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バカ殿セリス様・華麗なる日々
第2章・心は霧の中 「光いぃぃぃ!光の魔道書おおおぉぉぉぉっ!」 寝起きの悪い住民は、そのヒステリックな叫び声の主に対して石を投げたくなったであろう…。 イザーク城下町の平和な朝に添えるアクセントとしては、その声はやや過激すぎた かも知れない。しかし、当時のぼくはそんなことは一切気にせず、ただひたすら絶叫し、 まなじりを決してそれを探し続けていた。 事の起こりは、20日ほど前にさかのぼる。 その日、ヨハンの騎馬隊を相手にすべく野営をしていたぼくは、ふと、 ユリアが所在なげに立ち尽くしているのを見かけた。周囲にも人は居るが、夕食の準備などで 忙しいらしく、ユリアを見ている人は誰もいない。 この機会に、ぼくはユリアに声をかけることにした。「お前も君主なら、女に声をかけたりせず、 黙って自分の仕事をしろ」等とは言うなかれ。仲間たちとの積極的な交流を図るのも、 解放軍盟主の仕事のうちである。理論武装は完璧だ。 (「ユリア以外に自分から話し掛けたことがあるのか」とは言わないでね、お願い…。) 「ユリア…。」 まだまだ緊張感とぎこちなさの取れない声で、ぼくは話しかけた。 「セリス様…。」 彼女は、無表情でぼくの方を向いた。 「えーと、その、ちょっと時間ある?話をしても良いかな?」 「はい、何でしょうか?」 「え?いや、その、何と言うか…。」 …困った。いつも、この調子なのである。ユリアは、口数がかなり少なく、その上 感情を表に出さない。自分から話題をふることなど、滅多に無いのだ。 一方、ぼくはと言えば、ユリアを意識しすぎるあまり、あがってしまって、頭の中に 話題が浮かんでこなくなる。さんざん迷った挙句…。 「あ…、えーと、いい天気だね…。」 「ええ…、そうですね。」 …こんな会話をするのが、関の山である。 しかも、どんな話をしても、ユリアは大きな反応を見せない。怒るでもなく、笑うでもない。 あの、初めて会話をした日以外、ユリアが表情を変えるのを見たことが無いのだ。 無表情で、ただじっとぼくを見ている。これを見ると、ぼくは底知れない不安に駆られるのだ。 今の話は、ユリアにとってつまらなかったのではないか。 何の意味も無い会話をして、退屈させてしまったのではないか…。 そう思うと、ぼくの心は巨大な迷宮に入り、堂々巡りを続けてしまうのである。 初めての会話であれだけ打ち解けたのに…。やはり、そうそううまく行かない ものなのだろうか。ぼくは、ユリアと話せるだけでも幸せではあるのだけれど…。 今日もまた、いつもの繰り返しになってしまうのだろうか…。そう思い悩んでいたぼくの目に、 ユリアの手に握られたひとつの杖が目に入った。 これまで、ユリアは杖など持っていなかったと思うが…。 ともかく、これは絶好の話題である。ぼくは、ここを突破口に定めることにした。 「ユリア、その杖はどうしたの?」 「これは、リライブの杖です。ラナさんに頂きました。」 ユリアは、相変わらず無表情で答える。だが、わずかながらその声には活気が感じられた。 「ラナが?…それは良かった。」 「はい、これで私も、みなさまのお役に立てますから。」 ぼくは、その一言に、逆に不安に駆られてしまった。思わず、それを口に出してしまう。 「ユリア、大丈夫?回復担当とは言え、前線に出るのは危険だよ。」 「いえ、大丈夫です。」 そうは言っても、心配になる。ぼくは言葉を続けた。 「ユリア、きみはレヴィンからぼくたちに預けられた身だから、無理をしなくて良いんだよ。 それに、…ぼくはユリアを……。」 …絶対に失いたくないんだ、と言いかけたが、うまく口から言葉が出てこない。 それに対し、ユリアは静かに、だがきっぱりと言い切った。 「大丈夫です。みんなが頑張っているのに、私だけかくまわれて 何もしないわけにはいきません。私は、ここにいる人達のお役に立ちたいのです。」 この責任感の強さに、ぼくは感動した。やっぱり、ユリアは素敵だ…。 その感情をうまく表せず、ぼくは別のことを喋っていた。 「ユリアは、杖が使えたんだね。」 「はい。私は巫女ですので、光の魔法と杖を使えます。」 …その言葉に、ぼくは敏感に反応した。…これだ!ラナを見習おう。 ただの会話でなかなか二人の仲が進展しないならば、次に打つべき手は 「プレゼント大作戦」である。 女丈夫のアイラ王女でさえ、贈られた勇者の剣には心を動かされたと言うではないか。 ユリアが持っているのは、今のところ杖だけのようである。ならば…。 こうしてできたぼくの計画が、イザーク城下町の晴れ渡る空の下、 今まさに実行に移されているところなのであった。 「無いねぇ…。悪いな、兄ちゃん。」 刀傷が威圧感を与えるこわもての武器屋の親父は、そう言って首を横に振った。 普段のぼくなら、その人相に圧倒されて、何も言わずに引き下がっていたであろう。 しかし、この時のぼくは「大作戦!」のことで頭がいっぱいで、それ以外の物事に 気を配る余裕を無くしていた。 「なぜ、なぜだ!武器屋なら、一つぐらい置いていてくれてもいいだろう!」 ぼくはその親父に詰め寄り、あまつさえ肩を掴んでがくがくと揺らした。 「そうは言ってもよう…。光の魔道書なんて、そう滅多に有るもんじゃないんだぜ。 そもそも光魔法を使うやつなんざ、そんじょそこらにゃ居ねえからな。」 ぼくの剣幕に押されつつも、親父は困惑の表情で首を振るばかりである。 「ああっ、分かった、もういいよ、この役立たず!」 光の公子にあるまじき、失礼千万な台詞を残して、ぼくはその店から走り去って行った。 「光の魔道書おおぉぉ!」 再び、街中に叫び声が響き渡った。 同じことを、何回繰り返しただろうか?城下の全ての武器屋を回った挙句、 何の収穫も無いまま、ぼくは夕暮れのイザーク城に帰り着いた。 心配そうに出迎えるオイフェに、「何でも無いよ!」と怒鳴りつけて八つ当たりをした後、 ぼくは自分の部屋で憂鬱な夜を迎えた。 翌日の昼。町の占い師が、ぼくに面会を求めている、との知らせが入った。 落ちこんだ気分を立てなおしつつ、ぼくは彼を迎える。 その禿げ頭の老人は、いきなり核心を衝く発言をした。 「セリス様、あなたが光の魔道書を探していらっしゃるとお聞きしましてな。」 ぼくは、まともに動揺した。思わず聞き返す。 「な、何故あなたがそれを知っている?」 「ふぉふぉふぉ…。これは妙なことを。昨日、血眼になって、大声をあげつつ 町中を走り回っておられたではありませんか。もはや、城下はその噂で持ちきりですぞ。」 な…なんだって!?そんな恥ずかしいことが、ある筈がない…。…と思っていたのは、 どうやらぼくだけのようだった。その場に居るオイフェも、うんうんとうなずいている。 昨日のぼくの暴走を苦々しく思っているかもしれないが…、まあ、気にしないことにしよう。 「そこで、これを差し上げようと思いましてな。どうぞお納め下され。」 そう言う老人の手に、確かに、光の魔道書があった。 ぼくは、ありがたく受け取ることにした。 ぼくが魔道書を受け取る、その瞬間。占い師は、ぼくの耳元でぼそりと囁いた。 「そなたは、ユリアを愛してしまったようじゃな。」 ぼくを一瞬で石化させた一言…。 しかし、その結論は、占い師でなくても、城下でのぼくの行動を知る者なら…、 つまり、町の人全員、誰でも導けそうなものではあった。 「これを、私に下さるのですか?」 イザーク城を発つ時、ぼくはさっそく「プレゼント大作戦」の締めくくり部分を実行した。 ユリアは、相変わらず感情を出さずにぼくを見つめている。 「リザイアっていう光の魔道書なんだって。きみには使えるよね。」 そう言いつつも、ぼくはもっと別の心配に心を捕らわれていた。城下全体に 広がっていたという、ぼくのあの行動の噂を、ユリアは聞いていただろうか? さらには、ぼくがユリアを好きだから…などという話まで、耳に入っているかもしれない。 だとしたら…、ユリアは、どんな気持ちでぼくと話しているのだろうか? 「はい。…セリス様、ありがとうございます。」 ぼくの気持ちをよそに、ユリアは抑揚の無い声で礼を言い、静かにそれを受け取ってくれた。 その表情からは、ユリアがどこまで知っているのか、何を感じているのか、 何も読み取れない。ユリアが、この贈り物を喜んでくれているのかさえ…。 ユリア、きみの心は、どこにあるんだい…? ぼくは、まるで霧の中を手探りで歩いているような感覚を覚えた。 でも、ぼくはぼくにできることをやるしかない。もう一度、心を奮い立たせた。 ぼくの思いを、ユリアに告げる。 「ユリア、これは強力な武器だけど…、本当に、無理をしないでね。 ぼくは、きみを戦わせるためにこれを渡すんじゃない。きみを守りたいから、これをあげるんだ。 それを、忘れないでね。」 「……はい、セリス様………」 ぼくをじっと見つめていたユリアの瞳が、この時だけ、きらりと輝いたような気がした。 |