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偽りの記憶
魔将ドライ。名は「3」を意味する。大斧を振り回す怪力無双の戦士。 伝説曰く、古の世のドライは戦を好む巨人のごとき大男であったという。 闇の皇女の配下にも、魔将ドライは既にいた。 しかし、その姿は伝説からは程遠いものである。 大斧を使いこなすが、細身で小柄な少女であり、 短めの髪は戦を好まぬシレジア人と一目でわかる緑色。 顔にはあどけなさが残り、とても戦士とは見えない。 しかし、瞳は明らかに戦士の、というより殺人者の目であった。 多くの魔将同様に深紅だが、瞳孔の外に輪が見える特異な目。 戦をゲームとして楽しむような性格、恐怖感の欠如した心、 殺意…そういったものが明らかに出ていた。 魔将の中ではどこか異質な存在。それが彼女だった。 あたしはドライ。可愛いけど、魔将の中で唯一の純粋な戦士。 フィーアやエルフ達は論外よ、戦士じゃないから陰気に術でも考えてればいいわ。 ツヴェルフやフュンフはしょせん人形、これも問題外。 ノインにツヴァイ?剣に動かされてるだけで一緒よ。 自分の意志で戦ってるのは、ま、あたし以外はアインスくらい。 アインスも戦うのは意外と多くないから、あたしが唯一の戦士って事。 あたしは出生も違う。みんなどっか適当な所から連れてこられて、 術かけられたり改造されたりして魔将になった。あたしは違う。 シレジアから旅をして行き倒れになってたところをマンフロイ大司教様と ユリア皇女に助けられ、その恩返しに生まれつきの怪力を活かすことにした。 自分の意志で戦うんだから意識が違うのよ。 これらが彼女の口癖だった。 ドライはある日、任務のない退屈さから薄暗い神殿内をぶらぶらと歩いていた。 久々に斧を振るって血を浴びたかったが、そうそういつも人殺しをできるものではない。 命令を待つしかなかった。と、向かいから同僚の魔将アハトが歩いてきた。 彼女達はどちらからともなく声をかけた。 ドライとアハトの仲は悪くなかった。一年程前にアハトがマンフロイに 連れられてやって来て以来ずっと二人は共闘していたのだ。 何でも口に出すドライと考えの読めないアハトだが、 血を浴びるのを好む戦い方はよく似ていたため気が合ったのかもしれない。 ただ、一年前は14歳程度の少女だったアハトが 一年のうちに二十代前半の女性へと変貌したのだけが、 魔法嫌いのドライには気にくわなかった。精神的には全く変化はなかったのだが。 さて、そのアハトが言った。 「ね、ドライ。ドライの過去のこと教えて」 唐突な質問に、ドライは呆気に取られた。 「は?いっつも言ってるじゃない」 アハトは首を横に振った。 「違うよ。ドライがここに来る前。身分は?何て街から来たの? お父さんとお母さん何て名前?恋人いた?いたらどんな人?」 続けざまの質問に困惑しながらも、ドライは答えようとした。 「ちょっと待ってよ。いい、まずあたしはシレジア出身で…」 そこで彼女ははたと言い止めた。答えが出てこない。覚えていないのだ。 両親の名も、故郷の名も、それどころか自分の名前さえも。 「ドライ」というのは一時的な呼び名のつもりだったのに。焦るドライ。 しかしいくら考えても、記憶にあるのは魔将となって以後だけなのだ。 急激に自信を失うドライにアハトが呟いた。 「…やっぱり。覚えてないんだね。前、アインスもそうだったの。 最近は開き直ったみたいなんだけどね。あたしもそう」 いつも虚ろな笑みのアハトが、珍しく寂しげに笑った。 「最近、一年前のことすら思い出せなくなってきたの。 一年前は、確かあたし子供だったよね?でも、一年で大人になるわけない、 記憶違いじゃないかって気がしてきて…。 マンフロイおじい様に連れられてくる前なんてもう真っ白。で、ドライはどうなのかなって」 恐怖を感じたことのないドライの体が、小刻みに震え始めた。 「あたし、せめて今ある記憶は忘れないようにするつもり。じゃ、ドライもがんばって」 自室に急いで戻ると、ドライはベッドに座って必死に思い出そうと試みた。 自分はシレジア人。シレジアと言えば雪、緑の髪…と、 連想から記憶を蘇らそうとしたのだ。 そのうち「ペガサス」という言葉に思い当たった。 自分は、もしかするとペガサスナイトだったのかも。いや、そうだった気がする。 彼女の意志の力が強かったのだろう、 そうやって少しずつ過去の闇がおぼろげながら晴れていった。 あたしの名は、確かカリン。聖戦にも参加したペガサスナイトだ。 祖国を出た理由。聖戦の後、ライバルが自分より上の位に就いたからだ。 彼女の名は思い出せない。 彼女はあたしをライバルとは見てなかっただろう。 でも、同じ軍の中で実力は拮抗してた。 それなのに母が元四天馬騎士だからってだけで彼女は天馬騎士団のリーダーになり、 一方のあたしは一兵卒として彼女の下で平凡な任務ばかりやらされた。 はっきり上下を決めたくなったあたしは、一騎打ちを挑んだけどムダだった。 「そんなこと…騎士同士争って、一体何の益になると言うんです」 クールな大人の美人である彼女が言った言葉だから、みんな彼女に賛成した。 耐えられなくなったあたしは、その夜天馬に乗って国を出た。 そしたら、イード砂漠の方からあたしを呼ぶ声が聞こえたんだ。 「カリン…強さこそ基準と思う娘…我が元へ」って。 そしてある廃墟の上空を飛んでた時、急に天馬がバランスを失い、 あたしはペガサスもろとも空からまっさかさまに落ちたんだ。 なんで命が助かったんだろう…そうだ、うっすらと声が聞こえた。 「うまく誘い出せましたわね、大司教様」 「そして今わしの下に来た。早速改造に取り掛かろう。わし自ら手を加えてやるわ。 身体を強化し、恐怖心を消し去り、殺意を吹き込むのだ」と。 まさか、マンフロイ様があたしを…!?あたしも意志がないというの? それだけじゃなくて、もしかしたらユリア様さえも… カリンは部屋を飛び出すと、ユリアの居室に走った。 魔将はいつでもユリアの居室に入れる権利を与えられている。 早速聞いてみないと。 ユリアはいつも通り、足を組んで椅子に座っていた。 その気品と自信に満ちた態度にも臆せず…というより臆する心を失っているのだが… カリンはユリアに尋ねた。 「ユリア皇女。昔のことって覚えてます?」 「昔…?それはいつのこと?」 「いつって…ここに来る前ですよ!家族の名前とか、恋人の名前とか覚えてますか?」 「恋人…!?」 ユリアの表情がいつもの余裕を失い、苦悶の色が見え始めた。 「ほら、何か引っかかってる。思い出して…」 そこに、しわがれた老人の声がした。 「何をしておるのかな、皇女、ドライ」 二人の少女は声のした方を見た。マンフロイがそこにいた。 「だ、大司教様…」 「ああ、マンフロイ様…助けて…」 カリンは狼狽し、ユリアは哀願するように手を伸ばした。二人の瞳は未だ赤かったが、 部下にも恐れられる魔将と皇女の表情はもはやそこにはなかった。 カリンの意志は固かった。 彼女はまっすぐマンフロイに向き直るとはっきりした口調で問うた。 「マンフロイ様、あたしの記憶や心も操作したんですね。 身体もあたしの力だったわけじゃないんですね。強くなれたのは感謝しますけど、 なんであたしを騙したんですか?そしてユリア様に何をしたんです?答えて! さもないとあたしの拳で…」 その時マンフロイがカリンに掌を向けた。途端に彼女は体の力が抜け、 口がきけなくなった。彼女はその場に崩れ落ちた。 「まったく、ユリアの造る魔将は心の管理が面倒なものよ。 ナンナといいサラといい、急に人の心を思い出しおる… まあその分、以前に造った魔将より能力は高いがな。 以前は屍を動かしただけだったからのう」 サラ。そうだ、アハトの本当の名は確かサラ。 彼女はどうしたんだろう?その表情の動きを、マンフロイは見逃さなかった。 「ほう、見事な意志力よ…あやつが気になるのだな?来い、アハト」 「はい、おじい様」 マンフロイの陰から現れたアハト。その表情は、 先ほど会った時とは別人のようだ。瞳はつり上がり、邪悪な輝きを帯びていた。 カリンは力を振り絞り、言葉を発した。 「サラ…一年前、来た時の、こと、思い…出して」 「一年前…ふふっ、あたしが来たのは何年も前、子供の頃のことじゃない。 それにあたしはアハト」 愕然とするカリン。マンフロイは笑って言った。 「こやつには処置を施しておいた。さて、おぬしも忘れるがよい」 マンフロイはカリンに向かい掌を開いて突き出すと、 何かを掴むかのようにそれをぐっと閉じた。 その瞬間カリンは頭を強く握られたかのような激痛を感じ… 次の瞬間、彼女の過去の記憶は全て消え去っていた。 「アハト、ドライ。ぬしらに任務を与える。詳しくはアインスから聞くがいい。行け」 「はいっ、大司教様」 「はい、おじい様」 二人が出て行くと、マンフロイはユリアの方へ歩み寄った。 彼女の表情にはまだいつもの余裕は戻っていなかったが、瞳の輝きは戻りつつあった。 「さて、ユリアよ。おぬしの過去はいかなるものであったかな。言ってみよ」 「…はい、大司教様。私は生まれたときより、ユリウス兄様の手助けをするよう、 闇の皇女となるよう育てられました。セリスにより兄上が討たれた後、 私はロプトの力を継ぎ、帝国再来のために同志を集めているのです」 「いかにも。して、おぬしの力はいかようにして養われた?」 「幼い頃から、暗黒魔法で多くの者を殺しました。 両親も兄も喜んで下さいましたわ…ふふふっ」 話しているうちに、ユリアの瞳は輝き、口元にはいつもの笑みが戻った。 それを見てマンフロイは密かに思った。 …やはりな。真の記憶など戻りはせん。この数年間、 日々暗黒魔法により洗脳しつづけ、更にロプトウスがこの娘を洗脳しておるのだからな。 しかもこやつに残っていた光の血の影響か、 手に負えなかったユリウスと違ってこやつは従順だ。帝国はわしのものになるかもな… 確かに彼女の記憶は完全に偽りの記憶にすりかわっていた。 しかし、一つだけ忘れられない名前があった。聖王セリス。 宿敵である彼の名が、なぜか心から離れないのだった。 …会ったことはないが、恐らく美男子なのでしょう。 帝国再建が成った暁には、殺さず私の下僕にしたいものだわ。 女帝なら、それくらいしてもいいはず。大司教様も許してくださるだろう… 笑みを浮かべるユリア。恋する少女の笑みであり、皇女の歪んだ笑みでもあった。 (コメント by マルチくうねる)こちらは、磯辺巻き様から投稿していただいた小説です。 「闇ユリア」と魔将にするお話…今回は、カリンです。 斧使いであるドライに化けるとは、意外ですねえ。 記憶を支配することで、忠実な僕を作ることができる恐ろしい暗黒魔術。 ですがカリンのように、世の中を客観的に見つめ、何かに「疑問を持つ」と、 その中からほころびを見出すことができるかもしれません。 ユリアにとってそれは、セリスなのではないでしょうか? この小説と関連したイラストを、 魔道美術隊にて展示しています。 磯辺巻きさんの作品、ぜひ一緒にご覧になってください。 感想を伝えたいという方は、磯辺巻きさんあてに メールでお願いします。(ぺこり) |