セリーとユリーのアトリエ
〜グランベルの錬金術師〜 (前編)



 「セリス様、城の奥の書庫から、このようなものを見つけたのですが…」
 ユリアは休憩室のセリスの机の上に、一冊の古びた本を置いた。
 「ふーん…これ、どういう本?」
 セリスは興味深そうにそれを手に取る。 表紙には、『ザールブルグの錬金術師』とあった。
 「はるか彼方の大陸には、錬金術師という、普通の金属を金に変えたり、 その他にも不思議な力を持つ品を考えて作り上げることのできる人が いるのだそうです。 その錬金術師を志す人を描いた物語ですよ。」
 そう言って、ユリアはその本を読むように勧めた。
 「賢者の石という物があれば、何でも作れるそうですよ。 あこがれますね…。」

 その日の夜、ベッドの中でセリスはその本を何とはなしに読み始めた。 だがさすがにユリアが推薦しただけあって、その内容は面白い。
 いつしかセリスは、夢中になって本を読みふけっていた。 そして、いつの間にか夢の世界に引き込まれ…。
 同時に、ユリアもまた、深い眠りにおちていた…。



 とある田舎町で。
 学問の志を持つ数多くの若者が、権威あるアカデミーに集まり、 まじめに「錬金術師」を目指して勉強を続けていました。
 学生の多くは寮で暮らしているのですが、一部の人は 部屋を借りて自分のアトリエとして使っています。 町の人の依頼を受けてアイテムを作り、それに対する報酬をもらって 生活を営んでいるのです。

 そんなアトリエのひとつに今、青髪の男の子が訪ねてきました。
 コンコン。
 扉を叩くと、「はい」と落ちついた声が返り、しばらくして 扉が開きました。中から出てきたのは銀髪の可愛らしい女の子です。
 「セリス様………いえ、セリーね。こんにちは。」
 彼女は彼をアトリエに招き入れてくれました。

 男の子のほうはセリー、女の子はユリーと呼ばれています。
 ふたりとも一目で錬金術のアカデミーの学生だとわかります。 もともとはやんごとない地位の人であるとかないとか言われていますが、 この町に来て以来はごく普通の学生として通っています。

 「はい、どうぞ。アザミのお茶よ。」
 椅子に座ったセリーの前の机にティーカップを置いて、彼女は微笑みます。
 「それで、ご用はなあに?」
 「うん、実は作ってほしいものがあるんだけれど…」
 どうやら、アイテム製作依頼のようです。錬金術師の間でも お互いに得意な分野はあるため、このように作って欲しいと依頼することは ときどきあります。セリーは自分で作るのが苦手な品がほしいときに、 ユリーにちょくちょく頼みに来ているようでした。
 「…トロイヤの丸薬…?」
 おや、ユリーは目をぱちくりさせています。
 「うん。作ったことない?そんなことないよね。」
 浮ついた声でそう言うセリーに、ユリーはしばらくじっと黙ったあと、 ちょっと揺れる声で答えました。
 「………ええ。大丈夫よ。セリーの頼みだから急いで、明日までには作るわね。」
 「そう、ありがと。じゃあ、頼んだよ。」
 そう言うと、セリーはそそくさと帰り支度を整えます。 お茶を半分も飲まないまま、あたふたと帰っていってしまいました。
 「……セリー……」
 ぼうぜんと見送るユリーの額にも、ちょっと汗がにじんでいます。
 どうしたのでしょうか?ちょっと不自然な二人ですが…。

 すると、入れ違いにユリーのアトリエにまた誰かが来ました。 ふわふわしたウェーブヘアが印象的な女の子。彼女も錬金術師の卵です。
 「あら、ラナ。どうしたの?」
 「ちょっとここで話を聞いちゃったんだけど…入れてくれる?」
 そう言う彼女…ラナの瞳が、きらりと光っています。
 「ええ、いいわよ。」
 ユリーのほうは、あくまで穏やか。ですが、実は必死で動揺をおさえていたのです。

 「…ね、いいの?あんな依頼受けちゃって…」
 ラナはユリーのアトリエに入ってすぐ、本題を切り出しました。
 「えっ…それは、どういう…?」
 ユリーは無表情で受け流そうとしますが、ラナには通用しませんでした。
 「ごまかさないで。…気になっているんでしょう? セリーが何のためにトロイヤの丸薬なんて頼んだのか…って。」
 ラナの視線が、ユリーを鋭く射すくめました。ラナはさらに追い討ちをかけます。
 「あなた…セリーが気に入っているんでしょ?」
 「………はい…」
 正直なユリーは、そのままうなずいてしまいました。

 『トロイヤの丸薬』とは、いわゆる「惚れ薬」なのです。
 これを飲むと、飲ませた人に魅了され、その人の言うことに従ってしまうという ちょっと危険な品物。野外でモンスターと戦うときに使われることもありますが、 特に…恋愛にからんで、意中の異性のハートを射とめるときに これを使うことがあると噂されています。 相手の人をだましてまで好きにしたいのか、と批判されることも ままあるのですが、それでも薬の魔力に頼ってしまう人は多いかもしれません。
 つまり、トロイヤの丸薬を欲しいという人は、 誰か好きな相手がいて、その人の心を自分のものにしたいと思っていると 考えられるのです。
 ユリーも、そういったことはわかっていました。 今までもこのアイテムを作ったことはありましたから。 でも、それを依頼してきた相手が、セリーとなると…。 彼女の心は、どこまでも揺れ動いてしまうのです。
 セリーに頼まれたときには、ユリーの心臓に走った衝撃が何なのか… 彼女には分かりませんでした。胸が締めつけられるような思いの正体に 気づかせたのは、ラナの言葉だったのです。

 「セリー…好きな人、いるの?本当に、トロイヤの丸薬をつかうの?」
 下を向き、ぎゅっと手を握り締めてつぶやくユリー。 ラナはそんなユリーの手を取ります。
 「セリーが他の人のものになっちゃうの、やっぱりいや? …それはそうよね。」
 「それは…」
 口ごもるユリーに、ラナはそっと耳打ちしました。
 「だったら、失敗作を作ればいいのよ。」
 「えっ…?」
 戸惑うユリー。ラナはさらに続けます。
 「セリーが誰に惚れ薬を使っても、効力がなければ、すぐにふられてしまうわ。 もともとそんな物に頼ろうっていうセリーが悪いのよ。」
 さらに一言、付け加えます。
 「惚れ薬で心を奪おうなんて人、ユリーも嫌いでしょ?」
 「はあ…。」
 ラナはその後も、惚れ薬なんて卑怯よね〜、セリーもどうかしてるわ、などと ひとしきり悪口を並べ立ててから帰っていきました。

 帰り道に、無垢な夕空に向かって、 誰にも聞こえない声で、ぽつりとつぶやくラナです。
 「………わたしって、いやな子よね…。」

 夜も更けた中、アトリエでひとり。 ラナの思惑をよそに、ユリーは一人で悩みました。
 ユリーはもう、はっきり気づいていました。
 自分はセリーが好きなのだと。
 あの頭のよさ、人懐っこい笑顔、自分を包んでくれるあたたかさ。 どれも、ユリーは好きでした。セリーに、自分のそばにいてほしいと思いました。
 でも…、ユリーはそれをセリーに打ち明けることはできませんでした。
 なぜなら…それは、禁忌だったから。

 「セリー…」
 闇夜の窓辺でユリーはぽつりとつぶやき、ため息をつきます。
 しあわせって、何でしょうか?
 彼女の錬金術の腕前は抜群です。その気になれば、 生きてるナワで彼の自由を奪って、さらってしまうことも、 魅惑の口紅で彼の心を魅了してしまうこともできます。
 でも、そうして彼と一緒になって…それでいいのでしょうか。 血の禁忌を、幸せへの壁を、そんな物で乗り越えられるのでしょうか。
 ユリーには、そうは思えませんでした。
 一方で、セリーはトロイヤの丸薬を使って、好きな人をものにしようと しているようです。ユリーの考え方からするなら、それを認めてはいけないような 気がするのですが…。

 ユリーは唇をかみしめ、椅子から立ちあがりました。 その目は静かな決意の光が宿っています。
 彼女は材料棚からあまい雨水と山羊の角、中和剤を取り出し、 乳鉢に山羊の角のかけらを入れ、ていねいに砕き始めました…。

 その頃、セリーも彼のアトリエでアイテム作りに取り組んでいました。
 彼が籠から取り出したのは、くすんだ色の石…竜の化石。貴重品です。 それを削り、ルーペで確かめて、また削り。 硬い銀(シルヴァタイト)にも細工を施しています。
 その横には、研磨剤や中和剤が置いてあります。 仕上げの時に使うのでしょう。
 その様子はとても真剣。彼だって、錬金術師。やるときはやるのです。 特に、大切なものを創り出すときには…。

 …トンテンカン…さらさらさら…ぐつぐつぐつ…
 すっかり下りた夜のとばりに、錬金術にかける思いをめぐらせて。
 セリーとユリーのアトリエの窓からは、やわらかい灯りがいつまでも こぼれ続けていました。


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