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愛の病棟24時・リターン
ユグドラル報道特派員・フィーです。
お久しぶりです。真摯であるべき医療の場において繰り広げられた、桃色の光景。 その実態を暴き出した番組「愛の病棟24時」においては、 我々のノゾキ趣味…いえ、真実を暴き出す姿勢が視聴者の皆様の共感を呼び、 大きな支持をいただきました。
…本当に? …えーと…(汗)…それはともかく。ご好評におこたえして、この番組が帰ってまいりました。 あれほどの報道を行っても、まだまだこりないお二人の姿、 ごゆっくりお楽しみください。
4.先生だから
(患者セリス・医者ユリア編)
昼下がりのバーハラ内科医院。のどかな日差しを浴びた屋根とはうらはらに、 その中では今日も今日とて数人の医者や看護婦が忙しそうに働いていた。 本来なら病院というものは、本来持っているはずの健康や活力を 一時的に失った人が集まる場所のはずであり、 多少は陰のある空気を漂わせているのが普通ではないだろうか。 しかし、この待合室の患者たちは、それぞれ病気だと申し出てはいるものの、 その目にはどことなく爛々としたものを感じさせていた。 彼らの全員が若い男性であることも追記しておこう。 これが偶然なのかどうかはわからない。だがもしかしたら、 この病院の人員構成に関係があるのかもしれない。 普段は伸ばしているストレートの長髪も、今はくくって後ろで止めている。 患者カードとカルテをに目を通したところで、冷静だった彼女の紫の目が ぴくんと動いた。 揺れ動く内心を抑えて、いつもの平板な声で彼女は次の患者を呼ぶ。 「…セリス様、どうぞ。」 ユリアは診療室の椅子に座り、隣の聴診器に軽く触れた。 そこへ入ってくるのは、両の目一杯に期待をほとばしらせた にこにこ表情の青髪の青年。 …そう。ここは、医者や看護婦のすべてが若い女性で構成されていたのだ。 「どうなさいました?」 ごく冷静な声で、ユリアが尋ねる。 「ユリア先生、実はお腹が痛いんだけど…」 「腹痛ですか。では、少し服を脱いでください。」 上半身裸になったセリス。ユリアは右手で聴診器を、そして左手は直に、 セリスの肌に当てて様子を見る。 ドキドキドキドキ…、セリスの胸の鼓動が、ユリアの手に、耳に伝わる。 脈拍はかなり速いようだ。頬が微かに熱くなったユリアの脈拍も それと同じぐらい速いことには、彼女自身を含めて誰も気づいていなかったが…。 だが脈が速い以外は、特に身体の異常は見受けられなかった。 「特に異常は無いようですが…」 セリスのへそあたりに聴診器をあてつつ、怪訝そうに言うユリア。 セリスが 「もっと下の方が痛むんだけど…」 と言ったところで、ぴたっと二人の動きが止まった。 向かい合わせで座るセリスとユリア。 道と草花と鳥の鳴き声が、窓の外の存在感を主張している一方、 この診療室ではしばらくどちらも一言も発せず、硬直した二人を 置き去りにして時ばかりが過ぎていった。 ユリアの視線は、いま聴診器がある場所から、すーっと下のほうに移動した。 そこにあるのは…。 「あっ、下も脱いだ方がいいよね…」 ズボンにかける手を、ユリアはとっさに押さえてしまった。 「うん?どうしたの?このままじゃ診察できないと思ったんだけど…」 逆に問いかけられて、ユリアは言葉を失った。しばらくたって、 「あ、あの…それでしたら内科より、泌…」 いつも冷静な…医者にふさわしかった…ユリアの声が、 明らかに上ずっている。 その声を遮って、セリスはぎゅっとユリアの手を握りしめた。 「先生が何科だなんて関係ない。…先生の診察を信じているから。」 セリスは白衣に包まれたユリアの肩を抱き、ぐっと引き寄せて見つめ。 彼女の目の前で、決め台詞を優しく贈った。 「ユリア先生だから、ぼくは自分の身体を任せられるんだよ。」 手を握ったまま、至近距離で見つめ合う二人。 やがて医者の顔に戻ったユリアは、その白く細い手を動かし… ……… …すみません。ここまで確認したところで、われわれ取材陣が保安部隊に発見され、 これ以上の取材が不可能となってしまいました。 …ああっ、「せっかくいいところなのに」という声が聞こえるっ!(汗) 申し訳ありませんが、ここから先はあなたのご想像にお任せいたします。 さて…最後は、少しだけ色合いの違うドキュメンタリーです。 ごゆっくり、お楽しみください。
5.最後の一葉
(兄セリス・患者ユリア編)
「あの最後の一枚が落ちるとき…、わたしの命も、終わるのです…。」 見舞いにきた兄・セリスが心配そうに見つめる中。 病室のユリアは、白く凍りついた顔で、ぽつりとつぶやいた。 二階にある病室の窓の外、すぐ隣に、樹齢百年に迫る大きな木が植わっていた。 ユリアが入院して以来、つねに彼女を見守りつづけたそれ。 春の薄緑、夏の濃緑、秋の紅黄。色とりどりの楽しみをもたらしていた葉たち。 兄との面会時間が終わった後、ユリアの楽しみはその木を見つめることだけだった。 だが…。元気だったその木は、今は寂しく病室を眺めている。 吹きはじめた木枯らしが、茶色く硬く痩せこけた葉たちを容赦無く舞い散らす。 一葉、また一葉…落ちつづけ。 今や、ユリアと窓を隔てた目の前にある枝で心細そうに揺れる、 ただ一つの葉だけが、彼女の心の拠り所となっていた。 巫女・ユリアの予言めいた不吉な言葉。原因不明の難病でここ半年以上 入院している彼女がそんな台詞を吐くのは、かなり、しゃれになっていない。 絶句したセリス。だが彼は一呼吸置くと、ばっとユリアの手を取り、 懸命に訴えかけた。 「だ…だめだよ、そんなこと言っちゃ。ユリアはきっとよくなるよ!」 だがユリアの手は、セリスの手から力なく落ちた。 「いいえ…。わたしには、わかります…。」 蒼白なユリアの顔。昔から活発とは言えなかったが、ユリアは本当に こんなに生気の感じられない娘だっただろうか。腕はあくまで細く、 頬はぴくりとも動かない。伏せられた目は、 決してセリスと視線を合わせようとはしなかった。 「どうして!?…どうしてそんなことを言うの!? ユリアは…死にたくないだろう?どうして、頑張るって言わないの…!?」 目に涙を貯めて必死に訴えかけるセリス。 ユリアはにっこりと微笑み、首を横に振った。 「悲しむことはありません。それがわたしの運命なのです。 生きるものは皆、いつかその命を終えるのですから…。」 彫像のような微笑みの中に、ユリアの心はかたく凍てつき、閉ざされていた。 「ぼくは…ぼくは、あきらめないよ…っ!」 生きる羽根を失った妹を強く見すえて、セリスは病室から出ていった。 その夜。カーテンを隔てた窓越しに、ぴゅうぴゅうという音を聞きながら、 ユリアは言いようのない寂しさを胸にしまいこもうとしていた。 セリス様を傷つけてしまったでしょうか…。 あんなにわたしを心配してくださるセリス様を…。 でも、わたしは…。 がたがたと窓が鳴る。今日はいつになく風が強いようだ。 枝に頼りなげにくっついていたあの葉も、いずれ吹き落とされるだろう。 ということは…。 わたし、もうセリス様に会えないのね…。 もう命が惜しくはないけれど。セリス様と気持ちがすれ違ったまま いなくなってしまうのは、残念です…。 でも、仕方ないわね…。 頭の中でそんなつぶやきを漏らし、ユリアは眠りの床につく。 …もう目覚めることはないのでしょうね、と思いながら。 いつしか、外では強い雨が降りはじめていた。 静かに天上への旅立ちを受け入れようとしたユリア。それなのに。 ユリアはいつのまにか、枕をぎゅっと抱きしめていた。 …このきもちは、なに…? ざわっ、がさがさっ。 「……?」 ユリアが微妙な音に気づいたのは、それからしばらく後だった。 びゅうびゅう、ざあざあという雨風の音にまぎれて、不規則な…不自然な音が 外から聞こえる。ちょうど、あの木のあたりから。 何だろうと思って、ユリアは半身を起こし、手を伸ばしてカーテンを引いてみた。 次の瞬間、彼女は目を見開き、両手で頬を押さえて叫んだ。 「……セリス様!」 夜闇の中、下から伸びるはしごに登って。 激しい嵐に打たれながらも、わずかな…消え入りそうなカンテラの灯りを頼りに あの木に向かっている姿。それはまぎれもなく、とうに面会時間を終えて 帰ったはずの…もう会えないはずの、セリスだった。 ユリアは思わず、ベッドから下りて窓を開け放った。 雨を浴びることはもちろん、ベッドから離れるのさえ数ヶ月ぶりだった 寝たきりのユリア。だが今は、底知れぬ何かが彼女を突き動かしていた。 「セリス様、セリス様…!」 窓から身を乗り出し、呼びかけるユリア。その声に振り返ったセリスは、 カンテラの他に奇妙な薬剤を手にしていた。 「あ、ユリア…」 「セリス様、何をしているのですか!?」 その問い掛けに、セリスはにっこり笑って答えた。 「あ、うん。この葉が落ちたら死ぬなんてユリアが言うから。 じゃあ、この葉はぼくが守ろうって。風で飛ばされないように 身体でガードして。それだけじゃ不安だから、接着剤で固定しておいたよ。」 「せ…接着剤…。どうしてそこまで…」 間髪を入れず、セリスは答えを放った。 「ぼくは…ユリアがいなくちゃ、生きていられないから!」 すると何か。たった一枚の葉を守るために、いろんな道具を持ち出して、 この兄は嵐の中を一晩過ごすつもりだったのだろうか? 「そ、そんなバカなことを…」 思わず、彼女らしくない言葉を口走るユリア。だが同時にユリアは気づいた。 その言葉は、他ならぬユリア自身に向けられていたことに。 もう一度、ユリアはセリスの姿を見やる。 格好良かったはずの青の長髪はずぶ濡れになり、まるでお化けのようだ。 センスのよい服も装飾も、今は見る影も無い。 何より、いっぱしの身分であるはずのセリスが、夜中にはしごとカンテラと 接着剤を持ち出して、一枚の葉と格闘するありさまは、滑稽以外の何物でもなかった。 「く…くす、くすくすっ…」 ユリアから、思わず笑いがこぼれる。 もう長いこと忘れていた、心からの笑いが。 「もう、セリス様、バカね…」 「あっ、ひどいなぁ。ユリアがあんなこと言うから、ぼくは…」 ユリアはふっと横を向き、また正面に向き直ると、 雨を浴びた顔を手で拭き、とびきりの笑顔でセリスに告げた。 「ごめんなさい。もう、あんなことは言いません。 葉が落ちても、木が枯れても、わたし、頑張って生きてみせますから!」 「本当、よくあんな無茶をしたものですよね…」 心底あきれた表情の看護婦ラナが、横を歩くセリスに微笑む。 結局セリスはあの後ラナに見つかり、面会時間を破ったのと 病院の備品を持ち出した罰で、しばらく出入り禁止になったのだ。 「うん。でも…なぜか、安心できたな。」 数週間、妹と会えなかったセリスなのだが…。 久しぶりに、病室の扉をあける。 「セリス様、会いたかったです…」 「ユリア、退院おめでとう。」 そこにあったのは、元気に回復したユリアの姿だった。 「わあ…雪、きれい…」 窓の外はもう冬。でも、積もる雪に凍える枝には、はや次の春のために 芽となるかたまりが顔をのぞかせている。 それを並んで見ていた二人。ユリアの横顔に、セリスが微笑みかけた。 「病気にも負けなかった。やっぱりユリアは強いな」 「その強さは、セリス様が教えてくださったのですよ。」 にっこり笑ったセリスの腕を、ユリアはそっと握った。 「どんなにつらくても苦しくても、死に物狂いで生き延びる。 そんな強さを…。」 接着剤で固定された枯れ葉が、去り行く二人の背中を見送っていた。 |