バカ殿セリス様・華麗なる日々

終章・そして二人は…(後編)


 慌ただしく衣装を整え、手を握って大広間に姿を現したぼくとユリアは、 即座に懐かしい仲間達の挨拶ぜめにあった。
 「セリス様、ユリア様!お久しぶりです。」
 「準備はお済みですか?忘れ物などしないように…。」
 「相変わらず、お熱いですねぇ、ごちそうさまですぅ〜。」
 しばらく国元に帰っていた、スカサハやラクチェ、リーフ、シャナン、レスター、パティ…。 解放軍のみんなが、ここバーハラに久しぶりに集まった。 みんな、戦いの時代に戻った気分で、再会を楽しんでいた。
 やがて、式典の準備を済ませたみんなが、民衆たちが注視しているであろう城壁へと、 一足先に出ていった。
 「さあ、セリス様、国民にご挨拶を!」
 オイフェに促され、ぼくとユリアは城壁へと上った。

 待っていたのは、大地を轟かすような、熱狂的な歓声だった。 城壁の上に立って、下の広場を見渡すと、そこは人、人、人の渦。 何千人、いや、何万人いるだろうか?彼らが放つ歓声と熱気、注目の視線に、 ぼくは完全に気圧されてしまった。隣のユリアはというと、 いつもと同じ顔色で、民衆に向けて優雅に手を振っていたりする。 やはり、昔から皇女だった女性は、格が違った。それにしても…。
 うわー…。何というか、国王って、こんな凄い存在だったのね…。 これまで、てんで自分の立場に無自覚だったぼくは、周りの人達の注目を一身に浴びて、 はじめて王という立場と自分の力との格差に恐怖を覚えた。 やっぱり、ぼくを王様に選んだやつら、絶対間違ってるぞ…。

 ぼくが手を挙げると、それまで熱狂的に騒いでいた民衆の声がぴたりと止んだ。 ぼくはここで、「私が善政を施し、皆さんと共に国を立て直すことを 神に誓い云々…」といった挨拶をする段取りになっている。 だが、民衆の注視を受けて、あがってしまったぼくは、 何を言うのかをスポーンと忘れてしまっていた。
 まあいいや、適当に言えばなんとかなるだろう…、そう思いつつ、 ぼくは咳払いをひとつして、言葉を切り出した。
 「えー、国民の皆さん、よく来てくれました。私セリスは、 本日ここに、誓いを立てます。」
 城下一帯に、ぼくの声が響く。セティが風魔法を応用して作った実用魔法により、 ぼくの声は、そこにいる全員が聞き取れるほど大きく響き渡った。
 えーっと、次の言葉は何だったかな…。確か、ぼくの決意を伝えるんだったよね。 ぼくの決意、やりたいこと、と言えば…。
 頭沸騰状態で、ぼーっとそんなことを考えていたぼくは、ふと横に目を向けた。 そこでは、あれから一年の間に、ぐっと美しく成長したユリアが、 ぼくをじっと見守っていた。その姿を見たとたん、ぼくの本心が言葉となって、 すらすらと口をついて出てきた。
 「私は、晴れの日も雨の日も、健やかなときも病める時も、一生を通して…、」
 …うん?何だか台詞が違う…、と、周囲が気づいたときは、 すでに手遅れだった。ぼくは、ユリアをぼくの隣に並ばせ、その肩をぎゅうっと抱きしめて、 居並ぶ国民の前で堂々と宣言したのである。

 「ユリアを護り、支えあって、ともに生きることを誓います!」

 ずっペーん!どんがらがっしゃーん!
 ぼくとユリア以外の、見渡せる範囲にいた全員が、 盛大にずっこけて地面に突っ伏した。

 「ちょっと待たんか、セリス!」
 「今は即位式でしょう。それって、結婚式じゃないですか!」
 よろよろと立ち上がったシャナンやオイフェ、仲間たちが、 慌ててぼくに詰め寄ってきた。眼下の民衆は、蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。
 うーん、こりは…ちょーっとばかしまずかったかもしんない…。 ぼくの頬に、ごまかしのお茶目な笑いと、一筋の冷や汗が浮かんだ。 でも、ぼくにできることって、これぐらいしかないんだから、しょうがないよねえ…。
 そんなことを思いつつ、ぼくは自分の左腕の中を覗きこんだ。 周囲で誰が騒ごうがわめこうが、もはやぼくの目には、腕の中の人しか映らなかった。

 ユリアは、ぼくに抱きとめられ、目を見張り、口をぽかんと開けて微動だにしない…、 つまり、あっけにとられた表情をしていた。
 しまった…、さっき、話しを途中で切り上げてしまったから、 ユリアの気持ちをはっきりとは聞いていなかったんだ。どうしよう…。 ぼくは、腕の中のユリアに小声で囁きかけた。
 「ごめん、ユリア。勝手にこんなことを言ってしまって。 でもぼくは、きみが好きなんだ。これからも、一緒にいてくれるかな…?」
 その言葉を受けとめたユリアの身体が、小刻みに震える。 ぼくの左腕が抱いているユリアの背中が、わずかに膨らんだような…、 熱を帯びたような気がした。そして、一度ぎゅっとつぶった眼を再び開いて、 ぼくを見つめたとき…。ユリアの瞳はきらきらと潤み、 顔からは押さえきれない笑みがこぼれ出ていた。
 「…ユリア……?」

 「…嬉しいの…。」
 澄んだ湖の水面に、一滴のしずくが落ち、幾重もの波紋が広がってゆく…。 ユリアの笑みと、震える声を受け取ったぼくの心は、そんなふうに例えられただろうか。 ユリアの気持ちは、じんわりと、ぼくの中に染み渡った。
 「みんなはわたしを、皇女とか、ナーガの末裔とか、特別な人として見ていた…。 それが、ずっと寂しかったの。でも、セリス様は、それだけではなく…。」
 ユリアはぼくの手を握り、大きく息を吸い込んで、あふれる声で喜びを伝えた。
 「『わたし』を見つめて、好きになってくれたのですね…。」
 …や、やった…!やったやったやった〜!!ついに、ぼくの思いは通じたのである。 ぼくはもう、踊り出さずにはいられなかった。うおーーっ!と雄叫びを上げ、 ガッツポーズを天高く突き出し、その場を走りまわり…。 衆人環視のもと、全身を躍動させて喜びを表現した。
 周囲の面々は、目が点になっている。
 「では、わたしもセリス様のように…。」
 そう言ってユリアは、セティに声量拡張魔法を使うよう頼み、 再び注目する国民の前で、気品と威厳をもって宣言した。

 「わたし、ユリアは、セリス様のお側に、生涯添い遂げることを誓います。」

 うおおおおおぉぉぉっっ!
 広場は先ほどと同じどよめきに包まれ、もはや収拾不能となった。
 「何ということだ…。バカ殿は、セリスだけだと思っていたのに…。」
 「セリス様の毒気にあてられて、ユリア様まで…。」
 「ちょっと待て、ユリアの悪口を言う奴は許さないよ。」
 「それより、これって戴冠式だろう?何故こんな事に?」
 「兄妹で結婚なんて、不潔だー!」
 「いいじゃない、愛があればそんなこと…。あたしたちだって従兄妹でしょ、ねえ。」
 「あああ…、神聖なる式典が…。もう、最初からやり直してください…。」
 「無駄だ、こいつなら、何度やり直しても同じ事だろう。」
 「ねえ、ウェディングケーキはないの?あたしも食べたいなあ…。」
 「この幸せ者め!うりうりうり、痛いかこら!」
 「ああっ、セリス様にそんな手荒な事をして、もっとバカになったらどうするのです!」
 さまざまな歓声と悲鳴と怒号が飛び交う中、ぼくはもみくちゃにされた。 だが、そんな事でめげるぼくではない。再びユリアに近づくと、手を握り、 幸福に光るその眼を見つめて、ひとつのことを提案した。

 「ユリア、一緒に、『誓いの証』を立てたいんだ。…いいかな?」

 「セリス様ぁ、またユリア様に何を…。これ以上混乱させて、どうするんですかぁ!?」
 「あの、『誓いの証』って、なんなの?もしかして、キ…」
 「戴冠式は、王冠をかぶらないと終わらないんですよう。 どうでもいいですからこの王冠を…!」
 そんな、周囲のさまざまな言葉を全く耳に入れず、ぼくはただ、ユリアだけを見つめた。
 ユリアは、ぼくの言葉の意味を察したのかどうか微妙だが…。
 「はい。」
 うなずくと、ぼくの一番好きな、「まっすぐな瞳」で、こちらを見つめた。
 「ユリア…。」
 こころを愛しさでいっぱいにして、ぼくはユリアを優しく抱き寄せた。 くいっとユリアのあごを上げ、右手で彼女の頭の後を、左手で背中を抱きしめた。

 竜族の血の宿命…、記憶を失い、兄と戦う悲しい運命を背負いながらも、 決してそこから逃げず、正面から受け止め、懸命にまっすぐ生きる、清楚で純粋で、 強いユリア。

 ぼくはそっと目をつぶり、ぼくの愛した少女に語りかけた。
 ずっと、きみを護るよ…。
 それに応えて、ユリアの心の声が、ぼくの中に響いた。
 わたしはいつも、あなたとともにいます…。

 ぼくの唇に、やさしい、確かな感触が伝わった。
 同時に、ぼくの意識は、真っ白な光に包まれて、翔んだ――。






 「うん…、ここは…?」
 気がついたとき、ぼくは部屋の中に立っていた。 床はフローリング、蛍光灯にテレビやゲーム機があって、 外ではアスファルトの道路の上を自動車が走りまわっていた。
 「ぼくは…戻ってきたのか?」
 周囲を、きょろきょろと見回す。だがそこにはもちろん、 レヴィンやオイフェ、ラナやティニーたち、ともに歩んだ仲間の姿は無かった。 どこからどう見ても、現代の日本である。 自分自身も、青髪青目のセリス様ではなく、元の姿に戻っていた。
 そうか…、ぼくの旅は、終わったんだ…。
 そして、ユリアも…。

 もしかしたら、あれは全部、夢だったのだろうか?そんなことを、想像してみたりもした。 急に、身体から力が抜けていった。みんなと…、ユリアとは、もう会えないのだろうか?
 そう思ったぼくだけど…、ふと、気づいた。ぼくの唇に残る、 ほんの微かな、湿り気とぬくもりに。
 それは、ユリアが最後にくれた、贈り物だった。

 ぼくは、はっきりと理解した。
 ユグドラルでの経験、ユリアと過ごした華麗なる日々が、たとえ夢であっても、 それは決して嘘ではない。ぼくは、確かにそれを「体験」したのだ。
 ユリアに通じた気持ち、ユリアに与えられたものを糧に、 これからのぼくの人生を生きていくこと。
 それが、ぼくが愛したユリアというひとが、確かに存在した証となる。

 さて…、とりあえず、出掛けよう。 ぼくは、靴をはいて、外に歩き出していった。 平凡な市民の、平凡な日々へと…。
 「♪あなたはどこ…、わたしはだれ…?」
 ユリアの大好きな歌を、口ずさみながら。


 今も、いつまでも。
 ユリアは、ぼくの心の中で微笑んでいる。


バカ殿セリス様・華麗なる日々   完



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