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バカ殿セリス様・華麗なる日々
第4章・生命の価値は(前編) イード神殿を出立したぼくたちは、平地で待っていたみんなと合流した。 ちなみに、帰りはユリアの手を握ってはいない。シャナンとパティの姿を見たとき、 何となく照れくさくなってしまって、手を離してしまったのだ。 ユリアはその時も表情を変えなかったから、どんな気持ちだったのかは分からないけれど…。 ダーナ城の南方の平地に張った陣の中で、ぼくはレヴィン、オイフェとユリアとの四人で 次なる目的に向かって作戦会議を行っていた。 ぼくたちの次の目的は、メルゲン城の攻略ということになった。 「ということになった」とかいう言葉は、いかにも他人任せで無責任な気がするが、 実際その通りなのだから仕方がない。 レヴィンの案にオイフェが同意したり、参考意見を言う。それで、作戦の概要は 決定する。ぼくが口をさしはさむことなど、あるわけがない。 結局のところ…、作戦会議では、ぼくは暇なのだ。 こんなときのぼくの行動は、言うまでもない。ぼくは、自分の横に静かに座している 彼女の、たおやかな姿をじっと見つめていた。 砂漠の旅を終え、身なりを整えたユリアの姿を目の当たりにして、ぼくは改めて そのあでやかさに驚いていた。きちんと背筋を伸ばして座り、両手を膝の上に置き、 澄んだ瞳でじっと会議を見守っている。ただそこに座っている、それだけで、 ユリアの持つ気品が自然ににじみ出てくるのだ。 こんな、こんな人と、ぼくは手を握ったのか…二人で砂漠を歩いたのか…! 心にじわりと感動が甦る。この前の出来事に思いを馳せ、ぼくは 自分の手に確かに残る感触と、その時の天にものぼる気持ちを再確認していた。 そして、いつしかぼくは思いっきり顔をにやけさせて、「もう一度ユリアと 手をつないで歩こう。今度は花咲く野原を…」などと、自分だけの世界に没入していた。 「……というわけだが、セリスの意見は?」 「ほへ?」 ぼくを現実に引き戻したのは、レヴィンの声だった。まったく、人がせっかく 秀麗なる美を鑑賞して夢想への旅を楽しんでいるのに、邪魔しないでほしいものだ。 ぼくは、つい不機嫌に聞き返してしまった。 「一体何のこと?私に何の意見を聞くっていうの?」 それを聞いたレヴィンが、たちまち烈火のごとく怒る。 「セリス、人の話を聞いていなかったのか?作戦会議をなんだと思っている!」 オイフェは、慌ててその場をとりなし、ぼくに説明を始めた。 その内容は、ぼくの意表をつくものだった。 「これまで、セリス様は後方にいらっしゃいましたが…いささか戦場から遠すぎますな。 これでは、最前線の者たちに連絡をとることもままなりますまい。そこで、今回の作戦では セリス様に直接みなの指揮をとって頂こうかと…。」 その提案に、ぼくはあからさまにたじろいだ。最前線と、声で連絡を取れるほどの距離…、 それはすなわち、敵が短時間で近づき、こちらに攻撃できる距離でもあるのだ。 ぼくは、そんな所にのこのこ歩いて出て、この身を危険にさらすほどの 勇気も度胸もなかった。 「なぜ、戦えない私が戦場まで行かなければいけないの?」 そう、疑問を口にする。…言葉にしてみると、単なる腰抜けの台詞にも聞こえるのだが、 この際気にしないでおこう。ともかく、オイフェは丁寧に答えてくれた。 「セリス様には、部隊を指揮する戦術の数々を、長きにわたってこの私からお教えしたでは ありませんか。戦場においてセリス様が、臨機応変、逐一適切に部隊に指示を与えることにより、 我々はより引き締まった戦いをすることができるのですぞ。」 …思い出した。「指揮官効果」だ。本物のセリス様は指揮官レベルを☆3つ持っていて、 その近くにいる仲間に、支援効果を与える。オイフェは、そのことを言っているのだろう。 だが、当然、ぼくにそんな戦術知識は無い。てきとーに指示してみたところで、かえって その場を混乱させるだけだろう。 「あ、それも無理なんだ。オイフェに教わった戦術理論も、忘れてしまったよ。」 オイフェの半生の全てを無に帰す事になりかねない言葉を、ぼくはあっさり口にした。 「ちょっと待たんかい!何だ、その『忘れた』というのは!」 レヴィンからのつっこみが入る。オイフェは、目が点になっている。 「セリス、どうしても戦場には出たくないようだがな…。」 レヴィンはぼくを指差してそう言った後、しばらく黙った。次の言葉を考えているようだ。 …やがてレヴィンは、視線をぼくの隣に移した。ぼくも、そちらの方…、ユリアを見る。 「ユリアは、最前線近くで負傷者の回復にあたってもらう。戦況によっては 敵兵の相手をしてもらうこともあるだろう。セリスは遠くで見ているそうだから 別行動になるが、良いな?」 「ちょ…、ちょっと待って!」 ユリアが「はい」と答えるよりも早く、ぼくは椅子から立ち上がって叫んでいた。 ユリアと離れ離れになる…?そんなことが、許せるものか!ユリアと一緒にいたいという願いが、 ぼくの頭の中から戦場の危険への恐怖をあっさりと追放した。 「やっぱり、私も行くよ!ユリアの側に………、じゃなくって、みんなを戦わせて、 私だけが隠れているなんて、できないからね。」 「そうか」と言って、レヴィンがにやりとほくそ笑んだ。 …どうやら、レヴィンのしかけた罠にまんまとはまってしまったらしい。 ユリアの名前を出せば、ぼくが動く…。単純だが、これほど有効な手はない。 ぼくとしても、ユリアと一緒にいたいというだけ態度を変えたのではない。 ぼくの言動があまりにへっぴり腰ではユリアに嫌われないかと、心配になったのだ。 思えば、これも分不相応な強がりだったのかもしれない。…そんなぼくを、 少し陰りのあるユリアの紫の瞳がじっと見つめていた。 翌日。みんなに出陣の号令を下したぼくは、先発隊を見送った後に、ユリアに近づいた。 ちなみにさっき、パティがぼくに勇者の剣を渡そうとしていたけれど、 ユリアの前で「剣が重くて持てない」という無様な姿を見せるのはちょっと…、という わけで、丁重にお断りしていた。 「じゃあ、行こうか、ユリア」 「はい、セリス様」 ユリアはぼくに応えるが、どうも足取りが重い。なにか心配事でもあるのだろうか、 それとも、やはり戦争が辛いのだろうか…。 ぼくは、ユリアを元気付けようとして、つとめて明るく声をかけた。 「ユリア、大丈夫だよ。ぼくがきっと、きみを護るからね。」 …だけど、ユリアの声は晴れなかった。 「…セリス様、どうかお気をつけて…無理をなさらないで下さいね。」 そして、激戦が始まった。 敵は、ライザ将軍の率いるアーマー・魔道士の混成部隊だった。ぼくは、最前線から 百メートルほど後方で、戦況を見守っていた。剣が鎧を叩く鋭い金属音が響き、 雷撃魔法の鋭い光が目をくらませる。…ぼくの目の前で、まさに繰り広げられている 「戦争」という現実の厳しさに、ぼくはしばし目を奪われていた。 スカサハとラクチェがアクスアーマーを斬ったところから始まった戦い。 そこに弓を射掛けた敵のアーマーは、横合いから切り込んで来たデルムッドの斬鉄の剣によって 屠られた。左の崖沿いでは、敵の魔道士がサンダーを放ち、鋭い雷光がヨハルヴァを撃つ。 すかさずラナが回復にあたり、魔道士は後方から飛来した天馬騎士フィーが片付けた。 右手では、オイフェが壁となって敵の槍を懸命に防ぎ、その後からアーサーが鋭い 風魔法で敵を仕留めていった。…これら一つ一つに、剣戟の音が、断末魔の叫びが 付きまとい、ぼくに現実を見せつけていった。剣技に自信が無いと言っていたパティも、 最前線のシャナンの横でちょろちょろと動き回って、お金を掠め取っていた。 みんな、文字通り一所懸命に戦っている。でもぼくは、何もできなかった。 …動けないのだ。何をしていいのか分からない。あれよあれよと言う間に、どんどん 戦いが進んで行く。ぼくは、ただここが最前線にならないことを祈り、自分が狙われたら すぐに逃げられるようにきょろきょろと周囲を見回すだけだった。 だいぶ敵が少なくなってきた。そろそろ終わるかな…と、ぼくは思う。 だが、その見込みは甘かった。この陣に近づいた手負いの女将軍がぼくを見て、 にやりと笑った…ような気がした。そして、彼女の手がこちらを指し、 唇がかすかに動く…。その光景は、ぼくの心胆を寒からしめるに十分だった。 これが、戦争…。 ぼくの背に、ぞくりと戦慄が走る。足が、がくがくと震える。体が動かない…。 ぼくは、何もできないまま、ここで死ぬのか……? だがその時、ライザ将軍の顔に驚愕の色が現れた。次の瞬間、ぼくの目の前に 人影が鋭く走りこんできて、ぼくとライザの間を遮る。紫の髪、白のローブ、 手に持つ魔道書…。それはまさしく…。 ユリアだ!彼女は、間髪を入れずその口から呪文をつむぎ出し、天に掲げた両手を 勢い良く振り下ろして叫んだ。 「リザイア!」 ライザの周囲に赤い大きな光が集まり、それがユリアに向かって走る。ライザはうめき声を 上げて膝をつき、そのまま大地に倒れ伏した。 ……額に汗を浮かべ、肩で息をするユリアの横顔を、ぼくは驚きをもって見つめていた。 凛とした瞳が持つ光の強さ、呪文を唱える流麗な口調、動作の素早さ、 そして呪文を放つ時の声の鋭さ。 そのどれもが、ぼくのイメージを変えるものだった。これがあの、おとなしいユリアか…。 信じられないが、これもまたユリアの一面なのだった。 「セリス様、ご無事でしたか?」 ぽかんと口を開いているぼくに向かって振り向き、ユリアが語りかけて来た。 その時にはもう、いつもの静かな表情とやさしい眼差しを取り戻している。 声色も、全く落ちついたものであった。 「あ、ああ…ユリア、ありがとう」 ぼくは、上ずった声でユリアに礼を言った。でも、気が動転しているのは 隠しようが無かった。 「じゃあ、行くよ」 そう言って、ぼくはメルゲン城方面へと走り出していた。…何故そんな事をしたのかは、 ぼくにも分からない。ユリアの前で何もできないでいる自分が嫌で、とにかく何か 行動したかったのかもしれない。…いや、そうではなく、 目の前のユリアの現実から逃げたかったのだろうか。 それが、大きな間違いだということを知ったときは、既に遅かった。 戦いは、まだ終わっていなかったのだ。 「セリス様、危ない!」 「ロングアーチが……!!」 周囲から、緊迫した声がかかる。 その声に、ぼくが空を見上げたその瞬間。 はるか彼方から飛来した鋭い矢が、ぼくの右腕を深々と貫いていた! |