|
バカ殿セリス様・華麗なる日々
第4章・生命の価値は(後編) 「あ?…う、うん、その作戦でいいよ。」 一週間前のダーナ攻略戦の時と同じセリフを、ぼくは無気力丸出しで呟いた。 このテントの中にいるのは、三人。ぼくとオイフェとレヴィンが、アルスター城攻略のための 作戦を練っていた。…と言っても、ぼくは相変わらず何もしていないけれど。 今ここに、ユリアの姿は無い。あの雨の日以来、ユリアはぼくの前に姿を見せなくなった。 たまに、偶然出会うこともあるけれど、そんな時はすぐに、お互いに目をそらしてしまう。 そのたびに、ぼくの胸がきりきりと痛む…。そんな日々が続いていた。 ぼくはあれ以来、一度も前線に出ていない。聞けば、ユリアもそうみたいだ。 ユリアの調子が悪いので、ここのところ戦いを休ませているという。 ユリアに、何とか話しかけて、元気にしてあげたい。でも、何をどう話せば良いんだろうか? いくら考えても、それが分からなかった。 もう、どうでもいいや…。そんな捨て鉢な気分と、それでもユリアを思う苦しみと。それらが ぼくの胸に交錯しつづけ、とても他のことに気を回せる状態ではなかった。 そんなぼくに、オイフェが渋い顔で語り掛けた。 「…セリス様。最近、お気持ちが乱れているようですな。何かあったのですか?」 …ぎくっ。さすがはオイフェである。「何か」どころか、ぼくにとっては重大事件が ありまくりなのだ。オイフェはさらに続ける。 「セリス様が落ちついておられないと、我々としても安心して戦えませぬ。 これはゆゆしき問題ですぞ。」 そう言われて怯むぼくに対し、机のむこうで腕を組んでいたレヴィンが厳しく語る。 「こんなやつに指導者など任せられんな。レンスターのリーフ王子と合流したら、 彼に指揮をとってもらおうか。そうすれば、セリスなどに用は無い。放り出すぞ。」 ぐっ…。これはきつい。でも、その方が、ぼくには安全かもしれない…。 どうせユリアに嫌われるんだったら、いっそ…、遠く離れた方が…。 そんな思いが頭を掠める。その時、ぼそりと…だけど鋭く、レヴィンは言葉を投げかけた。 「…セリスは、何のために戦争をしているんだ?」 ぼくは、脳天からつま先まで、雷で貫かれたような衝撃を受けた。 自分が今、直面している問題の根本は、ここにあることをぼくは悟った。 しばらく硬直していたぼくは、やがて二人に向き直った。 「オイフェ、レヴィン…ごめん、今すぐには答えられない。 これから考えるから…。あとで、必ず答を出すよ。」 言うが早いか、ぼくは外へ走り出していた。 その後、ぼくは、みんなに「戦う理由」を聞いて回った。 別に、他の人の言葉をパクろうと思ったわけではない。 ただ、みんなの「強さ」を確認したかっただけだ。 ラクチェは言う。 「私が14歳の頃、村で一緒に遊んでいた友達が帝国兵に襲われて、殺されたでしょ…。 私は、あのときの彼女の無念、絶対に忘れない。あんな…、あんなことをする帝国のやつら、 絶対に許せないよ!だから、私は強くなって、戦おうって、スカサハと誓ったんだ。」 ラナの理由は…。 「帝国兵は、あちこちの町や村で略奪をしていました。村の人がせっかく育てた作物を、 容赦なく奪って行って…。その酷さは、毎年どんどん厳しくなって…。 食べ物もほとんど無くなって、もう生きていけない人も多いの。でも、このまま何もしないで 死ぬのは嫌だから…。」 アーサーは。 「妹と会いたいと思ってな。で、一緒に来たフィーが戦うって言うから… なら、ついて行こうと思ったんだ。それに、おれの目には、お前たちの方が 帝国のやつらより正しいように見えたからな。おかげでティニーに会えたぜ、ありがとう。」 みんな、きっぱりと答えてくれた。惑うことなく、腰の据わった覚悟がうかがえる 口ぶりが、ぼくにはとてもまぶしく映った。 ぼくは、自分とみんなとの違いを、はっきり思い知った。 ぼくが弱いのは、「戦う理由」が無いからなんだ…。 翌日。ぼくは、ユリアとの問題にけりをつけるために、立ち上がった。 味方の陣の奥で、ひとり佇むユリアに近づく。向こうに広がる曇り空を見ているユリアは、 まだこちらに気づいていなかった。 ユリアに話しかけようとするが、なかなか喉から声が出てこない。 ぼくは、もう完全にユリアに嫌われているかもしれない…。不安が、ぼくを 押しつぶすようにのしかかってくる。ぼくの話を聞いてくれるのかどうかも分からない。 話をしても、ユリアを、もっと辛くしてしまうだけかもしれない。でも…。 ユリアのために、ぼくができること。それを信じようと、ぼくはあらためて決意した。 深呼吸したぼくは、ありったけの勇気を振り絞って叫んだ。 「ユリアっ!」 その瞬間、ユリアの体全体が、びくっと震える。ユリアは、こちらを振り向くなり、 いきなり逃げ出そうとした……ように見えた。 だめか…ぼくは一瞬そう思ったけれど、ユリアは思い直したように足を止め、 そして、ぼくを見つめて言った。 「はい…セリス様。」 その声は、とても硬かったけれど…、以前と同じぬくもりが、奥に感じられた。 ユリアも必死で思い悩んでいたことに、ぼくはこの時気づいた。 「ユリア、ごめんっ!」 「セリス様、ごめんなさい。」 ごつんっ! 3つの音が、同時にその場に出現した。陣地の裏手に二人で行って、話を始めようとした 矢先のことだ。 最初の声は、もちろんぼくのもの、それに重なる声の主はユリアだ。 そして、最後の音は…。ぼくたちが、同時に勢いよく頭を下げたせいで、 お互いのおでこを豪快にぶつけてしまったのである。 「あっ…ご、ごめん。大丈夫?」 ぼくは、慌ててあたふた動き回る。全く、ぼくはなんて間抜けなんだろうか…。 でも、心のどこかで、かすかに喜びがこみ上げてきていた。 「は、はい…。セリス様こそ、お怪我はありませんか?」 ユリアが、驚きを含んだ…つまり、生き生きとした声で聞いてくる。 「うん、大丈夫だよ。」 そう言いながらも、ぼくはこの出来事の可笑しさに、吹き出してしまった。 ぼくが腹を抱えて笑うのにつられて、ユリアもくすくすと笑う。ひとしきり笑った後、ぼくは ふと思い出した。 「ユリアがそんなふうに笑うのを見るのは、初めて会ったとき以来だな…。」 「ユリア、ごめんね。ぼくが弱いばかりに、ひどいことを言ってしまって…。」 近くの切株に二人で腰を下ろした後、ぼくは、ユリアに、自分の考えを懸命に伝え続けた。 なぜ、あんなことを言ってしまったのか。 ぼくは、自分たちが「戦争」をしているという事を意図的に忘れていたのだ。 戦場で、なにもできない自分の無力さを痛感し、 ライザの、自分を殺す意思をはっきり持った鋭い視線に射すくめられた。 そして、ロングアーチの太矢が一瞬でぼくに迫り、腕を貫いた。 あまりにも強烈な体験は、ぼくの心に、これまで全く実感の無かった 「死」への恐怖を、深く刻み込んだのだ。 ぼくはこれまで、この戦いをまるでゲームのように捉え、 自分は戦争の当事者だという意識を全く持たなかった。 今、過酷な現実を思い知らされたぼくは、死を恐れ、戦いを恐れた。 そして、自分には無い覚悟を持っている者…「ユリア」をも、ぼくは 恐れてしまったのだ。矢傷がトラウマになり、ぼくはただひたすら死を忌避した。 ぼくは、嫉妬していたのかもしれない。ユリアの強さに。みんなの強さに。 自分だけが、取り残されているように感じて。 ユリアが、必死でぼくを守ってくれたのに。つきっきりで看病してくれたのに。 そこに、自分には無いユリアの力を見て、妬んでしまった。 ユリアの気持ちを否定するようなことを言ってしまったのは、ぼくの弱さだった。 「今まで、心のどこかで、ユリアは虫も殺さないような清純な女の子だと思っていたかも 知れない。でも、戦争中にそんなことを言ってはいけなかったね…。」 ぼくをじっと見つめてそれを聞いていたユリアは、やがて静かに首を振った。 「いいえ、セリス様のお気持ちも分かります。戦争は、多くの人の命を奪う…。 それは、生き残っているわたしたちが常に覚えていなければいけない事ですから…。 わたしこそ、セリス様を傷つけてしまったみたいで…本当にごめんなさい。」 「ユリア…。」 それ以上、ぼくは言葉を継げなかった。ユリアがこんなことを言ってくれるのが、 ぼくには有り難くもあり、自分が恥ずかしくもあった。 ぼくは、自分が戦えなかった理由を伝えた。ぼくが弱いのは、 剣をまともに扱えないからではない。戦いに、腹をくくっているかいないか。それこそが、 ユリアを含むユグドラル大陸のみんなと、ぼくとの決定的な違いだったのだ。 「ぼくが弱いのは、『戦う目的』をなくしているからだよ。 だから、あんなことを言ってしまった。 一度、ユリアがなぜ戦うのか、聞かせてくれたことがあったね。砂漠で…。」 ユリアは、記憶を無くしたまま、自分の正体が分からないまま、戦っている。 それは、素性の分からない自分を信じて、仲間として受け入れてくれたぼくたちの中で、 自分も役に立ちたいからだと言っていた。ユリアは、自分が貢献できる「居場所」が 欲しかったのだろう。そして、ぼくを助け、ライザを倒したあの場面は、確かに ユリアが、ぼくたちのために貢献できた場面だった。 ためらいなく相手を倒していなければ、ぼくは殺されていただろう。 そのユリアの働きを否定することは、この軍という居場所を見つけたはずの、 ユリアの存在意義を否定することにもなりかねなかった。ぼくは、そのことを謝った。 「ユリアが戦ったのは…そして、倒れるまでぼくを看病してくれたのは、そんな 必死な思いがあったからだって、今になって気づいたよ。だから…。 もう、戦いで人を殺すな、なんて絶対に言わないよ。みんなで、戦っているんだから。」 「戦うのは、つらいことですけれど…セリス様たちのためと思って、戦ったのです。 だけど…ごめんなさい。」 「えっ?」 「セリス様はわたしを心配してくださったのでしょう? この魔道書をわたしに下さったとき、無理をしないでと、確かにセリス様は言っていたのに…。 …それを守れなくて…。」 答えるユリアの視線が沈みがちになる。ぼくは、ユリアをじっと見て、感謝の言葉を述べた。 「いや、きみのおかげで、ぼくは生き残れたんだ。今なら言えるよ。 本当にありがとう、ユリア。…それからあと、今のぼくは弱いから、できるだけ 最前線には出ないようにするよ。また、ユリアに大変な思いをさせたくないからね。」 ユリアは、納得してくれたようだった。ぼくが差し出した手を、握ってくれた。 本当は、重要な問題は何一つ解決していないのだけど。ぼくが戦う目的も分からず、 戦闘ではユリアのために何もできない状態も変わらず。でも、それでも、ユリアは これから暫くぼくと一緒にいることを認めてくれたようだ。 二人の違いは、これからゆっくりと埋めていけば良い…。そう思った。 ぼくは、ユリアの手を目の前に上げ、両手で握り、そして静かに告げた。 「ぼくは、きみのそばにいたいんだ。」 ユリアが、きょとんとした表情になる。目が少し見開かれて、握った手がわずかに 熱を帯びたような気がした。ぼくは、さらに続ける。 「ぼくは、ユリアといれば、強くなれるんだ。はじめてきみと出会ったとき、 ぼくはきみを守りたいと思った。砂漠で手をつないだとき、それまでの疲れが 嘘みたいに消えて行った。だから、今度は、ぼくがユリアを強くしたい。 この前みたいに、きみの気持ちを知らないで、傷つけてしまうのは嫌なんだ。」 おこがましいけれど、ぼくの心から涌き出てくる言葉だった。 ユリアは、微動だにせず、ぼくの話を聞いてくれている。 「だから、きみのことを、もっと知りたい。ぼくのことを、もっと伝えたい。 お互いをもっとよく知れば、今回のような悲しいことも、なくなると思う。 違いを乗り越えて、そしてまた、二人で強くなれると思うんだ。 それに、きみといれば、ぼくの『戦う目的』が見つかる…それだけじゃなくて、 『生きる目的』が見つかるかもしれない…。そんな気がするんだ。 だから…。これからも、二人でいろんなことを話そう。…いいかな、ユリア?」 傍から見ると、愛の告白のようだけど。ぼくには、そんなつもりは無かった。 恋人になってほしいとかではなく、ただ、これからも話をしたいと言ったのである。 「……はい。」 ユリアは、初めて会ったときと同じ、あの笑顔を見せてくれた。 天使でも女神でもない、一人の強い女の子の表情を。 「私は、ユリアの側にいたいから、彼女の行くところに付いていくよ。 ユリアは、みんなと一緒にいたいって言うから、私もみんなと一緒にいることにする。 なぜ戦うのかは…、これから考えるよ。とりあえず、今は後方にいるから。」 本営に戻ったぼくは、レヴィンとオイフェにそう告げた。みもふたもない結論だけど、 これが本心だ。追放するなら勝手にしろ、それでもぼくはユリアを追うよ…というのが、 言外にある。 「さんざん考えて、出た結論がそれか、この腑抜け!」 レヴィンが一喝する。オイフェも、苦笑するばかりだったが、なぜか 二人とも本気で怒ってはいないようだった。意外にも、ぼくの口調に説得力があった ようである。 「セリスにふさわしい称号をやる、これからは『バカ殿』を名乗れ!」 レヴィンの提案に、オイフェは爆笑する。 「レヴィン殿、それはあんまりではないですか?」と、後から付け加えた。 ぼくは一言、「いいよ」と言い残して、テントを去っていった。 その夜。久しぶりにぐっすり眠ったぼくは、再び、宇宙空間を漂う夢を見た。 でも、今度はもう迷わない。強い光を放つ星を見つめ続けるには強い心が必要なことを、 ぼくは学んでいた。目指す恒星を、まっすぐな眼で見据える。 ユリア。 ぼくの一等星に、いつか、たどり着けるのだろうか…それは分からない。 でも、どんなに苦しくても、二度と見失わないように、一直線にそこに向かって飛ぶんだ。 そう、固く心に誓った。 今日、ぼくは、「夢」を取り戻した。 |