赤き月、暗き星


            古の詩に曰く
         初め 人が剣を振るい
         次に 剣が剣を求めて
         終に 剣が人を用いる
     事物を操り得るは人の欲によるところに非ず
        ただ理性のみ為せる業なりと

「ねえラクチェ、ちょっとこっち来て!見てこれ!」
とある大きな街の市場で、活発そうなセミロングの少女が大声で呼びかけた。
「もう!ちょっと待ってよ。はしゃぎすぎよマリータ。」
ぼやきながら追いかけているのは、どことなく気品のある短髪の少女。
 対照的な二人だったが、その姿には共通するものがあった。 すらりと伸びた長身、黒い髪と瞳、切れ長の目、誇りに満ちた雰囲気。 これだけ揃えば、腰にさげた剣を見なくともイザーク人女性と一目で分かるのだ。
 マリータとラクチェ。イザーク王族の血を引く二人の少女は、 聖戦終了後互いの剣技を磨く旅に出ていた。 村娘として育てられた純真で活発なマリータと、貴族として育てられた誇り高いラクチェ。 気性や身分こそ違うが流れる血は相通ずるのか、 二人は知り合ってすぐにまるで仲の良い姉妹のようにうちとけた。 育ちが異なることも、むしろ互いに興味を抱かせ絆を強めるきっかけとなった。 やがて「イザークの銀月と流星」と称えられた二人、 平和が訪れた後も技を追い求める心は止まず、旅に出て技を磨くことに決めたのだった。

 さて、市場を歩き回っているうちにマリータは建物の壁に寄りかかって座る人影に気付いた。 マントを羽織りフードを被るその人が眼前に並べているのは、二本の剣。 剣となれば黙っていない彼女である、ラクチェを置いてすぐにその人の方へと走っていった。
「いらっしゃいませ。この剣を買っては頂けませんか」 
 マリータが目の前に立つと、その人は静かに声を発した。静かな女性の声だった。 フードを目深に被っている上に、口元を布で覆っているため顔は分からないが、 その雰囲気からすると元は身分の高い美少女のようである。マリータは剣に目をやった。 片方は広刃の直剣、もう一本はイザーク風の曲刀。いずれも柄や鞘の造りは精巧である。 かなりの名剣かもしれない。
「ふう…マリータ、いきなり走っていかないで。剣が見たいならあたしにも言ってよ」
息を切らしながら追いついたラクチェ。彼女も剣の造りを見ると興味を持ったようだ。
「少し振ってみてもいいかしら?」
「どうぞ」
抜くと、輝く刃が現れた。その輝きは銀月のごとく、閃きは流星のごとしである。 二人はその鋭さと美しさに息を呑んだ。
「すごい刀…でも、あたしには少し重いし長すぎるかな」
呟くマリータに、少女が言った。
「大丈夫です。その二本は魔法の剣。持ち主の意志に応じて長さも、重さも、 時には形状すらも変化するのだそうです。そしてこの剣に選ばれた者は 瞳の色が変わるという伝説もあります。戦死した父と兄が持っていたものなのですが、 私が生きるためには必要ありませんし、この剣の価値を分かる人に使われてこそ、 父や兄も、剣も満足でしょう。お値段は言い値で構いません。どうぞお使い下さい」
願ってもないことである。マリータは刀を、ラクチェは直剣を大金で、 とはいえこれほどの剣には安すぎる金額で手に入れたのだった。
 はしゃぐマリータ。しかしラクチェは怪訝そうな顔をした。
「ごめんね、けどあたし貴方の声をどこかで聞いたような気がするの。 もしよければ、顔を見せてくれない?」
「それだけはお許しを。先の聖戦で、私は顔に醜い傷を負っているので…」
ラクチェもそれ以上問おうとはしなかった。

 満足そうに去っていく二人。その後姿を見つめながら、覆面の少女は呟いた。
「貴方達のような剣士が何もせずにいる時代…それは惜しすぎます。 貴方達も感じているはず。お目覚めなさい」
フードの下の顔に傷などはなかった。あったのは、短めの金髪と赤い瞳。

 剣は、彼女達の予想以上に要求に応えた。長さや重さだけでなく、刃幅、反り、 柄、鍔…あらゆるものが思い通りになった。振るえば振るうほど、 剣もこちらの癖を学んで馴染んでいくようだった。 その剣で二人は日々素振りや型の訓練、植物を使っての試し切りを繰り返した。
 しかし奇妙なこともあった。その剣を買った日から、 二人は同じ夢ばかり見るようになったのだ。 父、母、尊敬する剣士達の声が響き続ける夢だった。
「強くなれ。平和に呆けるな。実践を積むのだ…」と。
しかし目を覚ますと何も覚えてはいず、二人は陽気に修行の旅を続けた。 そして月は過ぎ行き、満月の日となった。

 その日、二人は朝から体の調子が良くなかった。特にマリータは目まいがし、 まっすぐ歩くことも出来ない状態だった。 今いる場所は森でありまだ次の街までは遠かったのだが、 二人はやむを得ず茂みの中で休むことにした。倒れこみ、死んだように眠るマリータ。 木に寄りかかってけだるそうに座りながらも、見張り番を務めるラクチェ。 しかし二人とも、自分の名剣をしっかりと抱きしめていた。やがて夜の帳がおり始め、 満月が辺りを照らし出した…

 夢の中で、マリータは声を聞いていた。今まで以上にはっきりと響く声だった。
「マリータ…剣の技を、強さを追い求めるのです」
「強くなるのだ。平和に痴れるな」
誰よりも尊敬する、父と母の声。分かっています、そう答えようとした時。
「あなたは本当に満足なの?嘘の剣技に」
「空を切り、草を絶つ。それで満足なのか」
それで満足できない事くらい彼女は分かっていた。 本当はもっと血の沸き立つような修行をしたかった。けれどどうしようもない。
「それは言い訳ではないの?」
「自分の道は力で勝ち得るものではないのか」
でも、満足できる道なんてどうやって得ればいいの。
「思い出して。あなたが最も満足していたときを」
「戦場で戦い、血を全身に浴びながらも生還し続けたあの時をな」
動悸がする。あの時の満足感。今日も勝ったという達成感。
「あの時の思い、もう一度味わいたくはないの?」
「戦いこそ剣士の道。殺害こそ剣士の喜び」
 父や母がこんな事を言うわけがないと彼女は気付いていた。 しかし、かつて「暗黒の剣」に支配された影響が残っていたのか、 彼女の心は急速に戦いの喜びに取り込まれていった。 しかし「暗黒の剣」が彼女の理性を強制的に支配して戦いに駆り立てたのに対し、 今回は美酒に酔ったような感覚だった。気がついたときには理性が麻痺し、 ただ楽しさだけが欲しくなるのだ。
「さあ、刀を抜いて…」
「すべて、刀の命ずるままに戦えばいい」

 マリータは刀を抜き放った。


「どうしたのマリータ?」
横たわったまま刀を抜いたマリータに異常を感じたのか、 ラクチェが不安そうに問い掛けた。抜き身の刀を手にしたまま、 マリータはゆっくりと立ち上がり、気だるそうに口を開いた。
「大丈夫…何も心配しないでいいわ」
しかし、明らかに今までのマリータとは違った。両手をだらりと下げ、 ゆらりと立つその姿。目を半ば閉じ、虚ろな笑みを浮かべた顔。 普段の活発な彼女からは想像できない。そして、何よりも違ったのは「瞳」そして「気」。 イザーク特有の黒い瞳は今や金色に輝き、瞳孔は猫のごとく細くなり、 つりあがった目には狂気が感じられた。その身からはうっすらと妖気が放たれ、 それは月光を浴びて青白く彼女を包んでいた。
 にこりと微笑み、歩み寄るマリータ。ラクチェは怯えて剣を抜いた。 彼女はおかしくなっている。先に斬らないとこっちが殺される。 そう直感した彼女は剣を正眼に構え、斬りかかろうとした。 しかしマリータの方が速かった。
「今のラクチェじゃ、あたしは斬れないよね」
その言葉がラクチェの誇りを深く切り裂く。自分より剣技で劣るこの子に言われるなんて。 妖気を放つマリータに勝てないことが分かるからこそ、ラクチェは苛立った。 そしてマリータは間合を詰めつつ、鋭い斬撃を放つ。
「イザークのお姫様、名剣士の娘、シャナン様の従妹。その称号も、あたしの前に形無し」
言葉の刃が彼女をなぶりつづける。黙ってよ。怒りに燃えるラクチェの心。 しかしそれと裏腹に全身が震え、体は凍りついたように冷たく、動かない。 それを知ってかマリータは力ない姿勢で近寄ると、必殺の突きを放った。
「修行、やりなおしたら」
間合が詰まり、勝負は決した。怒りでか恐怖でか、理性を失い身動きも出来ないラクチェ。 艶やかな笑みで彼女の瞳を覗き込むマリータ。 青白くほのかに光るその妖気がラクチェを包み、照らす。
 と、ラクチェの頭に声が響き始めた。会ったこともない両親の声―というより、 そうであれと彼女が想像するそのままの声―そして、敬愛するシャナンの声。 どの声も彼女に言う「剣技を研け」「実戦だ」「斬れ」…。 そして耳からはマリータの声が聞こえてくる。何と言っているかはもう聞き取れない。 目の前には金色の宝石のような彼女の瞳。彼女の妖気が自分に当たり続けている。 そして、胸の中は怒りと焦りで一杯。頭がおかしくなりそうだ。
 ふっ、とマリータの瞳が動き、何かを見た。ラクチェも彼女の瞳の動きを追い、 そちらを見た。そこには、自分の手に握られた自分の名剣があった。 月光と妖気を映し、奇妙に輝くその剣を見たその瞬間、ラクチェの意識は飛んだ。
「ツヨク…ナリタイ」そう呟くと、彼女は剣を握り締めたままその場に倒れた。

 月が天頂に上りきる頃、マリータがラクチェに呼びかけた。 伏せたままだったラクチェは体を起こし、苦しそうにうめいた。 それを尻目にマリータが言った。
「ね、ラクチェ。人間の生き血の匂いがするの、分かる?」
ラクチェは無言でうなずいた。
「きっと近くに集落があるんだよ。せっかく名刀があるんだし、 ちょっと楽しまない?たまには草以外も斬らないとね。 そうだ、服ももっと華やかにしたくない?あたし達にふさわしい服に」
「…もう、おしゃべりしすぎよ。わかったわ」
注意するような口ぶりだが、ラクチェの口元は笑っていた。 その身体から妖気が放たれ始めた。ゆらりと立ち上がった彼女の瞳は赤い、 しかしやはり猫のような細い瞳孔になっていた。
「でも、人を斬るのって久しぶりね。なんだかわくわくする」
純真な少女のような、しかし狂気に満ちた表情と口ぶりだった。
 彼女達を赤い月と、その光に暗くなった星々が照らしていた。

 以後、二人の少女は幾度も心の赴くままに刀を振るい、血を吸った。 残虐な行為でありながら、そのことを知るものは一人としていなかった。 殺戮に赴く彼女達を見たものは全て、命を奪われるか、 あるいは妖気にあてられ正気を失うかのどちらかだったから。 そして何かの導きによるものか、 彼女達が襲うのは地図にも載らない寒村や盗賊の住処だったから。
 そして当てもなくさまよいながら、その足はイード砂漠へと向いていた…。

「見てマリータ!あの神殿跡。あそこ、バルムンクが隠されていた神殿よ」
「へえ、あんな廃墟に?あたしも見たかったな」
抜き身の剣を携え、口ぶりの変わらない二人だが、その雰囲気に以前の面影はなかった。 容姿は変わっていない。きつめのメイクを、マリータの纏う深紅のチャイナドレスと、 ラクチェの纏う漆黒のメタルドレスを除けば。 そして禍々しく変貌した愛用の刀剣を除けば。
 だが、もはや彼女達は人間の心を忘れていた。身体能力は人間の限界を超え、 人間であった頃の記憶は消えかけている。かろうじて覚えているのは名前だけ。 血を浴びれば浴びるほど人間から遠ざかり、剣に取り込まれていくようだ。 しかし二人はそれが嬉しかった。強くなっていくのが分かるからだ。
「ラクチェ、あの神殿、あたし達を呼んでるみたい…」
「ええ、あたしも感じる。行こう、マリータ」
しばらく歩いてすぐ、二人は頭がぼやけるのを感じた。 どうやら「剣」同士で話したがっているらしい。いつもの事だ。任せよう。 体は歩いたままで、彼女らの意識は眠りについた。

 しばらく無言で歩いた後、マリータが口を開いた。
「ねえ、ツヴァイ。あたしたち今回はラッキーだったね。 こんなにいい体を手に入れられるなんて」
ラクチェが応えた。
「確かにそうね。どちらもオードの血が濃くて、流星剣と月光剣を使いこなすなんて。 それにノイン、この子達の魂もよくない?」
くすっと笑うマリータ。
「こんなにあっさりとあたし達を受け入れるなんてびっくりしたわ。 前の聖戦の時の剣士は屍のくせに抵抗したもん」
にやりと笑うラクチェ。
「あの時あたしは男を使って、ノインは女のほうだったね。 あの女、今あたしが使ってる体にそっくりだったわ」

「あ、ツヴァイ、神殿が近くなってきたよ。そろそろ眠って、 面倒なことはこの子達に任せない?あたし達は血を吸うだけにして」
「そうね、動いたりするのはこの子達の仕事。あたし達は、 血の見返りにこの子達に力と殺意をあげればいい。今はまだ完全じゃないけど、 そのうちあたし達の思うままに動いてくれる」
「さあ、ユリウスに代わる君主に会ってみようよ」

 彼女らの向かう神殿の入り口に、短めの金髪の少女が立っていた。 どことなく気品のある美少女である。羽飾り、体のラインを強調する胴鎧と服、 マント、ブーツ、剣、小手、全てが黒で統一されていた。
 歩いてくるマリータとラクチェを見ながら、彼女は満足そうに呟いた。
「おかえりなさい、魔将ツヴァイ、ノイン。私の選択は正しかった…」

 剣に自らを捧げた二人の少女は後に「赤き月と暗き流星」と呼ばれることになる。 彼女らが魔剣の支配から逃れて剣の道を見出したのか、それとも剣に魂を支配され尽くしたのか、 はたまた自分の意志で殺戮を続けたのかは記されていない。




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 セリス(コメント by マルチくうねる)
 こちらは、磯辺巻き様から投稿していただいた小説です。
 投稿から掲載まで長くお待たせしてしまい、大変申し訳ありません。
 「闇ユリア」、魔将シリーズ。今回は剣士の二人、ラクチェとマリータです。
 剣士、剣の道とは、何でしょう…、剣は基本的に人と戦うことにしか 役に立たない道具なんですよね。剣を極めるということは、必然的に 人を殺すことにつながってしまうのか…。 ラクチェとマリータの姿を見て、そんな連想が頭をもたげます。

 この小説と関連したイラストを、 魔道美術隊にて展示しています。 磯辺巻きさんの作品、ぜひ一緒にご覧になってください。

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