ユリア ユリアは強いな


 ユリア。ユグドラル大陸で、私が最も愛する人です。妹として、そして…。
 私とユリアの関係についても言いたいことは多くありますが、それは別の場所で語る ことにして、ここでは、純粋にユリアという人物について話すことにします。

 私がユリアを見て思うのは、その凄まじいまでの心の強さです。ユリアのこれまでの経験は、 不幸と苦労の連続でした。それでも、ユリアはまっすぐに歩きつづけているのです。
 この時代に戦った人々は、皆それぞれに大変な人生を歩んできたわけですが、中でも ユリアに襲いかかった運命の過酷さは、他に類を見ないものでしょう。 間違い無く、ユグドラルで最も苛烈な運命に、最も強く立ち向かった人だと思います。 他の人との比較も交えながら、ユリアがいかに強いかを詳しく話していきましょう。


1.記憶を失うこと
 記憶を失う…、物語の世界では、比較的よくあることです。私達の世界でも、 ディアドラ母上やブリギッド公女など、何らかの理由でそれまでの記憶を失う人がいます。
 しかし、これは本当に大変なことです。どこまで記憶を失ったかにもよりますが…、 それまで自分の暮らしていた場所や周囲の人のことまで忘れたとなると、相当なものでしょう。 人間は、自分の身の回りの物事を一つ一つ知っていくことで成長するものだと考えると、 記憶を失うという事は、それまで積み上げてきた自分の人生、自分の存在そのものを 失う事…と言うことも出来るでしょう。
 ユリアが記憶を失った…、これは、とても重大なことだと思います。


2.生活環境が変わること
 ユリアの場合、記憶を失う前と後とで、生活環境が大きく変わっています。
 あの日まで…、ユリアは、グランベル帝国の皇女として、恵まれた生活をしてきたでしょう。 合理的なアルヴィス皇帝のことだから、あまり格式ばった「皇女様」にはしなかったでしょうが、 身の回りの世話をする侍女ぐらいはいただろうと思います。 厳格だが思いやりのある父上と、優しく気品のある母上、同様に優しく、楽しい兄上…。 そんな家族に囲まれ、物にも不自由しなかったはずです。たとえ、宮廷が多少窮屈であったと しても、幸せな幼年時代だったと言えるのではないでしょうか。
 お父様はおやさしい方です!……というユリアの 言葉を引用すれば十分かもしれません。

 そのユリアが、あの忌まわしい事件の後、どんな暮らしをすることになったでしょうか? はっきりとしたことは分かりませんが…、かなり辛い生活だったことは想像に難くありません。
 ともに暮らした人は、レヴィン(フォルセティ)だけか、あるいはせいぜい彼が信用して ユリアを預けた相手ぐらいだと思います。それも辺境の庶民の家に預けるのが精一杯だと 思うので、結局ユリアは、平民の暮らしを強いられることになります。 記憶を失ったのが幸い(?)して、平民だからと言って悲しみはしなかったでしょうが…。
 これまで侍女などがしてきた身の回りのことを、自分でかなりこなさなければならなくなる わけです。…最初は、周りの子供がみんなできることが、自分だけできなかったり、 辛い思いを味わったかも知れません(ユリアの近くに子供がいたならば…ですが。 いなければ、それはまた不幸なことです)。 レヴィンも、あまり細かくユリアの世話を焼いたとは想像しにくいです。 フォルセティたち竜族は、あまり人間世界に干渉したがらないようですから。 …ユリアは、自力で新たな生活を身につけ、新しい環境で生きていくことになるのです。

 更に…、ユリアは、ロプトの追手から逃れなければなりません。逃げ隠れするための 具体的な方策はレヴィンが考えてくれたでしょうが、それでもユリアの生活が、人目を避けた とても窮屈なものになることは避けられないでしょう。大勢の人と友達になりたい、 自分を理解してもらいたい…、そう思っても、無理な話なのです。…ユリアは思春期に あまりはしゃぐことが出来なかったために、無口でおとなしい性格になったのでしょう。
≪くうねるの一言≫
 ぼくは、事故で記憶を無くした男性についての新聞記事を見たことがあります。 彼は言葉や文字を忘れてしまったために、もう一度ひらがなから覚えなおさなければなりません でした。自分の孫よりずっと遅いスピードながら、一つ一つ言葉を…、過去の自分を 取り戻そうとしている彼とその奥さんの姿はとても強いものに感じました。

…ユリアにも、彼と同じ種類の強さがあると、私は思います。


3.家族を失うということ
…この戦乱の時代、ある日突然家族を失う…、それも、殺されるという形で失うのは 珍しくないかもしれません。しかし、殺される状況という点で、ユリアはとても辛い 経験をしています。
 ディアドラ母上の場合。それまで優しかった自分の兄が変貌し、母上に襲い掛かります。 暗黒神ロプトウス…。その存在も、力も、そして彼の言葉も、当時のユリアには理解できなかった でしょう。なぜ、兄は変わってしまったのか…。何も分からないまま、その存在に、 自分と母上とを殺すと宣告されます。ユリアは、自分が母の手でワープさせられるとき、 これから母が殺されると感じたでしょう。その思いがユリアに襲いかかったことが、 記憶をなくす大きな原因になったと思います。
 アルヴィス皇帝の場合。ようやく記憶を取り戻したユリア。しかしそれは、より辛い 「現実」を受け入れなければならないということでもありました。ロプト教団の暴走を 許し、形だけの皇帝となった彼女の父上に残された道は、一つしかなかったのです。 ユリアは、それに対してどうすることもできませんでした。自分自身もまた、マンフロイの 手によって変貌させられてしまったのですから。…ユリアが次に我に返ったときには…すでに…。 彼女の父上がもはや亡いことを認識したときのユリアの胸中は、想像するに余りあります。
 ユリウス皇子の場合…。これは、項を改めて話すことにしましょう。
戦争が終わった時…、彼女の家族は、誰も残っていませんでした…。
……私を除いて。


4.笑顔を忘れないこと
 ユリアは、おとなしくて物静かな性格です。
 理由は、さっき言った事情の他に、ユリアに 襲いかかった余りに厳しい運命が、少々のことでは動じない性格にユリアを育てたという こともありそうです。喜び、悲しみ、怒り、楽しさ…そんな感情を、ユリアは余り表に 出さないのです。それは当然かもしれませんし、私はユリアのそんな側面も好きです。
 でも、ナーガの化身とは言え、ユリアも一人の女の子です。私達から何かうれしいことを してもらったとき、その喜びが表情に表れることがあります。それは、私達にも力を 与えてくれるのです。
 トラキアで、ユリアと約束をしたとき…。ミレトスにいくことを楽しみにしたユリアから、 久しぶりに笑顔がこぼれました。ユリアが、私の言葉で喜んでくれた…それを嬉しく思うと ともに、悲しい運命に晒されても笑顔になることができるユリアの強さに、あらためて 感銘を受けたのです。


5.操られ、自分をなくすこと
 私は、ユリアを護りきる事ができませんでした。「ぼくがユリアを護る」と、あれほど 固く誓ったのに…。彼女は、マンフロイの手に落ちてしまったのです。

 余談ですが、マンフロイはなぜ、ディアドラ母上とユリアだけに術をかけたのでしょうか?
 ナーガの直系であり、ロプトウスにとって唯一の脅威であるから…というのが一つの答でしょう。 しかし、他の多くの人にも術をかけて操れば、奴の勝利はより近づいたはずです。
 …私の予想では、奴の催眠術は、「ナーガの直系にしか効果がない」のではないでしょうか。 光と闇を心に持つ人間という器に対しては、神竜ナーガの光の力は、あまりにも明るすぎ、 そのために、所有者の心の中に闇の力に対する隙が生まれたのかな…とも考えられます。
 あるいは、「ロプトの血を引く者にしか効果がない」のかも知れません。心の中、流れる血の中に ある闇を引き出す…というところでしょう。もっとも、ディアドラ母上の血を持つ私は、 普通にマンフロイと戦えましたが…。あるいは、単に「同時に一人にしかかけられない」のかも 知れませんけれどね。

 話が脱線してしまいましたが…。人間にとって、最も屈辱的なことの一つに、「自分で自分を コントロールできないこと」があると思います。
 人間は誰でも、周囲を自分の思い通りに動かそうとしますが、上手くいかないことも多いです。 希望がかなわないこともあります。 それでも、自分の意思で、自分を動かし、目標に向かって努力することで、充実感を 味わうことができるでしょう。
 …もし、自分が自分でなくなってしまったら?自分の本来の 意思と行動が食い違ってしまったら?…現代社会でも、気に入らない仕事や課題を、立場上 いやいや実行することはありますが、自分の意思が曲げられる屈辱は否めないでしょう。
≪くうねるの一言≫
 ぼくは、お酒が余り好きではないのですが…。単に、飲んでいておいしいと感じないという 以外に、「酔うこと」に対して、ここに書いたような嫌悪感を感じるという理由があります。 …酔って暴れた上に、記憶が無いなんて、格好悪いなあ、と…。

 ユリアの場合は、それがとても残酷な形で実現します。 以前から、「イシュタルと戦ってはいけません」と言わされるなど、 いわゆるイタコ状態にされていたユリア。自分の身体を支配される、漠然とした不安は ずっと持っていたかもしれません。ですが、これほどとは…。
 記憶、家族、きれいな手…、そういった 様々な物を失ったユリアにとって、残ったもののうちでも、多分一番大切なもの…、 私達、解放軍の仲間。ユリアも、きっと私たちの力になり、私たちを守ろうと思っていたはずです。 そのユリアの意識と正反対の行動を、ユリアの身体は取ることになったのです…。
 闇に心を奪われている間…、本来のユリアの意識は有ったのでしょうか。有ったとすれば、 ユリアは自分の大切なものを自分の手で奪おうとする肉体を見て、心が引き裂かれるほどの 苦痛と屈辱を受けつづけたはずです。無かったとすれば、私の声が心に届き、自分を取り戻した その時に、自分がしようとしていた事を知って、強烈なショックを受けたでしょう。
 どちらにしても、誠実なユリアだからこそ、自分のしたことに対する罪の意識はぬぐいきれないと 思います。……私は、そのときのユリアをゆっくりと休ませてあげたかった。自分を見失った 傷を、少しずつ癒して欲しかった。…しかし、運命はそれを許しませんでした。
 次項に続きます。


6.竜族の血のしがらみと、世界の運命を背負うこと
 人間は、自分に与えられた使命が大きいほど燃えるものかもしれません。 しかし、自分の背負うものがあまりにも大きすぎると、 それに耐えられなくなり、逃げ出したくなるのではないでしょうか。
 ユリアに課せられた使命…、それは、ナーガとしてロプトウスを倒す事、そして、 ユグドラル大陸をロプト帝国から解放し、世界を救うことでした。 しかも、この役割は、ユリアでなくては果たせないのです。
 …ユリアの細い両肩の上に載せるには、あまりにも大きすぎる荷物に見えます。
 「自分に、そんな力などあるはずがない」と思うのが、普通の反応でしょう。 また、たとえ大きな力があっても(道義心に富んだユリアならなおさら)その力を 振るう事が、怖くなるはずです。しかも、その力は、人を殺すためのものなのですから…。
 また、ユリアにこの使命が課せられたのは、決してユリア自身のせいではありません。 ユリアが、神竜ナーガの血を受け継いで生まれてきたこと。そして、暗黒竜ロプトウスの血を 持った存在がいたこと。…ただそれだけが理由なのです。
≪くうねるの一言≫
 ぼくのすべきだった色々な事は、ユリアの使命の大きさに比べれば百万分の一にも 満たないものですが…、それでも、失敗を恐れて諦めてしまったり、怖くなって逃げ出して しまったりしたことが何度もあります。…そんなことのくり返しで人生を過ごしていると 言ってもいいほどに。勉学のこと、友人関係のこと、恋愛のことなど…。
ぼくの心に、ユリアの強さがひとかけらでもあれば…。自分の不甲斐なさを思うにつけ、 そんなことを感じます。

 宿命を受け入れたユリアが、どれほど強いのか…、私のつたない言葉では、とても 伝えきれません。…そして、ユリアの不幸と、それに負けない強さについての話は、 次の項でとどめを刺します。


7.兄を殺すこと
 これまで、数多の試練を乗り越えてきたユリア。その彼女に、最後に襲いかかったさだめは…。 双子の兄、ユリウス皇子を自らの手で殺すということでした。
 もはや、これがどんなに辛いことか、言うまでも無いでしょう。あなたも、人を殺したことは 無いにせよ、小動物や虫を殺したときの、胃がもたれると言うか、心に黒い塊が残るような 嫌な気持ちを味わったことは有るのではないですか? …人によって、時によって感覚は違うので、一概には言えませんが。
 そして…、殺す相手と過ごした期間が長いほど、相手への思い入れが深いほど、その辛さは 大きくなるものだと思います。
≪くうねるの一言≫
ぼくの大学の生物学専攻の友人は、自分の扱う実験動物(マウスなど)には 名前をつけず、番号で識別すると言っていました。いずれは処分しなければならない実験動物に、 情が移るのを防ぐためだと言っています。

 これを踏まえた上で、もう一度言いましょう。ユリアの相手は、10年間をともに過ごした 双子の兄…、ユリウスです。この戦乱では、家族同士が戦うことも少なくなかった (例えば、ブリギッド公女は弟のアンドレイ公子を殺した)のではありますが、 ブリギッド公女の場合、実際に弟君と過ごしていた期間は非常に短く、思い出も少なかったと 考えられます。ユリアの場合、長年にわたる、「優しい兄」の記憶が蓄積されているのです。 それに…、他の家族対決は戦略の取り方によっては避けられますが、ナーガとロプトウスの 最終決戦だけは、基本的にユリアとユリウスにしかできないものなのです。
 何とか、あの頃の兄に戻ってくれないものか…。ユリアの心の奥に、この思いがずっと 行き来していたことは想像に難くありません。…その思いを振り切って、ついにユリアは 自分の手を血で汚すことを決断します。

 「わたし、自分がこれまで生きてきた理由を初めて知ったの。
わたしは戦う。逃げたりはしないわ」

 この言葉を聞いたとき……。私は、心からユリアを愛しました。そして、こう言いました。

 「そうか…ユリアは強いな」

 私がこの話をしたのは…、私のこの一言に、どれだけの意味が込められているのかを あなたに知って欲しかったからです。まっすぐに生きるユリアの強さ…、少しでも伝われば ここまで話した甲斐があったというものです。



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