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異伝・闇の皇女(前編)
ユリウスの篭城するバーハラ城を完全に包囲した解放軍。 その陣営の中で、セリスは一人、静かに座っていた。 「十二魔将軍、壊滅しました」 「操られたユリア様、サイレスによる沈黙に成功」 「マンフロイ軍は進軍の気配ありません」 次々と舞い込んで来る報告を、セリスは目を閉じながら聞いていた。 「スカサハはどうした?」 「バーハラ城への斬込みに成功した様子。すぐ戻られるでしょう」 セリスは静かに目を閉じた。 「いよいよか…長かった」 やがて、主要メンバーの揃う天幕にスカサハが帰還した。 「仰せの通り、ユリウス皇子に切りつける事に成功しました」 「そうか、ありがとうスカサハ」 セリスは満足げにうなずくと、力強い声で全員に告げた。 「スカサハがスリープの剣でユリウスを眠らせた! それではこれより、かねてから予告していた 『ナーガ不使用・実力ユリウス狩り計画』 を実行に移す!皆の者、今までの恨みを存分に晴らせ!賭け札も用意してある。 誰が何ターンで討ち取れるか、全員賭けろッ!」 「オウッ!」 ナーガは強い。まさに世界を救う魔法だ。 しかしあんな反則的威力の攻撃があっていいものか。 ラストバトルに相応しい緊張感が楽しめないではないか。 そしていままでやりたいようにやられてきた腹いせもできないではないか。 とはいえ貴重な人材は失えない。なら寝てる間にボコろう。 こんな我がまま極まりないセリスの持論から、 解放軍一同は長きに渡る包囲戦を強いられることとなったのであった。 僧侶は洗脳されたユリア、及びツェーン(倒せなかったときの保健用) にサイレスをかける役、剣士はユリウスを眠らせる役、 他は全て攻撃にまわされた。ダメージは大抵1、 しかもユリウスの回避率を考えればこれでも足りないくらいである。 かくして、書くのも面倒になるような不毛な長期戦が続いた。 そしてその間に、新たなる騒乱の序章は始まっていた… 100ターン以上後。ようやく、ユリウスは倒れた。 「終わった…」 剣をありえない回数振るった手を見つめながら、セリスは呟いた。 「セリス様。長い戦いでしたな…」 オイフェが声をかけた。その表情は呆れきったものであったが、 セリスはそれに気付かず満足げに頷いた。 「そうだねオイフェ。これでユリアも…ってあれ、ユリアは? ユリウス倒したんだから術が解けるはずなのに。 誰かユリアの居場所を知らないのか?」 解放軍が全軍一丸で賭けと激闘に興じている間に、ユリアの姿は消えていた。 魔法を封じられたまま、 マンフロイの拠点ヴェルトマー城へ撤退するユリアの姿を見たという者もいた。 そこに急使が到着した。 「大変です!黒い衣を纏い、闇の気を帯びたユリア様が、 単身バーハラへ移動を開始したとのこと。 マンフロイ軍はすでに消滅しておりますが、 ユリア様の闇の力は全く消える気配を見せておりませぬ」 「黒い衣に闇の気!?まさか、それは…」 驚きの声を挙げるオイフェに、使者はうなずいた。 「密偵の報告によりますと、その目、 雰囲気はユリウス皇子と瓜二つであったとのこと。 何があったかは分かりませぬが、お覚悟なさらねば」 「なんたること…セリス様が時間を無駄に費やしたばかりに…」 大量の賭け札をそっと懐にしまいながら、オイフェは言った。 「セリス様、お聞きの通り今のユリア様はユリア様ではありません。 厳しいことですが、ご決断を」 しばしの沈黙。 やがて、セリスは苦悶の表情でうなずくと、悲しげに呟いた。 「実の妹相手に、賭け札を発行しないといけないなんて…」 やがて、全軍迎撃の準備が整った。単身、しかも地形の利はないが、 相手はあのユリウスと同等の気を放っているという。油断はできない。 物見によると、ユリアはワープの術を使って素早く移動しているという。 あと十分もしないうちに、交戦圏内に入るだろう。 本陣の天幕で、セリスは一人悩んでいた。いざ本当に戦うとなると、 賭けなどできようはずがない。いや、戦うことすらできるかどうか分からない。 せっかくの妹だというのに。ユリウスは救えなかった。 そしてまた、ユリアまでも失わねばならないのか。 ここまで考えて、セリスは考え直した。いくらユリアでも、 再び大陸に恐怖と絶望をもたらすならば斬らねばならない。 私情のために世界を再び危険にさらしてはならない。止むを得ないことなのか… 心揺らいだまま、セリスは陣頭指揮を執るべく前線に赴いた。 鎧甲を身に着けたセリスは馬にまたがり、最前列に立ち、前方を見渡した。 平原に人影はない。そろそろ姿が見えてもいいころなのだが… その瞬間、黒衣の少女が眼前に現れた。 「!」 セリスは慌てて下馬し、剣を抜いた。姿も見えない所から、 一息にワープしてくるとは誤算だった。 これでは弓隊も騎兵も役には立たない。こうなれば!剣を構えるセリス。 正対するユリアが口を開いた。 「グランベル復興おめでとうございます、兄上、そして皆様」 この一言にはセリスも、隣に控えていたオイフェとラナも、 周囲の兵隊も意表を突かれた。こちらを欺く策略、 あるいは操られての一言というには、彼女の口調は率直かつ自然であった。 セリスはユリアを見つめた。つり上がった真紅の瞳。妖しい笑みの口元。 肌の露出が多い漆黒の衣。全く別人といっていい容姿でありながら、 根底の雰囲気は昔のユリアと同じような気がした。 「ユリア?」 名を呼ぶセリスに、ユリアはにこりと微笑んだ。 「兄上…セリス兄様。会いたかった…」 この一言で、皆の緊張は完全にほどけた。兄妹は再開の抱擁をし、 兵は武器を収め、一同は喜びに満ちた軍団となった。 バーハラ城に戻った後、セリス、オイフェ、 ラナら主要な面々はユリアの話を聞きたがった。 マンフロイが消えたというのに、なぜユリアは未だに闇の気を纏っているのか。 闇の気を纏っているのに、なぜユリアは自我を取り戻したのか。 「何故かは私にも分かりません」黒い衣のままで、ユリアは答えた。 「私がサイレスをかけられていたとき、頭の中でマンフロイ様の声がしたのです。 より強くなるために戻れと。城に戻った後、 私は闇の力を高めるべく、改造を受けました。 光のクラス『セイジ』から闇のクラス『ダークプリンセス』へと。 そして改造が終わり、解放軍を討つべく出撃しようとした時、 マンフロイ様は消滅してしまわれたのです」 「では、未だに闇の力が残っているのは、 改造を受けた影響なんですね」ラナが言った。 「そうでしょうね。私の光の血を消すほどの、強力な改造でしたから」 その一言に、一同は硬直した。しばらくして、レヴィンが尋ねた。 「その、つまり…お前のナーガの血が失われ、 代わりに闇の血が目覚めたということか?」 「はい、ステータス画面でロプトウスが激しく点滅するくらい」 …。 「大丈夫ですわ、ロプトの書が消えた今となってはダークマージ並みの力しか出せません」 凍りついた一同に気付き、ユリアは微笑んだ。 「それに私、改造を受けてからずっと勇気が出ましたわ。 これからは、闇の魔力を活かして兄上の力になります。…ね、兄上?」 そう言うと、彼女はセリスに大胆に寄り添った。たまらずラナが歩み寄り口を開く。 「ユリア、皇女である貴女がそんなことをしては駄目よ! それにあなたの衣、闇の力を強く含んでいるわ。着替えましょう。 そして訓練していけば、体内の闇の魔力もいずれは中和されるかもしれないわ」 ユリアは笑みを浮かべたまま、彼女の目を見据えた。 と、見る間にラナの目が虚ろになっていく。 「ありがとう、ラナ。でも、私はこの服が好きなんです。 そして闇の魔力も。素敵な力ですから」 「…そうね。…素敵な力かも」 「ラナ、あなたにもこの力、分けてあげましょうか? 覚醒するのは意外と簡単なんですよ」 「本当…?ありがとう…」 ここでユリアはセリスに向き直り、美しい(そして妖しい)笑みを浮かべた。 「兄上、私の力はいかがかしら? よろしければ、兄上のことを愛するようにもできますよ」 「いやあ、素晴らしい魔力だねえ。ムーサーの七三分けよりも完璧だ」 彼は自分が何を言っているのか気にしてなかった。思ったことは一つ。 …これはある意味、ユリウスよりやばい。 |