光の扉


 聖戦が終わり、ユグドラルに平和が訪れてから最初の冬がやっ てきた。
 ユリアはバーハラの戦いの後、笑顔を取り戻したかのように見 えたが、それでも時々、一人になると、物憂げに空を見上げて いることがあるのをセリスは見逃さなかった。


 「ユリア、ミレトスに行こうか。」
 セリスは突然こう提案し、考える余地を与えずにユリアを外へ 連れ出した。
 「セリス様…よろしいのですか?」
馬に揺られている間、ユリアはやっとそれだけ聞くことができ た。
 お仕事が忙しいのでは?と言いたかったのだ。セリスは振り返 らずに答えた。
 「たまには息抜きもしないとね。それに、あの日の約束、まだ 果たしてなかったから。」
 セリスの背中に頭を預けながら、ユリアはマジックシールドを かけた日のことを思い出した。
 あの時のささいな約束を、セリスはまだ覚えていたのだ。ユリ アは回した手に、そっと力を込めた。


 久しぶりに訪れたミレトスの盛況ぶりに、セリスは驚いた。
 あんなに荒廃していたのに…改めて人のたくましさに感心する。
 大通りには小さな露店がぎっしりとひしめきあって、人々が絶 え間なく行き交っていた。
 あまりのめまぐるしさに、目をキョロキョロさせているユリア の手を、セリスはしっかりと握った。この人ごみではぐれたり したら、見つけ出すのが大変だ。
 セリスはふと、一際古びた露店に目をとめた。そこだけ周囲に 客はなく、ぽっかりと浮き立っているようだ。骨董品を扱って いるようだが、アクセサリーも売っている。
 「ユリア、あの店を見てみよう。」
 人の間を縫って店の前まで辿り着くと、奥に巨顔の老人が座っ ているのが見えた。鼻の脇にある大きなイボと、ぎょろりとし た大きな目が印象的で、どこか人間離れした風貌だ。
 「いらっしゃい。ゆっくり見ていっとくれ。」
 しわがれた声に促され、二人は店の品を眺めた。
 壷、絨毯、食器…どれも薄汚れているが、珍しいものばかりだった。
 「ユリア、これなんかどうかな。」
 セリスは中でも趣味が良いと思われる、質素で品の良いネック レスを手に呼びかけた。
 しかしユリアはその声は耳に届かなかったようで、しゃがみこ んで何かを注意深く見ている。
 「それは?」
 覗き込んだセリスの影に、ユリアは顔を上げる。手には、縁に 奇妙な模様のほどこされた鏡らしいものを持っている。
 「それは望むものを映し出す、魔法の鏡じゃ。もっとも、そん なものは名ばかりで、誰が見ても自分の姿しか映らんがの。」
 店の主は低い声で笑った。露天の屋根に日差しを遮られて、い っそう不気味な雰囲気を強めていた。
 「気に入ったのなら買うがええ。安くしとくでな。」
 ユリアは黙ってその鏡を見つめた。軽くほこりを落としてやる と、わずかに光ったように見えた。
 「これと、これをください。」
 セリスはネックレスと、その鏡を指し示した。
 老人はニヤリと笑い、骨ばった手で代金を受け取る。
 「ありがとうよ。」
 「セリス様…」
 「その鏡が気に入ったんでしょ。それと、これ。」
 言ってセリスは、ユリアの頭にネックレスを通してやる。
 「ユリアはこーゆうの、好きかな?」
 頭を掻きながら言うセリスをとても愛おしく思い、ユリアは目 を細めた。
 「はい…とても。ありがとう…」


 セリス達は、まだ日も落ちないうちに帰路についた。
 ミレトスの人の多さは、ゆっくりとデートを楽しむには向かな いものだった。
 それでもユリアは疲れた様子を見せず、始終賑やかさを楽しん でいた。セリスはユリアが足を踏まれたり、はぐれたりしない ように常に気を配らなくてはならないので、むしろ疲れたのは セリスの方だった。


 バーハラ城に戻ったセリスは、藍の絹地のソファーでくつろい でいた。暖炉の火のだいだい色をなんとなく見ながら、幸せな 満足感にひたる。ちらりと視線を横にずらすと、隣でユリアが 熱心に鏡を磨いている。
 「どう?きれいになった?」
 さっきからずっとこの調子のユリアは、その声に初めて腕を止 めた。
 「はい。だいぶ元の色が出てきました。ずいぶんと錆びついて いましたから…」
 「変わった鏡だね。望むものを映す…とか言ってたっけ。」
 ユリアによって磨き上げられた鏡は、灰色がかった青緑色をし ており、奥深い光を発しているように見える。
 「わたしの生まれる、ずっとずっと昔から、そのように言い伝 えられてきたのでしょう。」
 ユリアは目を薄くしてその鏡を見た。
 鏡を覆っていたサビの厚さは、長い月日の流れを物語る。ユリ アが大木とか建造物とかそういった、古い歴史を持つものが好 きだということを、セリスは知っていた。
 「信じてるの?その言い伝え。」
 セリスは首をかしげ、隣の少女を覗き込むようにして言った。
 その声はごく自然なものだったが、どこかからかうような瞳だ。
 「…おかしいでしょうか…」
 「ふふっ。やっぱりね。」
 頬をわずかに赤らめ横目で見るユリアを、たまらなくかわいい と思いながらセリスは笑った。
 そしてふと、真剣な表情になって問う。
 「ユリアは、何かその鏡に見せて欲しいものがあるの?
 …何を、望むの…?」
 「わたし…わたしは…、わたしの望むものは……」
 そこまで言った時、ユリアの手の中にある鏡がパアッと光を放った。
 そして、二人は急速に眠りに落ちたのだった…。


 「ユリア…ユリア!」
 「セリスさま…」
 ユリアは聞き慣れた声で目を覚ました。セリスの青い目が心配 そうに自分を見ている。
 手をついた柔らかな感触に視線を落とすと、草が生い茂ってい ることに気がつく。見渡すと、そこが外であることが分かった。 見慣れた城壁。広い庭。
 「バーハラ城…?」
 「そうだよ。だけど見てごらん。花がこんなにたくさん咲いて る。」
 セリスの言うとおり、花壇には花が咲き乱れていた。春にしか 咲かない花が、こんなに…。
 「どうして…」
 その時、遠くから子供の笑い声が聞こえてきた。
 やがて小さな女の子と、同じくらいの男の子が、こちらへ向か って駆けてくるのが見えた。
 「にいさま、早く早くー!!」
 幼い少女がしきりに後ろを振り返りながら、楽しそうに走って くる。
 「待ってよユリアー!そんなに走ったら危ないぞ!」
 後から来る赤毛の男の子の言葉に、二人はハッとする。
 「ユリア…?」
 「あれは幼い頃のわたし…。それに、にいさま?」
 二人は城壁に身を隠した。なんとなく、そうしなければならな い気がしたのだ。
 「きゃあっ」
 小さなユリアはつまづいてしまったようだ。今にも泣き出しそ うな声を上げている。
 「ユリア、自分でお立ちなさい。」
 駆け寄るユリウスの後ろから、穏やかな声がした。
 白銀の髪を波打たせた、美しい女性が姿を現した。
 壁の陰から様子をうかがっていたセリスとユリアは、その姿に 息を呑んだ。
 「まさか…母上?」
 「かあさま…!」
 美しい女性は子供たちのもとへ歩み寄る。
 「さあ、ユリア。泣かないで。立つのですよ。」
 小さなユリアはぐっと涙をこらえて、一人で立って見せた。
 「いいこね。」
 ディアドラは優しくそう言い、幼いユリアの頭をなでた。
 「ユリア、泣かないよ。泣いたらかあさま、困るでしょう?」
 「ぼくだって!父上みたいに立派になって、ユリアと母上を守 るんだ!」
 「ありがとう、ユリウス、ユリア。」
 ディアドラはかがみこんで、二人の頬に手を触れた。
 「(あれが、ロプトウスに取り憑かれる前のユリウス…)」
 普通の子供とまるで変わらない、無邪気なユリウスを目の当た りにして、セリスは複雑な気分になった。
 「(父上みたいに…か。あれじゃぼくと変わらないな…)」
 ユリアはただ、口元を押さえ、食い入るようにその光景を見つ めている。

 「でもね、いつも強くなくてもいいのですよ。心が悲しいって 悲鳴をあげたらね、がまんしなくてもいいのよ。」
 「こころが…かなしいとき?」
 「そうよ、ユリア。そんな時はね、思い切り泣くの。」
 母の言葉に、幼いユリウスは抗議する。
 「そんなの、赤ちゃんみたいだ。」
 「そうね、いつも赤ちゃんだったら困るわね。だけど、時々は 赤ちゃんになって、心をお休みさせてあげないとね。」
 二人の子供たちは、不思議そうな表情をしていたが、やがてこ くんとうなずいた。
 「ね、にいさま、早くひつじさん見に行こっ!」
 「あっそうだった。行こう、ユリア!」
 幼いユリウスとユリアは、手をつないで走り去っていった。
 ディアドラが腰を上げ、歩き出そうとした時だった。
 「あのっ…!」
 突然呼び止められたディアドラは、ゆっくりと振り返る。
 「…?なあに?」
 真珠色の髪をなびかせた少女が、手を胸の上で組んで立ってい る。突如現れた美しい少女に、ディアドラは目を奪われる。
「あの…わたし…」
 思わず城壁から飛び出したユリアは、言葉につまった。
 何か言いたかった訳ではない。ただ、行ってほしくなかった。
 うつむいて何も言えないでいる少女の背後から、一人の少年が 姿を現した。
 「あなたは…?」
 胸の中に湧き上がる懐かしさにも似た感情を不思議に思いなが ら、ディアドラは青い髪の少年に問いかけた。
 「ぼくは、セリスです。あなたの、息子の…」
 ディアドラの目がわずかに大きく開かれる。
 セリスと名乗った少年は、隣の少女の肩をそっと抱き寄せた。
 その並んだ姿に、ディアドラはかつての自分の姿を重ねる。先 ほど浮かんだ違和感が、すっと溶けていくように感じた。
 「そう…。大きくなりましたね、セリス…。」
 穏やかな母の微笑みがセリスを包み込む。少ない言葉の中から、 大きな愛情が流れてくるのがわかる。
 そして、胸がいっぱいで何も言えないでいる少女を、ディアド ラはやさしく見つめた。
 「あなたは、ユリアなのね?こんなにきれいになって…見違え たわ。」
 「おかあさま…わたし…」
 ユリアは言葉が続かない。ディアドラは娘の肩にそっと手を置 いた。
 「ユリア、覚えてる?さっきあなたに言った言葉。
 心が悲しいのでしょう?そんな時はね、思い切り、」
 「「泣いてもいい…」」
 母と娘の声が重なると同時に、ユリアの目から大粒の涙がこぼ れ落ちた。
 「泣いてもいいのでしょうか…わ、わたしっ…わたしが…」
 「ごめんなさいね、ユリア…つらかったのでしょう…」
 ディアドラはユリアのつややかな銀の髪を、ゆっくりと、てい ねいに撫でた。
 「あの子を救ったのはあなたよ。あの子は開放されたの。あな たなら聞こえるでしょう?あの子の声が。耳を傾けてあげて。 あの子はあなたを恨んだりはしないわ…」
 ユリアはその時、セリスの前で初めて、声を上げて泣いた。

 少し落ち着いたユリアは、涙を拭いて母から身を起こした。
 「さあ、もう行きなさい。ここに居るべきではないのでしょう?」
 でも、と言ってディアドラはわらう。
 「セリス…もう一度だけ、あなたをこの手で抱いてもいいかしら…?」
 「母上…」
 ディアドラはもう一人の我が子を抱きしめた。自分より一回り 大きな身体に、たくましさを感じる。
 「ふふっ。赤ちゃんの頃に抱いた思い出しかないのに、不思議 ね…」
 ディアドラの目に、涙が浮かんだ。
 その時、突然周りの景色が揺らぎだした。
 セリスとユリアは、再び急激な眠気に誘われた。
 薄れゆく意識の中で、二人はあたたかな声を聞いた。


 二人とも、愛する人を見つけたのですね…
 忘れないで、私はいつもあなたたちを想っています。
 元気でね、私のかわいい子たち…―――



 二人が目覚めると、そこはもと居たバーハラ城内の部屋だった。 暖炉のまきは燃え尽きようとしている。
 繊細な模様が織られた絨毯には、あの鏡が転がっていた。
 ユリアは鏡を拾い上げて覗いてみた。鏡はユリアの美しい顔を 映し出す。
 「何にも起こらない…」
 「鏡が、ぼくたちの一番欲しかったものを見せてくれたんだ。」
 セリスたちは気づいていなかった。ディアドラがユリアと同じ ネックレスをしていたことを。そして今、それがセリスの首に 下がっていることを…。

 ユリアは今も時々、空を見上げている。しかし、その傍らには いつもセリスがいた。空の上で、ディアドラと幼かったユリウ スが、やさしく微笑んでいるように見えた。

 その後、鏡は立ち寄った商人に譲り渡し、いずこかへ流れてい った。セリスたちには、もう必要のないものだから…。
 ミレトスにいた老人は姿を消し、二度と見ることはなかった。 あの鏡はこれから人々の手に渡りながら、長い月日を重ねてゆ くのだろう。そしてまた、いつか、どこかで、別の誰かが光の 扉を開くことだろう。小さな望みを叶えるために……。




 「母上、何してるの?早く行こう!」
 なかなか追いついてこない母を心配して、ユリウスとユリアは 戻ってきていた。
 ディアドラはこっそり涙を拭いて、小さな子供たちを振り返っ た。
 「ごめんなさい。さあ、行きましょう。」
 ユリアは母の手をつないで嬉しそうに笑った。そして見上げた いつもの横顔に、足りないものがあることに気がついた。
 「あれ?かあさま、ネックレスしてない。」
 いつも母の胸の上で光っていたネックレスが無くなっている。
 ディアドラは白銀の髪を眩く輝かせて、ふわりと笑った。
 「かあさまね、とってもふしぎなお客様にお会いしたの。  一人は、きれいな青い目をした素敵な男の子。もう一人はね …」

空を鳥が飛んでゆく。暖かい日差しの中を、三人の母子が歩い てゆく。
春はまだ、終わらない…―――。

End





(ちょーじん様からのコメント)

 はい、やっと終わりました。あー長かった。結局いっぺんに書 いちゃいました。すいません、分かりにくかったと思います。
 なにせ、このお話の考えた順番が、
 不思議系にしよう。→鏡を使おう。→過去に行こう。→ミレト スで鏡を買おう。→ついでにプレゼントもしよう。→ネックレ スは母とおそろいにしよう。
 というかんじで、つじつま合わせに無理やりこじつけただけな んですよね。(汗)

 結局、ユリアの望むものとはなんだったのか。それは、「泣け る場所」です。泣くことを許されたかったのです。多分。セリ スは母のぬくもりを知らずに育ったから…。
 鏡は誰でも望むものが見れるわけではないようです。心から望 み、鏡を信じないとだめなのかも。あるいは、鏡の方が選ぶの かもしれません。セリスが店の存在に導かれ、ユリアが鏡を心 から信じた。だから奇跡は起こったのかもしれません。
 なぜネックレスを母とおそろいにしたのかというと、「夢じゃ ない」ってことを言いたかったのですね。ディアドラはシグル ドに貰ったのかも。それで、セリスの態度や、ユリアの首に下 がったネックレスを見て、かつての自分たちと同じように愛し 合っていることに気がついたとか…(これも打ってる途中で考 えました。死)
 同じ母親ですよってこと、嫌ってほど主張してますね、これ…。 でも全員そんなこと全然気にしてないのが私らしい…(笑)。 セリスとユリアも家族っぽいし。
 最後のディアドラ側のお話は、オマケというか付け足しです。 説明的なものです。いったん鏡の話で終わったものと考えてく ださい。
 幼いユリアとユリウスが見に行ったのがなぜ羊なのか…それは、 今年が未年だからです。(笑)
 いろいろ変なところもあるかと思いますが、読んでくださって ありがとうございました!!



 セリス(コメント by セリス様〜)
 こちらは、ちょーじん様から投稿していただいた小説です。
 とてもファンタジックな作品で、ほんわか、さわやかな印象ですね。
 この小説のポイントは、「ユリアの望むもの」だと思うのです。
 ユリウスを倒した後、気丈に振る舞っていたユリア。 感情を押さえる理性的なユリアが何を欲しているかは、外目には よく分からないのではないでしょうか。 ひょっとしたら、ユリア自身ですら、自覚していなかったかもしれません。
 そんなユリアの望むものを引き出してくれた、魔法の鏡。
 家族の絆を描いた、とても素敵なお話だったと思います。

 感想を伝えたいという方は、ちょーじん様あてに メールでお願いします。(ぺこり)



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