|
バカ殿セリス様・外伝
たんぽぽの日 〜恋のスクランブル・アナザーサイドストーリー from ラナ〜(前編) わたし…、あの日ほど気持ちが揺れ動いたことって、なかった。 セリス様が挙兵する時、わたしは生意気を言ってセリス様について行った。 それは、お世話になったイザークの人への恩返しでもあるけれど…、 何よりも、セリス様のお側にいたかったからだ。 そして、初陣に勝ち上がり、ガネーシャに入ったわたしたち。 その時、セリス様の前に現れた女の子…ユリアさんがいた。 セリス様は、その人のことをとても気に入ったみたい。 寝ても覚めても、彼女の方ばかりを見ているようで…。 「ユリアを守ってほしい」なんて、わざわざわたしに言わなくていいのに。 それも、見たことも無い真剣な目で…。 わたしは、ジェラシーを感じている自分に、気づいてしまった。 エーディンお母様から、「人の幸せを妬んだり憎んではいけません」と言われていた。 その時は、言われるまでもなく当然だと思っていたけれど…、 いつの間にか…わたし、シスターの教えを破りそうになっていた。 だから、わたし、決めたの。セリス様の大切な人と、わたしも仲良くするって。 彼女は杖を使えるって、セリス様から聞いていたから (本当、セリス様って彼女のことだけは詳しく知っている…苦笑いしてしまうぐらい)、 わたしは治療の杖を、彼女にあげることにした。 ある日の夕暮れ、陣地の中ではじめてわたしは彼女の姿を見た。 長い銀の髪、きれいなローブ…たった一人で、遠くをぼうっと見つめている彼女。 その第一印象は、神秘的で、ちょっと近づきがたい…わたしたちとは違う世界にいる人。 そんな感じだった。 でも、外見だけで人を決め付けちゃいけないと、わたしは知ってる。 だから、わたしは彼女にすっと近づき、にっこり笑って話しかけた。 できるだけ、自然に話せるように心がけて…。 「こんにちは、ユリア。」 親しくするために、あえて呼び捨てにしてみた。 ユリアさんと二言三言の会話を交わすと、わたしの印象は少し変わった。 正直に言って、うまく会話ができるか心配だったのだけど、 彼女の受け答えはとても素直で、わたしは安心して話す事ができた。 でも逆に、わたしとユリアさんは違う、ということも分かってしまった。 彼女は、純粋なのだ。その目はまっすぐ前を見ていて、心に含むものを持たない。 わたしが杖を渡した時、ユリアさんは静かに…だけど力強さをたたえた声で、こう言った。 「ありがとう、ラナ。これでわたしも、みんなの役に立てます。」 それが、あなたの望みなのね、ユリアさん…。 わたしは、セリス様が彼女に好意を持った理由が分かった気がした。 それから、しばらくの時が過ぎた。 わたし、やっぱりセリス様と一緒にいたい。すぐそばにいたい。 できれば誰にも邪魔されず、二人きりで…。 (きっと、ユリアさんはそんなことは考えないだろうけど…。 つくづく、いい子だよね。) でも、それは今はかなわないから…。わたしにできることで、 セリス様の役に立つことをしようって、心に決めた。 わたしが知っていて、ユリアさんが知らないこともある。 これでも、だてにセリス様のそばで長年生きてきたわけじゃない。 解放軍がリボー城に着いた後、わたしたちは、思い思いに平和な一時を過ごしていた。 わたしはこの期間を利用しようと思い、セリス様以外の仲間… ユリアさんやレスター兄様、スカサハなどを集めて、提案した。 「あさって…セリス様の誕生日のお祝いを、みんなでやりましょう。」 ユリアさんが感心した表情でこちらを見つめたので、わたしは何だか 優越感を感じてしまった。 セリス様を驚かせるため、準備は内密に行うということで、話は進んだ。 ケーキや料理を作ったり、みんなでプレゼントを用意するということを決め、 いったん解散した。 さて、わたしもセリス様のために、料理の腕を振るおうかな… そう思った時、わたしは後ろを振り向き、ユリアさんがその場に残っているのを見た。 「どうしたの、ユリア?」 わたしは彼女に近づき、声をかけた。 「ラナ…わたしも、セリス様の役に立ちたいです。 セリス様の喜ぶことなら、どんなことでも…。」 その純粋でまっすぐな瞳に、わたしの胸はちくっと痛んだ。 「ええ、がんばりましょう。あなたは、どんなことをしたいの?」 「…料理を作って…、プレゼントに縫い物をします。それから…。 セリス様に、お祝いの言葉を言いたいのですけど…。」 「そうね。喜ぶと思うわ。」 「でも、わたしはどれも得意ではないのです。話し方も、良く分からないし… どなたかに教わりたいのですが…。誰か、上手な人を知っていますか?」 さすがに、この頼みを断るほど意地悪じゃない。わたしは、正直に教えた。 「そうね。料理は、スカサハが上手よ。裁縫は…デルムッドかな。 きっと、ていねいに教えてくれるわ。話し方は…、最近仲間になった ヨハンさんなんて、すごい話し方をするのよ。」 …ごめん、さっきのは嘘。ちょっとだけ、意地悪をしちゃった。 だって、ユリアさんがヨハンさんの真似をするところ、見てみたかったんだもの…。 セリス様がどんな顔をするか、見物だわ…なんて考えるわたし、罰当たりかな…。 でも、その後のユリアさんの行動力には…正直、驚いた。 さっそくスカサハの所に行ったわたしとユリアさんだけど、スカサハが料理のレシピを 示すと、ユリアさんは即座に要領を飲み込んで、必要な材料をリストアップしたり、 工夫の提案をしたりした。 スカサハは、イザーク独特の山菜料理について話したけど、 材料の草を見つけるのが難しいと言った。それを聞いたユリアさんは、すかさず 町中に出て行ってあちこち聞き込みをして、その草が生えている場所を 突きとめたのだ。 デルムッドには、縫い物のアドバイスを一つふたつ受けた程度だ。その後、 いつもと変わらない表情で糸と針を使い始めたが、その視線、手さばきから、 ユリアさんがすごく集中していることが伝わってきた。 邪魔しては悪いから、わたしはしばらく席を外していたけれど。 日が暮れて、夕食の時間にユリアさん呼びに行ったとき、 彼女はさっきとまったく変わらない姿勢で縫い物を続けていた。 これが、ユリアさんのセリス様にかける思いの強さだろうか。 かなわないなぁ…。わたしの心は、そんなつぶやきを漏らした。 夕食の席で。わたしの気持ちは、相変わらずちょっと暗かった。 セリス様はユリアさんと一緒で幸せになれるなら、それを喜ぶのが本当に セリス様を思う人の誠意だとは分かっているけれど。でも、わたしは…… ちょっと、割り切れなかった。 他の人は、こういう思いを抱いた経験があるのだろうか?ちょっと、聞いてみようと思った。 朝食の席で、隣に、さりげない小声で話しかける。 「ねえ、ラクチェの好きなタイプって、どんな人?」 「なっ…。何を…。私は剣の修行中の身よ。そんなことなんて…。」 ラクチェの顔が赤くなったのは、予想通りだった。 代わりに、その隣のフィーさんに聞く。 「あたしは…、ここに来るまでは、家族以外とあまり会わなかったから…。」 その言葉に、嘘は無いみたいだった。ラクチェは告白前の段階、フィーはさらにその前か…。 あたしの気持ちが分かる人は、いないみたい。…ちょっと、寂しかった。 そんな思いに浸っていると、フィーが、不意に別の人に話を振った。 「ユリアさんは、好きな男の人って、いるんですか?」 この瞬間、わたしの心臓は、ときんと鐘を打った。それは、フィーの言葉のため だけではなく、後ろでセリス様が咳き込む音が聞こえてきたからだ。 さらに、ユリアさんが平然と「はい。います。」と返したものだから、 セリス様はショックのあまりその場で倒れてしまい、わたしたちが介抱することに なってしまった。 …セリス様、今の話を聞いていたんだ…。わたしにしては珍しい見落としだった。 それに、やっぱりセリス様はユリアさんのことをひどく気にしてる…。 それを思い知らされたことも、予想通りとは言え、ちょっとショックだった。 次の日。レスター兄様とわたしは、そろって市場に買い物に出かけた。 そして、ユリアさんは、例の草を取りに町外れの草原までスカサハと出かけた。 食材は簡単に揃ったけど、帰ろうとする時になって、何だかわたしの胸が騒いだ。 ユリアさんの様子を見ようと兄様に言って、わたしたちはその方向へ… 町外れの森へと分け入ってみた。 しばらく歩いたところで、遠くから「うわああ〜〜」という声が聞こえてきた。 泣き叫んでいるようなその声に、わたしたちが顔を見合わせていると、 遠くから誰かが暴れ馬のように走ってきた。その姿は…! 「セ、セリス様?」 顔をぐしゃぐしゃにして走るセリス様は、わたしの声など気にも留めず…、 いや、世界のあらゆる物が目に入らない様子で、そのまま走り去っていった。 わたしは思わず、走ってセリス様を追いかけたけど、すぐに見失ってしまった。 そこで、レスター兄様のところに戻ると、ちょうどスカサハとユリアさんが 出てきたところだった。 この瞬間、わたしは大体の事情を読み取った。 そうか、セリス様はこの二人を見たから、誤解して…。 このとき、わたしの中で、ものすごく複雑な気持ちが生まれた。 ふと、背後の野原に目をやると、小さな子供が二人、遊んでいた。 男の子と女の子はおままごとか何かを二人で楽しんでいたけれど、 何かの道具を風に飛ばされてしまって、男の子がそれを取りに行った。 道具を取ったところで、男の子は足元にある花に興味を持ったようだ。 それは、たんぽぽだった。黄色い花と、白いたんぽぽの綿毛だ。 男の子は、足元のたんぽぽをしばらくじっと見つめていた。 そして、ひとつの綿毛のたんぽぽを摘んで手に取り、綿にふうっと息を吹きかけた。 小さなたんぽぽの綿がふうっと風に舞い上がり、細かな白い粒子に分かれて あるものは遠く、あるものは近くへと種を運んでいった。 男の子はしばらく、その様子に見入っていた。 どうしたの、早く戻ってきて、と女の子が声をかけると、男の子ははっと気づいて そちらを向き、たんぽぽのことなど忘れたように、また女の子と遊び始めた。 無心に空で踊るたんぽぽの綿を見て、わたしは切なくなった。 |