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バカ殿セリス様・華麗なる日々
第1章・聖なる邂逅(前編) 青い空、白い雲、どこまでも続く広野。砂混じりの地面のでこぼこの一つ一つが、 みずみずしい雑草の一本一本が、これがまぎれもない「現実」であることを雄弁に語っていた。 そう。いくら確認しても信じがたいことであるが…ここは、ユグドラル大陸なのである! 実際に、イザークの地に降り立って、改めてぼくはこの世界の広さを実感していた。 今までのぼくが忘れかけていた、雄大な自然。周りを取り囲む山にも、森にも、海にも、 それぞれに「神」とか「精霊」とか…、良く分からないが、そんなものがいそうな気がした。 …一方で、奇妙な非現実感がぼくを取り巻いている。いまだに、これが夢なのではないかという 気がするというだけではない。…ここでは、今、戦争が行われているのだ。 はるか向こうを見ると、スカサハとラクチェが、今またもう一人の敵兵を打ち破っているのが 見えた。剣戟の音が、風に乗って遠く聞こえてくる。今自分の傍にある草木は紛れもない現実 として感じられるのに、向こうで繰り広げられている「戦争」という現実の方は、まるで 心に響いてこないのであった。 ぼくが一人、戦力から外れても、大勢に全く影響は無かった。オイフェ、レスター、 デルムッドの3人も加え、ぼくたち解放軍は圧倒的な勢いで敵の討伐隊を打ち破っていった。 ぼくは、何もしていない。現実の一部を直視し、一部を拒絶するのは、どういう心の働きなのか …。そんな思いを巡らしながら、仲間たちが文字通り「切り開いた」道を、ただひたすら東へと 歩いていた。…そして、歩き疲れて足が棒のようになり、一度も戦っていないのに ライブの世話になったというのは、ここだけの秘密である。 歩くだけでも辛いとは言え、他にどうすることもできない。ぼくはただ歩きつづけた。 …それに耐えられたのは、この先に待っているであろう幸福を目指す、 ただその一心だったのである。 「セリス様、ハロルドを仕留めました!」 レスターが、興奮を抑えきれずに全力で馬を駆って報告にやって来た。 それまで、ずっと下を向いて歩いていた(先を見つめて歩くと、気が遠くなりそうだからである) ぼくは、馬蹄の音とその声に反応し、数時間ぶりに前方を見つめた。 きれいな青髪、精悍な顔つきの弓騎士の指し示す方角。限りない自然の大地の中で、 そこに建っている城は、立派な構えを誇らしげに見せつけていた。 夢にまで見た最高の時間が、遂にやって来るのだ! 「あれが、ガネーシャ城だね。制圧してくるよ、ありがとう!」 それまでの疲れはどこへやら。言うが早いか、ぼくは一目散にその場から駆け出していた。 ぼくの一番大切な存在と、出会うために。 「セリスか…、久しぶりだな」 待ちに待ったその声が聞こえたのは、ぼくがガネーシャ城の制圧を宣言した翌日のことだった。 同時に、ひとりの男が、城の中庭に姿を現した。 …いや、正確に言えば、ぼくが待っていたのはその声ではなく、その人物でもなかった。 「レヴィン!ずっと待っていたんだよ。さあ、早く会わせてよ!」 声が上ずっているのが、自分でも分かる。…もう、待ちきれない。一体、どんな姿で ぼくの前に出てきてくれるのだろうか?想像しただけで、もう……! 「どうした、セリス?…待っていたと言うが、私が来ることがどうして分かったのだ? それに、会わせてとは…何の話だ?」 「とぼけないでよ、レヴィン!連れて来たんでしょう?…私が話したい相手は、 レヴィンなんかじゃないんだよ!」 焦っていたので、思わず本音が出てしまう。…これは、明らかに失敗だった。 レヴィンの表情が厳しくなる。 「セリス、その言いぐさは何だ!そんなことで解放軍の指導者が務まると思っているのか!? …そもそも、指導者というものは……………」 好事魔多し。目の前の、緑の髪の男が延々と続ける説教(ぼくは、これから起こることへの 期待で頭が一杯であり、彼の言葉など一言も聞いていなかったので、実際にそれが説教だったのか どうか知らないが)は、まさしく永遠に続くかと思われた…。 「…セリス、頼みがある。ある少女を預かって欲しいんだが」 …その言葉を耳にして、ようやく我に返る。よし!…と、思わず声に出してガッツポーズを 取りたくなるのを、何とか抑えた(そんな事をすれば、またお説教が待っているだろう)。 「ええ、喜んでお引き受けします。…さあ、早くその人を紹介してください!」 答えつつ、ずいっ、と前に出る。あまりにも爛々としたぼくの目つきに、レヴィンは 異様な空気を感じたようだった。…が、そんなことはもうとにかくどうでも良い。 さらに目を輝かせ、ずずずいっ、と前に出てレヴィンに行動を促す。 …こちらの熱気に押される形で、レヴィンは遂に、最も重要なせりふを口に出した。 「ユリア、来なさい」 それは、なんと形容したら良いだろうか。 エデンに舞う天使?花園で遊ぶ妖精?愛を司る女神?…とても、そんなものではない。 そんな、ファンタジックな表現は、今まさにぼくの十歩ほど先に姿を現した この少女が発する圧倒的な存在感…、「現実感」と全く相反するものである。 どこまでもまっすぐに伸びた、つややかな、紫がかった銀色の髪。 他の仲間とは明らかに違う、透き通るように白い…、それでいて、溢れんばかりの生気に 満ちた、首筋や肩口の肌。 一見質素だが、細やかな工夫が随所に施された、白いドレス。 その上に羽織った、高貴な色がこの上なく似合う、紫のローブ。 そして何より、あくまで優しく穏やかでありながら、その奥に強い光をたたえた、 紫の双眸。 この全てが、今、ぼくの目の前にあるものが紛れもない真実であることを 証明していた。 こうして見ると、かなり華奢な印象を受ける。比較的小柄で、線が細くて…。 美しいこの少女を守りたい、そんな気持ちが自然に浮かび上がってくる。 少女は、黙ってじっとこちらを見つめている。ぼくは既に、その瞳の光に捕らわれて、 自分を失っていた。…そして、彼女が、にっこり微笑んだ…ような気がした。 こ、こ、こ、こ、これが…。な、な、な、な…… 「生ユリアだあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 そう叫んで両手を大きく広げ、ぼくはユリアに向かって駆け出した。 …問答無用!ユリアのもとに飛びこんで、いきなり抱きしめるっ! ユリア、ユリア、ユリアっ!ぼくのものだ……! その目論見が外れたのは、ぼくのせいでもユリアのせいでもなかった…はずだ。 いきなり、ぼくの目の前の光景が回転し、ぼくは顔をしたたかに打ち付けた。 なにかにつまづいて転んだのだ。一体何に? 起きあがったぼくの目の前に、たった今ぼくの足を引っ掛け、運命の出会いとともに 二人が結ばれるのを妨げた、レヴィンの足があった。 ぼくの野望が最終的に達成されるまでには、まだまだ長い時間が必要になりそうである…。 |