バカ殿セリス様・華麗なる日々

第5章・バカ殿、至上の一日(中編)


 さんさんと照りつける夏の日差しも、まだ午前中であるためか、ほとんど暑苦しさを感じない。 いや、むしろ、アルスターの夏はカラッとした気候で、とても快適だ。
 城が陥落して数日だというのに、城下町は乱れた様子も無く、非常に活気付いている。 むしろ、祝賀ムードと言って良いくらいだ。 お忍びデートに出たぼくたちが今、歩いているのは、 城の正門から城下町外壁の門へと通じる下り坂、 そこにまっすぐ伸びる、アルスターのメインストリートである。 道沿いに多くの露店が並び、その主たちが野太い声で売り文句を競い合っている。 そこに並べられた品々を眺める客の方も、表情の明るさでは負けていなかった。

 あらゆるものが、エネルギーに満ち溢れているように感じられる。 だけど、今日のぼくの情熱は、これらのどの存在にも負けない自信があった。
 楽しい。
 ぼくのエネルギーの源に目を向け、あらためて心の底から実感する。 いつもは大人しいユリアだが、今日は何となく心が踊っているように見える。 もちろん、パティやフィーのように、早口で喋ったり大声で笑ったりするわけではないけれど、 まなこをくりくりと動かし、周囲の景色を興味深そうに眺めている。 耳を澄ませば、ユリアから小さい鼻歌の一つも聞こえてくるかもしれない…と、 そんな気にさせる表情だった。
 今日は、どんなことを話そうかな…。

 「よう、そこの兄ちゃん!」
 横合いから唐突に、ざらついた声が割り込んできた。露店の一つを出している、 短髪の男である。ぼくたちが足を止めて振り向くと、快活な口ぶりでまくし立ててきた。
 「おう、いい出物があるんだ。見て行ってくれ!…おや、女の子も一緒かい? ほらほら、二人とも見てってくれよ。嬢ちゃん、可愛いねえ。」
 その言葉に、ユリアが目をぱちくりさせる。どうやら、 こういう売り文句には慣れてないようだ。 ぼくも、いきなりそんな言葉を聞いて、ちょっと動揺する。
 「そりゃあ、当然じゃないか。見れば分かるだろ。」
 見事なまでに、わけのわからん応答である。 自分が誉められたわけでもないのに、やたらと誇らしげに胸を張って見せたりした。
 「…ありがとうございます。」
 やや遅れて、ユリアが几帳面にぺこりと頭を下げて答えた。
 こうして男の最初の攻撃を切り抜けたぼくたちだったが、 次の一撃は、ずっと直接的で強烈だった。
 「ふ〜ん、そうすっと、あんたら、恋人なのかい?」
 ぐはあっ!急所をつかれ、ぼくはまともに赤面する。両手をばたばた動かし、 しどろもどろになった。
 「いや、え〜と、そんなんじゃなくて…。そうだったらいいなとは思うけど…。 ……あ、あのいや、ユリアとそうなりたいって意味じゃなくって、え〜と、 ぼくも恋人が欲しいなって言うか、あのその……」
 ぼくがフォローに行き詰まって、絶句しかかったとき、ユリアが冷静な口調で答えた。
 「いいえ、恋人ではありません。」
 う〜ん…、ぼくは、少しだけ拍子抜けした。 ぼくがあんなにドキドキしているのに、慌てたそぶり一つ見せないなんて…。 やっぱり、ユリアには、その気は全然無いのかな…。

 ちょっと落ちこんだぼくに構わず、男は売り文句を続ける。 この店は、アクセサリーを売っているようだ。色とりどりの花を使った髪飾りが、 華やかさを競っていた。気を取り直して、ぼくはユリアに薦めた。
 「ユリア…。髪飾り、つけてみる?きっと似合うよ。」
 「へへ…お目が高いね。嬢ちゃん、これなんかどうだい? とりあえず、つけてみてくれよ。」
 そう言って男が差し出したのは、赤紫色の、どことなく優しさを感じる花だった。 ユリアは、少しの間黙って考えていたけど、やがて決心したようだ。
 「セリス様が、そう言われるなら…。」
 そう言って、髪飾りを受け取り、右の側頭部の髪の中に、茎をすっと挿し込んだ。 留め金をとめた後、すっ…と、ユリアがこちらを振り向く。 こちらをじっと見つめて、ちょっと不安そうに尋ねた。
 「どうでしょう…似合うでしょうか…?」
 そう問われたぼくだけど、すぐには返事ができなかった。 ユリアの新鮮な魅力に、改めて見惚れていたのである。
 普段のユリアは、ただ立っているだけでも、そこはかとない気品がにじみ出てくる。 でも、無表情で大人しいから、ユリアにあまり関心の無い人からは 地味な顔だと思われるかもしれない…。そんな顔立ちだった。
 それが、花というアクセントを加えることで、印象が変わってくる。 いつもの上品なユリアに、明るい華やかさが加わっていた。
 これだと、他の男もユリアに魅かれて、ライバルが増えちゃうかもしれないな…。 心の隅で余計な心配をしながら、ぼくは何も言えないでいた。
 「あの……。セリス様?」
 「あ…う、うん、ごめん。…すごく似合うよ。」
 本当は、もっとたくさんの、的確な言葉を駆使して誉めたかったけど…。 うまく表現できなくて、それに、何となく照れくさくなってしまって、ぼくは、 それ以上のことを言えなかった。

 「分かりました。では、これを買います。…おいくらですか?」
 ユリアは男にそう言って、持っていた袋に手をやった。 …って、ユリア、自分のお金で買う気だったのだろうか?あわてて、ユリアを止める。
 「待って。ぼくが払うよ。」
 「えっ…?私が買うのでしょう?…なぜ、セリス様が?」
 ユリアは心底、不思議そうに尋ねた。やっぱり、自分で払うつもりのようだ。 でも、それでは何となく男がすたる気がする。
 「いや、今日一日は、支払いはぼくに任せてよ。ぼくがきみを誘ったんだからさ。 これも、ぼくからの記念のプレゼントだと思って…」
 「でも…」
 「まあまあ嬢ちゃん、ここはこいつの顔を立てときな。 こういう時ぁ、ぽんと気前良く払うのが男ってもんさ。なあ、兄ちゃん?」
 男が助け舟を出してくれた。ユリアはよく理解していないようではあるが、 それ以上は何も言わなかったので、ぼくは無事に男の沽券を保つことができた。
 そうして店を去ろうとすると、男が、ぼくに小声で囁いた。
 「何だい、お前らやっぱり、できてんじゃねえか。うまくやれよ。」
 …最後の最後まで、心臓に悪い男であった。



 露店を去った後、ぼくたちは再び城下町をぶらりと歩き始めた。 このあたりは、ずいぶん歴史のある街なのだろうか。色の濃いレンガ造りの家が立ち並び、 壁には苔がむしていたり、蔦が絡まっていたりする。
 「ふう、何だか疲れちゃったね。」
 ぼくは、思わず口に出す。もっとも、ぼくが疲れた理由の多くは、 あの露店の男のきわどい「口撃」の数々であったのだから、 ユリアは疲れてなどいないはずだけれど。
 「はい、そうですね…」
 ぼくに合わせてくれているのか、ユリアも同調した。空を見上げると、 そろそろ日は南中しようかというところである。だいぶ、暑くなってきた。
 「そろそろ、お昼ご飯にしようか。その辺の店で食べよう。」

 ぼくたちが入ったのは、食堂と酒場を合わせたような店だった。 かなり流行っているらしく、広い店内は昼食をとりに来た客でごった返している。 普通の市民、商人風の人に混じって、傭兵っぽい客もいた。
 「お客さん、注文は?」
 席についたぼくたちに、一人の店員が早口で聞いてくる。 両手でお盆を持ちながら首だけをこちらに向けていて、いかにも忙しそうだ。
 「え、え〜と…」
 「定食でいいかい?」
 「あ、はい、それでいいです。」
 もともと優柔不断なぼくのことだし、あまり店員を待たせるのもかわいそうだ。 さっさと妥協することにした。
 「そちらのお客さんも、定食でいい?」
 店員が、今度はユリアの方を向く。ユリアはと言うと、しばらく無言で 店の壁に張りつけられたメニューをじっと見つめている。 そして、おもむろに店員に告げた。
 「魚介スープにパン、それと、鶏肉サラダを下さい。」

 店員が去った後、ぼくはユリアに尋ねた。
 「こういう食堂には、よく来るの?」
 「いいえ。子供の頃、レヴィン様に連れられて一、ニ度来たことはありますが…。 最近は、食堂には入っていません。」
 「そうなんだ…。でも、結構慣れているように見えたけれどね…。」
 「そうでしょうか?」
 …と言うよりも。忙しそうな店員のペースに押し切られず、 自分で考えて注文するところは、マイペースで、意思の強い側面がうかがわれる。 いつものユリアは動きが乏しいため、ぼけっとしているのかな…と、何となく思っていた。 だけど、こうして見ると、ユリアの心の奥は、普段から活発に動いていることがわかる。
 「きみが言っていたこと、本当だね。」
 すぐに来た料理をつつきながら、ぼくはユリアにそう言った。
 「?…何のことを言っているのですか?」
 「こうやっていると、ユリアのこと、新しいことが色々わかるな、と思って。」
 それを聞いたユリアは、スプーンを置いて、ちらっとこちらを見て言った。
 「…そうですね。」
 そう言われて、ぼくはぎくりとした。つまり、ユリアは、 「わたしも、あなたのことが色々分かりました」と言いたいのではないだろうか? そう思って、あらためて食卓を見ると、ぼくの皿の上は食べ物が乱雑に散らかっていて、 食べこぼしも多かったりする。 ユリアはと言えば…食べ終わった皿には、食べ残し一つ無く、見事に整頓されていた。 ぼくにはよく分からないが、テーブルマナーも完璧なのだろう。
 これは参った。「食事には、人間の品性が最もよく現れる」とはよく言うけれど、 ユリアを食事に誘ったのは失敗だったかもしれない。 ぼくは、とりあえず、残さず食べて後を取り繕うことにした。
 「うん、え〜と…。美味しいね、ここの料理。」
 慌ててぱくぱく食べ始めたぼくを見て、ユリアはなぜか表情を緩めた。
 「ええ。どんな物も美味しいです。」
 そう言った後、少しの間を置いて、そよ風のようにさらりと一言…。

 「好きな人と、一緒なら…。」

 えっ…!?…ぼくは一瞬、自分の耳を疑った。
 「ユ、ユリア…。好きな人って…」
 思わず、声が震える。あっ…ユリアの頬が、赤くなっているみたいだ…。 …ま、まさか、ユリアが、ぼくのことを……?
 だが、そんなぼくの期待は、あっさり砕かれる。 一旦伏せた顔を上げると、ユリアはそっけなく答えた。
 「ええ、セリス様やレヴィン様、ラナ様…どなたも好きです。 みんなと一緒ですから、わたしは最近、食事がおいしくて…。」
 がくっ…。ぼくは、思わず椅子から転げ落ちそうになる。
 「今日も、熱い料理をたくさんいただいて…。少し汗をかいてしまいましたね。」
 顔が赤かったのは、そのせいか…。人の気も知らないで、ユリアはそ知らぬ顔で 汗を拭いていたりした。

 さまざまな喜びと発見と驚きと期待と落胆を味わいつつ、楽しい時は過ぎていく。
 至上の一日は、まだまだこれからだ。



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