戦禍の日に、平和を思う


 みーん、みーん、みーん…。
 ぎらつく太陽の下、セミの鳴き声が重苦しく幾重にも響く。
 青空のもと、質素ながら品のよい浅黄色の服をまとった女性が一人、ゆっくりと歩く。
 その先にあるのは、大きな慰霊碑と、その前に並ぶ参列者たち。
 彼女…ユリアは歩みを止め、最後尾から静かにその列に加わった。


 グラン歴837年、8月6日。
 ここラドスでは、「戦禍の日」記念式典が厳かに執り行われていた。

 戦争中、ロプトの教義と子供狩りなどに激しく抵抗したラドス市民。
 何度粛清しても現れる反乱分子に業を煮やしたロプト教団は、見せしめとして この場所で大勢の魔道士により超大規模な暗黒魔法を発動した。
 魔力が暴走した結果、周囲数キロメートルが術者もろとも壊滅。発生した瘴気は 町全体を蝕み、ここラドスは文字通りの死の町と化したのである。

 戦後六十年。
 あれから魔道と科学を融合した技術が急速に発達し、経済も治安も劇的に進化した。 人々の生活レベルは、戦前のラドスを大きく凌駕する。
高い建物が立ち並ぶラドスの町並みを見下ろし、ため息とともにユリアは呟いた。  「よくここまで復興したものね…。」
 それでも戦争の傷跡が完全に消えたわけではないことは、いま目の前にいる 人々の列が証明していた。

 自分ももはや、老婆と呼ばれる姿になった。今や伝説となった若い時代を想起しつつ、 ユリアは今の自分に思いを致した。


 戦争は、悲惨だ。暴力だけが全ての世界は、名も無き幾千万の人々の ささやかな願いを濁流の彼方へと押し流し、かわりに死と破滅を撒き散らす。
 倒れ伏す敵の喉元に、剣を突き立てねばならない世界。
 ユリアもまた、そこに身をおいていた。

 今は、どうだろう。
 戦争終結後、ユリアはバーハラに残り、王族として平和を享受した。
 愛した人とは決して結ばれぬ運命と悟ったユリアは、静かにそれを受け入れ、 生涯独身を貫いていた。城の修道院で祈り、セリスのもとで政治を補佐した。
 今はセリスとともに政務から引退し、おだやかな余生を過ごしている。 平和な時をセリスとともに過ごせた幸せは、自分の身に過ぎたことだと思っている。

 今まで、こうして生きてきたこと。
 それは、そうしなければいけないと思ったからだ。
 自分たちは、たくさんの帝国兵を殺して、よりたくさんの民衆の思いを背に受け、 あの戦争を勝ち抜いてきた。彼らの思いを無駄にしないためにも、 自分たちはよりよく生きて、新しい世界を創っていかなければならない。
 だからこそ。
 「どんなにつらくても、わたしは逃げたりしません」
 戦いが終わったあのとき、自分はセリス様とレヴィン様の前で誓ったのだ。
 …それでも。
 『おまえが生きていて、いいのか』
 自分の中に響く彼らの恨みの声は、消えない。


 「ユリア?」
 突然かけられた声に、ユリアの思考は中断された。そこにいたのは、ひとりの老人。
 青かった髪も今では色褪せたが、幼い頃から鍛えていた足腰は衰えていない。
 そこにいたのは、元国王セリス、その人だった。

 「まあ、セリ…」
 「しーっ」
 セリスが唇に指を当てる。
 「名前を言わないで。お忍びなんだから」
 自分もユリアの名前を呼んだくせに、そう言ってセリスはユリアの言葉を止めた。
 年甲斐も無く、セリスはユリアに対してだけは今でもいたずらっぽいのだ。
 でもそれは感情の起伏の少ないユリアを少しでも明るくしようというセリスの 心配りだと今ではわかるから、ユリアはふっと表情を和らげる。

 周囲の厚意で列をあけてもらったセリスは、ユリアとともに参列した。
 しばらく周囲のセミの音に耳を澄ませていた二人だが、やがてセリスが口を開いた。
 「ユリア…どうしてここに来たの?」
 ユリアはゆったりとこたえる。
 「もう歳ですから。命があるうちに、一度行かなければと。そう思いまして。」
 「そうか、ぼくもだよ。今までは政務が忙しすぎて、来られなかったからね。」
 セリスも同じ思いを抱いていたのだろうか。ユリアは、さっきの自分の思考をたどり、 セリスに自分の思いを打ち明けていった。


 「わたしたちは、正しかったのでしょうか…。」
 なんとはなしに声に出して、ユリアははっと口を押さえる。セリスの視線を受ける。
 「ごめんなさい。困らせたかったわけではないのです。」
 目の前にある立派な町並み。これだけのものができあがったのは、セリスの見事な 政策あってこそである。そのセリスを責めたいわけではなかった。
 「うん。誰よりも人を殺してきた自分たちが、こうしていていいのか、とは今でも思う」
 セリスはそう言うけれど、ユリアはそう言いたかったわけではない。
 ただ…ユリアの胸には、つねに響いていたのだ。倒した敵の声が。 戦死した仲間の声が。救えなかった人々の声が。そして…、
 自ら手にかけた、兄ユリウスの声が。

 「…原罪…」
 ユリアは呟く。
 自分は光として生まれたから、闇として生まれた兄ユリウスをその手にかけた。
 兄を殺した自分が、なぜこうして…平和の中にいるのだろう。
 だけれどそれ以上に…。人は人である限り、何かを殺し、押しつぶしながら 生きていくしかないのだろうか。


 「そう…だね。そして、それが正しいんだと思う。」
 セリスが言葉を発した。
 ユリアの前にあるのは、あの静謐な笑顔。
 その奥に無限の粘り強さを秘めた、しなやかなセリスの笑顔だった。
 「彼らの声を背負って、政治をしてより良い世界を目指す。
 自分は正しかったのかと何度も問いかけ、そのたびに答を出す。
 永遠の平和は保てないけれど、永遠の平和に近づくよう目指す。
 未来への政治を執りながら、過去を見つめる式典に参加する。
 …原罪を抱えて、生きていく。」
 そして、ユリアを見つめた。
 「ぼくは、そうしたい。…ユリアは?」

 ユリアは直接それに答えず、青空を見つめ、風に言の葉を乗せた。
 「平和とは、何でしょうか。」
 手に持った菊の花を胸に持ってきて、そっと続ける。
 「戦争と平和を知っている私たちでさえ、忘れそうになるけれど…」
 そして、セリスに向き直り、小さく、だがしっかりと、意思を口にする。
 「セリス様とわたしが、今もこうしているということ。 たとえばそれが、平和なのだと思います」
 それは確かに、セリスの問への答になっていた。


 列の先頭が空き、彼らの前に慰霊碑が現れる。
 ユリアはセリスとともに献花台に花を添えると、目をつぶり、静かに手を合わせた。

 それは、祈り。決して辿り着けず、それでも真摯に永遠に希求し続けること。
 慰霊碑にまつられる彼らが残した、ユグドラルの未来のために。


 『世界が平和でありますように』





(作者のコメント)

 こんにちは。
 これは、「真・ファイアーエムブレム最萌トーナメント」の予選において、 ユリアを支援するために執筆した小説です。
 ユリアが出場する予選は、8月6日に開催されました。 この日付を見たとき、ぼくの脳裏によぎるものがあったのです。 …この日にユリアが出るのは、何かの縁ではないか、と。
 戦後六十年の、節目の日。ユリアがここにいたならば、何を思うでしょうか。
 たとえばそんなことを思い描いて、書きました。

 今回のテーマは、「ほたるの一里塚」とよく似ています。 今回は特に、「平和」とは何か、どのように素晴らしいのか、を示すことを 狙いました。今の時代、ぼくたちが見失いがちなことだと思います。

 ユリアに、こんな穏やかな日が来ればいいですね。
 それこそが、平和というものではないでしょうか。
 ――黙祷――。


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