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つぼみ
「どうして、どうしてだめなんだよ、オイフェ!」 「セリス様はまだ13歳でしょう。 用事は私達に任せて、もっと自分の身体を大事にしないと…」 「どうしてオイフェはいつもそうなんだよ!行きたいったら、行きたいんだ!」 じたばたじたばた…、ぼくは、駄々をこねまくった。 この前、エーディンから聞いた「シレジア」と言う所の話。 …緑がとてもきれいなところだと言っていた。それ以来、ぼくはシレジアに行きたい 思いをつのらせ、オイフェがレヴィン王に会いにシレジアに行くと言った時、 矢も盾もたまらず、ついて行きたいとせがんだのだ。 「セリス様は、多くの帝国兵からにらまれているのです。危険は避けてください。」 オイフェはそう言うが、ぼくは引き下がらない。 「父上も、シレジアにいたことがあると言ったじゃないか。ぼくも、父上が世話になったと いう国を、見てみたいんだ!」 この説得は、効果があったみたいだ。オイフェは、しぶしぶ認めてくれた。 はじめての船旅で、ぼくは酔ってしまった。けれど、ともかくぼくたちは シレジア北部、トーヴェの近くの村に辿りついた。そこの民家で、レヴィン王と会ったけれど、 彼は簡単にあいさつすると、すぐにオイフェと難しい話を始めてしまった。 ふわあ…。あくびが出る。オイフェには「あまり外をうろうろせず、じっとしているのですよ」と 言われていたけど、どうにも我慢できない。ぼくは、オイフェが話に夢中になっているすきに、 こっそり家を抜け出した。ここに来るとき、村の外に花畑があるのをぼくは見ていた。 さっそく、そこに行ってみる。 ぼくは、丘にある花畑に辿りつくと、思いっきり手を広げて深呼吸し、周りの景色を 楽しんだ。思った通り、シレジアって、いいところだ。 ここは春が遅いのかな?よく見ると、花はまだ咲いていない。でも、 あたり一面にある草たちが、あざやかな緑にかがやいている。小鳥の鳴き声と小川のせせらぎの音が 遠くから響き、さらに遠くには万年雪の残る山々がそびえ立っている。 …自然って、大きいな…。そう、素直に思えた。 でも、ここにはぼく一人しかいない。ちょっと、退屈になってきた。 近くに落ちていた木の枝を拾い、この前シャナンに習った剣の型を復習してみようとした。 構えをとり、枝をくり出す。 「えい!…やあ!たあっ!」 …しばらく、それに夢中になっていたせいで、背後から近づく姿に、ぼくは ぜんぜん気がつかなかった。 「たあっ!」 力いっぱい枝を振り回し、元の構えに戻る。一通りの練習を終え、ため息をついた ぼくのすぐ後ろから、突然、何かを叩くかすかな音が聞こえてきた。 思わずびっくりして、後ろをふり返る。そこには…。 一人の、きれいな目をした女の子がいた。 歳は、ぼくと同じか、少し下だろうか?紫がかった銀色の髪の毛と、きれいな白い服…。 何だか、とても神秘的な感じのする女の子だ。 この場所が、似合わないような、似つかわしいような。…ふしぎな気分になる。 今、聞こえてきた音は…、その女の子が、ごく控えめに、拍手をしていたのだった。 「あ…、えーと、こんにちは」 話しかけるときには、ちょっと緊張した。ぼくの言葉を聞いたその女の子は、 ぼくをじっと見つめてから、手を止めて、口を開いた。 「剣、上手なのね」 その言葉に、なぜだかとっても照れくさくなって、ぼくはぽりぽりと頭をかいてしまった。 「いや、そんなことはないよ。スカサハやラクチェにもよく負けるし…。今だって、 きみが近づいてきたのに、ぜんぜん気づかなかったよ。こんなこと聞いたら、きっと不注意だって シャナンに怒られるよ…。ねえ、内緒にしておいてくれないかな?」 そう言うと、女の子はくすっと笑って答えてくれた。 「ええ、分かったわ」 それを聞いて安心したぼくは、もっとこの子と話したいな…、と思った。 「ねえ、あっちの方で座って話さない?」 うなずくのを見て、ぼくは女の子の手を引いて、丘の上につれて行った。 …どうしてだろう。この子を見ていると、なんだか胸がどきどきする。 話していると、うれしくて、でも恥ずかしくて、ふしぎな気分になる。 握っている、やわらかな手が、温かくてやさしい感じがする。 …まるで、ぼくの覚えていない「母上」のように…。 まだ少し寒さが残る草原の上にも、太陽の光はさんさんと降り注ぐ。そして、 ぼくは草の上に腰を下ろし、となりにおいで、と指をさす。女の子は、ぼくを見てから、 とんとん、と軽い足取りで歩み寄り、服の裾を手でおさえ、 ちょこん、と、ぼくの横に腰を下ろした。 その動きの一つ一つが、ぼくには、とっても新鮮なものに映った。 このまま、何も言わずにずっとこうしているのも良いな…。 女の子を見ながら、ぼうっとそんなことを思ってみたりする。思わずじっと見つめて いると、むこうから声をかけてきた。 「ここに、住んでいるの?」 それを聞いて、ぼくはちょっと迷った。自分のことをあまり人に話さないように、 オイフェたちにいつも言いつけられていたからだ。…でも、その子の目を見ると、自然に 相手を信じることができた。ぼくは、素直に答えた。 「ぼくは、イザークに住んでいるんだよ。今日だけ、ここにいるんだ。」 「そうなの…。」 残念そうなつぶやきが聞こえた。 「きみは?」 そうたずねると、女の子はまたぼくをじっと見つめてから、答えてくれた。 「あなたは、グランベル帝国の人ではないのね。私は、この国の山の中で暮らしています。 帝国の追手から逃げるために、何度も、住む場所を変えて…。」 ぼくは、その答えにかなりびっくりしたけれど…、何となく、うれしくなった。 「…教えてくれてありがとう。ぼくもね、帝国に追われているんだ。 …でも、逃げてばかりじゃくやしいから……、それで……。」 そう言ってぼくは、さっきから持っていた木の枝を、またその子の前に示した。 …逃げてばかりじゃくやしいから、剣を使って、自分を、みんなを守りたいんだ。 そういう意味あいは、女の子に伝わったみたいだった。 女の子は、それからしばらく黙っていた。…ぴゅうう、と、風が吹き抜けていく。 …そして、木の枝をじっと見ているぼくを見て、ふう、と息を吐いて、ぽつりとつぶやいた。 「戦いたいの?」 そのことは、ずっとぼくの心に貯まっていたものを、ずばり突いたものだった。 ぼくは、自分の気持ちを、一気にぶちまけてしまった。 「うん、ぼくは戦いたいんだ!帝国兵のやつら、みんな乱暴だよ! 村にやってきては、ぼくたちの仲間が育てた芋や麦を勝手に取っていったり…、 逆らうと、女の子でもなぐったり、無理やり連れて行ったりするんだ! あんな…、あんなことが、許せるものか!」 情けないけど、涙があふれてしまった。こっちをじっと見ている女の子を まっすぐ見ていられなくて、つい、横を向いてしまう。 ぼくは、激しい気持ちのおもむくままに話しつづけた。 「それなのに…、オイフェもシャナンも、ぼくのことをぜんぜん分かってくれないんだ! ぼくが飛び出そうとすると止めて、『自分の身を大切にして下さい』って言うばかりだ…。 あんなやつら、放っておいていいはずがないのに…。ぼくが、あいつらをやっつけて 取られたものを取り返してやりたいのに!…ぼくなら、きっとできるのに…。」 悔しさのあまり、足元の草を思いっきりつかんで引きちぎってしまう。 ぼくは、持っていた木の枝を、力をこめてばきっとへし折った。 「ぼくは、みんなを助けるためなら、戦って死んだっていいのに……………。」 女の子のひとみの色が変わった。それは…、悲しい目だった。 「だめです、そんなことを言わないで」 静かな、でもかすかな震えがある、心にしみわたる声だった。 ぼくは何も言えず、その子の方を見た。 「死んでしまったら、大切な人を守れないでしょ?」 「そうだけど…、でも……」 「たぶん、あなたには、もっと大切なことがあると思うのよ。それをやるには、 今はまだ早いっていうことではないかしら。」 「うん…、ぼくは、父上の遺志を継ぐんだって言われている…。ぼくだって、分かっているんだ。 でも、あんなことを放っておけだなんて、…つらいよ…。」 女の子は、ふと手を伸ばして、ひとつの白い花を摘み取った。 …いやそれは、小さい、花のつぼみだった。もうすぐ、きれいな花が咲くんだろうな…。 そう思っていると、女の子がまた口を開いた。 「わたしたち、まだ『つぼみ』だと思うの。今はまだ、花が開くときではないんだって…。 わたしだって、ただ逃げているだけではないわ。わたしは誰なのか、なぜ生きているのかって…、 今は分からないけれど。それが見つかったとき…、『花が咲くとき』のために、 今、じっと準備しているのよ…。きっと、ね。」 ぼくは、ふっと心が軽くなるのを感じた。この子のいう通りだ。 今のぼくは、背伸びをしすぎていたのかも知れないな…。 でも、そうは言っても、これから先に楽しみがないと、不安になる。 そう思ったぼくは、ふといい事を思いついた。女の子に、それを伝える。 「ねえ、だったら、約束しようよ。」 「何を約束するの?」 「ぼくは、まだ『つぼみ』だから、明日きみと会うこともできないけれど…。 ぼくが、十分力をつけて、自分のやりたい事ができるようになったら…、そのときは、 また、きみに会いに行くよ。そうすれば、ぼくはそのときを目指して頑張れる。 ぼくたちの花が咲くときに、また会うって…、約束してくれるかな?」 それを聞いて、女の子はしばらくきょとんとしていたけれど。 「ええ、分かったわ。約束しましょう。」 そう言って、少しだけ笑みをこぼしてくれた。……すごく、きれいだった。 ぼくは、立ちあがって、右手の小指を差し出した。 女の子も、つと立ちあがった。そして、摘みとったつぼみの花を右手の指に置くと、 それをぼくの指にからめた。ぼくたちの指の間に、今はまだ本当に小さい、花のつぼみが、 これからへの希望を中に秘めて、確かにそこにあった。 視線と視線、指と指が触れあって…。 ぼくたちは、この日、未来への扉の鍵を手に入れた。 気がつくと、もう夕暮れが近づいていた。 「ごめんなさい。わたし、もう行かなくては…。」 「うん。君に会えてうれしかった。…またね。」 別れのあいさつをすると、女の子は静かに丘を下りていった。ぼくは、何となくその場を 離れられなくて、指に残った花のつぼみと、からめた指の感触とをいつまでも味わっていた。 あっ…しまった!…あの女の子の名前を聞くのを忘れていた。ぼくの名前を言うのも。 …そのことに気がついた時には、もう女の子の後姿が見えなくなっていた。 「セリス様!今までどこに行っていたのですか!さんざん探したのですよ? この前も、下手に歩き回ってはいけないと何度も…………」 村に帰ってきたぼくを待っていたのは、オイフェのきついお小言だった。でも、今のぼくなら オイフェの気持ちが、昨日よりはよく分かる。しばらくお説教を聞いた後、ぼくは 今日学んだことを、オイフェに告げた。 「ごめんなさい。…もう、すぐに戦いたいと言ったり、無茶を言って困らせたり しないよ。これからのために、じっと修行を頑張るからね。」 それを聞いて、オイフェは驚きと満足の表情になった。 「ところでセリス、その花はなんだ?」 ティルナノグに帰って数日後。小さな花瓶から顔をのぞかせている、白く美しい花を 指して、シャナンがぼくにたずねた。ぼくは、とても照れくさかったけれど、 正直に答えた。 「シレジアで出会った女の子が、ぼくに花のつぼみをくれたんだ。銀色の髪の毛と、 白い服の女の子。…本当に、きれいな花が咲いたね。」 ぼくは、あの光景を思い出しながら、じっと花を見つめていた。 …そんなぼくをじっと見て、シャナンはにやりと笑った。 「セリス、おまえ、その子に惚れたな?…初恋か。 セリスも、もうそんな歳になったのだな。」 そのとんでもない言葉に、ぼくは耳まで真っ赤にして、がばっと立ちあがって反論した。 「そ、そんなのじゃないよ、シャナン!…一度会っただけで、そんなことあるわけないだろう! ぼくはただ、将来もう一度会う約束をしただけで…!」 「ほう、大人になったら迎えに行くのか。婚約までするとは、おまえの父上並みに 手が早いものだな。」 「シャ〜ナ〜ン〜〜!」 ぼくはシャナンにつかみかかったが、シャナンはただ笑っているだけだった。 オイフェも、つられて苦笑している。その上、 その話を聞いていたレスターやラクチェ、デルムッドまで、ぼくをはやし立てた。 「うわーい、ハツコイ、ハツコイ!」 「そんなのじゃないって言っているだろう!」 ぼくは、悪がきどもを追いかけて、どたばたと部屋を出ていった。でも、そのときのぼくの 心臓がとても早く動いていたのは、怒っていたせいだけだったのだろうか? 今は、まだつぼみ。 ぼくたちの花が咲くまでは、あと何年かかるだろうか。 |