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バカ殿セリス様・華麗なる日々
第7章・トラキアの旅(前編) ぼくは最近、自分の心が変化するのを感じるようになっていた。 弱い。ぼくは弱い。剣も殆ど使えない。戦えない。そんな覚悟は無い。 人なんて殺せない。戦っても、手も足も動かない。弱い。でも、ユリアは強い。 とても強い。魔法も杖も使う。必死で戦う。必死で癒す。強い。 ぼくは、ユリアが好き。気高く、上品な、強いユリアが。 好き。だから、近づきたい。ぼくも、ユリアのように…。 そんな言葉の断片たちが、雑然とぼくの心を巡回していた。 それが確固とした形を取るには、もう少し時間を必要とした。 「セリス様ー!無事でしたかー!」 抜けるような青空から少し目を下にやると、入道雲が大きく広がっていた。 さらに下、地上では、仲間たちが遠くから手を振り、次々と城門を飛び出して ぼくたちのもとに駆け寄ってきた。 ユリアと過去を見つめあったあの日から、ほぼ一週間後。 ぼくたちは、コノート城に辿り着いた。 この時、既にブルーム王は倒れ、周辺の敵勢力は掃討されていた。 ぼくたちは、精鋭部隊の確保した安全な道を進み、堂々と入城した。 …いや、本当は、歩きづめで疲労困憊になり、よろよろと城門をくぐったんだけど。 それは秘密!ともかく、こうしてトラキア半島北部の解放は成ったのである。 「ふう…。死ぬかと思ったよ。もう、あんな思いはしたくないね。」 城の廊下で、イシュタルに襲撃された時の経緯を、ぼくはかいつまんで話した。 …いや、ありのままを話すのはちょっとアレなので、多少脚色したけれど。 興味深そうに耳を傾けるアーサーとティニーの兄妹に向け、ぼくは続ける。 「やっぱり、魔法は恐いね。私も、魔法を防ぐ方法なんて何も知らないし…。」 本当は、魔法だけでなく何も防げない身ではあるが、わざわざ魔法のことを言ったのは、 やはりトールハンマーの迫力がそれだけずば抜けていたからである。 ぼくはその発動の兆候を見ただけであるが、それでも、周囲が暗黒に包まれ、 青白く光る巨大な雷光が大きく広がり…。その予兆だけで、 ぼくには十分過ぎるほどの残像を脳裏に焼き付けることとなった。 「強い魔法に耐える方法、何か無いかなあ…。 ユリアみたいに、魔法に強ければ安心なのに…。」 自分の鍛錬不足を棚に上げ、都合のいい台詞を吐く。 そんなぼくの要求に対する答えを返したのは、アーサーだった。 「魔法防御ってのは、もともとの体質による所が多いですからね。 それがなければ、魔道の勉強か、バリアリングを着けるかで補強しないと。 もっとも、バリアリングなんて、どこにあるか分かりませんけど。」 「う〜ん…。」 これでは、難しそうだ。…しかし、それに続く言葉には興味をひかれた。 「あと、マジックシールドをかけてもらう手がありますね。」 「マジックシールド?」 耳慣れない名前である。怪訝そうなぼくの表情を見て、ティニーが解説を始めた。 「これをかけられた人は、魔法への対抗力が高まるんです。 効果はずっと続きます。杖と魔道の心得があれば、使えると思います。」 「それは便利だね。ティニー、君がみんなにかければいいんじゃないかな?」 ぼくが素朴な疑問を出すと、アーサーが慌てて顔を怒らせ、割って入った。 「待った!それはダメです!ティニーに、そんな危険なまねをさせる訳には…!」 「危険?」 アーサーに首根っこを掴まれながら、聞き返す。再び、ティニーが答えてくれた。 「はい。マジックシールドを使う術者は、極度の精神集中を必要とします。 精神が乱れ、余計な雑念が入ったりすると、魔力が制御できなくなり、 術者が危険になるんです。 …フリージ家でも、仲間の魔道士が無理をしてこの魔法をかけたために、 暴走して正気を失い、ずっとそのまま…。」 そう言って、ティニーは辛そうに目を伏せた。 これは厳しい。どうも、ライブのように気楽に使える魔法ではなさそうだ。 アーサーも、講釈をたれた。 「魔法をかける奴は、相手を悪い魔力から護りたいという、強烈な思いが必要なんです。 そうでないと、集中が途切れて、暴走しちまう。 それに、受ける側も、その思いをしっかり受け入れないと。 要するに、心をひとつにすることが必要なんです。」 …心をひとつに、か。何だか難しそうだ。これじゃあ、ティニーに頼むわけにはいかないな。 どうせ、ぼくはあまり戦わないんだし。 結局、懸案はそのまま暫く放置されることとなった。 城制圧から数日の間。こりないぼくは自室にて、またしても前回と同じく、 自分勝手な計画をでたらめに立てまくっているのだった。 次は、コノート城下町でデートとしゃれ込むかな。 あるいは、近くの海岸で海水浴なんてのもいいな。でも、そろそろ秋だね。 だったら、コノートの味覚食べ歩きコースなんてのもいいね。 まあ、どんな町でも、ユリアと一緒なら楽しいに違いないよね。 今度は、もっともっとユリアとおしゃべりしちゃうんだぞ〜…。 そんなぼくの目論みは、またしても即座に砕かれる羽目になった。 今回、ぼくたちの「らう゛らう゛」計画を遮ったのは、マンスターからの使者である。 「セリス様!マンスター城に、トラキア軍が襲撃してきました! 逃亡した市民がこちらに向かっています!どうか、援軍を…!」 必死に救援を求める彼の声を、ぼくは顔をしかめて聞いていた。 一度ならず二度までも、戦いによってデート計画が頓挫したのである。 その知らせを持ってきた彼に好意的になれというのは、無理な注文だった。 いっそのこと、あてつけにこの要請を断ってしまおうか。 (そうすれば、ゆっくりとここでデートできるし…、とは、口には出さなかったが。) 会議室でそうレヴィンに提案したが、無論のこと、一言のもとに却下された。 「セリス、自分の目的を忘れたのか!帝国に虐げられている民衆を救うために、 我々は立ち上がったんだ。市民を見殺しにして、なにが解放軍だ!」 うぐ…。それはそうだ。ぼくだって、市民の立場だったら援軍が欲しいし、 それに何より、デート中に竜騎士に城まで襲撃されたら困るじゃないか。でも…。 「だったら、騎馬隊だけ出撃して、市民を保護させるのはどうかな? トラキア軍とは戦いたくないんだよ。」 …そうすれば、騎兵でないぼくたちは、デートできるから…という算段である。 しかし、この提案もレヴィンは退けた。 「ダメだ。トラキア軍は大挙して追撃してくるだろう。 こちらも全軍で叩かなければ危ない」 そのとき、ユリアが目の前を通りかかり、立ち止まった。 こちらの会話を聞いている様子である。…ならば、ここはひとつ、 博愛主義のヒーローっぽさを演出しようか。 本物のセリス様の言葉を思い出して…と。 「私達が立ち上がったのは、帝国と戦うためじゃないか! トラキアとは戦う意味が無いよ。話せば、きっと分かり合えると思う…。」 こんなことを言うと、現実的なレヴィンは、きっと 「これは戦争なんだ、戦うのがいやならティルナノグに帰れ!」とか言うんだろうな。 …と、思っていたが。 どうやら、ぼくの目があらぬ方向に泳いでいたのを、レヴィンは見逃さなかったようだ。 「セリス、誰かさんの前だからと言って、格好をつけて柄にもない台詞を吐くな!」 それは、非常に的確な反撃だった。 「でもさ…。」 なおも駄々をこねるぼくに、レヴィンは業をにやして、ため息交じりに言い捨てた。 「ならば、取りあえず市民だけ救出し、トラバントに親書でも送ったらどうだ? 停戦してともに帝国と戦おう、とな。」 …というわけで。オイフェが手紙を代筆し、 この日、ぼくたちはコノートでのデートの実現可能性を死守したのである。 しかし。せっかく守った宝物は、翌日にもっと激しい形で失われることとなった。 トラキアからの返書として、レヴィンが長々と読み上げた内容は、 要点を大づかみに言えば次のようなものであった。 「貴殿の軍には、ユリア殿という若い女性がいると伝え聞く。 同盟を望まれるなら、その証に彼女をこちらに引き渡していただきたい。 トラキア国王 トラバントより 」 レヴィンの朗読が進むにつれ、ぼくの顔が引きつり、頬が朱に染まった。 「ユリア様の身柄を要求とは…。どのような意図でしょうか。」 髭をさすりながら首をひねるオイフェに、レヴィンはもっともらしくうなずいて答えた。 「トラバントには若い側室が多いと聞く。 ユリアとも、無理やり結婚するつもりなのだろうな。」 その一言が出た直後、ぼくは勢い良く立ち上がり、びしっと指を突き出して叫んでいた。 「出兵だ!トラキアを討つ!」 それからの、解放軍の進撃は凄まじかった。 即座に市民を保護し、一週間のうちに竜騎士軍団を殲滅してマンスターを解放。 さらに一週間後には、トラキアの国境守備隊を撃破して、ミーズ城を陥落させた。 ぼくは相変わらずみんなの後を歩いていただけだが、その目には激しい炎が宿り、 足取りには執念が如実に表れていた。 これまで、常にぼくの足に合わせてゆっくり歩いていたユリアが、 ぼくに置いて行かれそうになったほどである。 「セリス様、足は大丈夫ですか?ライブは要りませんか?」 「大丈夫だ。さあ、早くトラキアに行こう!」 心配するユリアの声にも、元気に答える。 強い怒りと目的意識が、ぼくを突き動かしていた。 ミーズ占領からしばらくの後、トラキア軍の反撃が始まった。城外で激戦が繰り広げられた。 リーフ王子がアルテナ王女を説得した後、ついにトラバント王が目の前に現れる。 太陽を背に、大型の飛行竜を見事に乗りこなし、長髪を風に靡かせ、 鋭く光る銀の槍を携えたその姿は、まさに歴戦の勇者の風格があっただろう。 だが、偏見で頭が満たされたぼくには、それは単なるスケベオヤジにしか見えなかった。 リーフが馬を走らせ、トラバントの前に立ちはだかった。 「トラバント、やっと巡り会えた。私は…この日が来るのをどんなに…。」 見事に成長したレンスター王子の、一世一代の名場面だ。 だが、このシリアスシーンを邪魔したのは、他ならぬこのぼくだった。 リーフの後ろで剣を抜き、手足をじたばたさせて絶叫する。 「トラバントめぇ〜、ユリアは渡さないぞ!」 「セリス様、危険ですからお下がり下さい」と言って必死にぼくの肩を押さえる ユリアやオイフェに構わず、ぼくは怒りに身を任せて暴言を吐きつづけた。 「幼いアルテナ王女を連れ去っただけでなく、今度はユリアまで手を出そうとは、 ロリジジイめ、何てうらやま…いや、不潔なやつなんだ!許さないぞ!」 あまりの展開に、さしもの竜王も目が点になり、こちらに注意が逸れる。 その一瞬の隙を衝き、横合いから勇者セティのフォルセティが炸裂した。 墜落を防ごうと必死で体勢を立て直すトラバントに、駆け寄ったリーフの銀の槍が突き刺さる。 こうして、戦乱の時代に武勇をもって大陸全土に覇を唱えた野心家の国王は、 弁明の機会を与えられず、不条理極まる最期を遂げたのである。 ちなみに、トラバントからの返書がレヴィンによる偽手紙であったことを、 ユリア自身の言葉から知るのは、ずっと後になってからのことである。 まあ、常識的に考えれば、コノートからトラキア領内まで、 竜騎士でも片道で数日はかかるのだから、 こちらが手紙を出した翌日に返事が来るわけがない。 ぼくは、そんなことも見抜けないほど激高していたわけであり、 さらに言えば、レヴィンはぼくの心理をそこまで見抜いて、 戦いを決意させたわけである。 「こんな動機で戦われてちゃあ、トラキアの住民はたまらんよなあ…。 『ロリコン王』として名を残すとは、トラバントも哀れなものだ。」 後世の歴史家は、そうぼやいたとか何とか。 しかし、激しい正義感と多少の嫉妬心に燃えた当時のぼくには、 そんなものは知ったことではなかった。 |