秘密の恋人


 「明日は…最終決戦だね。」
 夕闇の中、セリスはつぶやいた。
 マンフロイを討ち、ヴェルトマー城はセリス軍に制圧された。 明日に控えた決戦を思い、口数も少なく、皆は早々と床に就い た。
 静まり返った城のバルコニーに、二人の人影が闇に溶け込んで いた。
 夜風がユリアの毛先を遊ばせる。ひやりとした感触が、火照っ た肌に気持ちいい。
 「明日で、この戦争は終わる。長かった旅も、仲間と過ごした 日々も…。」
 セリスはここからは見えるはずのない城に目をやった。そこに は、自分たちと同じ血の流れる、最後の敵がいる。
 「長かった、ですね…。とても短かった気もします。
 つらく、苦しい戦いでした。でも、セリス様や、セリス様の 下に集った仲間たちと過ごした日々は、何ものにも変えがたい 、かけがえのない日々でした。」
 ユリアは穏やかな面持ちで、静かに言った。いや、正確にはよ くわからなかった。二人の距離は遠くないのに、薄暗さで表情 が確認できなかった。
 そのまま、長い沈黙が続いた。日はすっかり落ちて、お互いの シルエットが分かるのみとなった。
 「セリス様、もうおやすみになった方が…」
 ユリアの声が沈黙を破る。
 「ユリアは?」
 「わたしは…もう少しここにいます…」
 「じゃあぼくもいるよ。」
 ユリアは黙り込む。しばらくして、セリスはぽつりとつぶやい た。
 「一人にすると、ユリア、泣くんじゃないかなって思ったから…」
 風が二人の長い髪をさらう。さっきよりも冷たくなり、肌寒く 感じる。
 セリスはすっと腰を上げた。
 「ごめん、変なこと言っちゃったね。少し寒くなってきたから、 やっぱり部屋に戻るよ。
 ユリアもあんまり長くいて、風邪ひかないようにね。」
 背を向けて歩き出す。ブーツの音が、やけに大きく響くような 気がした。
 「怖い…です。」
 「え…?」
 ユリアの声に振り返る。消え入りそうな小さな声。 目がかすんで、ユリアの背中がよく見えない。
 「眠るのが…。明日になるのが……怖い…。」
 淡々とした調子の声。それなのに、今まで聞いたこともないく らい弱々しい。
 ユリアが弱音を吐いたのは、これで二度目だ。トラキアで、さ らわれることを予感した時。そして、今…。
 「ユリア…」
 近づこうとしたセリスを制するように、ユリアは言葉を続ける。
 「でも、大丈夫。わたしは戦う。逃げたりは、しない…。
 セリス様を守れるのは、わたしだけだから…」
 ユリアが戦う理由。世界を救うため、とは言わなかった。 それはごく個人的な、彼女自身の意思だった。
 セリスは自分の身体が上気するのがわかった。
 喜び、悲しみ、怒り。それらが混じり合ったようでもあり、そ のどれでもないような気もする。セリス自身にもわからない、 衝動的な感情が突き上げてきた。
 「ユリア、ぼくは…」
 言ってはならない気がする。けれど制することのできない、ど うしようもない想い。
 暗闇でもはや色など判別できるわけもないのに、その時のセリ スには、ユリアが体温で赤く光っているように見えた。
 「ぼくはずっときみのことがっ…!」
 「セリス様ではなく…」
 ユリアの声が言葉を遮る。
 「これからは“にいさま”って、呼ばないといけませんね。」
 極めて明るい声で、ユリアは振り返った。目が闇に慣れたおか げで、その表情がはっきりとわかった。ユリアは笑顔だった。
 「記憶のない間、ずっと優しくしてくださったセリス様がにい さまだなんて…。
 なんだか、急ににいさまが一人増えたみたいで、得した気分 です。」
 うふふ、と笑うユリアは、愛らしく、美しかった。
 その笑顔が美しすぎて、セリスは胸を締め付けられた。
 「ユリア、聞いてくれ!ぼくは、きみが!!」
 セリスははっと息を呑んだ。
 ユリアはもう、笑ってはいなかった。濃紫の瞳がまっすぐにセ リスを射る。
 「わたしは…ずっとセリス様が好きでした…。」
 時が、止まる。セリスの目が、大きく開かれる。
 「初めてお会いした時から、胸の高鳴りが押さえられなかった。
 セリス様とお話しする時は、うれしくて心が躍るようでした。
 素性のわからないわたしがこんな想いを抱くことは、あって はならないことだと思いました。
 想いを伝えられなくても、あなたと共に生きていることが、 なによりの幸せでした…。」
 湧き出る泉のように、静かに、ユリアは言葉を音にした。
 セリスはただ、立ち尽くしてその音を聞いた。
 「わたしはもう、“記憶喪失のユリア”じゃない。
 セリス様と同じ血の流れる、“皇女のユリア”だった。
 もう、セリス様に恋をしていた頃には戻れない…。」
 「…確かに、そうかもしれない。ぼくたちはもう、普通の男女 のようにはなれないかもしれない。」
 セリスは振り絞るように言った。喉が締め付けられる。視界が かすんで、自分の足元さえ見えない。
 「だけど…やっぱり、ぼくは……それでも。」
 伝えたって、幸せになれる訳じゃない。でも、伝えておきたい。 この少女に。自分が命をかけて、守ろうと誓った少女に、こ の想いを…。
 「それでもぼくは、きみが好きなんだ。」
 ユリアの顔が、セリスにはよく見えなかった。 風に舞った白い髪が、天使の羽のように見えた。
 「うれしい…」
 鈴の音のような響きがする。
 「うれしい、セリス様…。わたし、どんなに…」
 セリスは白い少女を抱きしめた。見た目よりずっと華奢で、小 さくて…暖かくて。
 喉をあついものが濡らした。ユリアの涙だった。
 「にいさまだなんて思えない…。だって、わたし、まだ、こん なに…」
 「ユリア…!」
 いけない恋だってわかってる。叶わない恋だってわかってる。
 だけど、今だけは…。
 「今だけは…“セリス様に恋するユリア”でいても、いいです よね?セリス様……」
 わたしたちは、何も知らずに出逢った。それは運命的で、必然的。
 そして生まれたのは、お互いを愛しいと思う気持ち。
 言葉を交わすだけで、視線が絡み合うだけで、幸せな気持ちに なれた。
 一番大切な人だと思えた。
 抱きしめ合って、あつくなる。今も消えない、「大好き」とい う想い。
 明日になったら、ぼくたちはまた、兄妹として生きていく。
 だけど、今だけは…。
 世界中で誰も知らない、秘密の恋人になろう…。




(ちょーじん様からのコメント)

なんか、ぽっと浮かんだユリアの「〜でいても、いいですよね ?セリス様…」というセリフを使いたくてこんな長々としたも のを書いてしまいました…。 重い、クサい、イタいと三拍子揃ってます☆これも一日で考え たんですよね…本当にこんなのばっか。(死)すいません。 微妙にラストがポエミィなかんじ。(笑)なんだかよくわから ないですが、一応お送りしたいと思います。 それでは、また。



 セリス(コメント by セリス様〜)
 こちらは、ちょーじん様から投稿していただいた小説です。
 これは、セリユリの王道を行く作品と言えるでしょう。
 愛しく、せつなく、美しい…私(セリス)とユリアならではの物語です。

 本来はとても強いユリア。感情を表に出さずに、飄々と戦うことができる 強さを持ったユリアの強さは、ぼくが何度も語ってきたところです。
 そんなユリアにさえ、つらいことはあるものです。 誰よりも自分が「この人を助けるべきだ」と思っている、その相手を 殺さなくてはならなくなったとき。 せめて、自分の思いをとげる希望だけは、見ていたい。 いえ、見る資格があると思います。
 たとえそれが、一夜の夢であっても…。

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