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バカ殿セリス様・華麗なる日々
第5章・バカ殿、至上の一日(前編) チュン、チュン、チッチッチッチ…… 鳥のさえずりが、耳に心地良い。今日、朝一番にぼくは跳ね起きた。 いつも、とことん寝起きの悪いこのぼくが、である。 昨日は、期待と興奮とでなかなか寝つけず、ろくに眠っていないのではあるが、 それでも、ついに今日という日が来たという、その充実感が膨れ上がる。 えっ、何をそんなにはしゃいでいるのかって?……よくぞ聞いてくれました。 ふっふっふ…今日こそは、このぼくの人生最高の日! ユリアとの、デートの日なのだ! で・え・と! デートですぜ、旦那!ばんばん!(←机を叩く音)どうだ、まいったか! そんなわけで、朝っぱらから、いやがおうにも顔は歓喜の色に染まり、 気合は十分過ぎるほど乗りまくり、自分の部屋で意味も無く「やあっ、はあっ!」とか叫びつつ 虚空にパンチを突き出して暴れているぼくなのであった。 でもでも、エネルギーが有り余っているんだから。これからのことを思うと、 自然に身体が踊り出しちゃうんだからさ!しょうがないじゃないか、ねえ? 「♪ユリア〜、ああ〜、ぼくの〜、かぐわしき〜…ララララ〜〜……」 今度は、とってつけたような旋律で、変てこな歌を歌い出す。 なお、歌詞の意味を解読しようとしても無駄である。 もともと、脈絡のある詩など歌ってはいない。 「♪どうして、どうしてそんなに〜、ルルル〜、その瞳よ〜、愛しい〜…」 ついに、妙な振り付けで踊りまで始めた。ちょん、とつま先で立ち、つつつ、と滑らかに 横に移動しつつ、両腕をくねくねとしならせる。 そして、あごまで届くほどに鼻の下を伸ばしに伸ばし、目には恍惚の色をたたえ、 極限まで横に伸びた口の端からは、一筋のよだれが垂れてきていた。 「ああっ、ユリアユリアユリア…!」 可憐な少女の名を叫びながら、ぼくは手近にあった毛布を捕まえ、それを両腕でかき抱く。 全力で激しく抱きしめたせいで、ユリア…、いや、毛布はくしゃくしゃに乱れてしまった。 そんな朝のひとときを、ひとしきり味わった後で、おもむろに着替えて部屋の外に 出ようとする。その時になって、ふと気がついた。 ぼくの部屋の扉が、開け放たれたままになっている。昨日、扉は閉めたけれど、 鍵はかけていなかったからね…。そこまで考えて、ぼくは、はたと思い当たる。 これはつまり…。歌声を聞いて様子を見に来た誰かに、 さっきのアレを思いっきり見られたという事ではないか……。 ぼくは、冷汗をかきつつ、さっきの光景を客観的に振り返る。 人に見られたら、目をそらされたり、 「ママ〜、あの人なんで暴れてるの〜?」 「しっ、見ちゃいけません!」 …とか囁かれそうな光景である。 下手をしたら、地域の治安維持隊か何かに、病院まで連れて行かれるかもしれない。 ……まあ、いいや。気にしないでおこう。 とりあえず、今の事は忘れることにした。 そもそも、どうやってこの幸福きわまる事態が出来したのか。 そのあたりの話もしよう。 ぼくが、ユリアからデートの約束を取りつけたのは、1週間ほど前のことだった。 その日の昼、味方が一斉に上げた歓声を、アルスター城を遠くに望む丘に構えた自陣で、 ぼくとユリアは耳にした。黒騎士アレスが、ブルーム王を倒した様子である。 「どうやら、終わったようだね。みんな無事みたいだ。」 「はい。この地の戦いも、これで収まるのですね。」 ぼくの呟きに、ユリアが答える。白いローブに、魔道書と杖を身につけたユリアは、 普段の落ちつきと優雅さを、すっかり取り戻していた。 このユリアの姿も、見慣れたけれど…、それでも、いつ見ても綺麗だ。 思わずほっとして、ぼくは口に出した。 「うん。でも、今回の戦いは、色々大変だったね……。」 そう言ってから、あっ、とぼくは口を手で押さえた。 ぼくたちが仲違いしてしまった事では、ユリアもずいぶん苦しんだはずだ。 思い出させるようなことを言ったのは、まずかったかな…と思う。 案の定と言うべきか、ユリアはしばらく動かず、俯いて押し黙っている。 どうしようかな…と、ぼくが悩んでいると、ユリアが突然顔を上げた。 「あの…セリス様。」 ぼくは、面食らった。ユリアが、自分から話し掛けることはかなり珍しい。 しかも、その声はいつにもまして凛としていて、内面の力強さが感じられた。 「ん…なに?」 ちょっとたじろいで答えるぼくを、ユリアはしっかりと見つめて、話し始めた。 噛んで含めるように、一つ一つの言葉を大切に述べる語り口だ。 「この前、セリス様は、わたしのことを、もっと知りたい、と言われましたね。」 「う、うん。」 やっぱり、あの時のことを話題にしている。でも、ユリアの表情は、 真剣だけど暗くはないので、ぼくは安心した。 「わたしが、これまでセリス様と話をしたのは、戦っている時や、その準備をしている時でした。 ですから、話していても、どうしても戦争のことが頭から離れなかったのです。」 とうとうと語るユリアに、ぼくは引き込まれる。 「でも、これから少しの間は、戦わないですむかもしれません。 戦いのことを忘れて話せば、わたしのことも、セリス様のことも、 もっと良く分かるのではないかと思います。」 …なるほど!ユリアの明晰さに、目からうろこが落ちる思いがした。 確かに、これまで、ぼくたちは戦い続きだった。 戦争を離れて、日常を共に過ごせば、また一味違ったお互いの姿が見られるだろう。 …となれば、ここでぼくが言うべきセリフは一つしか無い。 「ねえ、ユリア。アルスターを制圧したら、ゆっくり時間を取って、 街中を二人で歩かない?戦争なんか忘れて、じっくり楽しもう。」 ユリアの言葉に上手に乗って、デートに持ちこむ作戦は、見事に成功した。 「はい。」 「ユリアは、どんな店が好きなのか、知りたいな…。」 こうして、今日という日を迎えたのである。 朝食を取りながらオイフェに今日の予定を告げると、彼は顔をしかめて忠告してきた。 「考え直してください。セリス様がうかつに城下に出られては、混乱が…」 だが、もちろんその程度の言葉で思いとどまるぼくではない。 「セリス様、アルスター城を制圧したと言っても、まだ敵軍の残党が 残っているやも知れませぬ。危険ですから……」 なおも言い募るオイフェに向かって、ぼくはうるさそうに手を振る。 「戦闘用の服は目立つけど、今日は二人とも普段着で行くからね。 大丈夫、みんな気づかないって。」 紅茶を飲み干したぼくは、そう言い残して席を立ち、そそくさと部屋を去っていった。 「セリスが危険な目にあわないように、監視をつける必要があるな…。 それに、朝っぱらから奇声を上げて踊り狂う奴のことだ。 血迷ってユリアに手を出さないように、という意味でも監視を…」 去り際に、部屋にいたレヴィンが小声でそんな事を口に出した…かも知れない。 …良く聞こえなかったけれど。 さあ、お待たせ。いよいよ、今日のメインイベントの始まりだ。 デートの始まりと言えば、「待ち合わせ」。もちろん、ユリアの部屋は知っているから、 ぼくがそこに行っても良いんだけど、そこは、折角の初デートだからね。 やっぱり、城の入り口で待ち合わせ…という方が、雰囲気が出るでしょ?ね。 ぼくが時間通りに城門まで来るとすでに、門の陰にユリアが来ていた。 ここはひとつ、「だ〜れだ?」作戦で行こう! 背後から近づいて、ぱっと両手でユリアの目をふさぐという、アレだ。 「えっ…セリス様?」 「あはは、ばれたか、ユリア。良く分かったね。」 「ええ、セリス様の声なら、すぐわかります。」 「きみにそう言ってくれると、嬉しいな。」 …なんていう会話が展開されるんだろうな。う〜ん、これはいい。 夢想を終えたぼくは、さっそくユリアを見て、ふと気がついた。 ユリアが、じっとこちらを見ている。…これでは、大作戦は実行不可能であった。 「や…やあ。」 「おはようございます。」 結局、ぼくの最も華々しい一日は、平凡な会話で始まったのであった。 「セリス様…今、そこでわたしを見ていたようですが…。」 「う…うん。」 …開始早々から、痛い所をついてくるユリアである。 「…何か、考えていたのですか?」 「いや、えーと、何でもないよ。」 ぼくはそう言ってごまかそうとしたが、ユリアは引き下がらない。 「いけません、セリス様。お互いのことを知り合いたいと、言っていらしたでしょう? 何を考えていたのか、話してください。」 ……!…そう来られると、ぐうの音も出ない。ユリアの眼光に射すくめられ、ぼくはとうとう、 不発に終わった「だ〜れだ?」作戦の全容をユリアに説明するはめになってしまった。 「それは面白そうですね。でも、いきなり目をふさがれたら、驚いてしまいます。」 やはりこういう遊びには慣れていないのか、ユリアはそんなことを言ってくる。 「相手を驚かせるのも、楽しみの一つなんだけどな…」 ぼくが笑いながらそう言うと、ユリアは意味ありげにちらっとこちらに視線を走らせた。 ただでさえイザークより温暖なアルスター、しかも今はすっかり夏だ。 あたりの木々に青々と生い茂る葉に、光る太陽がまぶしい。 今日のユリアは、白い半袖の薄い布地の服に、膝ぐらいの丈を持つ薄い水色のスカート。 ぱっと見には、そのへんの一般市民と変わらない衣装だけど…そこは、やっぱりユリア。 シンプルな中にも、気品がある。 いつも袖や裾の長い服を身につけているユリアだけに、 今日みたいに短めの服装は新鮮だ。いつもより、少しだけ快活に見える。 きっと、楽しい一日になるだろう。 「さあ、行こう!」 「はい。」 ぼくたちは、これからへの期待を胸一杯に膨らませて、 活気溢れる町へと歩き出していった。 |