バカ殿セリス様・外伝

恋のスクランブル(前編)


 ぼくが、まだユリアと出会って、あまり長く経っていない頃の話である。
 リボー城を制圧し、次の戦いに出るまでの合間、ぼくたちは思い思いに 休息を取っていた。
 広い平原に囲まれたこの城は、立派な城下町を構えた由緒あるもので、 城内にも街にも、見所は数多くあった。
 オイフェは、イザークの様々な骨董品が並んだ、荘厳な宝物庫に行って、 その立派な品揃えに感心していたという。レスターやラナ、デルムッドなどは、 城下町に行って武器や杖を修理に出していた。でも、ぼくが町並みを歩いていると、 占い屋からラナの黄色い叫び声が響いて来ていたから、 それだけではなかったのかもしれない。 時を同じくして、スカサハとラクチェは、闘技場で並み居る強者達を次々と打ち倒し、 スタンドの群衆を熱狂の渦に巻き込んでいた。

 そして…。肝心な話は、ここからだ。そう、ぼくと、ユリアの行動である。
 ぼくの目的は、もちろんただ一つ!ユリアと親密になること、これだけである。 とは言うものの、どうやってそれを実現するかと言われると、 ぼくは少し困っていた。
 今日の夜、城の広間で、みんな揃っての夕食を摂っていたときも、 ぼくの注意は、自分の視界内ではなく、全く別の場所にあったのである。 目の前に並べられている、素朴だが温かくて美味しそうなパンやスープ、 あるいはスカサハやデルムッドたち同じ食卓を囲んでいる仲間…、 そんなものを注視している場合ではなかった。
 ぼくの背後の食卓で、黙々と食事をしているであろう少女、ユリア。 彼女のことだけで、ぼくの頭は飽和していた。 そのくせ、ユリアに近づく方策を、ぼくは何一つ自分の心に打ち出せずにいた。

 後々のぼくなら、堂々とユリアにデートを申し込めるのだが、 この時点では、まだ手も握っていないし、二人きりで親密に話したことも ほとんど無いのだ。ユリアにちょっと話しかけるのにも、 胸に手を当て、ぐっと手に汗を滲ませ、 深呼吸を何度も繰り返さなければならないという体たらくである。 「デートに行こう」と、さらりと口に出すなど、とても考えられなかった。
 一方、ユリアはどうだろうか。 非常に寡黙な彼女のことだから、最初のうちはあまり解放軍の仲間と 話すことも少なかったようだ。だけど、解放軍のメンバーは基本的に明るく、 友好的で人懐っこい人間が多い。ラナもラクチェもフィーも、 積極的にユリアに話しかけ、打ち解けていこうとした。 ユリアも、ゆっくり、ぽつりぽつりと、自分なりのペースで話をするようになった。 男の仲間も、ちょくちょく話すようになっているようだ。

 そんなわけで、今、ぼくの心は、後方のユリアに集中していた。
 本当なら、食事を中断して、ぼくの愛しいユリアの一挙手一投足を 余すところなく鑑賞し、ほんの少しの変化も見逃すまいと眦を決して見守りたいところである。 実際、ユリアが見える席だったら、迷うことなくそれを実行していただろう。 だけど、みんなも見ていることだし、オイフェあたりは食事作法にもうるさい。 食事中にずっと後ろを向いているわけには、なかなかいかなかった。

 今度、指揮官権限を発動して、絶対ユリアと向かい合わせの席にしてやる…。 いや、いっそのこと、ぼくとユリア、二人だけ別室で、こんな光景がいいなあ…。
 「はい、セリス様、あーん…。」
 「あーん…」…ぱくっ!
 「きゃっ…、わたしの指は食べ物ではありませんよ。」
 「だって、こっちの方が美味しそうなんだもの。はむはむ…」
 「もう、セリス様ったら…。」
 ………今日もまた、ぼくの妄想は絶好調であった。

 ところが。ぼくの背後の机での女性陣の会話は、 いつになく物凄いことになっていた。口火を切ったのは、ラナである。
 「ねえ、ラクチェの好きなタイプって、どんな人?」
 「なっ…。何を…。私は剣の修行中の身よ。そんなことなんて…。」
 「えーっ、私だってシスターの修行中だけど、好きな人ぐらいいるもの。 ラクチェだって、いるでしょう?…フィーさんは?」
 「あたしは…、ここに来るまでは、家族以外とあまり会わなかったから…。」
 な…。なんだ、この会話は!?
 ちょっと恥ずかしさは残っているのか、いつもより小声ではあるけれど、 しっかりとぼくたちの所まで聞こえてしまっている。 こーゆーのは普通、男のいない場所でやるものだと思うんだけど…。 でも、ラナの言う「好きな人」って、誰かなぁ…。 レスターあたりは、気になるだろう。
 だがこれは即座に、ぼくにとってどうでも良いことに変わってしまった。 それよりもはるかに重大な発言が聞こえてきたからである。
 「ユリアさんは、好きな男の人って、いるんですか?」

 フィーの質問はあまりにあっけらかんとして鋭く、ぼくは口に含んだスープを思わず 吹き出しそうになって、むせてしまった。
 「セリス様、大丈夫ですか?」
 「げふ、げふっ…、うん、大丈夫だよ。」
 ぼくの背中をさするスカサハに対し、そう答えたぼくは、やっとの思いで顔を起こし、 ちらりとユリアの方に視線を走らせた。ユリアも恥ずかしがって小声になるかもしれないと思い、 ぼくは耳をダンボにして、ユリアの言葉を待った。
 ところがである。ユリアは全く動揺した素振りを見せず、あまつさえフィーやラナたちを 静かに見つめ、いつもと全く変わらない平静な口調、眠るような目つきで、 事も無げに重大発言をやってのけたのである。
 「はい。います。」

 ぶ――――っ!どげし!がらがらがしゃーん!
 次の瞬間、ぼくが、口に残った水分を全て吹き出し、頭をテーブルに叩きつけ、 そこに並んだ料理が滅茶苦茶になったのは、言うまでもないだろう。
 「セ、セリス様…。」
 ぼくを心配して駆けつけて来るスカサハ、オイフェ、ラナ、そしてユリア本人…。 そんな光景が、ぼくの目の前をぐるぐると回り…、やがて、 ぼくの意識は暗い底へと落ちていった。

 「ユリアが好きな男…?一体、誰なんだっ!?」
 その日の夜。眠れぬままにベッドの上で毛布をかき抱きながら、 ぼくはただ一つの思いを頭の中でぐるぐると空転させていた。 空に無心の星々が瞬く下で、ぼくは俗物の雑念を生み続ける。 何度も何度も同じことばかりを考え、まるっきり進展が無い。
 ああっ、あの純粋無垢なユリアの心をものにしたのは、 いったい誰なんだあっ…。はああっ…。
 ユリアと楽しく話して、ユリアの心からの笑顔を見る資格を持つ、唯一の男。 あまつさえ、ユリアは彼のために心を砕き、手の込んだプレゼントを作ったり、 さらには、あんなことさえも……。
 ぐぬう、許せん!ユリアはぼくのものだっ! ユリアに近づく奴は、解放軍から追放だ!いや、死刑にすべきだっ!

 自分勝手きわまる連想を続けていたぼくだったが、そのうち、ふと思いが変わる。
 ユリアが好きなのは、ひょっとして、このぼくなんじゃないかな…?
 その瞬間から、ぼくの表情ががらっと変わる。 両目に灯っていた冥い執念の炎は、根拠の無い希望…いや、底無しの欲望の光に取って代わり、 歯を食いしばっていたはずの口は、たちまちだらしなく垂れ下がった。
 そうか、そうなんだよ!ユリアは、ぼくが好きなんだ。 だってさ。ユリアが他の男と親しく話したことなんて、ある? そりゃあ、挨拶ぐらいはするけど、雑談だって滅多にしないよ。 ましてや、ユリアが自分から心を開くなんて、あり得ないじゃないか。
 それに、ユリアがはじめてぼくと話したとき。ぼくの眼を見て、 「セリス様…。」と呟いてくれた。あの時のユリアの瞳の光は、きっと、 ぼくを思っているからこそのものだったはずだ。 その上、ぼくはユリアに贈り物までしている。あの、リザイアの魔道書だ。 あと、ユリアが持っているのは、ラナからもらったという杖だけ。 ならば…、やっぱり、ユリアの心にいるのは、ぼくに間違いない!
 んっふっふ…。そうか、そうだったんだぁ。 だったら、言ってくれれば良かったのにな〜。なんで黙ってるんだろう。 ユリアも、やっぱり恥ずかしいのかなぁ。内気な性格だろうし。
 よし!だったら、ぼくから告白だ。こちらから愛を伝えれば、 ユリアだって迷わず受け入れてくれるだろう。やっぱり、こういうのは男からだよね。 そうすれば、もっともっとユリアと話したり、手をつないで歩いたりできるし。 …いや、それどころじゃないぞ。「恋人」なんだから……もしかして…、 キ、キスだって…。
 「ああっ、ユリア〜…っ…。」
 草木も眠る丑三つ時、解放軍の仲間がこれからの激戦に備えて眠りの中で夢を見ている間、 ぼくだけが、目を宙に泳がせ、手に汗を握り、喉をごくりと鳴らして、 根拠皆無の自作自演の夢を見ているのであった。

 それが単なる妄想に過ぎないという当然の事実を思い知るのは、 翌日のことである。

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