の美しくも威圧的な姿と、ぎらつく赤い瞳を直視して、身じろぎもしない。 2人の関係が親密なものだとは、当時のティニーは知らなかったせいもあるのだけれど。 「イシュタル、今日は子供狩りに行こうと思うんだ」 「ユリウス様…まさか、また生贄を…?どうか、そんなことは…」 普段は感情を必要以上に表に出さないイシュタルの美しい顔が、珍しくはっきりと曇った。 ユリウスは静かに笑ったまま、手を伸ばしてイシュタルのほほに優しく触れた。 「またそんな顔を…そんな生贄なんてもう必要ないよ、国民には十分恐怖を叩き込んだのだから。 ただの有能な人間探し。そして恐怖のタガをゆるめないために行う、行事みたいなものさ」 「そうですか…それなら…」 さとされながらも、彼女の表情は晴れなかった。 ユリウスは微笑しながらすっとイシュタルの両肩に手を置き、その灰色の瞳をじっと見据えた。 「…なんだか気が進まないみたいだね。じゃあ、余興を変えよう。 最近この辺りで住民反乱が頻発してると聞いたから、一緒に鎮圧するんだ。それならいいだろ?」 拒否するだろうと、ティニーは思った。 「…はい!それならば喜んで」 たちまち明るい声でうなずいたイシュタルに、ヒルダもティニーも驚きを隠せなかった。 だがヒルダはそれを覆い隠すだけのしたたかさを持っていた。 「まあそうですか!ユリウス様直々のご出陣となれば、民も大人しくなりましょう。 何かわたくしめに出来ることがあれば、なんなりとお申し付け下さい」 世渡り上手め。ティニーは心の中でヒルダを憎悪した。 「じゃあ、フリージの兵も借りるとしよう。飾り程度だけど、人間は完全装備の兵を見ると怯えるものだから。 それからイシュタル、以前言ってた金糸の織り込まれてる黒いスリットドレス、着ていこうよ。 話に聞いただけだけど似合うらしいし、僕も黒い服だしちょうどいい」 「はい、おおせのままに…」 嬉しそうに顔を赤らめてうなずくイシュタルを驚きの目で見つめるティニーは、さらに驚くような言葉を聞いた。 「それから今回の鎮圧戦に、妹のティニーを連れて行きたいのですが」 「イシュタル、私は30人だ」 「私は今32人目を仕留めました。私の勝ちですね」 「まだ分からないだろう?ほら、3人仕留めたぞ」 「ふふ、今日は負けませんから」 それは鎮圧というより虐殺だった。暗黒と閃光、圧倒的な魔力の渦に炭となって消し飛ぶ反乱軍たち。 だが、無残な屍も残さず散っていくその情景は、戦争というよりゲームのようだった。 だからこそティニーは震えながらも、なんとかその光景を直視できた。 喜びの表情を浮かべながら舞い続ける、赤と黒、銀と黒の2人を。 「42、だ。これで終わりだな」 「私は41…。やはり、ユリウス様にはかないませんね」 燃え残った木々のような黒い焦げカスが散乱する中、2人はじっと見つめ合った。 「いや、ここまで私についてこれるのはイシュタルくらいだ。だから君のことを気に入ってるのさ」 「ユリウス様…」 「イシュタル、私とずっと一緒にいてくれ。君がいれば…ひとりではないし、心強いから」 「はい、ユリウス様…。ユリウス様の敵は、私が…」 多数の人命を奪いながら、微笑み寄り添う2人に、ティニーは言いようのない恐怖を覚えた。 それからティニーは、イシュタルに対して距離を感じ始めた。 イシュタルは変わらず彼女に優しくしてくれたし、ヒルダの横暴からも守ってくれた。 だが、表情に憂いと厳しさが目立つようになり、かつて好んでいた白い服に代わって闇を想起させる黒い服が増えた そしてユリウスが訪れると、嬉々として戦に身を投じていく。 自分とは全く別の人間だと感じた。だが、その距離感ゆえに尊敬の念はむしろ増した。 あのイシュタル姉様のように、自分もなれるのか? 「貴方に、力をあげる…そこから、自信は得られる」 「力を…わたしに…お願い」 ユリアの手が、ティニーの額に置かれる。 そこから紫の光が溢れ、ティニーの身を包んでいく。 ティニーは心と体が熱くなるのを感じた。 「怒りの血」。 フリージ家に受け継がれる、復讐を好む血が彼女の中で燃え始めた。 自分は強くなっていく。そうすれば弱気である必要もない。今までの見返しをしてやろう。 自分を弱いと思っていた者達に思い知らせてやらないと。 自分はイシュタルのように力強く、ヒルダのように恐ろしい存在になり得るのだと。 その想いに合わせ、闇の力が彼女の血に、身体に、心に溶け込んでいく。 目的が変わってしまっていることなど、今の彼女には関係ない。快さに、彼女は目を閉じた。 「うう…」 彼女は目を覚まし、目を閉じたまま立ちあがった。 「貴方の新たな名はゼクス。新たな力と心…お試しなさい」 「…はい」 開いた双眸から、紅の輝きが放たれた。 「ツェーン、彼女に新たな衣服を」 「はっ」 ツェーンが指し示す先には、数多くの衣装が飾られていた。 基本的に暗い色が多いとはいえ、地味なもの、派手なもの、様々な造りのものが並んでいる。 うつろなティニーの目が、ある一着の服に止まった。 胸元を強調する、どこかイシュタルの着ていた服を髣髴とさせる、暗い紫のワンピース。 「ティニー、もっと背筋を伸ばすんだよ!見栄えが悪い。全くイライラさせられるねえ、お前には」 「わかってるわ義母様…どうせ私は見栄えが悪いのよ…」 「あなたは自分で思ってるより器量いいし、スタイルも悪くないもの。服を上手に選べばもっと映えるわ」 「そんな、姉様…私に似合うはずないもん」 自信がないから、ずっとうつむいたままだった。弱気な話し方だった。肌を出すのが嫌だった。 人に見られたくなかったし、戦いに出るのも怖くて仕方なかった。 …でも、今なら? ティニーは背筋をぐっと伸ばした。 ヒールの高い靴を履いたせいもあるのだろうが、視点が、高い。かつて見上げていたものが対等の高さになる。 ゆったりとした服から、体のラインを強調する服に変えて胸を張ったことで、悪くなかったスタイルが際立つ。 そして、体内に満ちる力。頭の中を満たす衝動、差別意識、出世欲。 そんな彼女にユリアが歩み寄り、彼女に一冊の魔道書を手渡した。トールハンマー。 「あ、あああっ…力が…自信が湧いてくる」 所有者に人知を超えた力を与える神器。この自分は、フリージの神器に認められた。 ティニー自身は自分の潜在能力を恐れていた。「怒り」に火がつくと止まらない自分が怖かった。それゆえに力をセーブしていた。 だが、「自信」が解き放たれ、世間とかつての自分への「怒り」が燃え、さらに神器の膨大なエネルギーが流れ込んだその時。 ティニーの中で、何かが弾けた。 「くくくっ…あはははは」 彼女にとって初めてかもしれない、心からの笑い。 暗い衣と銀の髪の組み合わせ、トールハンマーを携え立つ姿はイシュタルによく似ている。 しかし、その赤い瞳の冷たさ、表情はむしろヒルダを髣髴とさせた。 「…満足ですか、ゼクス?私の分身よ」 ユリアの美しい声が響く。だが力に酔ったティニー、いや魔将ゼクスにはそれすらも耳障りだった。 今の自分ならば、ユリアにだって勝てるのではないか?いや、勝てる。偉そうに命令するな! だが、傲慢な表情を浮かべてユリアを見据えようとしたティニーの視線は…ユリアの双眸に釘付けとなった。 ロプトウスの魔力を秘めたその瞳には、底知れない魔力と危険な魅力が満ちていた。 その両方に、ゼクスは魅せられた。 同時に、ユリアにさえ従えばもっと強くなれるという打算的な考えが生まれた。 魅惑的なメイクの施された顔に恭順の笑みを浮かべて、彼女はユリアの前にひざまづいた。 「わたくしに力を与えて下さって感謝しますわ、麗しきロプトウスの化身、ユリア皇女… …いいえ、ユリアお姉様とお呼びしてよろしいかしら? 魔将のひとりにして、あなた様の忠実なる下僕ゼクスに何なりとご命令を」 ああ、イシュタル姉さまはロプトウスの危険な瞳と素晴らしい力を愛したんだ。 ヒルダの奴は、ロプトウスの得るであろう権力に媚びを売っていたんだ。 「構いません、ゼクス。あなたは私の分身、私の妹、私の下僕です。好きなように呼んでください。 さあ、フリージ公として権力の座に就き、私のために下地を作るのです」 「ありがたき幸せですわ、お姉様…」 彼女のイメージにあるイシュタルのように愛し、彼女の最も憎むヒルダのように力を欲する。 それが「自信」なのだと、弱いティニーだった少女ゼクスは確信した。 だが、ゼクスとなったティニーには忘れている情景があった。 闇の力が忘却させたのではない。ティニーが思い出すことを恐れたのだ。 かつて戦場で無数の解放軍兵を葬り去りながら負傷し、血に汚れたイシュタルと、偶然戦場でめぐり合った時の記憶。 「ひっ…い、イシュタル姉様!?」 「…ごめんなさい。怖がらせてしまったわね、ティニー」 黒いドレスには褐色に乾いたしみと、まだ乾ききっていない黒々とした斑点が浮き上がっている。 そして雷をかたどった金糸、その白い肌にははっきりと赤いしみがついていた。 「ううん、あの日からずっと、あなたはずっとおびえていたわね…。私が変わったからって。 そうかもしれない。ユリウス様に魅せられてから、私は血まみれの道を歩み続けた。 あの人と、そしてあの人の後ろにいる恐ろしい暗黒の力と共に。 もしかすると、私はあの人ではなく暗黒の力に魅了され、狂気に捕らわれただけなのかもしれない。 けれども…少なくとも、彼は私を必要としてくれた。 だから負けが決まっても、私は最後まで、あの人の味方でいる。あの人に応えるために」 昔を思わせる物静かな口調で語った後、彼女はきっとした強い目でティニーを見た。 「私は帝国の将イシュタル、あなたの敵。さあティニー、私を討ち取って。 強くなったあなた、力尽きかけている今の私。十分討ち取れる可能性があるでしょう? 私があの日、闇に魅入られ、悪魔と共に歩む魔女になったのを、あなたはその目で見たのでしょう? ここで逃がせば闇の皇子と共に生き延び、いつ恐ろしい存在として復活するか分からない。 おとぎ話のように、魔女を倒してティニー!『怒り』の血ならできるわ」 ティニーの手には、雷を封じる風の魔道書がある。腰には細身の長剣もある。だが。 「嫌よ!姉様を殺すなんて私にはできない!」 イシュタルの瞳から、わずかに残っていた柔和さが消えた。 「バカな子…それなら、私達はもう敵同士。消えなさい」 その後のことは覚えていない。 一体誰が、どうやって、イシュタルを倒したのかも。 そして息絶える直前のイシュタルが、自分に向かって何を言っていたのかも。 「あなたは、私にならなくたっていい…なっちゃいけない… どうか、自分だけの強さに…気付いて…私を断ち切って…」 (コメント by マルチくうねる)こちらは、磯辺巻き様から投稿していただいた小説、修正版です。 「闇ユリア」がかつての仲間を魔将にするお話…ティニーです。 昔から内気だったティニーですが、自信が欲しかったようです。 ですが、自信とは本来、自分で見つけた目標に向かい、自分が 何かをなしとげた実績をもとについてくるものであるはず。 他人からただで与えられた自信は、いつか砕けるような気がしてなりません…。 イシュタルにもヒルダにも無い、ティニーだけの自信を持つことが できる日は来るのでしょうか。 この小説と関連したイラストを、 魔道美術隊にて展示しています。 磯辺巻きさんの作品、ぜひ一緒にご覧になってください。 感想を伝えたいという方は、磯辺巻きさんあてに メールでお願いします。(ぺこり) |