いのちの翼・あとがき

 セリス こんにちは。
 2006年最初の作品は、思春期のユリアとフィーの出会いという コンセプトでした。

 この作品のテーマは、「命の大切さを学ぶユリア」です。
 現代社会は命の大切さを実感しづらいと言われますが、 子供は生まれながらにして命の価値を知っているわけではなく、 生きていく中でそれを学んでいくものなのだと思います。
 特に、ユリアは記憶を失った状態において、虚無感にとらわれており、 友人も家族もいない環境にありました。書物を通して命を大切に するように学んだとしても、現実として、自分の命にも、他人の命にも、 価値を見出しづらい境遇にあったのではないでしょうか。 レヴィンはユリアにとって大切でしょうが、レヴィンがユリアを庇護する立場に あることから、ユリアの側からそれを実感することは難しいでしょう。
 そんな中で育ったユリアが、「命の大切さ」を、知識ではなく実感として 学ぶためには、自分以外の、「大切にしたい存在」というものを 知る必要があると思いました。
 今回は、フィーにその役割を担ってもらおうと思いました。
 フィーにとって大切な、天馬マーニャへの思い。それに触れることで、 命の大切さ、美しさ、素晴らしさを実感する。 そんなストーリーを作れたらな、と。
 以前より筆力が落ちているせいか、十分に表現しきれなかったことが 悔やまれますが…。

 この作品で見せたいもうひとつの要素として、ユリアとフィーの 性格の違いからくる会話や考え方の食い違い、というのもあります。
 ユリアとフィーで二人っきりになったときに、沈黙してしまった場合。 こういうときは、できるだけ会話で間をもたせたい、と感じるフィーと、 無言の状況に全く抵抗の無い、至ってマイペースなユリアとでは、 話や行動の流れにズレがあり、雰囲気がちぐはぐになるのです。
 それで、フィーは最初にユリアをとっつきにくい女の子だと感じてしまう のですが、やがて彼女の本質を理解するにつれ、ユリアとも友情を育む ことができるようになっていきます。
 それに、マーニャの「命」に触れたこの一件で、ユリア自身の性格も 柔らかくなったのだとも思います。ユリアは大人になっても、人付き合いのための 細かい気遣いは苦手なマイペース人間のままですが、 本質的な優しさや思いやりにおいては、成長のあとがうかがえます。

 この作品を最初に発想したのは、「真・FE最萌トーナメント」 において、ユリアを応援するための支援物資のネタを考えているときでした。 単なる小説では、支援物資としてのインパクトに欠ける。 そこで、小説と挿絵とのコラボレーションによって、ユリアの魅力を 引き出そうと思いました。
 イラストにして映えるものは何か、と考えたとき、ユリアとフィーと ペガサスとシレジア草原の組み合わせがぱっと脳裏に思い浮かび、 これならいける、と発想しました。
 ただ、小説作成の時間が足りず、結局最萌では発表できず。 今回こうして、ようやくお見せすることができたわけです。 おかげでずいぶん季節はずれになってしまっていますが…(爆)。


(2009/02/23加筆)
 今回、ちょーじん様に挿絵を描いていただきました。
 この作品は「絵的に映える」ことを目指して作ったものですが、 こうして実際に絵を描いていただくと、本当にそれを実感できますね。
 シレジアの短い夏、森を出たところにある草原。
 そこでペガサスのために祈るフィー、ライブの杖とエーギルの意味を 実感するユリア。小さい女の子の夏らしい衣装も含めて、とてもさわやかで みずみずしい情景を描き切っているのではないかと思います。
 祈っていたフィーが、そのポーズのままペガサスの方を見る表情と、 自らのライブの力に眼を見開いているユリアの表情が印象的ですね。
 ちなみにフィーの祈りによってエーギルがペガサスに流れ込む描写は、 フィーの「わたしも杖習ったことがあるけれど」というセリフとあわせて、 後々フィーが杖を使えるようになるという伏線にもなっていたりします。

 ちょーじん様、本当にありがとうございました。


 では、読んでいただいてありがとうございました。
 また次の作品でお会いしましょう。



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