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バカ殿セリス様・外伝
プロローグ いま、ここではない、さまざまな世界…。そこには、数多くの伝承が存在する。 その中でも、ユグドラル大陸を舞台とする聖王の伝説は有名だ。 いわく、光の公子・セリスは、光り輝く剣を手に取り、 志半ばで無念の死を遂げた父・シグルドの遺志を継ぎ、 多くの仲間と友誼を結び、グランベル帝国を倒し、ロプトの闇を打ち払い、 この世に平和をもたらした、と…。 多くの人が、その伝説を信じている。そして、セリス様が、 清廉潔白で冷静かつ勇敢、人間的魅力に溢れるさわやかな若者であることも…。 ところが。 神様はごくたまに、狂気の沙汰とも思える悪戯を世界に施す。 それによって、世界がどんなに奇妙に歪んでも、彼らにはまるで関心が無いかのように。 そう、崇高なる英雄物語が、三流の茶番劇に堕することもあるのだ。 そんな不幸な運命に陥ってしまった世界の住民は、この物語に辟易しながらも、 勝手気ままに振る舞う主人公のアホさ爆発な言動の数々に抗う術を持っていなかった。 戦争が終結し、主人公がこの世界から去ったとき、彼らはようやく胸をなで下ろしたという。 「これで、ようやくこのバカ丸出しの世界が終わる…。これからは、 まじめに…。」 ユグドラルの民の代表的な感情は、この声に代弁されるだろう。 しかーし! 残酷極まるユグドラルの神様は、彼らに更なる試練を用意した。 「来る、来るぞ…。……あの迷惑男が、また来る…」 真剣な表情で水晶玉を凝視していたバーハラ宮廷の占い師の老婆は、 額にじっとりと大量の脂汗を浮かべ、あからさまに震える声で呟いた。 その目に浮かぶ怯えと困惑の色の濃さは、ロプトウス復活を予言した時のそれを はるかに上回っていた。 ロプトウスに対しては、ナーガという格好良い対処法を告げることができたのだが…、 いま訪れようとするこの災厄に対しては、さしもの宮廷占術師も手の打ちようが無いのだ。 「やれやれ、また出番か…。」 リーフ、アレス、セティ、フィー、アーサー、ティニー…。 離れ離れになっていたユグドラルの戦士たちは、再び立ち上がり、 ひとつの舞台へと歩んでいく。その表情には、 またしてもあの二人の仲を見せつけられるといううんざりした気分と、 再びあの馬鹿馬鹿しくも楽しい日々が戻って来るのだという期待が、 半分ずつ込められていた。 そして、誰よりも澄んだ、美しい眼を持つ少女も。 「また、お会いできるのですね…。」 自らの顔の前で握った両手を合わせ、紫の目を瞑り、静かな祈りを捧げた。 現実の世界で、冴えない日常を過ごしていたぼくは、ふと窓外に目をやった。 水色の、爽やかな空。白く細くたなびく雲。 その中に、ふと、一人の少女の顔が浮かんだ。 さらさらと流れ、それでいてしっとりとした落ちつきのある、紫がかった銀の髪。 あくまでも白く、なおかつ生気に満ち溢れたなめらかな肌。 空高くから、慈愛に満ちた表情でじっとぼくを見下ろす瞳。 「えっ……!」 思わず声をあげたぼくは、何もかも忘れてそちらへ駆け寄り、窓から転落しそうになった。 だが、もちろん、それは幻で…あっという間に、空に溶けて消えてしまう。 でも…、ぼくはもう、矢も盾もたまらなくなっていた。 「ユグドラルに…行きたいよ……。そして…」 一度、あの華麗なる日々を知ってしまったら。叶わないと分かっていても、 それを追い求めずにはいられない。 誰のそばにいたいか、と聞かれれば。答は決まっているではないか。 ぼくは、窓から身を乗り出して、大空に向かって両手を突き出し、 あらん限りの声を振り絞って叫んだ。 「会いたい〜〜〜〜っ!」 すると…。 ぼくの身体が、突然、ふわりと浮き上がる。それと同時に、周囲が白い光に包まれた。 ぼくは、何が何だか分からず、ただ流れに身を任せるしか無い。 「そこまでして、束の間の逢瀬を望むか。ならば、自らの手で作るが良い。」 男の、怜悧な、しかし奥に優しさのこもった声が響く。そして…。 やがて、ぼくを包む光の濁流が消えたとき。 周囲にあるのは、あの懐かしい、ユグドラルの風景だった。 どこまでも続く緑の草原の向こうには、灰色の巨大な城郭がその威容を泰然と示している。 また、ぼくから少し離れて取り囲むように、 スカサハ、ラクチェ、オイフェ、ラナ、レスター、デルムッド…、 多くの仲間達が、ある者は笑顔で、またある者は苦笑いで、ぼくを迎えてくれている。 そして、そして……! ぼくが最も強く追い求めていた姿が、すぐ目の前にあった。 つややかな髪、きらめく瞳、みずみずしい肌、確かな息遣い。 今度こそ、現実だ。 彼女は、真摯な…だけど明るい瞳をぼくに向け、静かに…だけどしっかりとした声で、 ぼくに語った。 「また、作りましょう。わたしたちの足跡を、未来を。わたしたちの手で。」 ぼくを誰よりも優しく包むその声は、再び訪れた充実の時を、ぼくに告げた。 「うん。新しいぼくたちの物語が、これから始まるんだ。」 ぼくは彼女の手を取って、にっこりと笑う。そして、二人で歩き出すのと同時に…。 その愛しい名前を、万感の想いを込めて、呼びかけたのである。 「行くよ、ユリア。」 |