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闇の皇女・後編 剣の章
聖戦が終わって後、12名の少女が失踪した。 しかし、彼女らの中でも重要な地位にある者は、問題が大きくなる前に帰還を果たし、 再び任務に就いた。 聖騎士ナンナは故郷アグストリアへ戻り、黒騎士団の軍団長に。 卓越した指揮力で国王アレスの信任を得た。 ターラの街を離れていた公女リノアンは無事発見され、元通り市長に。 その政策により、ターラは商業・工業・軍事において一層の発展を見た。 そのリノアン市長を発見し救出した修道女サフィは僧衣を捨て、リノアンの補佐役に。 彼女の提案は議員らも考えの及ばぬような誠に的確なものであり、 議会で彼女の発言は最も尊重されるべきものとなっていた。 サフィの妹である見習い修道女ティナは、魔力を高めるべく修行の旅へ。 ティナが去ってしばらく後に、彼女らのいとこと名乗る緑の髪の女性が到来。 ほどなく彼女もリノアンの補佐役となり、市長の両翼と呼ばれるようになった。 フリージ公女ティニーは帰還するや否や、空位であったフリージの領主に。 以前の弱気な彼女からは考えられない果断な態度と統治に、 家臣や民の信頼は揺るぎないものとなった。 こうして、いまだ政情定まらぬユグドラルは無事に発展を続けていくように見えた。 これが、やがて来たる嵐の前触れと誰も知らぬままに。 いや、嵐の前兆である凶風は密かに吹き荒れ始めていたのだが。 失踪した少女たちの残りは行方不明のままだった。公に姿を現す必要がなかったから。 そして彼女らは陰で、凶風を巻き起こしていた… 「また、寒村が全滅です」 イザーク王国、ティルナノグ城の騎士トリスタンは青ざめた表情で報告した。 広間にいるのは王の血族にして領主であるスカサハ、 そしてトリスタン同様に騎士であるロドルバンとラドネイの双子の兄妹。 全員、20かそこらの若者だった。表情の暗くなる兄妹と裏腹に、 領主スカサハの表情は動かない。トリスタンは報告を続けた。 「いつも通り、ほとんどの村人は鋭い剣で一撃、残りは村民同士で斬り合った痕跡。 たぶん恐怖からだと思われますが、おぞましい事件です。発見が遅れたのも、 いつも通りながら生存者がいなかったため。しかしこの連続事件は風の噂で広まり、 今やイザーク全土がこの大量殺人におののいていると言ってよいでしょう」 それでもスカサハは無表情のまま。トリスタンはいら立ちを覚え始めた。 ―相変わらず反応の鈍いお方だ。ラクチェ様であれば、瞬時に判断をなさるだろうに。 もともとこの方が領主になられたのも、ラクチェ様が旅に出たために、 王族であるこの方にお鉢が回ってきただけ。 剣の技でも頭の回りでも妹君の方が優れているとは― これがトリスタンだけでなく、大抵のイザーク人の考えだった。 スカサハは口数も多くなかったし、行動に移るのが遅かったし、 政策も悪いところこそなかったが華やかな効果は挙がっていなかったのだ。 と、そのスカサハがようやく口を開いた。 「犯人も同じか」 「はい。主に西側の犠牲者は強烈な斬撃で、東側の犠牲者は鋭い突きで。 『赤い月と暗き星』に間違いありません。狙うのが人口の少ない村ばかりですので、 次の標的も予想がつきます」 「赤い月と暗き星」。 強撃を月に、素早い攻撃を流星に例えるイザークならではの称号である。 老若男女いずれかも全く不明だが、「月」が赤い服、 「星」が黒い衣装を着ているという噂からついた呼び名だ。 それを聞いてスカサハはゆっくりと立ち上がった。 「それじゃその村へ向かう」 気色ばむ三人。勝気なラドネイがすぐさま問うた。 「わかりました!兵は何名ほど?」 「俺、トリスタン、ロドルバン、ラドネイ。合計四人」 あまりに無愛想な返答とその内容に、三人は返答も出来なかった。 村が全滅するような剣士二人相手に、未熟な若手四人だけとは――。 困惑する彼らにスカサハの次の言葉が追い討ちをかけた。 「あ、それと刃の入っていない剣を大量に準備しろ。じゃ、俺は別にやることがあるから」 そう言い放つと部屋をさっさと後にしたスカサハ。 残された三人はその言葉でますますわけが分からなくなった。 刃の入っていない剣、それでは持った感覚や形状こそ通常の剣と変わりはないが、 敵を斬ることは出来ない。要は鉄の棒と同じ事だ。鉄棒でどう敵を撃退するというのか。 領主殿はいったい、何を考えているのだろう…。 不信というより混乱で、彼らの頭は一杯だった。 そして、次の満月の夜… 寒村を取り囲む高い塀の陰で、二つの影が別々に、素早く動いた。 この塀はスカサハが領主に就任すると同時にあらゆる都市、 村に建設させたものだが、「月」と「星」にはそれも効果がなかったらしいのである。 案の定、二つの影は軽々と塀の上に身を躍らせた。 赤い服の方は西側から、黒い服の方は東側から。 村の家々にはあかあかと明かりがともっていた。 村人たちはその身に迫った危機に気付いていないらしい。 「赤い月」はにやりと笑うと、ふわりと塀の下に飛び降りた。 その瞬間、横から何者かの剣が襲いかかった。 瞬時に受け止める「月」。激しい音が鳴り、火花が散る。 後ろに飛び去りながら、襲った方が声を発した。そして「月」も。 「…やっぱり、お前だったんだな」 「あれ…久しぶりだね」 剣を振るったのはスカサハ。 そして村の明かりと月光に照らし出された「月」は、 金色の瞳に赤いチャイナドレスのマリータだった。 「暗き星」は塀を越えた後、生贄を求めて明かりの灯った人家に飛び込んだ。 しかし中のどこにも人影はない。外に出る「星」。様子がおかしい。 明かりは灯っているが、人の気配がしない。 それに、辺りに散らばっている刃のつぶれた剣は何だ。 ―と、後ろに気配。振り向くと、そこには斬りかかってくるひとりの騎士。 若い、長身の優男だ。体格はある、だが技術はさほどない。 瞬時に判断すると、「星」は剣を受け止め、すぐさま反撃に転じた。 案の定、騎士は二合ほど剣を合わせただけで体勢を崩され、よろめいた。 しかし「星」が止めを刺そうとするや、背後から小柄な剣士が襲いかかった。 女、動きは速いが非力。そう判断して新手へ強撃。 予想通り、相手はこらえきれず吹き飛ぶ。だが、そこにまた三撃目。 今度はそこそこ強い。やむを得ず受け止める。互いの剣がきしむ。 反撃しようとした瞬間、三人とも後ろに下がって体勢を整える。 剣を構えながら、互いに声をあげる。 「チッ、本当とは…」「そんな、やっぱり…」「う、嘘だろ…」 「おや…?フフッ、お前たちか」 トリスタン、ラドネイ、ロドルバンの三人と、赤い瞳に変わったラクチェ。 剣を合わせていたのは、かつての知己同士だった。 幾度となく剣を交えるスカサハとマリータ。 しかし、状況はどう見てもスカサハが絶対的に不利である。 マリータが汗一つかいていないのに、スカサハは次第に息があがってきている。 女性の細腕とは思えないマリータの剛剣がスカサハの剣をしばしばへし曲げるのに対し、 スカサハの剣はマリータの刀にわずかな傷をつけるだけ。 マリータの刀がスカサハを幾度も傷つけているのに対し、 スカサハの刃の無い剣はマリータを斬る事が出来ない。 もっとも、スカサハの剣がマリータを捉えることは一度も無く、 妖しい輝きを放つ彼女の刀にぶち当てるのが精一杯だったのだが。 「お前…どうしてこんなことになったんだよ」 これで何本目になるか分からない折れ曲がった剣を捨て、 新たな無刃の剣を拾いながら、スカサハが言った。 「どうしてって?強くなったからよ」 余裕の構えを見せながら、マリータは答えた。 赤い妖艶なドレスに猫のような金色の瞳をした彼女には、 誰も勝つことの出来ないような圧倒感と、邪悪な美しさがあった。 以前のひたむきな黒い瞳の輝きはもはやなかった。 「あたしは未熟だった。早く強くなりたかった。 そしてある日、ついにこの刀に出会ったの。 暗黒の剣に支配されてたときの力と、あたしの中に眠る力。 この刀はその両方を引き出してくれたんだ。この金色の瞳はその証。 魔界の剣士『ノイン』の名、今のあたしにこそふさわしいよね」 純真な少女のように、狂気の言葉を無垢な気持ちで放ち続けるマリータ。 「強くなる意志を持たない人達は斬ってあげたわ。 向上心なしで生きるなんて死体同然だもん。 でも、そうでない人達には強くなるための『殺意』をあげたわ。 大体は正気を失って自害したみたいだけど…。でもあなたならきっと平気。 スカサハ、あなたもあたしと一緒に来てよ。 あなたはラクチェの陰にならないで済むし、あなたが一緒なら、 あたしはもっと頑張れる、もっと強くなれるの」 最後の部分は特に本気だった。だが、スカサハの瞳は冷ややかだった。 「マリータ…今のお前はただの人斬りの化け物さ。 確かにお前にはノインの名がふさわしい。 だけど、俺は昔のお前ならともかく、化け物と一緒にはいたくないぜ」 その一言に、マリータは逆上した。 「せっかく、また一緒にいようと思ったのに… いいよ、あなたがあたしを化け物呼ばわりするなら、 あなたの無力さを全身に刻んで殺してあげるさ」 「嘘だろ、ラクチェさん!なんであんたが人斬りなんかやってんだよ」 何度目になるか分からない連携攻撃の後、ロドルバンがたまらず叫んだ。 勝気なラドネイも気取り屋のトリスタンもその気性から口にはしなかったが、 叫びたい気持ちは同じだった。昔から自分たちの姉貴分だったラクチェが、 今や魔剣を手に自分達の敵として目の前にいる。 しかも虐殺の犯人としてである。理由を問いただしたくてたまらなかった。 「なんでって?力が欲しいからよ」 三人に囲まれながら、まったく追い詰められた姿勢を見せずに答えるラクチェ。 黒いレザードレスに血の色をした瞳、不気味に輝く魔剣を手にしたその姿は、 さながら影の世界を統べる支配者といった雰囲気である。 「私は剣の道を究めたかった。平和のために、自分を高めるために。 そんな私に呼びかけたのがこの剣。人の血を浴びるほどこの剣は強くなり、 私の力も高まる。魔剣士『ツヴァイ』となった今の私には、 どんな剣豪だってかなわないさ…そう、シャナン様だって」 自己の言葉に、あるいはその剣の魔力に陶酔してか、彼女はうっとりした様子で続ける。 「それだけじゃないわ。この剣は強さを望む者に力を与えもする。 私が今まで滅ぼした村にも、合格者が何人かいた。あなたたちはどう? 向上心は間違いない。私について来ると言えば、昔通り私と一緒にいれば、 最強の力が手に入るわ。どう?共に来ないか?」 昔通りの毅然とした物言い、態度。男性的な面と女性的な面を併せ持つからこそ、 三人は三者三様に彼女に憧れた。しかし、今の彼女はどこか違うことも 悲しいことに三人には分かっていた。 「ごめんなさいラクチェ様。ただの人斬りになる気はないわ」 「生憎ながら、狂戦士に捧げる剣は持っていませんね」 「どこかおかしい今のラクチェさんには、ついてけませんよ」 ふっとため息をつくラクチェ。 「バカな子達…いいだろう、完全に切り裂いてやる」 背筋に寒いものを感じながら構える三人。 三人がかりで、彼女に一撃も加えられない。 こっちは今のところ誰も大怪我をしていないが、時間の問題だ。勝てるのか、本当に。 にらみ合うスカサハとマリータ。スカサハが体中に傷を負っているのに対し、 マリータは未だに無傷である。しかし、その表情は全く逆である。 スカサハがややふらつきながらも冷静な表情を浮かべているのに対し、 マリータの顔には明らかに焦りの色が見えている。再び斬りかかるスカサハ。 何とか剣を合わせずかわそうとするマリータ。 その刀には明らかな刃こぼれが何箇所も出来ている。 普通、つばぜり合いというのはほぼ起こらない。 剣を合わせている間に離れて、次の一撃を加えた方がはるかに有効だからである。 しかし、今のスカサハは明らかにつばぜり合いを狙いにいっていた。 刃の無い剣とはいえ、重量のある鉄の棒である。 いかに筋力があっても、当たったら無事ではすまない。 ずっと体さばきで避けきれるはずもなく、いつかは刀を当てて防ぐ必要がある。 そして一度マリータが防ぐと、スカサハはしつこく剣を当て続けた。 今や、スカサハの剣がマリータの刀に当たる度に、彼女の顔にかすかな苦痛の色が見えた。 「思った通りだな。ここまでだ、マリータ」 スカサハが新しい剣を拾いながら言った。 マリータの妖刀はもはや刃がほとんどめくれている。 それだけではない、彼女の動きも相当に重くなっている。 「お前は強くなったんじゃない。そう思ってるだけだ。 いや、その刀に強くなったと思い込まされてるんだろうな」 「ち…違うよ」 「違わないよ。どんな名剣だってしょせんは金属製の物体だ。 何で出来てようと、物である限りは痛むし、壊れもする。 身体も同じだ。身体能力だけに頼ってても、いずれは衰える。 剣や力や速さで優れてるだけじゃ、強くはなれない。知ってたはずだろ」 珍しくスカサハが雄弁に語る。 「お前が前に魔剣に操られたのは、強くなろうという気持ちだけが強すぎたからだろ。 気持ちだけじゃ、技術と精神が未熟なまま。 かと言って技術だけ磨いてもダメ、精神論だけでもダメ。 それを覚えてるならその刀を捨てろ。大丈夫、また元のお前に戻れるさ」 マリータの金色の瞳が困惑で揺れた。 彼女はスカサハを見、そして刀を見た。じっと見た。 「…ウソだ」 彼女は突然駆け出すと、塀の上に飛び上がった。 「ウソだ。人間なんかの理屈があたしに、ノインに当てはまるはずない! この刀であたしはもっと強くなれるんだ!」 それを捨て台詞に、マリータは夜の闇に姿を消した。 ラクチェは相当に追い詰められていた。三人の技術に、ではない。 一人一人を見れば、三人のうちの一人として彼女の足元にも及ばない。 だが、連携されると話は別だ。 トリスタンは技術こそないし力もそれほどではないが、よく食いついてくる。 その間にラドネイがちょこまかと嫌なところを狙ってくる。 それを払っている間に、動きは速くないが力と技術のあるロドルバンが斬りかかってくるのである。 的を絞りきれないまま、剣と剣をぶつけ合う時間だけが増えていく。 そしてそれこそ、スカサハから策を授けられていた三人の思う壺だった。 「く…なんで、なんで捉えきれない!」 気持ちだけは前に行くが、身体が、剣が思い通りに動かない。 今や、彼女の長剣には無数の傷とへこみがついていた。 体に全く傷がないのに、驚くほど身のこなしが重くなっていた。 単に本来の力しか出せなくなっただけなのだが…。 「剣の達人ひとりは雑兵五人にかなわないってあたし達に言ってくれたの、忘れたんですか?」 「俺達は一人一人じゃ弱い分、三人で動く戦法を磨いただけです。 これもラクチェさんが教えてくれたんですよ。くさい言い方ですが、 団結力の勝利というやつです」 「ラクチェさん、お願いだからそんな剣捨ててください。 魔剣に動かされるなんて俺達のラクチェさんらしくないですよ。 自分の意思で動くラクチェさんなら、どこへだってついて行きますよ」 彼らの必死の説得も、今のラクチェにとってはうっとうしい泣き言に過ぎなかった。 剣が完全に壊れて体が動かなくなる前に、彼女は囲みを突破して塀を飛び越えた。 「私はもっと強くなる。剣が強くなれば私も強くなるわ。最強になればお前達なんか…!」 去り際の最後の言葉だった。 赤き月、マリータが去っていった。これを喜べばいいのか、それとも悲しむべきか。 ぐったりと座り込みながらスカサハは思いにふけっていた。 「スカサハ様!」 見れば、トリスタン達である。三人とも体のあちこちに傷を負ってはいるが、重傷はない。 自分も奇跡的に重傷を負わずに済んだ。 他人がいれば足手まといになっていただろうが、それでも一人で勝てたのが不思議なくらいだ。 「スカサハ様のおっしゃったとおりの作戦でなんとか勝てました。驚きましたよ」 「お前が正確に報告してくれたおかげで、相手が魔剣士だと目星がついたんだ。 それで村人を避難させる作戦を思いついた。お前のおかげだよ、トリスタン」 それを聞き、また自分達が三人がかりだった魔剣士を一人で撃退したのを見て、 三人は気付いた。この人は行動が鈍いのではない。弱いのでもない。 思慮と用心に富み、また賞賛されるために動くのを好まないだけなのだ。 その感動は、スカサハ自身の次の言葉によって暗い気持ちへと変わった。 「で、黒き星は何者だった」 実の妹と、想い人。彼女らが同時に魔剣の手先となったのは、 報告の時点で覚悟していたとはいえスカサハには衝撃だった。 だがそれ以上に、彼女らの言葉の内容の方がイザークに、 そしてユグドラル大陸にとっては重大な問題に思えた。 「ノイン…ツヴァイ…?どこかで聞いた名だな。こいつは急いでシャナンに報告しないと」 (コメント by マルチくうねる)こちらは、磯辺巻き様から投稿していただいた小説です。 「闇の皇女」の物語も、この章から後編に入ります。 いよいよ動き出した、新しい魔将たち。恐るべき力を持つ彼女たちに、 かつての仲間たちは力以外のものをもって対抗します。 その行動は、彼女たちをどのような方向に導くのでしょうか。 感想を伝えたいという方は、磯辺巻きさんあてに メールでお願いします。(ぺこり) |