紅葉の別れ・コメントこんにちは。この作品は、ちなみさんという方が2006年11月に 開催した、ユリア祭りこと「煌銀祭」に投稿した作品です (投稿時から少しだけ修正しています)。 このサイトでの公開は10月なので、ちょっと季節が早いですけど…。 この作品のテーマは、「ユリウスの思い」です。 FE聖戦のゲーム本編では、ユリウスは残虐な行いをする存在であり ロプトウスと同一とみなせるような言動をとっていました。 しかし、ユリウスが元々このような悪辣な人格であったかといえば、 そんなことはないはずです。 ユリアは「あの日から、やさしかったにいさまはいなくなって…」と いったようなことを述べており、幼いころのユリウスは ユリアにとっても優しい兄であったことがわかります。 「トラキア776」では、イシュタルをお花畑に誘う無邪気な ユリウスの姿が見られます。もしかしたら、これが昔のユリウスの 性格の一部なのでしょうか。 そんなことを考えているうちに、疑問がわいてきました。 「本来のユリウス」と「ロプトウス」が、もともとは異なる存在で あったというならば。彼がロプトウスとなったとき、 本来のユリウスはどこへ行ったのでしょうか? ユリウスが完全に死んでしまい、ロプトウスが体を乗っ取ったと 考えることもできます。しかし、イシュタルと遊んでいるユリウスを 見ると、そうではないようにも思えるのです。 そこで、もうひとつの可能性を考えました。 ユリウスとしての意識は保っていながら、ロプトウスとしての 自分にも目覚めていたとしたならば、どうでしょうか。 その場合、本来のユリウスの人格は、あのような残酷な行いを 許しはしないと思います。ならば、どうして…? そういった疑問に対するひとつの答えを提示したのが、 この作品だったというわけです。 それは同時に、ユリアのユリウスへの気持ちに決着をつけ、 戦いへと赴く心を決める過程を描くことにもなりました。 この話を象徴する物として、「もみじ」を設定しました。 その理由として、「煌銀祭」開催が11月下旬で、ちょうど 紅葉の季節であったこと。ユリウスを象徴する色である「赤」と、 ユリウスとユリアの別れの寂しさとが、散りゆく紅葉に非常に マッチしていると思ったことがあります。 最後のほうで、ユリアに好きな人がいる、と言ったユリウスの気持ち、 分かるでしょうか。兄として、妹の精神的な成長を喜ぶ気持ちと、 ちょっとしたジェラシーとが入り混じっていたりします。 ユリアの好きな人が誰か、というのは、言わずもがなでしょう(笑)。 この作品は、ぼく(作者)個人にとっても、ユリウスという人を 理解し共感するひとつのきっかけになったものでした。 ぼくの持つ気持ちが、セリスの立場でユリアを好きだと思うという ものなので、ユリウスに対してはジェラシーが強く、どうしても 好感を抱けないところがありました。 ただ、やはりユリアにとってユリウスの存在が非常に大きなものである ことは認めざるを得ず、ユリウスについて深く考えることは、一度は やらなければいけないことであったと思います。 そういう意味でも、書きがいのある作品でした。 あなたは今年、紅葉を見に行かれるでしょうか? ぜひ、いい思い出にしてくださいね。それでは…。 |