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異伝・闇の皇女(後編)
さて、闇の皇女ユリア誕生から数ヵ月後のこと。 バーハラ城の一室にて、セリス、オイフェ、シャナンによる秘密会議が行われていた。 「まず言わせてもらおう。セリスよ、ユリアをこのままにはしておけない」 開口一番、シャナンが鋭い口調でそう言った。 「そんな…シャナン、あれでも妹なんだ。大目に…」 「私も大目に見てきた。だが、もう限界だ。彼女の行動、 もはや放置しておくには危険すぎる。現に、ラクチェが犠牲になっているのだからな」 「たかが台詞が全部カタカナになってるだけじゃないか!」 確かに、ユリアの眼力には恐るべきものがあった。 彼女の紅い瞳を見据えた者は全て、その虜になり、理性を失ってしまうのだ。 解放軍でも、ラクチェを始め、何人かが犠牲になっていた。 もっとも効果といったら「ゆりあサマステキ…」 「ゆりあサマバンザイ…」とか呟くだけで、実害はそれほどなかったのだが。 「それに…彼女は悪意を持ってるわけじゃない。 以前にあの力で、我が軍を救ってくれた」 一月ほど前、セリスがヴェルダン平定に向かったときのことである。 この遠征に、ユリアも漆黒の鎧を纏って参戦した。楽な遠征のはずだった。 ところが、解放軍は森を巧みに使った敵の戦術に翻弄され、疲弊する一方であった。 その時、ユリアが言った。 「相手は武力では抑えられませんね。説得しなければ」 では相手をどうやって交渉の場に出させるのか。 皆がそう問うと、ユリアはくすりと笑い、一人で森の奥に消えてしまった。 三日後、ユリアが諸部族の長と共に帰還した。 彼らは驚くほど大人しく交渉の席に着き、二度と国内を荒らさない旨を誓った。 しかし、あまりにも従順すぎる彼らの対応にセリスは不信感を抱き、 後から密偵を送り込んだ。 案の定、彼らはユリアの目を見てしまったり、 剣の一騎打ちで敗れたり、魔法でアフロにされたり… 要はボコボコにされて降伏したのであった。 「確かに彼女の力は強力だ。だが、その力の矛先がお前に向いたらどうなると思う? もしロプトの血が目覚めたら? お前は、自分の身中に爆弾を抱えていることに気付いていないのか」 確かに、シャナンの言葉には説得力があった。うつむくセリス。 「では、あの力を封印しろと?」 「他に共存の手はあるまい。民が恐れを抱き、混乱が起こる前にな」 弱気な表情を浮かべ、セリスはオイフェの方を見た。 「…どう思う?」 オイフェは答えた。 「どちらにも一理あると存じます。ただ、一方的に封印というのも賛成しかねます。 まずはユリア様に闇の力の危険さを説き、 二度と使わぬよう納得してもらうのがよろしいでしょう」 セリスはやりきれない気持ちでユリアの部屋の前に立った。 ユリアを傷つけることを恐れたのではない。 彼自身、ユリアの力が怖かったのだ。 説得することで、逆にユリアが反発してきたらどうすればいいのか。 できることなら、彼女には触れずにおきたかった。 時折役に立つか、最低限何も仕出かさなければそれでよかったのだ。 だが、今やそうはいかない。セリスは扉を恐る恐るノックした。 「どうぞ」 澄んだ声に迎えられ、セリスは室内に入った。 陽光を浴びながら、黒衣のユリアは部屋の中でたたずんでいた。 光の中に存在する、一点の影。その姿が彼女の美しさを際立たせると同時に、 どこか一抹の不気味さを醸し出していた。 「どうなさったの、兄上」 いつもどおり微笑むユリア。真紅の瞳がすっと細まり、口元が緩む。 その魅力に吸い込まれてしまいそうになりながらも、セリスは口を開いた。 「ユリア。もう二度と、闇の力を使わないでほしいんだ」 ユリアの表情が凍りついた。 「…どうして?」 「皆が、君のその強大な力を恐れているんだ。 このままでは、家臣の心も民の心も離れていってしまう」 「兄上も恐れているの?」 見つめるユリア。セリスはその目から視線をそらした。 彼女の瞳の真紅色がにじみ、涙がこぼれだした。 彼女がこんな反応をするのは予想外だっただけに、セリスは焦った。 「お願いだ、分かってくれユリア。私もこんなことを言うのは辛いんだ。でも…」 そのとき扉が開いた。 「誰だ?」セリスが振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。 「…ラナ」 厄介な時に来たな、とセリスは思った。 確かにラナは自分の恋人だが、ユリアの親友でもある。 さらに、ユリアの瞳を見てからは彼女の影響を受け続け、 性格・衣装・使う魔法とも変化していた。自分に味方してくれるはずがない。 「ごめんね、セリス様。話はずっと聞いてたわ」 「聞いてたなら話は早いね。分かってほしいんだ。多分君はユリア派だろうけど」 ラナは首を横に振った。 「ううん、私はどっちにも反対よ」 これにはセリスも、泣いているユリアも戸惑った。どういうことか。 「セリス様は、完璧な光だけの世界を作りたいの? 変質を許さず、光になじめない人はすべて排除するような世界を? そんなの、以前の帝国と同じじゃない。 そういう国のために、まずはユリアを黙らせたいって言うんなら、私は絶対に反対!」 以前の大人しい口調ではないだけに、彼女の言葉には力があった。ラナは続ける。 「完全な中庸なんてあるわけないけど、光に偏りすぎても、 闇に染まりきってもいけないと思うわ。 『光』に属する僧侶から『闇』に足を踏み入れて以来、そう思うようになったの。 どちらもほどほどないと」 「ラナ…」 セリスは深い感動をもって聞いていた。 今まで気付かなかったことを、ラナは気付かせてくれたのだ。 「言われてみれば、地味めで生真面目なラナが、 積極的な性格になって、セクシーな格好をしてくれるようになったのも闇の力の功徳だ。 ありがたい!」 表向き感動したような表情をしながら、セリスは心の中で叫んだ。 名君といわれるだけあり、本音隠しはお手の物である。 「すまない、ユリア。私が間違っていたよ。 光の力も闇の力も、行き過ぎなければ共存できるはずだというのを忘れていたみたいだ」 ユリアの涙を拭いながらセリスが言うと、ユリアもまだ目を潤ませながら言った。 「いいえ、私こそ勝手なことばかりして、兄上を困らせてしまいました。 闇の魔力に溺れ、自分を見失っていたのかもしれません。 兄上を『セリス様』と呼んでいた昔の純真な自分を、思い出すべきだったのですね」 光と闇の二人は、しっかりとお互いの目を見つめ合った。 しばらく見つめ合った後、ユリアが静かに言った。 「兄上、闇魔法は迷惑にならない程度に使っていいのでしょう?」 「ああ、いいとも」 「眼力でお友達を増やしてもいいでしょうか?」 「もちろん。友達は多い方がいい」 「ラナに闇の力をもっと与えても?」 「ゆくゆくはダークプリンセス2号になってもいいね」 「私が皇帝になってもいいですか?」 「いいよ、もし望むなら」 「いえ、それは冗談です。では兄上、ラナ、またいつでもどうぞ」 ユリアはいつもの笑みを浮かべた。 城の中庭を歩きながら、セリスとラナは話をしていた。 「よかったよ、丸く収まってくれて。ユリアも納得してくれたし」 「そうよね。でもセリス様、よくユリアの目を見たまま普通に話せたね。 普通の人なら、目を見ると頭が真っ白になっちゃうのに」 「え、目見てたっけ?」 「見てたわ。いろいろ許可してなかった?」 もしかして、一番操られてたのは… 「だめじゃん、俺!!」 王妃と王妹が闇パワーで王様すら操れる王国は、果たしてうまく治まるのか。 全ては軟派大王セリスにかかっている。 (コメント by マルチくうねる)こちらは、磯辺巻き様から投稿していただいた小説です。 これまでの闇ユリアシリーズの作品の設定を一部引き継ぎつつも、 うってかわってコメディタッチの楽しい作品です。たぶん、今までとは別設定。 もしかしたらユリアは、聖戦の最後を飾る晴れ舞台を奪われてしまったことを 根に持って、闇に染まってしまったのかも。情けない舞台裏です…。 光と闇について、ラナとユリアは観念的にとても良いことを言っています。 言っているのですが…、彼女たち、そういったことをよーく分かった上で、 可愛らしい効果を持つ闇魔法を効果的に使ってくれるからたちが悪いですね。 結局のところ、ユリアの闇の力の源泉は、セリスを思い通りにするだけの 女性の魅力、なのかもしれません。 感想を伝えたいという方は、磯辺巻きさんあてに メールでお願いします。(ぺこり) |