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縛られし少女達、放たれし人形達
パティは一人、指定された場所で待っていた。 「新しい魔法の被検体か…やだやだ。ま、何回かやったから慣れてるけど」 この時代、新薬と同様に新魔法を人体で試すのは珍しくなかった。 もちろんそれまでに実験を繰り返して可能な限りの安全は期すし、報酬も多い。 パティが志願したのも、報酬の金額が魅力的だったからだ。 嫌な仕事だが、子供を養うためには仕方ない。 聖戦以後、盗賊稼業を禁じられていたために資金稼ぎの手段は限られていたのである。 貴族の娘が盗みなどとはけしからん、という訳だった。 遠い異国のグランベルまで呼び寄せても子供は喜ばないし、周囲の目も厳しい。 また、公正を重んじるセリスの治世においてえこひいきは許されない。結局この北トラキアに戻ってきて養うしかないのだ。 かといって、南北の内戦で荒れ果てたこの半島に、孤児を救済するだけの余裕はない。むしろ孤児だけが増える一方。 「貴族だからって金があるわけじゃないのに。規制ばっかりで何もできないじゃない。 新しい世の中だからって、誰にでも天国ってわけじゃないのかぁ…あーもうやだやだ」 思わず彼女が独り言を漏らしたとき、黒いローブを着た男がやって来て彼女に話し掛けた。 「パティ様ですね?お待たせしました。」 「待ったわよ。で、あんたが魔法使い?」 「いえ、私はただの使いですよ。実験のためには、私共の研究所に来て頂きたいのですが」 そう言うと、男はワープの杖を取り出した。 「えー?ヤだけどさ、行かないと金もらえないんでしょ?仕方ないなあ」 ラーラは一人、イード砂漠にそびえる神殿跡の前に立っていた。 「ぱっと見、ただの廃墟だけど…やっぱり、何か怪しいな」 旅の踊り子として各地を回っているうちに、ちらほらと妙な噂が彼女の耳に入っていた。 虹色の光と共に滅んだ山賊の根城。奇妙な布教。暗殺や誘拐。 よくある怪談のいくつかともとれるが、ラーラにはそれがすべて一つ所から起こっているように思えてならなかった。 そこで踊り装束を捨て、再び盗賊衣装をまとい、ここまで来たのだ。 独自の捜査と盗賊としての経験、そして妙な一団を尾行することで、ここが怪しいと彼女はにらんだ。 「噂通りだったら皆に知らせればいい。失敗してもあたし一人の問題で済むし。なんとかなるよね」 一人明るい口調でつぶやくと、彼女は神殿跡に入っていった。 ワープの杖でパティが飛んだ先は、神殿の一室のようだった。 部屋の中は薄暗く、中央に奇妙な形の椅子が置かれていた。 そしてその椅子のそばに、二人の女性が立っていた。どちらも緑の髪に赤い瞳の美しい女性だ。 2人とも艶やかだが、一方は物静かな雰囲気、もう一方はどこか悪魔的な雰囲気を漂わせている。 年齢は同じくらいだが、顔立ちが似ているところを見ると姉妹か血縁者らしい。 「ようこそ、パティ様。私はこの神殿の神官、ズィーベンと申します」 「あたしは巫女のエルフよ。よろしくね」 二人がそれぞれ名乗った。 「あたしはパティ。さあ、イヤな事は早くやっちゃおうよ。あんま気分いいもんじゃないんだからさ」 軽い口調でそう言うパティに、二人はにこりと微笑んだ。優しいというより冷たい笑いだった。 「じゃ、この服に着替えてそこの椅子に座ってもらえる?」 与えられた漆黒の服は、各所に奇妙な模様が赤く描かれている。 体の中央のラインなど、ところどころ薄く透き通った布地でできており、背中は大きく開いている。 「何コレ、変な服…」 着てみると、それはパティの体にぴったりだった。 まるで肌に貼り付くような感覚。そしてパティの整ったスタイルが色っぽく際立つ。 妙な魔法のかかった違和感こそ感じるが「気持ち悪いほどに着心地がいい」それがパティの正直な感想だった。 それを纏い、彼女は椅子に座った。そして、エルフが杖を手に取った。 「行くよ。もうイヤだったらイヤ、もっとかけて欲しかったらそう言ってね」 ラーラは神殿の奥へ奥へと入っていった。 なんとか見張りの目を避け神殿の中へと入ることは出来たのだが、どの部屋にも何もないのである。 物が乱雑に置かれてはいるものの、肝心の証拠となるものがない。 にも関わらず、ここに何かあるという彼女の予感は強まるばかりだった。 ふと、ラーラは足を止めた。奥の部屋から魔法を使っているらしい気配がするのだ。 幸い、戸は開いている。彼女は音もなく部屋に入り込むと、片隅にあるカーテンの陰に隠れて様子をうかがった。 女性が三人。二人が立ち、一人が椅子に座っている。立っている方の一人は杖を手にし、座っている女性に魔法をかけ続けていた。 三人ともラーラには見覚えがあった。座っているのはパティ。聖戦の時、同業者ということでなんとなくうまが合った。もう二人は… 「…サフィ!?そしてあれは…まさか、ティナなの?」 一方は間違いなくサフィ。そしてもう1人も別人のように成長しているが、面影が濃く残っている。ブラギ神官の彼女らがなぜここに? そういえば様子が変だ。サフィもティナも鮮血のような赤い瞳になっている。 そして、魔法をかけられているパティは目をつむったまま、苦しげにうめいていた。 生まれた時から盗みの味を知っていたわけではない。 彼女が北トラキアで孤児として兄と共に引き取られたのはアルヴィス帝の時代。 旧王国時代の流れをくみ、発展させた厳格な法治主義により、帝国内での福祉制度は充実していた。 幼い頃の彼女は、さほど不自由せずに育つことができたのである。 だがユリウス皇子の成長と共に帝国は揺らいでいき、やがて彼の狂気と欲望により混乱が始まった。 その中でなんとか子供達を守るべく院長は奔走し、やがて心労によって倒れた。 孤児院で年長格だった兄妹は院長の遺志を継ぎ、遺された子供達に尽くすことを誓った。 筋力と俊敏さ、そして弓の才に恵まれた兄が傭兵として名を馳せ、北トラキア領主ブルームに認められるまでに時間はかからなかった。 だが、自分は。兄のような筋力も体力もなく、素早さもたかが知れている自分は。 無力な彼女が初めて盗みに手を出したのは、1人の飢えた子供に食事をあげるためだった。 たった少し。たった1人のためのもの。 だが、そのことを知った多くの子供達は次々とパティに食事をねだった。まともな仕事ではとても稼げないほどの量を。 盗むことは意外と簡単なことだった。しかも普通に働くよりも儲けはずっと大きい。 次第に盗む量は増え、気がつけばもう盗みなしでは経営が成り立たなくなっていた。 幾度か危険な目にも遭いかけたが、領主のブルームが見て見ぬふりをしてくれたことが幸いして重大事には至らなかった。 ファバルとの契約や、治安の責任をトラキア貴族に押し付けて発言権を奪う戦略的意義もあったのだろうが、 清濁併せ呑む領主がいて彼女には比較的いい時期だった。 だが、帝国が滅んで時代は変わった。 「正義」の言葉に縛られ融通の利かない統治者、戦後で資金のない国。その中で多くの子供を養うのは並大抵の苦労ではない。 しかも稼ぎ手だった兄はレンスターから離れた遠国の領主となった。そうそう私用で金庫から出資することはできない。 好きな人も遠国の貴族様。盗賊育ちの自分とつりあうかどうか。 今は蓄えと仕事でしのいでいるとはいえ、養わないといけない子供達は増えていく。そして要求し続ける。 それなのに、かつて守ってやった子供達の中でパティを助けてくれる者は少数派だ。 多くは形のない言葉だけ残してどこへともなく消えていく。後に何も残さず。 あたしにもっと汚れろというのか。 自分のために生きることなど諦めて。 『じゃあ忘れちゃおう』 「え?」 いつの間にか、パティの目の前にもう1人のパティが立っている。 『つらいこの世での責任なんて忘れちゃおうよ。子供達はロプトに任せてさ』 「ロプトって…あのネクラ人さらい教団!?そんな奴らににあたしの子達を…」 『大丈夫…今のロプト教団の長であるユリア様なら、悪い世界をつくるはずがないわよ』 「ゆ、ユリアって!?まさか…」 『ホラ、見て』 もう1人のパティが指し示す先に、黒い衣のユリアが立っていた。 以前の清純な輝きを残したまま、世界の黒い一面を知り、綺麗に、力強く。 「パティ…黒い私の姿に驚いたかもしれません。どうか、禍々しさの裏にある私の『理想』を見て下さい」 その「理想」とする世界のビジョンがパティの脳内に映し出された。 それは、徹底した実力主義の世界。孤児院出身だろうと、盗賊だろうと、才能のある子は出世する。 才能のない子供は、上の者のため、それでも自分のできる限りの力を発揮する。 能力のない人間には厳しい世界かもしれない。しかし、才覚と努力さえあれば生き抜くことができるのだ。 あたしの子供たちには、セリス様よりもユリアの作ろうとする世界の方が生きやすいのかもしれない。 『考えてみて。ロプト教団にとっても子供は未来を担う貴重な財産。ましてやユリア様なら…大丈夫でしょ?』 もう1人のパティの言葉に、いつしか彼女は安心感を覚えていた。 「んん…そうだ、ね…」 指導者がユリアと知って安心したせいか、パティは急に頭がぼやけていくのを感じた。 「でも…あたしは…」 『子供達と同じロプトの側に行こう。そして、ユリア様の世界を実現するために戦うのよ』 「ユリアの…ううん、ユリア様の…ために…?」 『そうよ。代わりに、苦しみを感じず喜びだけを覚える心を得ることができるわ』 いつの間にか、着ている奇妙な服の違和感が消えていた。 細い帯が各部を締め、体にぴったりと貼りついたそれは、まるで体の一部のようになじんでいる。 『苦しいことは、もうおしまい。パティはこの世の観念から解き放たれ、幸せになるの』 「幸せに…なれるっていうの?なっていいの?あたしが」 『そうよ。子供達のことを悩まないで、幸せに…ほら!』 その瞬間、彼女は背後、首筋の一点に刺すような鋭い痛みを感じた。 激痛は一瞬だった。その感覚は和らぎつつも、電流のように全身を走った。後頭部に、体に、頭に、四肢に、神経のすみずみまで行き渡り… パティはある拘束を、受け入れた。代わりに心が、解き放たれた。 「パティさん…私達の声が聞こえるなら、答えなさい。そして、今の気分を教えてください」 パティは目を開き、静かに言った。 「…聞こえるわ。心が、すっごく晴れ晴れしたように感じ…う、あっ?」 命令通りに答えたとたん、首の後ろから脳髄に刺激が送られる。浮き立つような気分が頭に、体中に満ちる。 誰のためにこの仕事をやっていたのか、そんな記憶は一瞬にして吹き飛んだ。この感覚が、もっと欲しい。 「…もっと、命令してくれる?」 「いいわ。じゃ、まずはそこに隠れてる曲者を捕まえてね」 ラーラはさっと青ざめた。気付かれてたんだ! 「了解したわ」 彼女は入り口に走った。しかしパティが人間とは思えない速さで立ち塞がり、腹部に拳を打ち込んだ。 「ぐ…はっ」 そのまま、彼女は意識を失った。 「任務…成功」 「いい子ね。じゃ、次は精神の安定化に取り掛かろうか?」 「めんどくさいことは任せるわ。…命令さえしてくれれば」 意識が飛ぶ前に、パティとティナの会話がわずかに聞こえた。 目を覚ましたラーラは、自分が椅子に座らされていることに気付いた。 それだけでない、服も変わっていた。紫色の服で、あちこちに奇妙な模様が描かれていた。 彼女は動こうとしたが、体が動かない。目以外はぴくりとも動かないのだ。 「気分はいかがですか?」 いつの間にか、目の前にサフィが立っていた。横にはもう1人の緑髪の女性もいる。 「ちょっと、あたしに何をしたの?それにパティはどこ?」 ラーラのその言葉に、明るい声で返答があった。 「あたしならここよ」 暗がりからパティが微笑を浮かべてゆっくりと歩いてきた。 瞳が深紅に染まっている以外は一見パティそのもの。しかし、その笑顔は何かが違う。 いつもよりも楽しそうな、あまりにも無邪気すぎる笑顔だ。 戸惑うラーラ。それを見てエルフがくすくすと笑った。 「分かってないみたい。フュンフ、説明してあげて」 パティがぴくっと体を震わせ、一瞬静止した。 「えっと任務、認識、中…内容は、あたしの肉体と精神の変化に関する説明…うん、認識完了。開始するわ、エルフ」 フュンフと呼ばれたパティは、笑顔のまま話し始めた。 「ラーラ、この人たちは簡単に言うと『心を楽にする魔法』を研究してるの。 あたしは聖戦の前も後も子供を養うばっかりで、しかも今は盗みもダメ。 こんな世の中で、あたし生きていけないと思ってた。 でも、術をかけられて気付いたのよ。全部捨てちゃえば自由になれるんだって」 彼女はそこで言い止め、また話し始めた。 「子供達の保護と育成があたしの『任務』だった。でも全部ロプトに頼めば、人間としての『任務』は完遂でしょ? それに分析の結果、あたしの子供達にとっては、ブラギよりロプトの方が有益だと判明したわ。 あと…子供達をもらってくれるだけじゃなく、ロプトはごほうびも与えてくれるの。『喜び』をさ… ロプトに従う対価として、服の力で、あたしから『責任感』『無償の奉仕』『悲しみ』を抜き取ってくれた。 こうすれば『子供を売った』なんていう良心の呵責もなく、あたしは楽しめる。無償で尽くすよりフェアでしょ?」 話し終えると、パティは目を細めて満足そうにため息をついた。 「任務完了っと…現在、あたしの着てる衣が感情を刺激中よ。ふふふふ…し・あ・わ・せ♪」 本当に幸せそうな笑みを浮かべているパティに向かって、ラーラは思わず叫んだ。 「そんなの違うわ!それって結局は操り人形じゃない。自由どころか、縛られた存在よ」 それを聞いたズィーベンは声を立てて笑った。 「何を言うのかと思ったら…。絶対的自由などない。私たちは何かに縛られなければ生きられない。 国家、恋人、宗教、常識…自由とは、その中で与えられる権利のこと。 衣に縛られていても、彼女はその支配の下で自由と喜びを享受しているのです。 帰依する代償として、ロプトは子供達を保護し、彼女を解き放つ。あなたにも…」 ズィーベンは杖を取り出した。先ほどエルフが使った杖だ。 「な…まさか、あたしにも魔法を?バカ言わないでよ、あたしは魔法人形になる気なんてないわ!」 「『パティ』を『フュンフ』に改造したのは妹のエルフ。今度は、私が貴方を『ツヴェルフ』に変えてあげますね」 言葉と共に、杖が光った。 「あ…」 光を浴びたラーラの眼前に、幾人もの人間が現れた。 踊り子時代の主人。パーン。マギ団。リーフ。踊りを見て喝采した男達。 いずれも「ラーラを必要とする」と言って近づいてきた者達だ。 しかし、用が終わってからも一緒にいてくれた男が、全力で彼女を大切にしてくれる者がいただろうか? 「パーンが望むなら、あたし踊り子に戻ってもいいよ」 パーンと再会した時、彼女は心からそう言った。そして言葉通り聖戦でパーンを、戦友を励まし続けた。 だが聖戦後、パーンは再びどこへともなく姿を消してしまったのだ。 「きちんとした世じゃ俺は生きにくい。だがお前は別の生き方をできる。俺なんざ忘れてどこへなりと行っちまえ」 それが最後に会った時の彼の言葉だった。 彼の考えは知らないが、ラーラにとってみれば「結局必要とされなかった」としか取れない言葉である。 「あたしは必要とされなかった。パーンだけじゃない、誰も彼もあたしを上っ面でしか必要としない」 『じゃあ、ロプトは?ロプトなら、確実にラーラを必要としてるわ』 独り言に、もう1人のラーラが応えた。 「何で必要としてるっていうの。踊り子としても盗賊としても中途半端なあたしを」 『力を与える踊りを舞える人なんて、実はあんまりいないのよ。分かってる? そしてその上、己に満足せず飢えた心を持っている子なんてね。 しかもただの舞姫じゃない、選ばれた12人のひとりとして、ラーラの力が求められてるの』 求められている。単なる穴埋めではなく、選ばれた者として。 「それ…本当なの?」 『もちろん。大丈夫、ラーラの苦悩はユリア様によってすぐ洗い流されるよ。 もうずっと苦しんできたんだから、忘れよう。幸せになれるわ』 そう考えると、彼女は無性に全てを忘れたくなった。全部忘れて、必要とされて、幸せになれるのなら。 「…いいかもしれないね」 電流が彼女のつま先から頭の先までびりっと走り、そのまま脳内にとどまり、刺激を与えた。 魔法のかかった衣服が、彼女をやさしく包み込み、きつく縛った。 捕らわれた代わりに、彼女は一切の悩みから解き放たれた。 マンスターのとある孤児院では、多くの子供達が飢えと寒さと絶望に耐えていた。 「コノートのヒットマン」と人々から恐れられたファバル、悪名高い盗賊パティの養っていた子供達に世間は冷たい。 世間の厳しい視線にも、子供達は結束することで耐えていた。世界がよくなると信じて。 だが聖戦が終わっても、光に満ちた世界はやって来ない。 「こんなことならパティ姉ちゃんを信じて待つんじゃなかった」「もうどうなってもいい」 「パティお姉ちゃんを信じよう」「いつかきっとよくなる」 彼らの間にさえも不和と不信が渦巻き始めていた、ある日のこと。 「みんな、ただいま」 パティが帰ってきたのだ。友達だという黒髪の少女と、たくさんの土産と、新たな道しるべを携えて。 「ごめんね、この孤児院はもうやっていけないわ。あたし、別の仕事をしないといけないから。 でもみんなは、望むなら新しい人たちに養ってもらうこともできる。 そこではみんな『友達』じゃなく、ライバルとなるけど…頑張った分だけいいものをもらえるの。来る?」 生きるために多くの子供は行くことを望んだ。争いを望まない一部の子供達は、行くことを迷った。 だが、最終的にはすべての子供達が行くことを望むようになった。 黒髪の少女の舞を見た瞬間、脳内に刻み込まれたのだ。 勝利欲、支配欲、そして成功の先にある栄光の幻想が――――――― 「ズィーベン様、エルフ様、任務完了しましたっ!あたしの孤児院からの子供の搬送、完了です」 「子供達には競争意識を刷り込んでおきました。手厚い育成を施せば、優秀な人材となるでしょう」 「お疲れ様、パティ。じゃあ、人間時代の記憶を初期化してくれる?」 「ラーラ、あなたにも初期化を命じます」 「はい………… 記憶の抹消、完了しました」 「これが、あなた達の研究成果ですか」 目の前に立つ二人の少女を見、ユリアは言った。 「はい。あたしと姉様の策に乗って、二人ともやって来ました。あとは『制御の衣』を着せて、術をかけるだけ。 この服を着ると、命令を聞くたびに脳が刺激されるから従順に動きたくなるんですよ」 エルフは嬉しそうに笑いながら、パティの両肩に手を置いた。 「このパティって子には、あたし好みの性格になってもらいました。 元はうるさかったのに、すっごく従順になってカワイくなったでしょ?笑ったまま人を殺せる最高のアサシンですよ」 続いてズィーベンが言った。 「私の作ったツヴェルフ…人間名ラーラには、布教に適した行動タイプを付与しました。 命令遂行性に優れたパティに比べて、臨機応変に行動する思考力と、一般人に紛れ込める適応性があります。 精神に働きかける『踊り』を使うことで、ロプトの教えを密かに、しかし確実に広めることもできますわ」 ロプトの司祭として成長する魔将姉妹に、マンフロイは満足げにうなずいた。 「わしの洗脳魔法をこのような形で進化させるとはのう…。その『制御の衣』とやらを大量に作れば支配も簡単ではないか」 「ごめんね。それはムリなの、マンフロイ様」 大人っぽい容姿に反して、気軽な口をきくエルフにズィーベンは顔をしかめた。 「もう、エルフ…妹の非礼をお許しください、大司教様。けれども妹の言うとおりなのです。 この衣はフィーア様が古代の珍しい物質を魔力で折り合わせてようやく完成した、貴重な品。 加えて、着用する者の精神と強く感応しなければ効果を発揮しません。大量に作るのは不可能です」 ユリアは言った。 「では、この二人だけでよしとしましょう。彼女達だけでも、相当な結果が出たのですから」 そして、微笑む二人の少女に呼びかけた。 「フュンフ、ツヴェルフ…それがあなた達の新しい名前です。ロプトの戦士となった誓いを立ててください」 ユリアの言葉に、2人は寸分のずれもなく同時に、同じ角度でうなずいた。 まず進み出たのは、かつてパティであったフュンフだった。 「命令を認識しました。まずはこのあたし、フュンフがまず誓いを立てますね。 あたしはロプトの魔法生物です。弓戦士ウルの血を引くため、弓との適性が良好です。 戦闘時の性能は優秀、暗殺に適性あり。ユリア様、マンフロイ大司教、どんどん命令してくださいっ」 続いて、ラーラであったツヴェルフが進み出た。 「あたしはユリア様直属の十二魔将ツヴェルフ。踊りの技能を修得しています。 ロプトの改造で高い戦闘能力を有するようになりましたが、フュンフにはやや劣る性能です。 でも、改造によって得た魔力と踊りを併せれば、精神深部に訴えかける密かな布教も可能でしょう。 少しですけど思考能力も持っていますので、応用力を必要とする任務ではあたしに任せてください」 名乗り終えると、「任務終了」ということで衣服の機能が作動したのであろう、2人とも目を細めて脳内物質の刺激を楽しんでいる。 「ズィーベン、エルフ。服を脱げば、彼女達はもとの人間に戻るのですか?」 ユリアの問いに、2人は同時に首を横に振った。 「きっかけがこの衣だったとはいえ、これもロプトウスの祝福の一形態。 神の手を自ら取り、そのお言葉に従って心身を高めた彼女達の心は、衣服ごときでは変わりません」 「そう、それはよかった」 横で見ていたマンフロイも満足そうに笑った。 「ふぉふぉふぉ、このような高性能な操り人形が完成するとは見事なもの。ユリア様の発想には驚かされますな。 まあいずれロプトウスが降臨すれば、こんな細工なしでも全ての人間が魂抜きのしもべになるでしょうがな」 「ええ。わずか2人にしか使えず、精神を支配しないと救えないような技術では無意味」 にこりと微笑みながら、ユリアは思った。 ―義務感が強すぎるゆえに、束縛されなければ解放されないふたり。このような技術がなくても人を救えるよう、わたしがやらなくては。 ロプトの祝福を、すべての人間に。個の尊重を、平等なる機会を、精神の解放を、求める者に与えられるように― (コメント by マルチくうねる)こちらは、磯辺巻き様から投稿していただいた小説です。頂いてから掲載まで 1年ほどもかかってしまいました。申し訳ありません。 「闇ユリア」シリーズの修正版、今回はパティとラーラの盗賊勢です。 修正前に比べ、パティと孤児院の子供たちの関係がより明らかになっています。 法律が世を正しく導くには時間がかかるのでしょう…それを待っていられない 人がいる、ということ…。ラーラにも、信じられる人が 見つかればよかったのですが。 自分が何をするかを、自分が決めるかどうか。そこが、人間と人形の 境目であるように感じます。 この小説と関連したイラストを、 魔道美術隊にて展示しています。 磯辺巻きさんの作品、ぜひ一緒にご覧になってください。 感想を伝えたいという方は、磯辺巻きさんあてに メールでお願いします。(ぺこり) |