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バカ殿セリス様・外伝
バカ姫ユリア様!?(中編) 今こそまさに、至福のひととき…。 ぼくとユリア、部屋で二人きり。お互いを見て、ただ話す。 ぼくのこと、ユリアのこと。食べ物、着るもの、好きなこと。 戦いのこと、町のこと…話題は尽きない。二人とも無口な方で、 多くの人の輪の中で話していればどちらもほとんど喋らない。だけど、 こうして二人でいれば、自分たちのペースで気兼ねなく話せる。 周りの人が聞くと、とろくていらいらする会話かもしれないけれど、 二人でいれば気にならない。ぼくもユリアも、たっぷりと喋り、 お互いを伝え合った。 「きみは、どんな食べ物が好きなの?」 「特に好き嫌いはありません。どのようなものでも、食べるのでしたら 美味しく頂きたいですから。」 そう言えば、ユリアが食事を残したのを見たことがない。 たくさん食事を出されても、他の女性は適当に残して切り上げたり 別の人に譲ったりする中、ユリアだけは時間をかけて最後まで食べていた。 逆に量が少なくても、ユリアは一切文句を言わずに受け入れている。 「物を食べられることに、感謝していますから。」 ぽつりと、そんなことを言う。 もしかしたら、レヴィンとの放浪の中、食べ物を手に入れにくい時代が あったのかもしれない。…物を食べるのは、他の存在の命を奪うこと。 その犠牲の上に自分たちは生きているから、食べ残して無駄にしてはいけない。 …ユリアの態度は無言のうちに、そんな思いを誘発した。 もっともなことだけど、それを身をもって当然のように 実践しているユリアが、この上なく立派に見えた。 また、ユリアのテーブルマナーは言うまでもなく立派なのだが…、 「でも、果物は大好きです。レヴィン様に初めて助けていただいた時、 りんごを口にした時には、本当に生きる力が沸いてきました。 もっとも、ナイフなどは無かったので、丸ごとかじったのですけど…」 いきいきとした目で、そんなことも言う。 単なる宮廷の皇女さまではなく、場合に応じて気楽な食べ方もできる。 そのあたりが、ユリアならではの魅力だ。 ユリアの食生活については、まだぼくにも分からないことが多い。 奥が深そうだよね…。 ユリアとの会話の一時…その時の進み方は、流れ星よりも速い。 「もうそろそろ、お昼だね…。」 昼食は各自で適当に取ることになっているのだが…。どうしようか? 天井を眺めていると、ユリアがおずおずと口を開いた。 「これから、料理をしますが…。セリス様の分も一緒に作って、よろしいですか?」 その表情には、曇りが微妙に感じられた。 実際、解放軍で調理担当として信任を得ているのは、オイフェ、フィン、スカサハ、 ラナ、パティあたりで、それ以外の人はあまり他人に料理は作らない。 ユリアの声色からは、自分が人に料理を出す資格があるのか、心配している 素振りが覗えた。 「えっ…料理をぼくに…?嬉しいなあ、ぜひお願いするよ。」 そんな不安を吹き飛ばすように、ぼくは明るい声でユリアに感謝した。 ユリアは席を立つと、隣の調理室へ入っていった。 ユリアの料理は、この前のぼくの誕生日に味わったことがある。 スカサハたち一流の料理人の腕前に決して劣らない、しっかりした味だった。 心配は無用だ。むしろ逆に言って、「ユリアの手料理」であるならば、 どんなものであろうと美味しく感じるに違いないのだ、ぼくの舌は。 あらゆる角度から検討しても、「食べる」以外の選択肢は存在しなかった。 隣の部屋から、とんとんとん、と包丁が俎板を叩く音が規則正しく響いてくる。 鍋に水を汲む音や、そこに材料をいれる音が後に続く。 ユリアが台所に立ち、ぼくがそれをぼうっと眺める…。 こういうのって、何かいいよね。そう、まるで新婚さんみたいで…。 椅子に座ったまま、にこにこした表情で作業着姿のユリアを眺めていたぼくだけど、 そこであることに気づいた。 ユリアは木の粉を道具で擦って、薪に点火しているところだった。 その動きはてきぱきとして、迷いや乱れが全く無い。 ユグドラルではガスコンロなどの便利な設備は無いから、 料理ひとつにしても力仕事である。おそらく、ぼくが独りになったら、 食事もろくにできないだろう。だけどユリアなら、いざとなったら 斧で薪割りだってやろうと努力するだろう。こういった生活能力を見るにつけ、 ぼくはユリアの強さに感じ入るのである。 やがて、湯気の立つ皿を手に持って、ユリアが部屋に戻ってきた。 ぼくも、何もしないのは格好悪いので、せめて食器ぐらいは自分で運ぶことにした。 「簡単な料理で、申し訳無いのですが…。どうぞ、お召し上がりください。」 「ありがとう。…いただきます。」 ぼくがスプーンを持ってきて席に座ると、なぜかユリアはぺこりと頭を下げた。 「本当は、もっとセリス様がお好みの姿で料理をしたかったのですが…。 すみません。そちらは、次の機会にお見せします。」 …うーん…?良く意味が分からない。今のユリアの服は、ごく普通の 薄黄色の上下。それに料理用の簡素な紺の前掛けをつけている。 文句をつけるところはどこにも無い。家庭的な、落ちついた雰囲気だ。 ユリアは、何を意図しているのだろうか? 「いや別に…その格好でいいけれど?」 とりあえずそう答え、ぼくはユリアの作ってくれた野菜カレーを頬張りはじめた。 「ふう…、ごちそうさま。」 10分後、ユリアに盛ってもらった2杯目を一気に食べ切り、ぼくはスプーンを置いた。 ユリアは、ゆっくりと料理を味わいつつ、時々手を休めてぼくの様子を見つめていた。 えっ、味はどうだったかって?…聞くだけ野暮というものだ。 いつもは解放軍全員の中で最も遅くまで食卓に残っているこのぼくが、 これだけのスピードで料理を平らげたという事実が、全てを物語っていよう。 「また、きみの料理を食べたいな…。何度でも、ね。」 ぼくの言葉は、掛け値無しであった。 すると突然、ぼくの目の前に白いものがすーっと伸びてきた。 ほっそりとした、でも艶のある、ユリアの右腕だ。 一体何事かと思う間もなく、ユリアの指先がぼくの頬に触れ、何かの動作をした。 そして、その指が、つっ…と横にずれる。そ・し・て…! ユリアの指が、ぼくの唇の中に差し入れられた…! どきいぃんっ! 全身に衝撃を受けたかのように、ぼくの心臓は鳴り響いた。 何が起こっているのかを一瞬では信じられず、ぼくはぱちぱちと何度も瞬きをする。 だが、何度やっても、ぼくの舌に伝わるものは同じだった。 ユリアの右手の、親指と人差し指。最初は、ひんやりとした感触で。 二本の指の間に、何か小さいものがはさまっていて。 そして少しの後、ユリアの肌の奥にあるぬくもりが伝わってきた。 次の瞬間、ユリアはすっと指を引き抜く。そして、事も無げに言ってのけた。 「セリス様、頬にごはん粒がついていましたよ。」 「えっ…?あ、あ、ああ…ありがとう。」 ユリアの表情からは、ぼくのような高揚やドキドキ感は全く見られない。 ぼくばかり焦ってしまって、ちょっと口惜しかった。 ユリアはつと立ち上がると、ごく自然な仕草で食器を片付け始めた。 ぼくがぼーっとしている間に、手際良く洗い場に運んで、水洗いをした。 ユリアの真の素性を知る者が見たら、驚愕するに違いない光景である。 きみは、いいお嫁さんになるだろうな…。そう口に出してみようと思った。 でも、「私が、嫁になるのですか…?どなたと結婚すれば よろしいのでしょうか?」などと言われたらどうしよう、とか… そんなくだらない考えが頭をよぎり、ぼくは開きかけた口をつぐんだ。 「すごい…今日のユリア、すごいね…。」 ぼくは椅子に座ったまま、呆然とユリアを見つめた。 頭の中がぐるぐると回転してその先があまり考えられない。 ユリアはじっとこちらを見つめて、自然に近づく。 「そうでしょうか…?どのように、ですか…?」 こちらを覗きこみ、純真な瞳でそう切り返すユリア。 どこが、どのようにすごいのか。改めてまともにそう言われると、ちょっと戸惑う。 熱暴走しかけた脳を必死で回して、ぼくは答えた。 「これまで、ユリアはおとなしくて、無口だったし… 特に、ぼくと二人の時は、きみからぼくに何かすることって、少なかったから…。 だけど今日は、きみから手を握ってくれたり、ストローや食事を用意してくれたり…。 そう、積極的だと思うんだ。急に、変わったような…」 考えを整理していたうちに、なぜユリアがこんな風になったのか、 ちょっと不思議に思えてきた。これまでの出来事は、とっても嬉しいのだけれど、 でも何だか…都合の良い夢を見ているみたいだ。 次々と実現されている今のできごと、どこかで見たことがあるような…。 ふとそう思ったが、それが何かを思い出すよりも前に、 ユリアは次の切り札を出してきた。 「セリス様の、耳を…見てもよろしいですか?」 そう言って、ぼくの座る幅広のソファーに、ちょこんと腰掛けたのだ。 「う…うん。どうしたの?」 早くも防戦一方になっているぼくの横顔に、ユリアはそっと両の目を近づけた。 ユリアは、何か棒のような道具を手に持っていた。 さっきのストローと同じぐらいの大きさだけど、今度は木製のようだ。 よく見ると、棒の先が少し曲がっている。 「セリス様、耳に垢がたまっていますよ。掃除しましょう。」 その正体にぼくが気づいたとき、すでにユリアはぼくの肩に触れていた。 そして、強めの力でぐいっとユリア自身のほうへと引っ張る。 「えっ…?」 ぼくの目の前の光景が、ぐるっと回転する。ぽすっ、と音を立てて、 ぼくの頭が沈んだ。 ぼくは、つややかな革製のソファーに横たわっている。 その上、ぼくの頭を支えているものは、そんな高級ソファーなど 比べ物にならないほど、貴重で神聖なものだった。 「ああっ、あの…ユリア。どどどうしたの…?」 「セリス様、暴れると危険ですよ」 動転しまくるぼくの頭を、左腕で優しく押さえつけたユリア。 そして、右手がぼくの左耳に添えられ、耳の中に例の木の棒が入れられた。 ぼくは、もはや金縛りになって動けない。そう、この状態は…まぎれもなく…、 …膝枕で…耳かき…。 どくっ、どくっ、どくっ…。自分の脈が、ぼくの両方の耳に痛いほど伝わる。 左耳に添えられたユリアの手と、後ろから感じる視線の圧力が、 ぼくの意識を高揚させる。一方、ぼくの右耳は、この上なく温かく優しい枕の 極上の感触を受けて、しびれっぱなしだ。 ユリア…。このままではぼくは、おかしくなりそうだよ…。 だけどユリアは、そんなぼくの心の声などお構いなしに先を続けた。 「もう片方の耳も、掃除します。」 いつもと全く変わらない冷静沈着な声で言うと、ユリアはぼくの首を手で引いて 回転させようとした。ぼくもそれに従い、体の向きを逆にする。 その結果は、さらに凄まじいものだった。 今までは、ぼくの頭の後ろ、背中側にユリアの体があり、ぼくの視界に入るのは ユリアの膝と足先と、部屋の風景だけだった。だけど、そこからくるりと体を 半回転させると、当然目に入る風景も逆転するわけで…。 今、ぼくの顔の前には、直接触れるほどの距離で、ユリアのおなかがあった。 耳かきが始まり、さっきと全く同じ状況となる。両耳にとろける感覚が 間断なく伝わるその上に、今度は正面、すぐ目の前にユリアの服が、 体が、どアップで見えるのだ。ぼくが息をすれば、ユリアの服の布がかすかに揺れ、 ユリアの香りが微かに…いや、はっきりと感じられる。 客観的に見れば、ユリアに「だっこ」されているのとほぼ同じである。 この状態で平静を保っていることは、到底不可能だった。 動揺しまくって、奇声を挙げて踊り出したい衝動に駆られる。 でも、耳かきの途中でそれは危ない。かと言って、これを中断させて ユリアの行為を無にするのもダメだ。 これはある意味、拷問ではあるまいか? 世の中に、こんなにも甘美で魅惑的な拷問があったとは、今まで知らなかったけれど。 次々と繰り出される、ユリアの追撃、連続。 ぼくの心理を見切ったその攻撃に、こちらはただなすがままとなっていた。 |